利益相反取引とは?直接取引・間接取引の具体例と手続きの要点を解説

会社で大きな権限を持つ取締役には、その権限の濫用を防ぐため、法律でさまざまな規定が設けられています。 その一つが、会社の利益を犠牲にして自身や第三者の利益を図る行為を制限する「利益相反取引」の規制です。
利益相反取引とみなされる場合、原則として会社の承認が必要となり、承認を得ずに行った取引は無効となる可能性もあるため注意が必要です。 取締役の方は、どのような取引が利益相反取引に該当するのか、また、どのような義務が課せられているのかについて、理解を深めておきましょう。
利益相反取引とは?
利益相反取引とは、取締役が忠実義務に違反し、会社の利益を犠牲にして自身や第三者の利益を図るための取引を行うことです。
取締役は会社や株主から経営を任されている立場にあり、会社の意思決定に参画する権限を与えられています。取締役の権限は大きく、自身の利益のために権限を行使すると、会社に多大な損害を与えることにもなりかねません。
このような事態を防ぐため、法律は取締役に対して善管注意義務(民法644条)と忠実義務(会社法355条)を義務付けています。取締役の利益相反取引が制限される根拠は忠実義務に求められます。
利益相反取引の当事者となる取締役は、あらかじめ会社(取締役会または株主総会)に対して取引の重要な事実を開示し、承認を受けなければなりません(のちほど詳しく説明します)。
利益相反取引は「直接取引」と「間接取引」の2種類
利益相反取引は、「直接取引」と「間接取引」の2つに分けられており、法律では以下のように規定されています。
取引の定義 | |
直接取引(会社法356条1項2号) | 取締役が自己または第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。 |
間接取引(会社法356条1項3号) | 株式会社が取締役の債務を保証する場合のように、取締役以外の者との間において、株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。 |
直接取引の定義
直接取引とは、取締役が自己または第三者のために会社との間で行う取引のことです。取締役が取引当事者になる場合はもちろん、代理人や代表者として取引する場合も含みます。
直接取引とみなされる行為をいくつか例示します。
- 取締役と会社間で行われる売買契約
- 取締役から会社へ行われる利息付きの金銭貸付
- 会社から取締役へ行われる贈与
- 会社から取締役へ行われる債務免除
注意したいのは、直接取引にあたるからといって直ちに利益相反取引になるわけではないということです。取締役と会社の利害が対立する場合にのみ、利益相反取引に該当する直接取引として規制されます。
直接取引の典型例
利益相反取引に該当する直接取引には典型的なパターンがあります。判断のポイントは「誰が代表か」です。
ここでいう「代表」とは「取引の代表となる者」を指しており、代表取締役に限定されません。誰が会社を代表し、どのように取引を行うかによって、利益相反取引にあたるのかを判断します。
パターン①:会社Aと会社Aの取締役個人が取引を行う
取締役が個人の名義で行う会社との取引は、直接取引の最もシンプルで典型的なパターンです。
会社A | |||
取引の代表:a | ⇔ 取引 |
代表取締役a
(個人) |
|
取締役:a、b、c
「承認が必要」 |
このパターンは、「自己(a)〜のために株式会社と取引をしようとするとき」にあたり、利益相反取引に該当するため、会社(取締役会または株主総会)の承認が必要です。
このような直接取引で、もし取締役が価格を自由に設定できるとなると、よほど強い自制心がなければ会社に損害を与える可能性が大きくなるでしょう。
実際に「水増し請求」や「会社の備品を破格な値段で買い取る」など、適正でない価格で取引が行われた事例が多く存在します。
パターン②:2つの会社の取引を同じ取締役が代表している
会社同士の取引について、同一人物が代表しているパターンです。
会社A | 会社B | ||
取引の代表:a | ⇔ 取引 |
取引の代表:a | |
取締役:a、b、c
「承認が必要」 |
取締役:a、d、e
「承認が必要」 |
上記の図解の通り、双方の会社を代表して取引しているのは、同一人物である取締役aです。取締役aは、会社Aの取引を代表し、Aの利益を図ろうとします。
しかしaは、会社Bの取引の代表でもあるため、(Aだけでなく)Bの利益も図ろうとするはずです。
会社Aの代表たるaから見ると、「第三者」は会社Bです。反対に、会社Bの代表たるaから見ると、「第三者」は会社Aです。
このように、2つの会社AB間の取引を同一人物が代表している場合、ABどちらのサイドから見ても「取締役が〜第三者のために株式会社と取引をしようとするとき」にあたり、利益相反取引に該当するため、会社の承認が必要です。
パターン③:会社の代表となる取締役が取引を代理する場合
取締役である者が取引の代理を行うケースです。
会社A | 会社B | ||||
取引の代表:a | ⇔ | 取締役a (取引を代理) |
⇔ | 取引の代表:y | |
取締役:a、b、c
「承認が必要」 |
取締役:d、e、f |
取締役aは、株式会社Aの取引を代表すると同時に、相手方である株式会社Bを代理して取引しています。
この場合、会社Aの取引を代表するaは、「第三者(会社B)のために株式会社と取引をしようとするとき」にあたり、利益相反取引に該当するため、会社の承認が必要です。
間接取引の定義
間接取引とは、会社と第三者との間の取引で、それにより会社と取締役との間で構造的に利益相反が生じるおそれのある取引のことです。
間接取引に該当する場合、取締役が取引に関与していなくても、会社と取締役との利害が対立します。そのため、直接取引と同じく会社の承認が必要です。
間接取引の典型例
間接取引の典型例として、以下のようなものが挙げられます。
- 取締役と第三者間の債務を会社が保証する
- 取締役と第三者間の債務を会社が引き受ける
- 取締役と第三者間の債務に対して、会社が担保を提供する
会社A | ||||
取締役:a、b、c
「承認が必要」 |
||||
(aの債務の保証、引受および担保提供) ⇩ |
||||
会社Aの取締役a (個人) |
⇔ 取引(債権債務関係) |
会社C |
取締役の個人的な借入(債務)を会社側で保証したとします。取締役からすると借入しやすくなるなどのメリットを得られますが、会社側は弁済などの義務が生じるため、デメリットの方が大きいでしょう。
このように会社と第三者との間の取引で、それにより会社と取締役との間で構造的に利益相反が生じるおそれのある間接取引は、利益相反取引として規制を受けます。
利益相反取引では「重要な事実の開示」と「取引の承認」が必要
利益相反取引は法律によって規制されていますが、絶対的に禁止されているわけではありません。取締役会または株主総会にて「重要な事実の開示と取引の承認を得る」ことで取引できます。
開示されるべき重要事実とは、承認の対象となる取引が、会社にどのような影響を今後及ぼすかを判断するうえで必要な情報のことをいいます。
例えば商品購入であれば、商品の金額や数量、使用用途および取引先の詳細情報などです。
取引に必要な承認は、会社に取締役会が設置されているかどうかによって手続きが異なります。
会社に取締役会が設置されている場合
取締役会が設置されている会社の場合、取締役が利益相反取引を行うときは、あらかじめ取締役会に取引の重要な事実を開示し、承認の決議を受けることが必要です(会社法365条1項、356条1項)。
ただし取引を行おうとする取締役は、特別利害関係を有するため、決議への参加が認められていません(会社法369条2項)。
また取締役会の決議には要件が定められており、承認を得るには議決権を有する取締役の過半数が出席し、その過半数以上の賛成が必要です(会社法369条1項)。
会社に取締役会が設置されていない場合
会社に取締役会が設置されていない場合は、株主総会での承認が必要です(会社法356条1項)。利益相反取引を行う予定の取締役は、株主総会で重要な事実を開示し、決議にて承認を得なければなりません。
株主総会で承認を得るには、原則として議決権を行使できる株主のうち議決権の過半数を保有する株主が出席し、出席した株主の過半数の賛成が必要です(会社法309条1項)。
なお、当該取締役が会社の株主であるときは、株主総会の承認決議への参加が認められています。ただし、著しく不当な決議がされた場合には、決議の取消事由となります(会社法831条1項3号)。
承認を得ずに行った利益相反取引の効力
承認を得ていない利益相反取引による効力も、法律によって規定されています。取引の効力や対抗要件については、以下の通りです。
直接取引の場合
直接取引にあたる取引の場合、会社側は原則としていつでも無効を主張できます。ただし無効の主張は取締役との直接取引に限られ、第三者に対しては対抗できないとされています。
例えば取締役aが、会社との利益相反取引で得た土地を第三者bへ転売したとします。
こういった取引では、土地を購入したbが、「会社との間に利益相反の関係があるにも関わらず、aは会社から承認を得ていなかった」という事実を把握してないことが少なくありません。それにもかかわらず「ab間の土地売買は無効だ!」という会社側の主張が無条件に認められてしまうと、何も知らないbが多大な損害を被ってしまいます。
このような事情を知らない第三者を保護するため、法律は原則として会社から第三者に対する無効主張を認めません。
会社がab間の取引を無効としたい場合には、「bは、aが会社の承認を得ていない事実を知りながら、あえて購入した」という事実を立証する必要があります(最高裁昭和46年10月13日)。立証されないかぎり、取引が無効となるのは取締役と会社との間だけです。
このような考え方を「相対的無効説」といいます。相対的無効説では、取締役aと第三者bの取引はあくまで有効です。したがって「元はと言えば、利益相反取引で買った土地なのだから、bとの土地売買も無効だ!」などと取締役aが主張することは許されません。
間接取引の場合
間接取引では、取引に必ず第三者が関与しているため、「第三者に無効を主張できるか」という点がポイントとなります。債務の保証や引き受けであっても、取引の無効となることによって、第三者に不利益が生じるケースは十分に想定されるからです。
過去の裁判例(名古屋高裁昭和43年12月25日)は、債務の引き受けについて、取引の安全を理由に第三者を保護すべきと指摘した上で、取引に関与する第三者に対して無効を主張するときは、第三者の悪意の立証が必要との見解を示しました。
利益相反取引でも「会社の承認が不要なケース」とは?
利益相反取引を行うときは、原則として会社の承認が必要となります。ただし、以下のケースでは不要です。
会社の利益を害する恐れがない場合
利益相反取引かどうかは、「会社の利益を害する恐れがあるか」で判断します。以下のような取引は、会社の利益を害する恐れがないとみなされるため、あらかじめ会社の承認を得る必要はありません。
- 取締役が自社の店舗で商品を購入する場合(取締役の地位とは無関係の取引)
- 取締役への報酬支払い(会社法361条で手続きが決められているので利益相反の恐れが小さい)
- 取締役から会社への贈与(会社の利益になる)
- 取締役から会社への無利息・無担保での貸付け(会社の利益になる)
当事者が100%の資本関係にある場合
一見すると利益相反取引に見えても、当事者が100%の資本関係にあるのであれば、そもそも利害が対立しないため利益相反取引にはあたりません。例えば以下のようなケースです。
- 利益相反取引をした会社AとBの代表取締役は同じ人物だったが、AとBは100%の資本関係にあった(完全親子関係だった)場合
- 会社Aの全株式を所有している代表取締役Bが、会社から不動産を安く購入した場合
このようなケースは、形式的に見ると利益相反取引にあたるように思えます。しかし、Aの損得とBの損得は完全に一致しているので、当事者の利害はそもそも対立していません。
したがって、100%の資本関係にある当事者間の取引では、会社の承認は不要です(最高裁昭和45年8月20日)。
全株主の合意を得て行われた利益相反取引
あらかじめ全株主の合意を得ている場合、たとえ利益相反取引に該当するとしても、会社の承認は必要ありません。
なぜなら、利益相反取引に関する規制は、会社の所有者である株主の利益を守るために設けられたものだからです。全ての株主が取引を認めている以上、さらなる承認決議が不要であるのは当然です(最高裁昭和49年9月26日)。
利益相反取引に関する留意点
利益相反取引については、会社の承認以外にも留意すべき点があります。知らずに取引を進めてしまうと、取引後の手続きに影響を及ぼす可能性もあるため、以下の点について把握しておきましょう。
執行役員が行った行為については利益相反取引とみなされない
会社には、「執行役員」という役職・概念が存在する場合があります。執行役員とは雇用契約に基づいて雇用される従業員の役職を指し、労働の対価は給与によって支払われるのが一般的です。
それに対して取締役は、取締役会の決議で選任される役職であり、混同されがちですが執行役員とは異なる概念です。
執行役員は会社法が規定する役職・概念ではなく、会社が任意に設置する役職であるため、善管注意義務や忠実義務は義務付けられていません。前述したように、利益相反取引が制限される根拠は忠実義務に求められます。したがって、忠実義務がない執行役員が行った行為は、原則として利益相反取引規制の対象外です。
ただし、取締役と執行役員を兼任する場合には、利益相反取引の規制に該当する可能性があるため注意しておきましょう。
取締役会で承認を得る際は「取締役会議事録」を作成する
取締役会の議事について法律では「議事録を作成し、書面をもって作成されるときは、出席した取締役および監査役は、これに署名または記名押印しなければならない」と定められています(会社法369条3項)。つまり会社には取締役会における議事録の作成、取締役と監査役には書面への署名・記名押印が義務づけられているということです。そのため利益相反取引の承認決議に関しても、必ず議事録を作成する必要があります。
ちなみに、議事録は不動産を取引した際の登記申請時にも提出が必要です。利益相反取引には、会社と取締役が不動産の売買を行うケースがあります。不動産を取引した際は、登記手続きを行わなければなりません。登記申請では取締役会議事録もしくは株主総会議事録を添付する必要があります。
取締役会が設置されている会社の場合、利益相反取引を行ったあとに報告が必要
取引後には、承認の有無を問わず取締役会への報告が義務付けられています(会社法365条2項)。そのため取締役は、利益相反取引における重要な事実について、遅滞なく取締役会へ報告をしなければなりません。
一方で取締役会の設置がなく、株主総会で承認を得た場合は、取引後の株主総会への報告は不要とされています。
まとめ
利益相反取引は、会社に不利益をもたらす可能性があるため、会社法によって規制されており、取引を行う取締役は原則として会社からの承認を得る必要があります。 承認を得ずに行った取引は、会社から無効を主張される可能性があり、取引の相手方である第三者とのトラブルに発展するリスクも抱えています。
取締役は、利益相反取引の概要や該当するケース、課せられた義務(重要な事実の開示や取引後の報告など)を正しく理解し、適切な手続きに沿って取引を行うことが極めて重要です。 自社の取引が利益相反取引に該当するかどうかの判断に迷う場合は、法律の専門家である弁護士に相談することをおすすめします。