表明保証に違反したら訴えられますか?

表明保証とは何か
表明保証とは、M&A契約や株式譲渡契約において、売主が対象会社の一定の事実関係(財務・法務・税務・許認可・訴訟等)について「真実かつ正確である」と表明し、それが事実に反した場合に責任を負うとする条項をいいます。
M&Aでは、買主が対象会社の内部事情を十分に把握することが難しいため、売主の表明保証は、買主が安心して取引を行うための信頼基盤となります。
したがって、表明保証は単なる契約文言ではなく、「情報の非対称性を是正し、リスクを公平に配分する仕組み」としての実質的な意味を持ちます。
表明保証違反に関する結論
結論として、表明保証に違反した場合には、原則として売主は契約上の責任を負い、買主から訴えられる可能性があります。
ただし、その責任の範囲や救済の内容は契約書で厳密に定められていることが一般的であり、違反があっても必ず損害賠償が認められるわけではありません。
M&A契約では、通常、表明保証違反に関する以下のような制限条項が設けられています。
制限の種類 | 内容 |
ディミニマス条項 | 一定額未満の軽微な損害は請求対象外とする(例:100万円未満は免責) |
バスケット条項 | 全損害が一定額を超えない限り請求できない(例:累計1,000万円以上) |
キャップ条項 | 請求できる損害賠償額の上限を設定(例:売買価格の10%まで) |
サバイバル条項 | 表明保証の効力期間を限定(例:クロージングから2年間) |
このように、訴訟が可能か否かは、違反の有無だけでなく、契約条項による責任制限や期間制限に強く左右されます。
また、裁判所においても、表明保証違反が形式的に存在しても、「買主が実質的な損害を被っていない場合」や「買主がリスクを認識していた場合」には、損害賠償請求を棄却する判断も見られます。
したがって、「表明保証に違反したら必ず訴えられる」わけではなく、契約書の文言、取引経緯、立証の難易度によって実際の責任追及の成否は異なります。
M&Aの契約交渉においては、訴訟リスクを想定し、事前に責任範囲と証明責任を明確化しておくことが重要です。
表明保証条項の内容と対象事項
売主に関する保証事項
売主に関する表明保証は、売主自身が取引の当事者として適法な地位と能力を有していること、そして契約の締結や履行に支障がないことを保証するものです。
これは、契約そのものの有効性を担保する役割を果たします。
主な内容を整理すると以下のとおりです。
区分 | 代表的な保証内容 | 目的 |
契約締結権限 | 売主が有効に契約を締結する権限を有していること | 契約の法的安定性確保 |
株式の適法保有 | 売主が譲渡対象株式を正当に所有していること | 所有権紛争の防止 |
契約違反の不存在 | 売主による本契約締結が他の契約や法令に抵触していないこと | 二重譲渡・契約違反の防止 |
破産・再生状態の否定 | 売主が破産手続・再生手続を行っていないこと | 売主の信用維持・履行確保 |
これらは、買主が安心して契約を締結するための前提となる保証であり、違反があった場合には、契約自体の履行不能や解除事由につながる可能性があります。
対象会社に関する保証事項
対象会社に関する表明保証は、M&A取引において最も中心的な役割を果たします。対象会社の実態が契約締結時点でどのような状態にあるかを明確にし、将来発覚するリスク(簿外債務、法令違反、紛争など)を防ぐ目的で設けられます。
主な保証項目をまとめると以下のとおりです。
分野 | 保証内容の例 | 意義 |
財務 | 財務諸表が正確であり、一般に公正妥当な会計原則に従って作成されている | 粉飾決算・簿外債務の防止 |
法務 | 主要契約の有効性、訴訟や紛争の不存在 | 法的リスクの排除 |
税務 | 納税義務が履行され、潜在的な税務債務がない | 税務リスクの防止 |
労務 | 未払い残業代や違法雇用がない | 労働紛争の回避 |
許認可 | 必要な営業許可・登録が有効に存在する | 事業継続の確保 |
知的財産 | 登録済みの特許・商標が第三者の権利を侵害していない | 無効リスクの防止 |
これらの保証が虚偽であると判明した場合、買主は表明保証違反として損害賠償を請求することができます。特に財務や税務に関する違反は金額的影響が大きく、紛争化する事例が多い分野です。
買主に関する保証事項
買主に関する表明保証は、売主から見た契約履行リスクを防ぐための規定です。M&Aは一方的な契約ではなく、売主・買主の双方が義務を負う双務契約であるため、買主側にも保証が求められます。
区分 | 保証内容 | 意図 |
契約締結権限 | 買主が有効に契約を締結する法的権限を有していること | 契約の有効性確保 |
資金調達能力 | 契約に基づく代金支払義務を履行できる十分な資金を有していること | 取引の確実性確保 |
違法性の不存在 | 買主の契約締結・履行が法令や第三者との契約に違反していないこと | 紛争防止 |
許認可・資格 | 買主の事業遂行に必要な許可や資格を保持していること | クロージング後の継続性担保 |
これらの保証は、買主が履行不能に陥るリスクを防止するものであり、契約の両当事者間の信頼関係を確立するために重要です。
表明保証違反による責任について
損害賠償・補償請求の要件
表明保証に違反した場合、買主は契約上の債務不履行責任(民法第415条)に基づき、売主に対して損害賠償または補償請求を行うことが可能です。
ただし、損害賠償が認められるためには、次の三つの要件を満たす必要があります。
- 表明保証の違反事実
契約で保証された事実(例:財務諸表が真実である)が実際とは異なること。 - 損害の発生
買主が実際に経済的損失を被っていること。 - 因果関係
その損害が表明保証違反によって直接的に発生したこと。
実務では、これらを証明することが容易ではありません。特にM&Aでは、簿外債務などが「いつ発生したか」「買主が事前に認識していたか」が争点となりやすく、証拠収集が困難なケースも多いです。
契約上は以下のような条項が一般的に設けられます。
条項 | 内容 | 目的 |
損害賠償条項 | 表明保証違反による損害を金銭で賠償する | 経済的救済の実効性確保 |
補償条項 | 特定の違反やリスクに限り補償を行う | リスク範囲の限定 |
通知義務条項 | 違反を知った場合に速やかに通知する義務 | 買主の遅延主張防止 |
損害賠償や補償請求は契約交渉の段階から慎重に設計されるべきであり、訴訟になってからでは立証のハードルが高い点に注意が必要です。
契約解除の可否と制限
表明保証違反を理由として契約を解除することができるかは、違反の程度と契約内容によって異なります。
一般的には、表明保証違反が「契約目的を達成できないほど重大」である場合に限り、解除が認められます。
たとえば、対象会社が重要な許認可を失っていた、重大な粉飾決算が発覚した、反社会的勢力との関係が判明したといった場合です。
ただし、実務上は以下のような制限が設けられています。
- 契約書で「軽微な違反では解除できない」と定めることが多い。
- 契約締結からクロージングまでの間に違反が判明した場合に限り解除を認める場合がある。
- クロージング後は原則として補償請求・損害賠償請求に限定される。
このように、解除はM&A契約における「最終手段」であり、安易に行使されるものではありません。多くの場合は、損害賠償や補償による金銭的解決が優先されるのが実務の実態です。
代金減額・支払留保などの実務上の救済手段
表明保証違反が発覚した場合でも、必ずしも訴訟や契約解除に至るわけではありません。実務上は、交渉を通じて代金調整や支払留保などの柔軟な対応が取られることが多いです。
代表的な救済手段を以下に整理します。
救済手段 | 内容 | 実務的特徴 |
代金減額 | 買収価格を減額して損害を調整する | 契約解除を避けつつ迅速に解決できる |
支払留保 | クロージング時の支払いの一部を留保し、一定期間後に確定 | 潜在リスクの担保手段として機能 |
エスクロー口座 | 弁護士等が代金の一部を預かり、一定期間後に解放 | 中立的管理により紛争リスクを低減 |
アーンアウト条項 | 事後の業績などに応じて代金を調整 | 双方の利害を調整しやすい |
このように、M&A契約では「事後的な金銭的調整」を通じてリスクをコントロールする実務が確立しています。
訴訟を回避しつつ合理的に解決するための条項設計が、取引全体の安定性を高めるポイントです。
表明保証違反の主張に必要な要件
客観的要件:事実の不一致
買主が表明保証違反を主張するには、まず「表明内容」と「実際の事実」に不一致があることを証明しなければなりません。
たとえば、売主が「対象会社に未払税金はない」と保証していたにもかかわらず、後に過年度の法人税未納が発覚した場合です。
このとき、裁判では以下の要素が検討されます。
- 契約書における表明保証の文言(明確性)
- 違反の時点(契約締結時かクロージング時か)
- 保証事項の範囲と定義(「重要な」・「知る限り」などの限定があるか)
この証明が十分でない場合、裁判所は「違反の存在を立証できていない」として請求を棄却することがあります。したがって、契約書における文言の明確化が何より重要です。
主観的要件:売主の知識・過失の有無
さらに、損害賠償請求を成立させるためには、売主に「帰責性」があること、すなわち故意または過失が認められる必要があります。
もっとも、契約で「無過失責任」とされている場合や、表明保証が厳格に構成されている場合には、売主の故意・過失がなくても責任を負うことがあります。
実務上、裁判所は以下の観点から売主の主観的要件を判断します。
- 売主が違反事実を認識していたか
- 違反の内容が通常の注意義務を尽くせば防げたか
- 買主が事前にそのリスクを認識していたか
したがって、売主は表明保証の範囲を過度に広げず、正確な情報開示を行うことで、後日の「過失推定」を防ぐことが重要です。
表明保証条項の限定方法と予防策
「知る限り」「重要性」といった限定方法
表明保証条項は、責任の範囲を限定することで訴訟リスクを低減できます。代表的な限定方法は以下のとおりです。
限定方法 | 内容 | 効果 |
「知る限り」表明 | 売主が自らの「知る限り」で真実と信じる事実を保証 | 責任範囲を主観的認識に限定 |
「重要性」限定 | 「重要な事項」に限り保証 | 軽微な不一致を責任対象外とする |
スケジュール限定 | 契約添付の「別紙一覧」に記載された事項に限定 | 保証範囲を具体化し、予測可能性を高める |
こうした限定を適切に設定することで、売主は過大な責任を回避でき、買主もリスク範囲を明確に把握できます。
情報開示とデューデリジェンスによるリスク管理
表明保証リスクを防ぐ最も実効的な手段は、契約前に徹底した情報開示とデューデリジェンスを行うことです。
売主にとっては、「全ての情報を開示した」という事実が、将来的に免責の根拠となり得ます。
一方、買主側は、以下の観点でデューデリジェンスを活用します。
- 財務デューデリジェンス:簿外債務や資産の実在性確認
- 法務デューデリジェンス:訴訟・契約・許認可のリスク確認
- 税務デューデリジェンス:潜在的税務債務の把握
- 人事デューデリジェンス:労働条件・退職金債務の確認
デューデリジェンスを十分に行わないまま契約を締結すると、後日訴訟になっても「買主側の過失」と評価されるリスクがあります。
通知義務条項の設定と実務的意義
多くのM&A契約では、表明保証違反を知った場合に買主が速やかに売主へ通知する義務を定めています。
通知期限を過ぎると請求権を失う場合もあるため、買主は早期に違反の兆候を把握する体制を整える必要があります。
通知義務条項の典型例:
買主は、表明保証違反を知ったときから30日以内に書面で売主に通知しなければならない。
通知の目的は、売主に対応の機会を与えること、証拠を早期に確保することにあります。
表明保証保険の活用
近年は、表明保証リスクを保険でカバーする「W&I保険(Warranty & Indemnity Insurance)」が普及しています。
この保険を利用すれば、売主・買主いずれかが契約違反による損害を被った場合に、保険会社が一定範囲を補償します。
ただし、以下のような限界もあります。
- 故意・重大過失による違反は補償対象外
- デューデリジェンスで認識済みのリスクは対象外
- 補償上限が売買価格を下回る場合が多い
したがって、保険は「補助的手段」として活用すべきであり、契約条項や情報開示体制の整備が基本です。
裁判事例から見る表明保証違反
違反が認められた事例とその判断枠組み
裁判所は、契約文言に基づき、売主の表明保証違反があったかどうかを厳密に判断します。
過去の判例では、以下のような枠組みで認定されています。
- 契約書に具体的な表明内容が明記されていたこと
- 違反事実が契約締結時点で存在していたこと
- 買主に実質的損害が発生していたこと
このように、契約文言の明確さと証拠の整備が訴訟の帰趨を左右するといえます。
責任が否定された事例とその解釈要素
一方、責任が否定された事例では、次のような要素が重視されています。
- 買主がリスクを事前に把握していた(デューデリジェンスで確認済み)
- 違反が軽微であり、契約目的を損なうものではなかった
- 契約書に免責条項が存在していた
このように、裁判所は単に「表明保証に違反している」だけでは損害賠償を認めません。
契約の具体的条項と当事者の行動実態を総合的に評価する姿勢が取られています。
まとめ
表明保証に違反した場合、売主は契約上の債務不履行責任を負い、買主は損害賠償や補償請求を行うことができます。
しかし、実際に訴訟で認められるかは、契約条項・違反の重大性・当事者の注意義務の履行状況に大きく左右されます。
したがって、契約交渉段階から、表明保証の範囲・責任制限・通知義務を明確に定め、訴訟に発展しないようなリスクマネジメントを行うことが重要です。