M&Aにおける競業避止義務の重要性とポイントを解説

M&Aでは、譲渡企業から引き継いだ事業を譲受企業が継続すると共に、独占的に営業できるようにすることがポイントです。そのために重要なことが譲渡企業やその取締役、オーナーに対して、譲渡した事業に関する競業避止義務を設定することです。

会社法21条には事業譲渡による競業避止義務についての原則的な規定がありますが、これだけでは十分ではないので、事業譲渡契約書や株式譲渡契約書に競業避止義務に関する規定を盛り込むことが大切です。

この記事では、この記事では、M&Aにおける競業避止義務の重要性や注意点を解説します。

競業避止義務とは?

競業避止義務とは、取締役や従業員に対して課される義務で、所属する企業が営む事業と同じ事業や類似する事業を自ら営んだり、他の企業で行うことを禁止するものです。

こうした競業行為が容認されると、企業のノウハウや極秘情報の流出につながり、大きな損害を受けてしまいます。

人材の流動化が活発になり、副業を解禁する企業が増えている中、競業避止義務の重要性が高まっています。

取締役に対する競業避止義務

取締役は、会社法356条1項1号により、「自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき」は株主総会にその取引に関する重要な事実を開示しその承認を受けなければならない。とされています。

この競業避止義務に違反した場合でも、取締役と相手方の取引自体は有効ですが、会社や株主が差止請求を行うことができます。また、当該取締役に対して会社が被った損害の賠償請求が可能です。

その他、取締役と競業避止義務契約を締結することで退任後も競業避止義務を課することもできます。

従業員に対する競業避止義務

従業員に対する競業避止義務は法律上明確な規定はありません。ただ、在職中はもちろん、退職後も、一定期間、競業避止義務が課される旨の労働契約を締結するのが一般的です。

M&Aにおける競業避止義務の重要性とは?

M&Aでは譲受企業が譲渡企業の事業を引き継ぐのが一般的です。

譲渡企業の取締役や従業員も含めて、取り込むケースもありますが、譲渡企業の取締役を退任させて、事業内容のみを取り込むケースもあります。

後者のケースでは、譲渡企業の取締役が譲渡によって得た資金を元手に新たに事業を始めることもあるでしょう。

この時、その取締役が売却した事業と同様の事業を開始したら、譲受企業の有力な競合相手になりかねません。

ノウハウをそのまま使われたり、取引先も奪われてしまうと、譲受企業は大金を払って実体のない会社を買わされたような状態になってしまいます。

こうした事態を避けるために、M&Aでは、譲渡企業側に対して、一定期間、一定範囲の競業避止義務を課することが重要になります。

会社法21条の競業避止義務とその限界について

M&Aにおける競業避止義務については、会社法21条に原則的な規定が設けられています。

これによると事業譲渡が行われた場合は、譲渡会社には次のような競業避止義務が課せられています。

  • 同一の市区町村の区域内及びこれに隣接する市区町村の区域内で、20年間は、同一の事業を行ってはならない。
  • 譲渡会社は、不正の競争の目的をもって同一の事業を行ってはならない。

また、譲渡会社が同一の事業を行わない旨の特約を結ぶこともできますが、その期間は30年が限度とされています。

事業譲渡がなされた場合は、競業避止義務に関する契約を結ばなかったとしても、これらの競業避止義務は当然に課されることになります。

ただ、会社法21条は、競業避止義務の規定としては限定的です。

まず、事業譲渡のみを対象としており、会社分割や株式譲渡では適用されません。

また、同一の市区町村と隣接する市区町村の区域内というごく限られた範囲内での競業避止義務を課すものに過ぎません。

地域密着型の事業の場合は、その範囲でも有効かもしれませんが、より広範な地域で営業する形態の業種の場合は範囲が狭すぎて、役に立たない規定になることもあります。

特に、インターネットにより、全国規模あるいは世界規模の取引を行う場合は、区域を限定せず、より包括的な競業避止義務を設定することが重要です。

M&Aのスキームごとの競業避止義務

M&Aのスキームとしては、事業譲渡、会社分割、株式譲渡の3つが主です。

それぞれのスキームにおいて、競業避止義務がどのように設定すべきか解説します。

事業譲渡スキームの場合の競業避止義務

M&Aが事業譲渡のスキームで行われる場合は、会社法21条の規定を適用できますが、1項、2項の規定は事実上役立ちません。不正競争を禁じる3項のみ、かろうじて、争いとなった場合に使えるだけです。

そのため、競業避止義務に関して、範囲や期間を明確にした規定を事業譲渡契約に盛り込むことが重要になります。

会社分割スキームの場合の競業避止義務

M&Aが会社分割のスキームで行われる場合は、競業避止義務の原則的な規定が会社法に設けられていません。

会社分割には、吸収分割と新設分割がありますが、いずれも組織再編の一環として行われるものです。

また、分割会社が切り離したい事業を承継会社に承継させることが目的なので、事業が競合する事態は想定しにくいとも言えます。

分割会社と承継会社の間で競業避止義務を設定する必要がある場合は、吸収分割契約や新設分割計画などで競業避止義務を設定することになります。

株式譲渡スキームの場合の競業避止義務

株式譲渡は、中小企業のM&Aで利用されることが多いスキームです。事業譲渡と同様に競業避止義務の重要性は高いですが、会社法などの法律では競業避止義務の規定は特に設けられていません。

そもそも、株式を譲り受けることで、その会社の経営権を握った株主は、事業をすべて引き継ぐわけですし、株式を譲渡した株主は、事業に必要な人材、資金、物をすべて手放すことになるわけです。

通常は、事業の競合という事態は想定されません。

ただ、株式を譲渡した株主は、売却によって多額の資金を得ることになります。

その資金を元手に新たな事業を開始したり、競合他社を買収することもあり得ます。そのような場合、人材や取引先が流れてしまう事態も想定されます。

また、自ら営業する場合に限らず、競合他社の顧問やアドバイザーとなって、ノウハウを利用されたり、人材取引先を引き抜かれたりして、同様の状況が生じることもあります。

そこで、株式譲渡の際は、譲渡契約書に競業避止義務の規定を盛り込むことが重要になります。

M&A契約書における競業避止義務条項の代表例

M&A契約書で設けるべき競業避止義務条項の代表例は次のとおりです。

第〇条(競業避止義務)

1.売主は、自ら又はその子会社・関連会社をして、買主が事前に承諾した場合を除き、クロージング日から〇年間、対象会社が現在営んでいる事業又はこれに類似する事業(以下「競合事業」という)を、その関与形態を問わず、直接又は間接に行ってはならない。

2.売主は、自ら又はその子会社・関連会社をして、対象会社の役員・従業員に対して、自ら又はその子会社・関連会社の役員・従業員となることを勧誘してはならない。

こちらの競業避止義務条項は、あくまでも代表的な事例です。

すべてのM&Aでこの条項を盛り込めば安心というわけではなく、具体的な条項はケースバイケースで決めるべきものになります。

最終的には弁護士に相談するなどして、競業避止義務条項を決めてください。

次の項では、競業避止義務条項を定める際の注意点を解説します。

M&Aにおいて競業避止義務を定める際の注意点

事業譲渡、会社分割、株式譲渡のいずれのスキームを利用する場合でも、競業避止義務の規定を盛り込むことが大切です。

では、競業避止義務の規定を設ける際にどのような点に注意すべきか解説します。

競業避止義務の範囲に注意する

会社法21条では、同一の市区町村と隣接する市区町村の区域内というごく限られた地域での競業避止義務が設定されているにすぎません。

これだけでは、明確性にも欠けますし、競業避止義務の範囲としては十分ではありません。

まず、競業避止義務の対象となる営業内容の範囲を明確にすべきです。

例えば、「小売業」だけでは、何を売る商売を禁止するのか明確ではないため、後でトラブルになることが予想されます。対象となる商材の種類も具体的に決めることが望ましいでしょう。

次に、営業地域の範囲を明確にします。

同一の市区町村と隣接する市区町村の範囲だけで禁止するだけでは、十分ではないことも多いものです。

事業の規模に合わせて、より広範な地域における競業避止義務を設定すべきでしょう。

競業避止義務の期間に注意する

会社法21条では、原則として20年という期間が設定されていますし、最大で30年間に延ばすことも可能とされています。

しかし、20年の期間でも長すぎるので、この点は交渉の上で、5年〜10年の期間に短縮されることが多いです。

取締役や従業員個人の競業避止義務を確認する

M&Aにより、譲渡側の取締役が退任したり、従業員がこれに合わせて退職することもあります。

この場合には、こうした取締役や従業員が、新たに起業するなどして、競合する事業を開始することを阻止しなければなりません。

まず、従業員個人については、労働契約により退職後も競業避止義務が課せられていることがほとんどなので問題にならないことが多いでしょう。

一方、取締役については、会社法356条1項1号の規定があるものの、これは、在任中の取締役に対するもので、退任後の行動を縛るものではありません。

そのため、取締役と言えども、退任後は競業避止義務がなくなるため、M&Aにより、譲渡側の取締役が退任する場合は、別途、競業避止義務に関する取り決めを交わすことが大切です。

特に、株主兼取締役などのオーナーが株式譲渡するケースでは、多額の資金を得るので注意が必要です。

競業避止義務違反時の対応に注意する

競業避止義務とセットで設定すべき条項が競業避止義務違反時の損害賠償責任に関する規定です。

M&Aの譲受側が譲渡側に対して、違約金の請求や損害賠償請求ができる旨を定めます。

具体的な損害賠償額については、当事者で協議しますが、会社法423条2項に、取締役が在任中に競業避止義務に違反して取引をした場合は、当該取引によって取締役等が得た利益の額が会社に生じた損害の額と推定する。と規定されている点が参考になります。

独占禁止法の抵触に注意する

M&Aの際に譲渡側に、競業避止義務を設定することは、合理的に必要な(手段の相当性が認められる)範囲なら、独占禁止法上問題になることはありません。

ただ、競業避止義務の内容や期間がその目的に照らして過大である場合は、自由競争減殺の観点から問題となることがあります。

また、対象範囲が不明確な場合も、譲渡側が新たに事業を始める際に、萎縮する可能性があることから競争政策上望ましくないとされています。

そのため、競業避止義務を設定する際は次の点に注意する必要があります。

  • 競業避止義務の内容や期間を必要以上に過大にしない。
  • 競業避止義務の範囲を明確にする。

これらの点から問題がないかどうかは、弁護士等の専門家にチェックしてもらうことが大切です。

M&Aの競業避止義務の判決事例

M&A後も譲渡会社が競合する事業を継続したり、新たに競合する事業を始めた場合は、譲受会社が競業避止義務違反を理由にその事業の差し止めを求めたり、損害賠償請求を行うことがあります。

具体的な裁判事例を見ていきましょう。

ECサイト譲渡に関する事例

この事例は、事業譲渡の事例です。

事件の概要は次のとおりです。

婦人用中古衣類の売買を行うECサイトについて譲渡会社と譲受会社の間で、事業譲渡がなされました。

ところが、譲渡会社が事業譲渡後も新たにECサイトを立ち上げて、競合する事業を継続したため、譲受会社が競業避止義務違反を理由に訴えを提起しました。

譲受会社側は、「譲渡会社は、不正の競争の目的をもって同一の事業を行ってはならない。」という会社法21条3項の規定を根拠に、事業の差止めを求めました。

この事例では、事業譲渡の範囲も争いとなりました。

譲渡会社側は、譲渡契約の対象は「ロリータファッション」に限定されるとして、譲渡の際に「ガーリーファッション」のブランドをECサイトから削除していました。

そして、事業譲渡後に、削除した「ガーリーファッション」のECサイトを立ち上げたためにトラブルとなりました。

また、事業譲渡の前後で、古物営業法の許可のためとして、約1か月の営業休止期間を設定しました。

その間に、譲渡会社は、姉妹サイトと称して問題となったECサイトを立ち上げており、売却したECサイトから顧客を流出させるといった不当な行為を行っていました。

この点が、会社法21条3項に抵触すると認定されたようです。

裁判所は、事業譲渡の範囲に「ガーリーファッション」も含まれるとして、譲渡会社の競業避止義務違反を認定し、損害額についても、譲渡会社と譲受会社の営業手腕の差などを考慮しつつも、譲受会社に一定の損害が発生したことを認定しました。

この事例は、M&Aの際に譲渡する事業の範囲と競業避止義務の範囲を明確にしておかなければ、トラブルに発展しやすいことを示唆していると言えます。

平成27年(ワ)第2612617号 競業行為差止等請求事件

平成28年(ネ)第10114号 競業行為差止等請求控訴事件

洗剤販売事業の譲渡に関する事例

こちらも事業譲渡がなされた事例です。

譲渡会社(東京都日野市)は、ドライクリーニング用の「ハイ・ベック」シリーズという洗剤を販売していましたが、この販売事業を譲受会社(熊本市)に事業譲渡しました。

ところが、譲渡会社は、事業譲渡から6年経過後に、「ハイ・ベック」の復刻版と称した新シリーズを販売するようになりました。

そのために、譲受会社が譲渡会社に対して、「ハイ・ベック」の名を冠した商品の販売等を止めるよう求めて訴えを提起しました。

この事例では、事業譲渡の経緯が少々込み入っていますが、裁判所は、譲渡会社の行為は、「本件営業譲渡の目的に反し、譲受会社による暖簾等の利用を妨害するものというべきであって、会社法21条3項の「不正の競争の目的」によるものと認めるのが相当である。」として、譲受会社による差止請求を認めています。

また、譲受会社が被った損害額(逸失利益)は、譲渡会社が類似商品を販売したことにより得た利益の額であると認められました。

平成27年(ワ)第7051号 不正競争行為差止等請求事件

まとめ

M&Aでは、譲渡側に対して、競業避止義務を課することが重要です。

事業譲渡の事例ならば、会社法21条の規定を適用できますが、1項、2項の規定は事実上役立ちません。そのため、事業譲渡契約書に競業避止義務の規定を盛り込むことが大切です。

また、中小企業のM&Aで利用されることが多い株式譲渡では、競業避止義務に関する原則的な規定がないため、、株式譲渡契約において、競業避止義務に関する規定を盛り込むことが重要です。

一方で、競業避止義務の規定が独占禁止法に抵触するような内容だと、やはり、トラブルの原因になります。

こうした事態を避けるには、M&Aの際に、株式譲渡契約の内容等を弁護士にチェックしてもらい、リスクを洗い出すことが大切です。