M&Aで買収した企業に粉飾決算や簿外債務が判明した、売掛金が架空債権だった、経営者による私的流用が発覚した——。買収後にこうした事態に直面し、「自分は騙されたのではないか」「支払った代金を取り戻せないのか」とお悩みの経営者の方は少なくありません。
こうした場面で重要になるのが、表明保証条項と、これに違反した場合の補償・損害賠償に関する契約上の定めです。売主が契約時に「この会社の財務諸表は正確です」「簿外債務はありません」などと表明した内容が事実と異なっていても、直ちに当然に金銭請求が認められるとは限りません。実際には、契約書上の補償条項、損害賠償条項、解除条項その他の救済条項の内容を出発点として、契約書の文言、違反の内容や重大性、開示の有無、買主の認識、通知期限や責任期間の遵守状況などを踏まえて、買主が売主に対して補償請求や損害賠償請求を行えるかが判断されます。
本記事では、表明保証の基本的な意味から、表明保証違反に該当する具体的なケース、損害賠償請求が認められる要件、契約解除の可否、裁判例、請求可能な期間まで弁護士の視点から解説します。買収後のトラブルで苦しむ買主の方が、次にどう動けばよいかを判断するための材料としてお役立てください。
買収後のトラブルにお悩みの買主が最初に確認すべきこと
買収後に想定外の事態が発覚した場合、最初に行うべきは感情的な抗議ではなく、契約書の精査と証拠の確保です。なぜなら表明保証違反に基づく請求の可否と回収可能額は、契約書に記載された条項の文言によってほぼ決まるためです。そして対応が遅れるほど、通知期限の徒過や証拠の散逸によって請求権そのものを失うリスクが高まります。
とくに中小企業のM&Aでは、情報開示の精度が十分でないまま契約が締結される事例も多く、契約締結時点では想定していなかったリスクが後から判明する場面が頻発しています。この章では、買収後に違和感を覚えた買主が最初に確認すべきポイントを弁護士の視点から解説します。
表明保証違反が疑われる典型的なサイン
表明保証違反が疑われるサインは、買収後の日常業務の中に現れます。具体的には、次のような場面に遭遇したときは表明保証違反を疑う必要があります。
- 決算書の数字と実際の入出金や在庫実態が合わない
- 開示されていなかった債務や契約の存在が取引先から明らかになる
- 主要取引先から「条件を見直したい」「取引を停止する」と通告される
- 前経営者や主要従業員が競業会社に移籍し、顧客や社員を引き抜く
- 税務当局から追徴課税や修正申告の指摘を受ける
- 許認可の更新漏れや行政指導が判明する
これらは単なる偶発的トラブルではなく、売主側が契約時に真実ではない情報を開示していた結果である可能性があります。違和感を覚えた段階で放置せず、株式譲渡契約書と開示資料を照合することが重要です。
契約書で確認すべき五つの条項
表明保証違反が疑われるときに必ず確認すべき条項は、次の5点です。
第1に、表明保証条項そのものです。売主が何を「真実かつ正確である」と保証したのかを逐条で確認します。第2に、補償条項(補償請求条項)です。違反があった場合の補償義務、補償上限額、免責額の定めを確認します。第3に、通知条項です。「違反を知った日から30日以内に書面で通知すること」などの期限が定められていないかを確認します。第4に、責任期間(サバイバル期間)です。契約締結やクロージングから何年以内に請求しなければならないかを確認します。第5に、免責条項および開示事項の例外です。「開示書(Disclosure Schedule)に記載された事項は表明保証の対象外」といった定めがあれば、その適用範囲を精査します。
これらの条項は、違反を追及できるかどうかの境界線を定める規定です。契約書を自己流で読み解くと重大な見落としが生じるため、弁護士による条項解釈を受けることをお勧めします。
動き出す前にやってはいけないNG対応
違反を疑った買主が取りがちな対応の中には、後の請求を著しく不利にする行為があります。代表的なものは次のとおりです。
感情的なメールや書面を売主に直接送ることは避けるべきです。表現によっては脅迫や恐喝と評価されかねず、交渉の主導権を失います。また、通知条項で定められた書面要件や記載事項を満たさない通知は、法的に有効な通知として機能しない場合があります。さらに、対象会社の経理資料やメール、議事録などの証拠を社内整備の名目で廃棄・上書きすることも極めて危険です。後日の訴訟で証拠が提出できず、勝てる訴訟を落とすリスクが生じます。
対応を誤ると回収可能額が大幅に減るため、違和感を覚えた段階で弁護士に相談し、文書による対応を弁護士名で行うことが安全です。弁護士法人M&A総合法律事務所では、買収後の違和感の段階からのご相談にも対応しています。
表明保証とは?M&A契約で売主が買主に約束する事実の保証
表明保証とは、M&A契約の当事者が、契約締結時点やクロージング時点における一定の事実関係について、真実かつ正確であることを相手方に対して表明し、保証する条項をいいます。英米法の Representations and Warranties に由来する概念で、日本では「表明保証」または「レプワラ(R&W)」と呼ばれることが多いです。
なお、表明保証条項は、どの事実が真実かを定める条項であり、それ自体が直ちに補償金額や解除の可否まで決めるものではありません。違反が判明した場合にどのような効果が生じるかは、補償条項、損害賠償条項、解除条項、前提条件条項などの定めと合わせて確認する必要があります。
表明保証は、売主と買主の間に存在する情報の非対称性を補う装置として機能します。買主はデューデリジェンス(買収対象会社の事業・財務・法務等に関する調査手続。以下「DD」)を行っても対象会社のすべての実態を把握することはできず、売主しか知り得ない情報が必ず存在します。そこで売主に契約上の真実性を保証させることで、想定外の事象が発生したときのリスク負担を明確化するのです。
表明保証条項の意味と法的性質
表明保証違反に基づく責任の法的性質については議論がありますが、日本のM&A取引では、表明した事実と真実が異なっていたことに起因して相手方に生じた損害を、契約に従って補償する損害担保的な特約として理解されることが多いです。他方で、その要件や効果は契約書の文言に強く依存するため、個別の契約解釈が重要になります。
そのため、表明保証違反に基づく補償請求や損害賠償請求が認められるか、どこまで認められるかは、補償条項、責任期間、通知条項、キャップ、バスケット、免責条項などの定めを踏まえて判断されます。表明保証はM&Aで典型的に用いられる仕組みですが、条項の効果を一律に論じることはできません。
表明保証と債務不履行との違い
表明保証違反と民法上の債務不履行は、理論構成も主要な争点も重なる部分がありますが、同一のものではありません。債務不履行では民法415条が問題となり、帰責事由の有無が争点になり得ます。これに対し、表明保証違反は、契約で表明した事実と客観的事実との不一致を出発点として、契約上の補償・損害賠償の定めに従って責任が判断されるのが通常です。したがって、実際の主張構成では、表明保証違反を主位的に主張しつつ、事案に応じて債務不履行、不法行為、説明義務違反等を予備的に主張する構成も検討されます。
故意・過失の位置づけは交渉と訴訟の重要論点
表明保証違反では、一般に、売主の故意・過失がなくても責任が問題となり得ると理解されています。他方で、買主が当該事実を認識していたか、容易に認識できたのに見落としていたか、売主がどこまで開示していたかといった点は、請求の成否に影響し得ます。したがって、「売主の故意・過失は常に不要」「買主に悪意・重過失があれば常に請求不可」といった単純化は避け、契約文言、開示状況、DDの内容を踏まえて検討することが安全です。
表明保証の対象となる主な事項
表明保証の対象は多岐にわたりますが、典型的には次の事項が含まれます。
売主自身および対象会社の存在・権限に関する事項として、会社の適法な設立、事業を営むために必要な権利能力、契約締結の権限などが対象となります。財務に関する事項として、財務諸表の正確性、簿外債務の不存在、直近の財務諸表作成以後に重大な悪影響を及ぼす事象が生じていないことなどが含まれます。税務に関する事項として、適正な納税、税務当局との紛争や見解相違の不存在が対象となります。法務・コンプライアンスに関する事項として、許認可の適法取得、法令遵守、係争の不存在、知的財産権侵害の不存在が含まれます。労務に関する事項として、未払残業代や社会保険料の不存在、労働紛争の不存在が対象です。資産・契約に関する事項として、主要取引先との契約が有効に存続していること、重要な資産に瑕疵がないことなどが含まれます。
これらの中でどの事項を表明保証の対象とし、どのような文言で規定するかは契約交渉の中心論点です。買主としては、対象会社のリスクプロファイルに応じて表明保証の範囲を広く取る交渉が望まれます。
表明保証違反・コベナンツ違反が問題となりやすい七つのケース
買収後のトラブルは、表明保証違反として問題になるものと、競業避止義務や勧誘禁止義務などのコベナンツ違反として問題になるものが混在します。両者が重なり合うことも多いため、ここでは、買収後に争点化しやすい典型パターンをまとめて整理します。
七つの典型ケースの全体像
ご自身のケースに該当するものがあれば、該当箇所の詳細をご確認ください。
| # |
ケース |
主な違反条項 |
買主の想定損害 |
| ① |
粉飾決算・財務諸表の虚偽記載 |
財務諸表の正確性 |
株価評価差額 |
| ② |
架空債権・資産価値の不足 |
資産の実在性・真正性 |
架空資産額 |
| ③ |
使途不明金・私的流用 |
財務諸表・法令遵守 |
流用額・回収不能額 |
| ④ |
競業避止義務違反・勧誘禁止義務違反 |
競業避止・勧誘禁止(コベナンツ)/競業計画の秘匿があれば表明保証も問題 |
売上減・顧客離脱損害 |
| ⑤ |
隠れ債務・簿外債務 |
簿外債務の不存在 |
発覚した債務額 |
| ⑥ |
許認可の未取得・更新漏れ |
許認可の適法取得・維持 |
是正費用・事業停止損害 |
| ⑦ |
主要取引先との関係悪化の秘匿・重要契約情報の不開示 |
主要契約・重要事実の不開示/MAC関連表明保証 |
収益基盤の毀損 |
①粉飾決算・財務諸表の虚偽記載
買収後に発覚するトラブルで最も多いのが、粉飾決算や財務諸表の虚偽記載です。売上の前倒し計上、架空売上、費用の先送り、棚卸資産の水増し、引当金の過少計上など手口は多様ですが、いずれも対象会社の収益力や純資産を実態より良く見せる点で共通します。
多くの株式譲渡契約書では「財務諸表が一般に公正妥当と認められる会計基準に従って作成されていること」が表明保証の対象とされ、粉飾はこの表明に真っ向から反します。東京地裁平成18年1月17日判決では、赤字回避のため弁済金を利息に充当し貸倒引当金を計上しなかった処理が表明保証違反にあたるとされ、買主の損害賠償請求が認容されました。
②架空債権・売掛金の水増し・資産価値の不足
売掛金が架空債権であった、在庫商品が実在しなかった、固定資産の評価額が過大であったというケースです。買主は対象会社の資産価値を前提に譲渡価格を合意しているため、資産の不存在や過大評価は譲渡価格そのものの正当性を揺るがします。
財務諸表の真実性に関する表明保証違反に加え、「貸借対照表に計上されている売掛金は回収可能性がある真正な債権である」等の個別条項があれば、その条項に基づく請求も可能です。架空債権額、実在しない在庫の帳簿価額、過大計上された固定資産の評価差額が損害として認定される傾向にあります。
③使途不明金・経営者の私的流用
帳簿に使途不明金がある、前経営者が会社資金を私的に流用していた、役員貸付金が回収不能となっている、というケースです。同族経営の中小企業では、会社と個人の財布が混在していた事例が後から発覚することが珍しくありません。
私的流用は、財務諸表の真実性に関する違反に加え、法令遵守に関する表明保証違反(利益相反取引規制違反、役員の忠実義務違反等)としても構成できます。さらに売主個人の不法行為責任の追及にもつながり、請求構成の選択肢が広い領域です。
④競業避止義務違反・キーマンによる従業員引抜き
M&A後に前経営者が競合会社を設立して顧客を奪う、またはキーマン従業員を勧誘して移籍させるといった事案では、まず競業避止義務や勧誘禁止義務といったコベナンツ違反が問題になります。そのうえで、契約締結時点で売主が既に競業計画や従業員引抜きの準備をしていたのにこれを開示していなかった場合には、その秘匿自体が表明保証違反としても問題となり得ます。
したがって、こうした事案は、表明保証違反の問題としてのみ捉えるのではなく、コベナンツ違反と表明保証違反の双方を検討すべき場面として位置づける必要があります。売上減少や顧客離脱が発生している場合には、差止めの可否や損害賠償請求の可否を契約条項に即して検討することになります。
⑤隠れ債務・偶発債務・簿外債務の発覚
財務諸表に計上されていなかった債務が買収後に判明する事例は極めて多く、典型的には次のような債務です。
- 未払残業代、社会保険料の未納
- リース債務、連帯保証債務
- 訴訟係属中の損害賠償請求
- 税務当局から指摘される追徴課税
いずれも「貸借対照表に計上されていない保証債務等、簿外の債務が存在しないこと」という表明保証条項に真っ向から違反します。裁判例でも、簿外債務が表明保証違反にあたるときは、その債務金額が損害として認定される傾向にあります。
⑥許認可の未取得・更新漏れ・行政処分リスク
許認可を必要とする事業を営む会社を買収した場合、許認可の未取得や更新漏れは事業継続そのものを危うくします。建設業許可、宅地建物取引業免許、古物商許可、産業廃棄物収集運搬業許可、食品衛生法上の営業許可など、事業ごとに必要な許認可は多岐にわたります。
多くの株式譲渡契約では「対象会社は事業遂行に必要な許認可をすべて適法に取得・維持している」旨が表明保証されます。東京高裁平成27年12月2日判決では、対象会社の工場で消防法等に違反する数量の危険物が貯蔵され、行政当局の許可を受けていなかった点が表明保証違反にあたるとされ、是正に要した費用が損害として認定されました。
⑦主要取引先の離反・取引条件の大幅変更
M&A直後に主要取引先から契約解除の通告を受ける、取引条件を大幅に不利に変更されるという事案も表明保証違反と関連します。「主要取引先との取引関係が継続しており、解消の通知や条件変更の申入れを受けていないこと」が表明保証されていれば直接の違反です。
明示の条項がない場合でも、「財務状態に重大な悪影響を及ぼす恐れのある事由が生じていないこと」という包括的な表明保証違反として構成できる余地があります。取引先離反は収益基盤を直撃し損害額も大きくなりがちです。時間が経つほど因果関係の立証が難しくなるため、発覚直後の弁護士相談をお勧めします。
表明保証違反による損害賠償・補償請求が認められる要件
表明保証違反に基づく損害賠償または補償請求には、客観的要件と主観的要件の双方を満たす必要があります。要件を理解せず通知書を送付すると、かえって売主に抗弁の機会を与えかねません。
請求の可否を左右する主な争点
表明保証違反に基づく請求では、単に「違反があるか」「買主に重過失があるか」の二点だけで結論が出るわけではありません。実際には、どの表明保証条項が問題になるか、契約時点・クロージング時点の客観的事実と条項文言がどこまで食い違うか、売主が何を開示し買主が何を認識していたか、通知期限・責任期間・キャップ等の契約上の制限に抵触しないか、請求する損害と違反との因果関係をどう立証するか、といった複数の争点を順に検討する必要があります。
| 争点 |
内容 |
主な検討ポイント |
| ① 条項文言 |
どの表明保証条項が問題になるか |
条文番号と対象時点の特定が必要 |
| ② 客観的事実との不一致 |
表明内容と事実がどこまで異なるか |
重要性・重大性が争点化しやすい |
| ③ 開示・DD・買主認識 |
何が開示され、何が把握可能だったか |
悪意・重過失、免責条項、サンドバッギング条項に影響 |
| ④ 契約上の制限 |
通知期限、責任期間、キャップ、バスケット等 |
要件を外すと請求自体が遮断されることがある |
| ⑤ 損害と因果関係 |
どの損害が、どこまで違反と結び付くか |
実損、是正費用、評価差額等の立証が必要 |
実際の裁判では、売主の主観よりも買主の認識(悪意・重過失の有無)が争点となる傾向があります。
客観的要件:表明内容と事実が異なること
客観的要件とは、売主が表明保証した内容と客観的事実が異なることです。請求の出発点であり、この要件を満たさなければ後続の議論に進めません。
主張にあたっては、契約書の表明保証条項を逐条で特定し、各条項について事実との乖離を具体的に示します。「財務諸表が正確である」との表明の違反を主張する場合、どの勘定科目の、どの金額が、どのような意味で不正確であったかを明確にする必要があります。
争点になりやすいのは「重大性(Materiality)」の判断
裁判所は、表明保証が「重要な点で」正確であるか否かについて、買主が株式譲渡契約を実行するか否かを的確に判断するために必要となる客観的情報が正確に提供されていたかという観点から判断します。つまり、契約締結の判断に影響を与えた情報かどうかが判定軸です。軽微な誤差や形式的な齟齬では「重要な点」での違反とは評価されない可能性があります。
主観的要件:売主の故意・過失は原則問わない
表明保証違反では、売主の故意・過失は原則として問題になりません。日本の裁判例でも、売主が善意無過失であっても責任を負うとする立場が有力です。
この構造は買主にとって極めて有利です。売主が「自分も知らなかった」「経理担当者が勝手にやっていた」と弁解しても、客観的事実として表明内容と異なる状態があれば違反は成立します。主観的弁解に惑わされず、客観的事実の立証に注力することが請求を通す要点となります。
買主の悪意・重過失があると請求は認められない
買主の悪意・重過失は、常に一律に請求を遮断する要件とまではいえませんが、交渉や訴訟においてきわめて重要な争点です。とくに、売主が当該事実をどこまで開示していたか、DDでどの程度把握可能であったか、契約書にサンドバッギング条項や開示免責条項が置かれているかによって、買主の請求の可否は大きく左右されます。
東京地裁平成18年1月17日判決は、通常のDDを実施していた買主について重過失を否定しましたが、逆にいえば、開示資料やDD結果から違反を認識し得た事情が強い事案では、買主側に不利な判断がされる余地があります。したがって、「悪意・重過失があれば当然に請求できない」と断定するのではなく、「買主の認識や重過失が請求を制限する方向に働くことがある」と位置づけるのが安全です。
買主の重過失を否定するための防御策
後の訴訟で重過失を否定するため、次の資料を整えておくことが有効です。
- DDを専門家に委託した事実の記録
- DDで確認した資料の範囲と内容の記録
- 売主から受領した開示資料の受領履歴
- 売主による口頭説明の要旨
サンドバッギング条項の有無で結論が変わる
サンドバッギング条項とは、買主が契約締結前またはクロージング前に表明保証違反の疑いを認識していた場合でも、なお補償請求等を認めるかどうかを定める条項です。プロ・サンドバッギング条項があれば買主の認識をめぐる争いを一定程度減らせますが、条項がない場合は、契約文言、開示状況、DDの内容等を踏まえて個別に判断される可能性があります。
| 条項の種類 |
内容 |
買主への影響 |
| プロ・サンドバッギング条項 |
知っていても請求可能 |
悪意・重過失の議論をほぼ回避できる |
| アンチ・サンドバッギング条項 |
知っていた事実は請求不可 |
買主の認識が争点化し請求が困難 |
| 条項の定めなし |
裁判所が総合判断 |
個別事情の主張立証が必要 |
裁判例では、プロ・サンドバッギング条項がある契約について、買主がDDで売主の違反を知り得たとしても補償債務を免れないと解釈した事例があります。自社の契約書にどちらの条項が入っているかの確認は、請求可否を見極める最初の作業です。
DDで把握できたか否かが焦点となる
買主の重過失は、DD時に把握できた情報の範囲との関係で判断されます。裁判所は、売主から開示された情報が直接的な事実を示さなくとも、開示された事実から買主が何を認識すべきであったかを評価します。
たとえば、売主提出の議事録に税務当局の指摘可能性が示唆されていれば、それを見逃した買主には重過失があると評価されかねません。逆に、売主が著作権侵害を放置し、従業員への口止めや買主との接触回避を行っていた事案では、買主のDDでは発見できなかったとして重過失が否定されています。売主の積極的な隠蔽行為の存在は、買主の重過失を否定する方向に働く重要な事実です。
表明保証違反でM&A契約の解除は認められるか
表明保証違反が発覚したとき、多くの買主が最初に検討するのが契約解除です。もっとも、表明保証違反があれば当然に解除できるわけではなく、実際には契約書の解除条項、前提条件条項、解除制限条項の有無や内容を確認する必要があります。M&A契約においては、クロージング前であれば取引実行の停止や解除が問題となりやすい一方、クロージング後は補償請求・損害賠償請求が中心となることが多いですが、民法上の解除や取消しの成否も含めて個別に検討すべき論点です。
クロージング前なら前提条件不充足で解除可能
株式譲渡契約では、通常、売主の表明保証が「クロージング時点においても重要な点で真実かつ正確であること」がクロージングの前提条件とされます。クロージング前に重大な表明保証違反が判明した場合、前提条件不充足を理由にクロージングを拒絶し、契約を解除することが可能です。
この段階であれば、代金をまだ支払っていないか、エスクロー等で留保されている場合も多いため、損害の拡大を防ぐことができます。買主としては、基本合意後からクロージング前までの間に発覚した違和感を見逃さず、クロージング前に精査を完了させることが重要です。
ただしクロージング前の解除であっても、軽微な違反では解除が認められません。違反の重大性、是正可能性、買主の譲渡実行意思への影響などを総合考慮して判断されます。解除を通告する前に、違反の重大性を裏づける事実と証拠を固めておく必要があります。
クロージング後の解除は原状回復困難でハードルが高い
クロージング後に契約解除を求めることは理論的には可能ですが、実際には極めて困難です。理由は原状回復の難しさにあります。
株式譲渡後、対象会社は買主の支配下で事業を継続しており、人事異動、資産処分、新規契約締結、決算など多数の業務が進行しています。ここで契約を解除し株式を売主に返還するとなれば、買収後に生じた事業状態の変化を元に戻せるのかという根本問題に直面します。多くの契約書では、クロージング後の救済手段として解除ではなく補償請求のみを認める建付けが採用されています。
買主としては「解除して代金を取り戻したい」という心情は理解できますが、現実には損害賠償・補償請求によって金銭的回復を図る方が実効性があります。解除に固執して時間を浪費するより、速やかに損害額を算定し補償請求に移る判断が望まれます。
重大性(Materiality)基準の判定と救済不能の要件
クロージング後に解除が認められるための要件は、契約書の解除条項で定められます。多くの契約では「重大かつ是正不能な違反があり、相当期間の催告を経ても是正されない場合」に解除が認められる建付けです。
ここでの「重大性」は、違反によって買主が契約を締結した目的を達成できないほどの影響があるか否かで判断されます。軽微な金額の簿外債務や一部の許認可漏れでは、通常「重大」とは評価されません。また「是正不能」の要件も厳格で、金銭補償で回復可能な損害は救済不能とは評価されない傾向にあります。
結論として、クロージング後は損害賠償・補償請求に軸足を置いた対応が現実的です。解除を目指すのか、補償請求を目指すのかは、事案の性質と証拠状況に応じて弁護士と協議して決定することをお勧めします。
表明保証違反で請求できる損害賠償額の範囲と上限
表明保証違反で請求できる損害賠償額は、契約書の補償条項と裁判所の損害認定の両面から決まります。「いくら取れるのか」という買主の最大の関心事に直結する論点です。自己流で請求額を算出すると、過小請求によって回収可能額を取り逃がすか、過大請求によって交渉の信頼性を損ねる結果を招きかねません。
認められやすい損害項目
裁判例で認められやすい損害項目は、実際に発生した出費や実在しない資産額など客観的に特定できるものです。裁判所は損害の範囲を厳格に判断する傾向があり、抽象的な企業価値の減少や将来逸失利益の主張は退けられることが多い点に注意が必要です。
一方で、違反事実の是正に要した現実的な出費、実在しないと判明した債権額、簿外で発覚した債務額といった客観性の高い損害項目は、比較的スムーズに認定される傾向にあります。買主としては、損害額の特定にあたって領収書、請求書、会計処理記録、税務申告書類などの客観的証拠を揃えることが重要です。
簿外債務額・是正工事費用・追徴税額など実損ベース
表明保証違反に起因して対象会社が出費した金額、実在しなかった債権額、簿外債務の金額は、これらが表明保証違反にあたる限り損害として認定される傾向にあります。
東京地裁平成24年1月27日判決では、対象会社所有の工場に消防法違反があったとして売主の表明保証違反が認められた事案で、対象会社がこれを是正するために要した工事費用が損害として認定されました。東京高裁平成27年12月2日判決では、消防法等に違反する数量の危険物貯蔵について、表明保証内容の実現に必要かつ合理的と認められる工事内容を詳細に認定したうえで、それを損害と認定しています。
ただし対象会社が要した出費については、合理的な範囲のものに限定される可能性がある点に留意が必要です。買主側が必要以上の追加工事を行った場合、全額が損害として認められるとは限りません。支出の必要性と金額の相当性を示す資料を準備しておくことが、満額認定を得るための要点となります。
株式譲渡代金を上限とする契約条項の読み方
株式譲渡契約では、売主の補償責任に上限額を設ける条項が一般的です。上限額は株式譲渡代金の全額、30%、50%、あるいは特定の金額など案件により幅があります。また、少額違反を請求対象から除外する「De minimis条項」(個別の請求に最低金額を設ける条項)や、累積損害額が一定の金額を超えないと請求できない「Basket条項」が設けられるケースもあります。
買主にとって重要なのは、自社の契約書に上限がどのように定められているか、上限を超える請求が契約上許容されているかを正確に読み解くことです。「損害賠償の額は代金額の50%を上限とする」という典型的な条項は、買主の回収可能額を大幅に制限します。
もっとも、上限条項には例外が設けられることも多く、売主の故意・重過失による違反、基本的表明保証(fundamental representations:当事者の適格性や株式所有権など)の違反、不正行為については上限の適用を除外する定めが置かれる場合があります。自社のケースが上限の例外に該当しうるかは、弁護士による条項解釈が必要な論点です。
契約上の上限を超えて損害が認められた裁判例
契約書に明確な上限が定められていない、または定めが不明瞭な場合、裁判所が株式譲渡代金を超える損害を認めた事例があります。買主にとって諦めないための重要な先例です。
東京地裁平成19年7月26日判決の事案では、対象会社が多額の繰越損失を抱え、継続的な赤字で経営不振に陥っていた事例で株式譲渡代金が500万円に過ぎなかったにもかかわらず、売主の説明義務違反を理由に対象会社に生じた費用等の合計額1945万5000円が損害として認められました。売主は株式譲渡代金額が補償義務の限度であると主張しましたが、裁判所は「そのような限定をすべき根拠はなく失当である」とこれを退けています。
この判決は説明義務違反を原因とするものですが、表明保証違反の場合でも、譲渡価格を上限とすることなく買主の損害を認める可能性があることを示唆しています。譲渡価格が低廉な案件や、損害が譲渡価格を大きく上回る案件では、株式譲渡代金を超える回収を目指す構成が採れる可能性があります。請求額の設計段階から弁護士と協議することが不可欠です。
表明保証違反の裁判例|買主が勝ったケース・負けたケース
表明保証違反をめぐる裁判例は、買主が勝訴した事例と敗訴した事例の双方があり、勝敗を分ける事実が蓄積されています。裁判例を参照することで、自社の案件がどちらに近いか、どのような主張立証が求められるかを判断する手がかりが得られます。
買主の請求が認められた代表的な裁判例
買主の請求が認められた裁判例では、①違反事実が客観的に明確である、②買主の悪意・重過失が否定される、③損害額が具体的に立証されている、という3点が共通します。以下で代表的な2件を取り上げます。
会計不正(貸倒引当金の未計上)に関する東京地裁平成18年1月17日判決
本判決は、表明保証違反をめぐる代表的先例として頻繁に引用されます。事案の概要は、買主がDDを実施したうえで売主との間で株式譲渡契約を締結したところ、後に対象会社において会計上の不正(赤字決算を回避するための貸倒引当金未計上)があったことが判明したというものです。
裁判所は、売主らによる表明保証違反を認めたうえで、不当な資産計上がなければ本来あるべき株式の価値と実際の買収価格との差額を損害として認定し、売主に対して賠償を命じました。同時に、買主が表明保証違反の事実について軽微な調査すら行わずに知らなかった場合(重過失がある場合)には損害賠償請求は認められないとしながら、本件では通常のDDを実施していれば一般的な調査は行ったといえ、買主に重過失は認められないと判断しました。
この判決は、買主がDDを適切に行っていれば、売主の主観を問わず損害賠償請求が認められることを示した重要な先例です。
消防法違反の是正工事費用を損害と認めた東京地裁平成24年1月27日判決
本判決の事案は、対象会社所有の工場に消防法違反等があったとして売主の表明保証違反が認められたものです。裁判所は、対象会社がこれを是正するために要した工事費用を損害として認定しました。
この判決が重要な理由は、買主が実際に支出した是正費用を損害として認めた点にあります。簿外債務の存在や架空債権など金額が一義的に定まる損害だけでなく、違反の是正に要した合理的費用が損害として認められることが明確になりました。同種の論理は、許認可違反の是正、労務問題の解決、取引先との再交渉に要した費用など、多くの場面に応用できます。
買主の請求が棄却された代表的な裁判例
一方で、買主の請求が退けられた事例もあります。敗訴事例を知ることは、自社の案件で避けるべき失敗を見極めるうえで極めて有益です。
買主が契約実行前に危険を予見できたとされた事例
買主が契約実行前に対象会社の営業所を訪れ、設備の性能不良の可能性を認識する情報を売主から得ていた事案では、買主の表明保証違反に基づく請求が退けられました。
裁判所は、売主が約定代金の8割の入金は得られる見通しとの説明を行っていたことを認めつつも、各機械の性能が要求仕様に大幅未達の状態であること、相手方との交渉が継続中であること等の売主の判断の前提となる客観的情報が開示されていた点、買主側で事前に企業調査を行い実態把握の機会を十分有していた点、株式譲渡の実行前に1号機の売買契約について解除が確実であると連絡されており危険の拡大も予想されていたにもかかわらず実行繰延べや条件見直しを行うことなく実行した点などを重視し、表明保証の対象たる事項について重要な点で不実の情報を開示し、あるいは情報を開示しなかった事実は認められないと判断しました。
この判決は、買主がリスクを認識しながら契約を実行した場合、表明保証違反の請求は認められにくいことを示しています。リスクの兆候を察知した段階で実行繰延べや条件見直しを求めるべきであったという含意を持つ判決です。
買主のDD時の認識によって免責条項の適用が認められた事例
別の事案では、契約実行前に売主が買主に対し明示的に表明保証違反を構成する事実を開示していた場合、売主は表明保証義務を負わない旨の免責条項が適用されるかが争点となりました。
裁判所は、買主が契約実行前に行ったDD時に、税務当局との紛争に関する事実について法務専門家に説明および資料開示をしており、資料を確認すれば表明保証違反の可能性を認識し得たとして、免責条項にいう「明示的に表明および保証の違反を構成する事実」を開示したものと認められると判断しました。結果として売主は表明保証違反に基づく補償責任を負わないとされています。
この判決は、開示された情報の読み取り方が後の請求可否を決定することを示しています。DDで開示を受けた資料の評価を誤ると、本来請求できたはずの損害が補償対象外となるリスクがある点に注意が必要です。
勝敗を分けた決定的な事実
裁判例を比較すると、勝敗を分けた決定的な事実は次の3点に集約されます。
第1に、買主が受領した情報に対する評価の妥当性です。開示された資料から違反の可能性を読み取るべきだったかどうかが、買主の悪意・重過失の判断を左右します。第2に、DDの範囲と深度です。一般的な水準のDDを行ったと評価されれば、発見できなかった違反についても請求が認められやすくなります。第3に、売主の隠蔽行為の存在です。売主が積極的に情報を秘匿した証拠があれば、買主の認識が問題とされにくくなります。
これらの事実は、契約締結時の資料、DD報告書、メールのやり取りなどから立証されます。買主としては、契約当時の資料を廃棄せず保存しておくこと、DDの記録を残しておくことが、後の訴訟で勝敗を分けます。案件ごとに勝ち筋と負け筋を見極めるには、同種事案の経験を持つ弁護士の評価が欠かせません。