M&Aにおける表明保証とは?基礎知識から事例まで詳細解説

近年のM&Aの契約では、売主が買主に対して、最終契約書において、表明保証を行うことが一般的となっています。そこで、この記事では、表明保証の意味などの基礎的な事項から、表明保証違反の事例まで詳細に解説していきます。
表明保証とは?
M&Aにおける表明保証とは、一方当事者が、相手方に対して、対象会社についての財務や法務等に関する一定の事実が真実かつ正確である旨を表明し、保証することを言います。
M&Aをする際、買主は事前にデューデリジェンスを実施することで、対象会社の潜在的なリスクや問題点を把握しようと努めます。しかし、事前にすべてのリスクを把握するのは難しく、契約締結時やその後に問題が生じることもあります。
そこで、契約の最終段階で契約当事者が対象会社について表明保証を行う必要性が出てくるのです。
表明保証のメリット
買主側は、M&A取引の対象会社に表明保証違反のリスクがある場合、契約の締結を思い止まることが可能です。
他方、売主側は、M&Aの対象物の価値を買主側に対して表明保証できることから、より良い条件(価格)でM&Aによる売却を成功させることにつながる点にメリットがあります。
表明保証の5つの機能
M&A取引の契約締結時における表明保証には主に以下のような機能があります。
株式譲渡を実行する際の前提条件
株式譲渡契約を締結する際には、相手方に表明保証違反がないことを株式譲渡実行の前提条件とするのが一般的です。そして、表明保証違反が生じた場合は、株式譲渡を実行する前に契約を解除することができます。
デューデリジェンスの補完
デューデリジェンスは事前調査であり、短期間で行われることが多いため、これにより取得できる情報には限界があります。
この点、表明保証条項を設定すれば、契約当事者は、同条項に違反していた場合にその損害を補償請求されることを恐れて、契約締結の過程において自主的に情報を開示するようになります。
これにより、他方当事者はデューデリジェンスで提供された情報が事実であることの保証を得ることができるのです。
リスクの軽減・分担
表明保証には、契約当事者が責任・リスクを負担すべき範囲を明確にする機能もあります。
たとえば、表明保証された項目の責任は売主が負担し、表明保証されていない項目の責任は買主が負担するというように両当事者の負担する責任が明確になります。
この機能により、情報量に関して劣位の立場にある買主側は、売主側との契約締結に関するハードルを下げることが可能です。
補償の提供
M&Aの契約締結後に表明保証された事項が間違っていたことによって、相手方に損失や損害等が生じた場合には、表明保証条項に違反した当事者は損害賠償請求に応じなければなりません。
正しい情報の開示
M&Aの契約締結後に提供された情報の間違いが判明した場合、表明保証違反として損害賠償を請求される可能性があるため、相手方に正しい情報を開示させることが可能となります。
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表明保証条項の法的性質
表明保証条項は、補償条項と相まって、表明保証した事実が誤っている場合に、一定の補償義務が発生するという内容の損害担保特約です。
M&A契約の多くは、表明保証条項に違反した場合の補償責任を問うときに、違反した当事者に故意または過失があることを要しないとしています。
したがって、M&A契約における表明保証条項の法的性質は損害担保特約に基づく担保責任であり、無過失責任であると考えられます。
表明保証条項の効果
表明保証条項には、次のような効果があります。
補償請求
表明保証条項は、補償条項と一緒に適用されると、表明保証条項に違反した当事者に故意や過失がなかった場合でも、相手方は補償請求をすることが可能となります。
損害賠償請求
契約当事者が表明保証条項に違反したときに、故意または過失があったと認められた場合には、債務不履行または不法行為として損害賠償請求をすることが可能であると考えられます。
契約の解除
表明保証条項はM&A契約における損害担保特約なので、表明保証違反は契約の解除事由となります。そのため、表明保証違反があれば、相手方は契約を解除することができます。
その他
上記の効果に加えて、表明保証違反がある場合、当事者はクロージングを行わなくてもよい、株式譲渡の実行義務が発生しない、M&A代金を減額することができるなどの効果もあります。
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表明保証条項の内容
M&A契約における表明保証条項は、契約当事者および対象会社に関するものがあります。
M&A契約書の表明保証条項(レプワラ)の逐条解説
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契約当事者に関する表明保証の内容
契約当事者に関する表明保証条項の具体例には、以下のものがあります。
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このような事実が真実でないような場合は、相手方として契約を締結することなどできません。
対象会社に関する表明保証の内容
対象会社に対する表明保証条項とは、売主側が、M&A取引の対象会社に関する一定の事項について、相手方に対して表明保証する条項のことです。具体例は以下の通りです。
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コベナンツについて
なお、株式譲渡契約書には表明保証のほかに、コベナンツが記載される場合もあります。
コベナンツとは、契約締結日からクロージング日の間(また、クロージング日以降)に、各当事者が行うべき行為や、逆に行ってはならない禁止事項を規定(互いに一定の行為を約束・誓約)する条項のことです。
コベナンツは売主の買主に対する約束事項であるため、債務の内容をなし、無過失厳格責任の適用がある表明保証とは異なる事項です。コベナンツの例としては、社長借入金の返済、商号の使用継続や、競業避止義務などの条項が挙げられます。
また、競業避止義務に関する具体的な規定は、以下のとおりです。
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M&Aの最終契約書における表明保証条項の具体的な項目は数十項目に及ぶのが通常であり、条項の記載文言について非常に慎重に対応する必要があるため、専門家によるサポートを得ることが必須だといえます。
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表明保証条項の限定方法
限定の必要性
M&A取引を行う際、買主側は、問題が生じた場合に備えて、表明保証条項の効果が及ぶ範囲を拡大させようと考えます。他方、売主側は、表明保証条項の効果が及ぶ範囲を狭くして、責任を問われる範囲を限定させたいと考えます。
上記の事情から、表明保証条項の効果が及ぶ範囲を制限するために、M&Aの契約交渉時に、表明保証の対象を重要な事項に限定する場合があります。
具体的な限定方法
具体的な検定方法としては、以下のものが考えられます。
例:「対象会社は、その事業を継続するために必要な取引先等との契約を適法かつ有効に締結しており、契約継続・取引条件の維持に重大な影響を与える事由はなく、また、そのおそれもない。」
- 特定の表明保証条項について、「知る限り」と付記することにより、売主の知っている表明保証違反のみについて損害の補償請求をすることができると規定する場合
例:「売主の知る限り、対象会社の〇年〇月期の貸借対照表の作成基準日以降、対象会社の作為又は不作為を問わず、対象会社の事業、資産、負債、財務状態、経営成績、キャッシュフロー又は将来の収益計画に重大な悪影響を与える又はそのおそれのある事由又は事象は発生していない。」
これらは、いずれも、売主が表明保証違反となる範囲を限定しようとするものです
- 最終契約書の表明保証条項について、対象会社に表明保証違反となる事実が存在している場合、売主が最終契約の表明保証条項の交渉中に、その表明保証違反の事実を買主候補会社に伝え、その該当する表明保証条項の削除または表明保証条項の除外事由の規定の追加を求める場合
これにより、買主がその表明保証違反の事実を発見し、売主に対して、その損害の補償請求を行ってくることを回避することが可能となります。
- 計算書類に関する表明保証について、「計算書類は、作成基準日の会社の財政状態などを、全ての重要な点において、適正に表示している」と定める場合
- コンプライアンスに関する表明保証について、「会社は、適用される全ての法令等を遵守している。ただし、軽微な違反は除く」と定める場合
限定による効果
こうした行動により、売主側は、些細な表明保証違反を理由に買主側に買収を断念される事態を回避しようと努める場合があるのです。
とはいえ、上記のような規定によって、何が「重要」なものに該当するのかという判断は個々のM&A取引ごとに異なるため、実務上では「重要」の度合いについて具体的に規定するなどの対応が求められます。
表明保証条項を設定する際の注意点
表明保証条項を設定する際に注意すべきポイントを、契約当事者それぞれの立場に分けて解説します。
売主側の注意点
売主側としては、以下の2つに注意しましょう。
明確な情報開示を実施する
明確な情報開示は、表明保証条項に違反かあるかどうかを判断する際に重要なポイントとされています。
近年、表明保証違反を争って裁判に発展する事例は増加傾向にあります。さまざまな意味に解釈できるような文言で表明保証条項を作成してしまうと、裁判を行う際に意図していたものとは異なる意味で捉えられてしまい、補償義務や損害賠償義務を求められるリスクが高まります。
こうしたリスクを回避するためにも、明確な情報開示を行うことが望ましいです。
虚偽の申告を行わない
M&A取引における売主側は、契約を進めるうえで自社が不利な状況に陥るような情報を公表する必要性に迫られるケースもあります。
しかし、こうした情報を隠してしまうと、表明保証条項違反による損害賠償により甚大な損失を被ってしまうリスクが生じます。
たとえ公表を避けたいと思うような情報であっても、虚偽の申告を行わずに表明保証条項に正しく記載するようにしましょう。
買主側の注意点
買主側としては、以下の3つに注意しましょう。
デューデリジェンスを徹底する
表明保証条項の作成に際して、デューデリジェンスは非常に重要な役割を担います。
徹底的にデューデリジェンスを行わないと、売主側が公表したくない情報が表面化しないケースも少なくありません。
将来的に問題となるトラブルを避けるためにも、たとえ多くの資金や時間を費やすことになるとしても、徹底的に調査することが大切です。
サンドバッキング条項を記載する
サンドバッキング条項を設定しておけば、発覚した問題をそのままの状態にして契約を締結したとしても、買主側は後から損害賠償請求を行えます。
契約前に買主側が表明保証事項に違反があると分かっており、後に経済的な損失が発生してしまった場合に備えて、サンドバッキング条項を設定し、損害賠償請求を行えるようにしておくことも大切です。
その他
買主側としては、最終的に表明保証条項の項目が減ることになったとしても、M&Aの最終契約書に表明保証条項を極力多く盛り込んでおくことが好ましいです。
また、売主側が不自然な形で表明保証条項にこだわるような場合は、売主に対して特にその点についてインタビューを実施するなど、状況を深掘りして対象会社の問題点を追及する姿勢が必要とされます。
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表明保証違反による責任追及を行うための要件
表明保証違反により相手側に責任追及を行うためには、主に次のような事実を主張する必要があります。ここでは、客観的要件と主観的要件に分けて解説します。
客観的要件
表明保証違反に基づいて損害賠償請求などをするときは、「表明保証違反の事実」を主張する必要があります。
その際、「表明保証」の基準時として、契約締結時点およびクロージングの2つのタイミングを主張することが一般的です。
主観的要件
主観的要件は、損害賠償を請求する側と請求される側で主張する事実の内容が異なります。
請求する側としては、表明保証条項に「売主の知る限り」などと売主の主観があるときには、売主がその事実を知っていたことなどを主張する必要があります。
実際に、表明保証において「売主の知る限り」などと売主の主観による限定が設けられている場合に、どのようなシチュエーションにおいて売主が知っていたといえるかという点が裁判で問題となったケースがあります。
また、請求される側としては、免責してもらうために、表明保証違反の事実について買主が知っていた(悪意)又は知らないことに重大な過失があった(重過失)ことを主張する必要があります。この点についても、裁判上問題となりました。
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表明保証違反の事例
ここでは、表明保証違反に関する裁判例として、代表的なものを2つ取り上げます。
東京地判平成18年1月17日判タ1230号206頁
まずは、「東京地判平成18年1月17日判タ1230号206頁」を取り上げます。
事案
原告Xは、被告YらからA社の株式全てを取得しました。その後、Yは、Aの有する和解債権について、債務者からの弁済金を元本から利息への充当に切り替えました(以下、「本件処理」と言います)。しかし、Yが同額の元本についての貸倒引当金の計上をしていなかったことが判明しました。なお、Xは、契約締結段階で、Aについてデューデリジェンスを実施していました。
Xは、Yらに対し、本件処理が表明保証違反にあたると主張して損害賠償請求しました。
Yらは、Xが本件処理について悪意または重過失であり、表明保証責任を負わないと反論しました。
主な論点
- 売主はどのような場合に表明保証違反の責任を免れることができるのか。
解説
裁判所は、Yらの表明保証違反を認定したうえで、株式譲渡契約締結時において当該違反につきXが悪意であったことを否定しました。
そして、判旨は、買主が、契約締結時において、売主の表明保証違反について重過失がある場合は、悪意の場合と同視できるため、売主は表明保証違反による責任を免れると解する余地があるとしています。
東京地判平成23年4月19日金判1372号57頁
次に、「東京地判平成23年4月19日金判1372号57頁」について取り上げます。
事案
原告Xは、被告YからYの子会社Bの発行済株式のすべてを譲受しました。
Yは、Xに対し、この株式譲渡に先立ち、Bの事業や経営に重大な悪影響を及ぼす可能性のある債務不履行が発生しているとの通知を受領していないこと等を「重要な点において」正確であることを表明保証しました。
Xはこの株式譲渡の後、Bの製造した機械に係る売買契約について債務不履行が生じていたために、この売買契約は解除しています。
Xは、この売買契約について債務不履行が生じていたことをYは告知しなかったなど、事実と異なる説明をしたことについて本件表明保証に違反したことを理由に、損害賠償を求めました。
主な論点
- どのような場合に、売主から開示された情報が重要な点で正確であったと言えるか。
- 本件において、Yから開示された情報が重要な点で正確であったと言えるか。
解説
論点1について、裁判所は、「買主が株式譲渡契約を実行するか否かを的確に判断するために必要となる客観的情報」が正確に提供されていたか否かという観点から判断すべきとしています。
論点2については、当該機械の性能が要求に対して大幅に未達状態にあることの情報開示および、Xは現地調査を行い、当該機械の一部についてはある取引先からの解除が確実である旨の連絡を受けていたこと等により、当該売買契約に係る将来的な危険を予想できたとして、Yは表明保証の対象となる事項について重要な点で不実の情報を開示し、あるいは情報を開示しなかったという事実は認められないと結論付けています。
結論として、Yは、Xに対し当該表明保証に基づく責任を負いませんでした。
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裁判例から読み解く表明保証違反の場合に補償されるべき損害の範囲
近年、M&A契約において表明保証が重要視されています。また、表明保証に違反した場合に関する裁判例も増えてきました。そこで、この記事では、表明保証違反の場合に補…
表明保証保険の概要と役割
表明保証保険とは
表明保証保険とは、規定されている表明保証が不正確であったこと(表明保証違反)に起因して、被保険者が被る経済的損失を補償する保険のことです。
表明保証保険は、買主側が保険契約者となる「買主用表明保証保険」と、売主が保険契約者となる「売主用表明保証保険」の2種類に分かれます。
買主用表明保証保険の特徴は以下の通りです。
- 表明保証違反の存在を買主が認識していなかったとしても、当該表明保証違反が補償の対象になる。
- 売主に補償請求をしなくても、保険会社に補償してもらうことが可能。
- 補償の範囲は、株式譲渡契約に基づく表明保証違反に関する損害額および、表明保証違反による損害賠償請求等について調査・和解・防御または上訴するために被保険者である買主が負担した合理的かつ必要な費用となる。
売主用表明保証保険の特徴は以下の通りです。
- 表明保証違反を認識しながら事実と異なる表明保証をしていた場合には、補償の対象とならない。
- 買主による補償請求がなされていることが保険会社による補償の前提となる。
なお、表明保証保険のうち多く活用されているのは、「買主用表明保証保険」です。
表明保証保険のメリット
売主用表明保証保険を用いる主なメリットは、以下のとおりです。
- プライベートエクイティファンドが売主となる場合は、存続期間があり、存続期間を超えた表明保証責任を負えないものの、表明保証保険を用いれば買主に表明保証を提供しながら、プライベートエクイティファンド自身は表明保証責任を負わずにクリーンな投資エグジットを実現できる
- 将来における表明保証違反に基づく損害賠償リスクを遮断できる
買主用表明保証保険を用いる主なメリットは、以下のとおりです。
- 入札案件において、表明保証保険を購入し、売主に対して表明保証違反の責任を追及しないとすることで、買収提案の優位性を高められる
- M&A当事者間で、表明保証違反時における補償の上限額や補償期間などに関する条件の隔たりが大きいケースにおいて、表明保証保険を用いることで、こうした条件の隔たりを埋められる
表明保証保険の加入について
現在では、国内大手の損害保険会社も表明保証保険の取り扱いを開始しており、現在では日本企業が日本において表明保証保険に加入できるようになっています。
表明保証保険とは?M&Aの表明保証違反リスクに備えて加入すべき?
表明保証保険は、M&Aを行う際の表明保証違反のリスクに備えて加入する保険です。 元々、海外のM&A市場で多く取り扱われており、日本ではあまり馴染みがありません…
まとめ
この記事では、表明保証の機能や表明保証条項の効果などの基本的な事項から表明保証違反に関する事例などを解説していきました。
M&A取引に関して表明保証違反が判明した場合、前提条件を充足しないためにM&Aが実行されなくなる、あるいは、表明保証違反に関する損害について補償義務や損害賠償義務を負うようになることもあります。
以上のことから、M&A契約の当事者には、それぞれ注意しなければならないポイントがあるため、M&A契約時に表明保証条項を設定する際は、専門家によるサポートを受けていただくことをおすすめします。