グローバル展開を加速させる日本企業にとって、国際M&Aは成長戦略の要となっています。しかし、言語や商習慣、法制度の違いから想定外のトラブルに直面するケースが後を絶ちません。「デューデリジェンスは入念に行ったはずなのに」「契約書もしっかりチェックしたのに」と頭を抱える経営者の方も多いのではないでしょうか。
国際M&A取引の現場では、日本の弁護士が持つ権限と海外の法律専門家の役割には大きな差があり、この認識不足が深刻な問題につながることがあります。特に買収後に発覚する簿外債務や知的財産権の侵害問題は、企業価値を大きく毀損させる原因となります。
本記事では、日本企業が国際M&Aで直面しやすい具体的なトラブル事例と、それらを未然に防ぐための法的対応策、そして日本の弁護士が「できること」と「できないこと」の境界線を明確にしていきます。これから国際的なM&A戦略を検討されている経営者や法務担当者の方々にとって、実務的な指針となる内容をお届けします。
1. 【国際M&A】日本企業が陥りやすい3大トラブルと弁護士介入のタイミング
グローバル化が加速する中、国際M&A(合併・買収)に挑戦する日本企業は増加傾向にあります。しかし、多くの企業がさまざまなトラブルに直面しているのが現実です。特に日本企業が海外企業を買収する際には、言語・法律・商習慣の違いから深刻な問題に発展するケースが少なくありません。ここでは、国際M&Aで日本企業が陥りやすい3つの主要トラブルと、弁護士に相談すべきタイミングについて解説します。
まず1つ目は「デューデリジェンス(DD)の不備」です。海外企業の実態把握が不十分なまま契約を進めてしまうケースが多発しています。特に新興国では会計基準や開示制度が異なるため、財務諸表に表れない負債や訴訟リスクが隠れていることがあります。ある日系製造業は東南アジア企業の買収後、多額の簿外債務が発覚し数十億円の追加コストが発生した事例もあります。弁護士介入のタイミングは「DD開始前」が理想的です。現地の法制度に精通した弁護士を早期に起用することで、調査項目の適切な設定や潜在リスクの洗い出しが可能になります。
2つ目は「契約条項の解釈の相違」です。特に表明保証条項やアーンアウト条項などの複雑な契約条項について、買収後に解釈が分かれ紛争に発展するケースが増えています。日本の商慣行では「精神」を重視する傾向がありますが、特に英米法系の国々では契約書の文言が絶対視されます。弁護士介入のタイミングは「契約書ドラフト作成時」が重要です。両国の法制度に精通した弁護士によるレビューを受けることで、解釈の余地がある曖昧な条項を事前に修正できます。
3つ目は「PMI(買収後統合)における企業文化の衝突」です。特に人事制度や意思決定プロセスの違いから、予想以上の摩擦が生じるケースが多く見られます。日本企業による欧米企業買収では、トップダウン型の意思決定を求める海外従業員と、コンセンサスを重視する日本側経営陣の間で深刻な対立が生じた事例もあります。弁護士介入のタイミングは「統合計画策定時」です。労働法制の違いを踏まえた人事制度の調整や、コンプライアンス体制の統合など、法的観点からの助言を受けることが重要です。
これらのトラブルを未然に防ぐためには、国際M&A経験豊富な弁護士の早期関与が不可欠です。特に外資系法律事務所と日本の法律事務所が連携したクロスボーダー体制を構築することで、両国の法制度や商習慣を踏まえた適切なアドバイスを受けることができます。国際M&Aは複雑なプロセスですが、適切な法的サポートを受けることで、多くのリスクを回避することが可能になります。
2. 日本の弁護士vs海外弁護士:国際M&A案件で明暗を分ける権限の違いを徹底解説
国際M&A案件において、日本の弁護士と海外弁護士の間には明確な権限の違いが存在します。この違いを理解せずに交渉を進めると、予期せぬトラブルに発展するケースが少なくありません。
まず日本の弁護士の権限範囲を見てみましょう。日本の弁護士は国内法に関する助言や契約書の作成、交渉代理などが主な業務範囲となります。しかし、国際M&Aにおいては、現地法制度に関する深い知識や、国際税務、外国の規制当局への対応などが必要となるケースが多く、その部分は権限外となることが多いのです。
例えば、アメリカの大手法律事務所であるSkadden, Arps, Slate, Meagher & Flom LLPやSullivan & Cromwell LLPなどの弁護士は、SEC(米国証券取引委員会)への申請代行や、米国の独占禁止法に関する当局交渉までを一貫して行うことが可能です。
対照的に、日本の弁護士が米国法に基づく助言を行うためには、現地の弁護士資格(州ごとに異なります)が必要となります。森・濱田松本法律事務所や長島・大野・常松法律事務所などの大手法律事務所でも、国際案件では現地法律事務所と提携して対応するのが一般的です。
また、デューデリジェンス(企業調査)の範囲も大きく異なります。欧米の弁護士は財務・税務・法務の広範囲にわたる調査を主導することが一般的ですが、日本の弁護士は主に法務面に特化した調査を行うことが多いです。
これらの違いが明暗を分けた事例として、ある日本企業による東南アジア企業の買収案件があります。現地の労働法制に詳しくない日本側の法務チームが、現地弁護士との連携不足から、買収後に巨額の従業員退職金債務が発覚するというトラブルが発生しました。
国際M&A案件で成功するためには、日本の弁護士と海外弁護士の権限の違いを正確に把握し、適切な役割分担を行うことが不可欠です。日本の弁護士は国内法に関する専門知識を活かしつつ、海外法に関しては現地の弁護士と緊密に連携することで、最大の効果を発揮できるのです。
特に注意すべきは、各国の弁護士・依頼者間の秘匿特権(Attorney-Client Privilege)の違いです。米国では広く認められているこの特権が、日本では限定的にしか認められていないため、情報共有の方法によっては重要な情報が裁判で開示されてしまうリスクもあります。
国際M&A案件において日本の弁護士が果たすべき役割は、国内法制度と海外法制度の橋渡し役であり、グローバルな視点を持ちつつ日本企業の利益を最大化するための戦略的アドバイザーとしての機能です。権限の違いを理解した上で、適切なチーム編成と役割分担を行うことが、国際M&A成功の鍵となるでしょう。
3. 国際M&Aの失敗事例から学ぶ:日本企業が知っておくべき法的リスク回避策と弁護士の役割
国際M&Aの場で多くの日本企業が直面する失敗事例を分析すると、いくつかの共通パターンが浮かび上がります。東芝のウェスチングハウス買収では約7,000億円もの巨額損失が発生しましたが、その背景には十分なデューデリジェンスの欠如がありました。特に原子力事業特有のリスク評価が不十分だったことが指摘されています。日立製作所の英国原発事業からの撤退も、Brexit後の政策変更という予測困難な政治的リスクに直面した事例です。
これらの失敗から学ぶべき法的リスク回避策として、まず徹底的な法務デューデリジェンスの実施が挙げられます。特に重要なのは、単なる法的問題の洗い出しではなく、その事業への影響度合いまで評価することです。対象国の法制度だけでなく、政治的・文化的背景も含めた包括的な調査が必要です。
日本の弁護士は国際M&Aにおいて、日本法に関する専門的アドバイスの提供、取引全体のコーディネーション、クロスボーダー案件特有の文化的・言語的橋渡し役として重要な役割を果たします。一方で、現地法に関する直接的なアドバイスには限界があり、この点では現地法律事務所との連携が不可欠です。
具体的なリスク回避策としては、表明保証条項の精緻な設計、エスクロー口座の活用、段階的買収(アーンアウト条項)の検討が有効です。特に知的財産権や環境規制、労働問題については国ごとに大きく異なるため、専門家の関与が必須となります。
TMI総合法律事務所やアンダーソン・毛利・友常法律事務所など、国際M&A経験が豊富な法律事務所と早期から連携することで、買収後の統合(PMI)段階も見据えた戦略的なアプローチが可能になります。特に近年は、コンプライアンスや人権デューデリジェンスなど、ESG関連の調査の重要性が高まっており、法務専門家の関与なしには適切な対応が困難になっています。
国際M&Aの成功には、法的観点からのリスク管理と、事業戦略との整合性が不可欠です。日本企業が海外展開を加速させる中、弁護士との効果的な協働体制の構築が、今後ますます重要な競争力の源泉となるでしょう。

















