利益相反取引とは?該当するケースや取締役に課せられている義務・賠償責任について解説

会社で大きな権限を与えられている取締役には、権限を悪用しないよう、法律にさまざまな規定が設けられています。そのうち会社に不利益をもたらす行為を利益相反行為といい、「利益相反取引」もそのなかのひとつです。取締役が利益相反取引を行ってしまうと、会社に不利益が生じる可能性があります。

利益相反取引とみなされると会社の承認が必要となったり、損害賠償責任が課せられたりする可能性もあるため注意が必要です。取締役の方は利益相反取引に該当するケース、取締役の義務や課せられる賠償責任について理解を深めておきましょう。

⇒M&Aトラブルでお困りの方はこちら!

Contents
  1. 利益相反取引とは?
  2. 利益相反取引を行うときは重要な事実の開示と取引の承認が必要
    1. 会社に取締役会が設置されている場合
    2. 会社に取締役会が設置されていない場合
  3. 利益相反取引に該当する直接取引
    1. パターン①:会社Aと会社Aの取締役個人が取引を行う
    2. パターン②:取引を行う2つの会社の代表が同じ取締役である
    3. パターン③:会社の代表となる取締役が取引を代理する場合
  4. 利益相反取引に該当する間接取引
  5. 利益相反取引を行うときに承認が不要なケース
    1. 会社の利益を害する恐れがないとみなされる取引
    2. 会社Aと会社Bは100%の資本関係(完全親子関係)の場合
    3. 全株主の合意を得て行われた利益相反取引
  6. 承認を得ずに行った利益相反取引の効力
    1. 直接取引の場合
    2. 間接取引の場合
  7. 利益相反取引に関する事例
    1. (直接取引に該当する事例)市が出資する第三セクターの企業が利益相反取引を行っていた事例
    2. (間接取引に該当する事例)大手自動車メーカーの会長が利益相反取引による特別背任罪で逮捕された事例
    3. (親子関係にある会社同士の取引が利益相反取引とみなされた事例)同一人物が取締役を兼任する企業で利益相反取引が行われた事例
  8. 承認を得ずに利益相反取引を行った取締役の損害賠償責任について
  9. 利益相反取引を行った取締役における損賠賠償責任の免責事項
  10. 利益相反取引に関する留意点
    1. 執行役員が行った行為については利益相反取引とみなされない
    2. 取締役会で承認を得る際は「取締役会議事録」を作成する
    3. 取締役会が設置されている会社の場合、利益相反取引を行ったあとに報告が必要
  11. まとめ

利益相反取引とは?

利益相反取引とは、取締役が忠実義務を違反し、会社の利益を犠牲にして自身や第三者の利益を出すための取引を行うことです。主に会社と取締役の利益が相反するような取引を指します。取締役の行動が会社に与える影響は大きく、利益と反する行為を行ってしまうと、会社は損害を被る可能性があります。そのため取引をはじめとする取締役の行為には、法律に規定が設けられています。

取締役は会社や株主より経営を任されている立場にあり、会社の意思決定に参画する権限などを与えられています。社内における取締役の権限は大きく、自身の利益のために権限を行使すると、会社に多大な損害を与えることにもなりかねません。このような事態を防ぐため、法律では取締役に対し、善管注意義務(民法644条)と忠実義務(会社法355条)を義務付けています。

利益相反行為とみなされる行為は2種類あり、大きく競業取引と利益相反取引に分けられます。競業取引とは取締役が自身、もしくは第三者のために行う自社の事業に属する部類の取引です(会社法356条1項1号)。自社の事業と競業する取引は、自社の事業に影響を与える可能性があるため、原則として認められていません。

一方で利益相反取引は、「直接取引」と「間接取引」に分けられており、以下のように規定されています。

【会社法356条1項2号(直接取引)】

「取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。」

(引用:会社法356条1項2号)

【会社法356条1項3号(間接取引)】

「株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。」

(引用:会社法356条1項3号)

上記に該当する取引を行ったときは、利益相反取引とみなされる可能性があり、会社の承認などが必要となるため注意しましょう。

利益相反取引を行うときは重要な事実の開示と取引の承認が必要

利益相反取引は法律によって規制されていますが、絶対的に禁止されているわけではありません。取締役会または株主総会にて、「重要な事実の開示と取引の承認を得る」ことで取引できます。

開示されるべき重要事実とは、承認の対象となる取引が、会社にどのような影響を今後及ぼすかを判断するうえで、必要な情報のことをいいます。

商品購入であれば商品の金額や数量、使用用途および取引先の詳細情報などが含まれます。また必要な手続きについては、会社に取締役会が設置されているかどうかによって異なります。

会社に取締役会が設置されている場合

取締役会が設置されている会社の場合、利益相反取引を行うときは、取締役会の承認が必要です。取締役会では、あらかじめ開示した重要な事実をもとに決議を行います。ただし取引を行おうとする取締役は、特別利害関係を有するため、決議への参加が認められていません(会社法369条2項)。

また取締役会の決議には要件が定められており、承認を得るには議決権を有する取締役の過半数が出席し、その過半数以上の賛成が必要です(会社法369条1項)。

会社に取締役会が設置されていない場合

会社に取締役会が設置されていない場合は、株主総会での承認が必要です。利益相反取引を行う予定の取締役は株主総会で重要な事実を開示し、決議にて承認を得なければなりません。

株主総会で承認を得るには原則として議決権を行使できる株主のうち、議決権の過半数を保有する株主が出席し、出席した株主の過半数の賛成が必要です(会社法309条1項)。なお、当該取締役が会社の株主であるときは、株主総会決議の場合には参加が認められています。ただし、著しく不当な決議がされた場合には、決議の取消事由となります。

利益相反取引に該当する直接取引

直接取引とは、経済上の効果の帰属主体を問わず、取締役が自己の名義で会社との間で直接行う取引及び取締役が会社を代表して、自己が代理又は代表する第三者との間で直接行う取引を意味します。この取引が取締役と会社の利益が反するような場合は、利益相反取引の直接取引とみなされます。直接取引とみなされる行為には、下記のようなものが挙げられます。

・取締役と会社間で行われる売買契約

・会社から取締役へ行われる贈与

・取締役が会社へ利息がついた金銭貸付を行う

・会社から取締役へ行われる債務免除

・会社から取締役へ約束手形の振り出し

・使用人兼務取締役における使用人部分の給与

使用人兼務取締役とは取締役の地位にありながら、使用人(従業員)としても職務に従事している者のことです。一般的には「取締役営業部長」のような肩書きで、役職に選任されているケースがよくみられます。使用人兼務取締役の給与は取締役としての報酬分と、使用人としての給与分に分かれます。一般的には、使用人としての給与に関して、本人との雇用契約に基づいて決定されるものです。

しかし使用人兼務取締役に対する給与の支払については、利益相反取引に該当すると解されており、取締役会の承認が必要となります。(最高裁昭和43年9月3日)

利益相反取引にはいくつかのパターンが存在しており、代表となる者によって判断されます。ここでいう代表とは「取引の代表となる者」を指しており、代表取締役に限定されません。誰が会社の代表となって取引を行うかによって、利益相反取引に当たるのかを判断されます。よくある事例としては、下記のようなパターンが挙げられます。

パターン①:会社Aと会社Aの取締役個人が取引を行う

下記は、直接取引の典型ともいえるパターンです。

会社A
取引の代表:a
取引
代表取締役a

(個人)

取締役:a、b、c

「承認が必要」

このような取引で取締役が価格を自由に設定できると、自身の利益を優先することが可能となってしまいます。実際に「水増し請求」や「会社の備品を破格な値段で買い取る」など、適正でない価格で取引が行われた事例も多く存在します。

水増し請求などが頻繁に行われると、会社は多大な損害を被ってしまうでしょう。こういった可能性があることから、取締役が自己の名義で会社との間で直接行う取引は直接取引に当たり利益相反取引となるため、取締役会もしくは株主総会の承認が必要です。

パターン②:取引を行う2つの会社の代表が同じ取締役である

取引に参加する会社の取締役を、同一人物が兼任しているパターンです。この場合、誰が取引を代表するかがポイントとなります。

会社A 会社B
取引の代表:a
取引
取引の代表:a
取締役:a、b、c

「承認が必要」

取締役:a、d、e

「承認が必要」

上記の取引は、同じ取締役aが双方の会社を代表した取引です。このようなケースは規定の取締役が会社を代表して、代表する第三者との間で直接行う取引として直接取引に当たり利益相反取引となります。取引を行うときは、それぞれの会社で承認が必要です。

パターン③:会社の代表となる取締役が取引を代理する場合

取締役である者が取引の代理を行うケースです。

会社A 会社B
取引の代表:a 取締役a
(取引を代理)
取引の代表:y
取締役:a、b、c

「承認が必要」

取締役:d、e、f

取締役aが株式会社Aを代表し、株式会社Bを代理して取引しているので、取締役が会社を代表して、自己が代理する第三者との間で直接行う取引として直接取引に当たり利益相反取引となります。上記のケースでは、会社Aの承認が必要です。

⇒M&Aトラブルをしっかり解決する方法を見る!

利益相反取引に該当する間接取引

間接取引とは、会社と第三者との間の取引で、それにより会社と取締役との間で構造的に利益相反が生じるおそれのある取引のことを意味します。

取締役が取引に関与していなくても、会社との利益が反する場面があります。こういった利益相反取引は間接取引に該当することになり、直接取引と同じく取締役会または株主総会の承認が必要です。間接取引とみなされる取引は、下記のようなものが挙げられます。

・取締役と第三者間の債務を会社が保証する

・取締役と第三者間の債務を会社が引き受ける

・取締役と第三者間の債務に対して、会社が担保を提供する

会社A
取締役:a、b、c

「承認が必要」

(債務の保証、引受および担保提供)
会社Aの取締役a
(個人)

取引
会社C

代表的な例としては、取締役個人が行った借入への保証などです。例えば取締役の個人的な借入(債務)を会社側で保証したとします。取締役からすると借入しやすくなるなどのメリットを得られますが、会社側は弁済などの義務が生じるため、デメリットの方が大きいでしょう。

このように会社と第三者との間の取引で、それにより会社と取締役との間で構造的に利益相反が生じるおそれのある取引は間接取引に当たり利益相反取引となります。。

利益相反取引を行うときに承認が不要なケース

利益相反取引を行うときは原則として、会社の承認が必要となりますが、下記のケースに該当する行為については不要です。

会社の利益を害する恐れがないとみなされる取引

利益相反取引にみなされるかどうかは、会社の利益を害する恐れがあるかで判断されます。下記の取引は、会社の利益に影響を及ぼす恐れがないとみなされるものです。そのため、取引の際に承認を得る必要がありません。

・取締役が自社の店舗で商品を購入する

・取締役の地位が無関係と判断される取引

・取締役に関する報酬

・取締役から会社への贈与

・会社に対して取締役が無利息・無担保で貸付けを行う行為(最高裁昭和38年12月6日)

取締役が行う贈与、無利息・無担保の貸付けは過去の判例もあることから、利益相反取引にあたらないとされています。

会社Aと会社Bは100%の資本関係(完全親子関係)の場合

取引を行う双方の会社を同じ取締役が代表する場合などは、利益相反取引にあたります。しかし、それぞれが100%の資本関係にあるのであれば、利益相反取引にはあたりません。

100%の資本関係にある会社同士の取引では、実質的な利害の対立は生じないと解されており、過去の判例も存在します(最判昭和45年8月20日)。そのため100%の資本関係にある会社同士の取引は、利益相反取引とみなされず、取締役会または株主総会の承認も必要ありません。

全株主の合意を得て行われた利益相反取引

全株主の合意を得ている利益相反取引については、取締役会もしくは株主総会の承認は必要ありません。そもそも利益相反取引に関する規制は、会社の利益を守るために設けられたものです。この事案は判例があり、裁判では「会社の所有者である全株主の合意がある場合には、法律の趣旨に反しない」と説明されました(最高裁昭和49年9月26日)。こういった過去の判例もあることから、全株主の合意を得た取引は利益相反取引にはみなされず、承認も必要ないとされています。

承認を得ずに行った利益相反取引の効力

承認を得ていない利益相反取引による効力も、法律によって規定がされています。取引の効力や対抗要件については、以下の通りです。

直接取引の場合

直接取引にあたる取引の場合、会社側は原則としていつでも無効を主張できます。ただし無効の主張は取締役との直接取引に限られ、第三者に対しては対抗できないとされています。

例えば取締役aが、会社との利益相反取引で得た土地を第三者へ転売したとします。こういった取引において土地を購入した者が、これまでの事情を把握してないケースも少なくありません。この状態のまま、会社側の無効の主張が無条件に認められてしまうと、この第三者に不利益が生じる恐れがあります。

法律では、事情を知らない第三者(善意)を保護する必要があり、原則として第三者への無効の主張は認められていません。無効としたい場合には、その第三者が悪意(承認を得ていない事実を知りながら購入した)であることを、立証する必要があります(最判昭和46.10.13、相対的無効)。なお、利益相反取引を行った場合、取引を行った取締役が取引の無効を主張することはできません。

間接取引の場合

間接取引では取引に必ず第三者が関与しているため、「第三者に無効を主張できるか」という点がポイントです。債務の保証や引き受けであっても、取引の無効となることによって、第三者に不利益が生じるケースは十分に想定されます。

実際、過去の判例では名古屋高等裁判所が債務の引き受けについて、取引の安全性における見地より、第三者を保護する必要があると指摘。取引に関与する第三者に対して無効の主張を訴えるときは、第三者における悪意の立証が必要との見解を示しました(昭和43年12月25日)。このような事例も複数存在することから、間接取引で第三者に無効を主張する場合も、悪意の立証が必要とされています。

利益相反取引に関する事例

利益相反取引は、過去にさまざまな事例があります。以下は、近年において話題となった事例です。

(直接取引に該当する事例)市が出資する第三セクターの企業が利益相反取引を行っていた事例

福岡県みやま市が出資する第三セクター企業「みやまスマートエネルギー(以下、みやまSE)」の取締役が、利益相反取引の直接取引に該当する行為を行っていた事例です。みやまSEは市からの出資を受け、同一人物が社長を兼任する、民間企業「みやまHD」へ電力の需要管理を業務委託していました。

しかし2020年に業務委託の手続きの不備が発覚し、利益相反取引が行われた疑惑が浮上。事態を重くみた市は調査委員会を設置し、調査を行いました。調査委員会の報告書によると、双方の会社は取扱店契約を締結しているものの、他の取り扱い店舗と比べ手数料を割高に設定。

調査委員会は、これが利益相反取引にあたると指摘しており、複数の契約のうち計7件が取締役会の承認を得られていなかったことが分かりました。この件は福岡地検特別刑事部が、社長を会社法違反で処罰するよう求めた告発状を受理しており、引き続き捜査が進められています。

参照:産経ニュース「みやま市三セク業務委託問題 取締役会承認得ず契約、損失発生も 市長、経営見直し表明」

(間接取引に該当する事例)大手自動車メーカーの会長が利益相反取引による特別背任罪で逮捕された事例

日産自動車株式会社の会長を務めたカルロス・ゴーン氏に関する事例です。同氏は東京地検特捜部より複数の事案で起訴されていますが、そのうちのひとつに、利益相反取引による特別背任罪を問われているものがあります。

もともとゴーン氏は自身の資産管理会社と新生銀行との間に、報酬の運用に関する契約を締結しています。しかし約18億円の評価損益が生じたことから、2008年10月に契約の権利を日産自動車株式会社に移転させました。

この事実を知った証券取引等監視委員会は、翌11月に新生銀行に定期検査を実施。この移転は損失の付け替えと認められるもので、利益相反の可能性が高いと指摘しました。指摘を受けゴーン氏は契約の権利を管理会社に戻しましたが、2018年12月に東京地検が3度目の逮捕をしています。

参照:JIJI.COM「【図解・経済】ゴーン容疑者の日産「私物化」をめぐる対立点(2019年1月)」

関係者の調べによると、新生銀行は付け替え実行前に「取引相手が会社であれば追加担保は求めないが、利益相反の可能性がある」とし、取締役会の承認を得るようゴーン氏に指摘。一方でゴーン氏と側近は、「会社に負担は発生しない」と反論していたようです。しかし取締役と第三者間の取引において、会社が担保を提供するような行為は、利益相反取引の間接取引に該当します。

現在、ゴーン氏は海外に逃亡しているため、公判が進まない状態となっており、今後の動向が注目されています。

(親子関係にある会社同士の取引が利益相反取引とみなされた事例)同一人物が取締役を兼任する企業で利益相反取引が行われた事例

取締役を兼任する人物が利益相反取引を行った事例です。広島県にある親会社A社の代表取締役yは、自身が代表取締役を兼任する子会社Bが抱える大量の在庫をA社に買い取らせました。ただB社が抱える在庫は流行遅れと呼ばれる商品であり、百貨店などで販売する見込みはなく、商品価値を失ったと判断できるもの。一審ではB社に利益を得させるために行われた取引であり、利益相反による特別背任罪を認める判決が下されました。

一方、被告である取締役は判決を不服として、広島高裁へ控訴。法律で定められた第三者のためにという意図はないのに加え、B社は子会社であるため、判決は法律の適用を誤っていると主張しました。しかし親会社Aと子会社Bは100%の資本関係がないことから、最高裁は特別背任罪の成立を認め、控訴を全面的に棄却。被告である取締役には、懲役2年6月執行猶予4年が言い渡されました(広島高裁:平成16年9月21日)。

参照:平成16年9月21日広島高等裁判所「平成15(う)203 商法違反被告事件」

承認を得ずに利益相反取引を行った取締役の損害賠償責任について

利益相反取引により会社に損害が発生したとき、取引を行った取締役は課せられた任務を怠ったとして、「任務懈怠責任」を問われます(会社法423条)。任務懈怠責任とは、善管注意義務違反や忠実義務違反など、本来取締役が全うすべき任務を怠ったと判断されるときに、負うべき責任のことです。利益相反取引の場合、取引を行った取締役だけに限らず、取締役会の承認決議で賛成した取締役についても、任務を懈怠したものとして扱われます(会社法423条3項)。

利益相反取引で会社に損害を与えた場合、任務懈怠責任が認められる取締役は会社に対して、損害賠償責任を負わなければなりません(会社法423条1項)。なお、自己のために取引をした取締役は、取締役会または株主総会の承認を得た取引であっても、任務懈怠責任を免れることはできないとされています(会社法428条)。

利益相反取引を行った取締役における損賠賠償責任の免責事項

任務懈怠と判断された取締役は損害賠償責任を負いますが、特定の手続きを踏むことにより、責任の全部もしくは一部を免除できます。損害賠償責任の免除に必要となる手続きは、下記の通りです。

・全部免除…株主全員の同意(会社法424条)

・一部免除…株主総会の特別決議(会社法425条1項、309条2項)

取締役の損害賠償責任については、全株主の同意を得ることで免除が可能です。ただ実務上でいえば、全株主の同意を得ることは非常に困難だといえるでしょう。

例えば家族営業の会社では取締役が親族で構成されており、会社の資産を私的流用するような、利益相反取引が行われることも珍しくありません。こういった会社を買収した場合、買収後に損害が発覚すると、「利益相反取引によって生じた損害の責任を誰が負うべきか」という点が問題となります。

もし、買収された会社の取締役が承認を得ない利益相反取引を行っていた場合、買収した会社の取締役は賠償責任を追及することが可能です。反対に買収される側の会社の取締役が賠償責任を免れるためには、上記の免責手続きを行う必要があります。

しかし株主にもさまざまな種類が存在しており、少数株主のなかには行方が分からず、連絡が取れないケースも少なくありません。全株主の同意が得られないと責任免除の要件を満たせず、買収した会社から責任を追及される可能性があります。

もっとも取締役が善意・無重過失の場合には、株主総会の特別決議によって、損害賠償責任の一部を免除することが可能です。ただし自身のために直接取引を行った取締役は、善意・無重過失であっても損害賠償責任を免れず、責任の免除も認められません(会社法428条)。

なお、取締役が行った取引に関する賠償責任について、以前は商法522条に則り、時効は5年と認識されていました。しかし、2008年に行われた銀行の取締役に対する損害賠償を請求する裁判において、最高裁は消滅時効を民法167条1項の規定である10年と判断。この判例により現在では、取締役における損害賠償責任の時効は、10年間と認識されています。

利益相反取引に関する留意点

利益相反取引については、会社の承認以外にも留意すべき点があります。知らずに取引を進めてしまうと、取引後の手続きに影響を及ぼす可能性もあるため、以下の点については把握しておきましょう。

執行役員が行った行為については利益相反取引とみなされない

会社には、「執行役員」という役職・概念が存在する場合があります。執行役員とは雇用契約に基づいて雇用される従業員の役職を指し、労働の対価は給与によって支払われるのが一般的です。一方の取締役は取締役会の決議で選任される役職となり、混同されがちですが、執行役員とは異なる概念となります。

執行役員は会社法で定められた役職・概念ではないため、善管注意義務や忠実義務は義務付けられておらず、会社法356条における利益相反行為の対象にもなりません。会社法356条はあくまで「取締役」の取引を規制するものであるため、雇用された執行役員は原則として対象とならないとされています。

ただし、取締役と執行役員を兼任する場合には、規制に該当する可能性があるため注意しておきましょう。

取締役会で承認を得る際は「取締役会議事録」を作成する

取締役会の議事について法律では「議事録を作成し、書面をもって作成されるときは、出席した取締役および監査役は、これに署名または押印しなければならない」と定められています(会社法369条3項)。つまり会社には取締役会における議事録の作成、取締役と監査役には書面への署名・押印が義務づけられているということです。そのため利益相反取引の承認決議に関しても、議事録を作成する必要があります。

ちなみに、議事録は不動産を取引した際の登記申請時にも提出が必要です。利益相反取引には、会社と取締役が不動産の売買を行うケースがあります。不動産を取引した際は、登記手続きを行わなければなりません。登記申請では取締役会議事録、もしくは株主総会議事録を添付する必要があります。

取締役会が設置されている会社の場合、利益相反取引を行ったあとに報告が必要

取引後には、承認の有無を問わず取締役会への報告が義務付けられています(会社法365条2項)。そのため取締役は、利益相反取引における重要な事実について、遅滞なく取締役会へ報告をしなければなりません。

一方で取締役会の設置がなく、株主総会で承認を得た場合は、取引後に株主総会への報告は不要とされています。

⇒M&A損害をしっかり補填してもらう方法を見る!

まとめ

利益相反取引は会社に不利益を与える可能性があるため、法律によって規定が設けられており、取引を行う取締役は会社からの承認などを得る必要があります。承認を得ずに行った取引は無効となるだけでなく、取引に参加した第三者とのトラブルが生じることにもなりかねません。

また承認を得ずに行った取引によって会社に損害を与えた場合、当該取締役だけでなく、決議で賛成した取締役も賠償責任を負うことになります。取締役が取引を行う際は利益相反取引の概要や該当するケース、課せられた義務などを理解し、適切な手法で取引を行うことが大切です。

なお、利益相反取引に該当する取引かどうか、自社では判断がつかないケースもあるでしょう。そのようなときは、法律のプロである弁護士への相談がおすすめです。