M&A契約におけるコベナンツと違反した場合のペナルティを徹底解説

M&A契約において、重要な要素の一つがコベナンツです。コベナンツは、契約当事者が一定の義務や行動を遵守することを約束する条項です。コベナンツは、取引の成功を確実にするために設けられ、買収後のリスク管理や取引条件の履行を保証する役割を果たします。

コベナンツに違反した場合、取引の破綻や重大なペナルティに繋がることがあります。そのため、M&A契約に携わる企業担当者にとって、コベナンツの内容や違反時のリスクを正しく理解することは不可欠です。

本記事では、M&Aにおけるコベナンツの基本的な役割や種類を解説します。コベナンツ違反がもたらす影響や、その際に企業が直面する可能性のあるペナルティについても詳しくまとめました。

M&A契約におけるコベナンツ(誓約事項)とは

コベナンツ(Covenants、誓約事項)とは、契約当事者が特定の行為を実行する、または実行しないことを互いに約束する規定のことを指します。

M&A契約におけるコベナンツは、一般的に以下の期間における当事者の行動を明確に定めるものです。

  • 契約締結日からクロージング日までの間:この期間中に各当事者が実行すべき行為や、逆に禁止される行為を規定します
  • クロージング日以降:契約が成立した後の行動についても、履行すべき義務や禁止事項を詳細に定めます。

これにより、各当事者が責任を果たし、契約が適切に進行・実行されることを確保します。

コベナンツの目的

M&A契約書でコベナンツを定める主な目的は、対象会社の価値を保護することにあります。契約が締結された時点で、すぐに対象会社の経営権が買い手に移るわけではありません。

クロージングが完了するまで、つまり全ての手続きが終了し、買い手が売り手に送金を完了するまでは、対象会社の経営権は引き続き売り手が保有します。この期間中に、会社の価値を下げるような出来事が発生するリスクがあります。

買い手にとって、この期間中に起こるM&Aの対象会社の価値低下についてはほとんどコントロールできません。そのため、M&Aの対象会社の価値を守る仕組みとして、契約書にコベナンツを盛り込み、売り手が一定の行動を取ることや禁止事項を明確に定めるのです。

M&A契約におけるコベナンツの種類と条項の例

本章では、M&A契約におけるコベナンツの種類と具体的な条項の例について、クロージング前の義務を定めるものと、クロージング日における義務を定めるもの、クロージング後の義務を定めるものに分けて順番に解説します。

クロージング前のコベナンツの種類と条項の例

クロージング日までにM&Aの売り手側および買い手側が遵守すべきコベナンツの例として、以下のような内容が挙げられます。

M&A取引に必要な承認手続きの実施(売り手側)

M&A取引を実行するために、取締役会や株主総会での承認を取得する旨がコベナンツとして設定されるのが基本です。株式譲渡契約書における具体的なコベナンツの項目例を以下に示しました。

第◯条(譲渡承認の取得)

売主は、クロージング日までに、対象会社をして、取締役会を開催させ、本件株式の譲渡を承認する決議を行わせるものとする。

取引先からの同意取得(売り手側)

対象会社が取引先との契約においてチェンジ・オブ・コントロール条項が存在する場合、該当する取引先から事前に同意を得ることが求められます。取引先からの同意取得について、株式譲渡契約書では、例えば以下のような条項で盛り込まれることがあります。

第◯条(取引先の承諾の取得)

売主は、クロージング日までに、対象会社をして、対象会社が締結している取引先との契約に関して、本契約に基づく本件株式の譲渡について、当該取引先の事前承諾が必要な場合には、当該取引先の承諾を取得させるものとする。

事業運営の維持(売り手側)

クロージング日まで、対象会社の事業を通常の業務プロセスに従って適切に運営し、経営判断の一貫性を保つことを遵守させるため、コベナンツとして以下のような条項が盛り込まれることがあります。

第◯条(クロージングまでの誓約事項)

1.売主は、本契約締結日以降、クロージングまでの間、対象会社をして、善良なる管理者の注意をもって、本契約締結日以前と実質的に同一かつ通常の業務の方法により、業務の執行及び財産の管理・運営を行わせしめるものとし、買主の事前の書面による承諾のある場合を除き、通常の業務以外の重要な業務執行を一切行ってはならないものとする。

2.売主は、前項に定めるところに加え、本契約締結日以降、クロージングまでの間、対象会社をして、買主の事前の書面による承諾なくして、以下の行為を行わずかつ行わせないものとする。

(1)定款の変更

(2)社債の発行、又は借入(売主からのキャッシュマネジメントシステムによる借入を除く)、保証若しくはこれに準じる債務負担行為

(3)重要な資産の取得、並びに売却、賃貸、担保設定及びその他の処分

(4)重要な契約の締結、変更、解除又はその他終了

(5)解散、清算、又は破産手続開始、会社更生手続開始、民事再生手続開始若しくはその他の倒産手続開始の申立て

(6) 第◯条に定める売主の表明保証の違反に該当する行為

保証債務の解消や抵当権の解除(買い手側)

M&Aにおける買い手側が義務を負うコベナンツ条項として、売主側が負っている保証債務の解消や抵当権の解除に必要な手続きを実施する義務が規定される場合があります。この規定は、クロージング前後にわたって買い手側に義務を課すものです。

第◯条(保証債務の解消及び抵当権の解除)

買主は、売主が対象会社の債務及び契約を担保するために負っている保証債務及び担保のため設定している抵当権について、買主の費用と責任において、当該保証債務の解消及び当該抵当権の解除のために必要な手続きを行うものとし、同手続きが完了するまでの間に、債権者から売主に対して保証責任の追及又は抵当権の実行がなされた場合には、売主に対して補償するものとする。

クロージング日のコベナンツの種類と条項の例

クロージング日においてM&Aの売り手側が遵守すべきコベナンツの例として、以下のような内容が挙げられます。

金銭消費貸借関係の清算

売主と対象会社の間に貸付金や借入金が存在する場合、それをクロージング日までに精算することを義務付ける条項です。

第◯条(金銭消費貸借関係の清算)

売主は、売主と対象会社との間の金銭の貸借関係について、クロージング日に、清算するものとする。

このコベナンツ条項の目的は、対象会社の財務状況を明確にし、買主が予期せぬ債務や金銭関係の影響を受けないようにすることです。未清算の金銭貸借が残ると、買収後の財務管理や運営に影響を及ぼす可能性があるため、買い手側のリスク管理の一環としてこうした条項が設けられます。

役員の処遇

このコベナンツ条項は、M&A取引後の役員の処遇を定めるものです。特に、対象会社の代表者(X氏)の辞任と、その後の経営引継ぎ支援を義務付ける点がポイントです。

第◯条(役員の処遇)

1.X氏は、クロージング日をもって、対象会社の[ 取締役 or 代表取締役 ]を辞任する。

2.X氏は、辞任後も、対象会社の経営の引継ぎを補佐する。

3.X氏以外の対象会社役員は、クロージング日以降も、当面は、同日以前と同様の役職及び処遇(報酬水準及び役員退職慰労金の水準を含む)にて、引き続き役員に在任するものとする。

第1項では、X氏がクロージング日をもって取締役または代表取締役を辞任することが定められています。これにより、買主が対象会社の経営権を確実に掌握できるようになります。

第2項では、X氏が辞任後も経営引継ぎを補佐する義務を負い、スムーズな経営移行を確保しています。第3項では、X氏以外の役員は、クロージング後も当面の間、現行の職位・報酬体系を維持することを保証し、買収後の経営の安定を図っています。

臨時株主総会開催

このコベナンツ条項は、M&A取引後の経営体制の迅速な移行と、対象会社のガバナンスの安定化を確保するための重要な規定です。

第◯条(臨時株主総会開催)

売主は、クロージング日に対象会社をして、以下の決議事項を株主総会の目的事項とする臨時株主総会を開催せしめ、当該事項について決議せしめるものとする。

(1)買主が指名する対象会社の新取締役及び新監査役の選任

(2)X氏に対する売主と買主が合意する金額の役員退職慰労金贈呈

(1)により、買主側の経営陣が正式に選任され、対象会社の経営権が買主へ移行することが保証されます。これは、M&Aの重要な目的である経営権の移譲をスムーズに実行するための措置です。

(2)では、売主と買主が事前に合意した退職慰労金をX氏に支給することを決議し、退任手続きを円滑に進めることを目的としています。

クロージング後のコベナンツの種類と条項の例

クロージング後におけるM&Aの売り手側と買い手側が遵守すべきコベナンツの例としては、以下のような内容が挙げられます。

一定期間の競業禁止(売り手側)

M&Aの実施後に売り手側が同じ業界で競合する事業を行うことを制限する旨を、以下のような条項で規定することがあります。

第◯条   (競業避止義務)

売主は、買主が事前に承諾した場合を除き、対象会社が現在営んでいる事業又はこれに類似する事業(以下「競合事業」という)を、その関与形態を問わず、直接又は間接に行ってはならない。

このコベナンツ条項の目的は、買い手側が対象会社の買収後、事業の価値を維持・向上できるようにすることです。仮に売り手側が競業を行うと、顧客の流出や市場競争の激化を招き、対象会社の事業価値が損なわれるリスクがあるため、これを防ぐ役割を果たします。

従業員の継続雇用(買い手側)

これは、M&Aの買い手側に、M&A取引の対象会社の従業員の雇用を一定期間継続することを義務付けるコベナンツです。

第◯条(従業員の処遇)

買主は、クロージング日における対象会社の全従業員(嘱託を含むものとする。以下「対象会社従業員」と総称する)の雇用を、当面、維持するものとする。また、買主は、対象会社従業員の処遇(給与水準及び退職金の水準を含む)について、対象会社の就業規則に定める懲戒事由が無い限り、当面は、不利益に変更しないものとする。

このコベナンツ条項は、M&Aに伴う待遇悪化を防ぐことで、買収後の従業員のモチベーション維持や円滑な事業承継を目的としています。

M&A契約でコベナンツに違反した場合のペナルティ

M&Aの契約書に定められたコベナンツ条項に売り手もしくは買い手が違反した場合、ペナルティが課されることがあります。主な対応措置として以下が挙げられます。

  • 金銭による補償:違反に対する損害賠償として、もう一方の当事者に金銭を支払う
  • 最終契約の解除
  • M&A取引の中止

中小企業のM&Aでは、従業員が重要な資産と見なされることが一般的です。そのため、買い手がコベナンツに「従業員が退職するごとに売り手にペナルティを課す」という条項を盛り込むケースもあります。これにより、取引期間中における従業員の退職リスクを抑え、対象企業の価値を維持することを図ります。

M&A契約でコベナンツ違反を避けるための対応

M&A契約におけるコベナンツは、取引を円滑に進め、双方の利益を保護する上で重要な条項ですが、これを十分に理解せずに進めると違反のリスクが高まります。コベナンツ違反が発生した場合には、契約の破棄や法的トラブルに発展する可能性があるため、事前に専門家の助言を受けることが不可欠です。

M&A契約書におけるコベナンツ条項は、法的専門用語が多く含まれ、解釈が難しい場合があります。誤解や認識不足が違反に繋がる可能性があるため、専門家の助言を受けることで条項の内容を正確に理解できます。

また、コベナンツ違反のリスクは、業種や取引内容によって異なります。法律や業界の慣行を熟知した専門家であれば、個別の事例に応じた的確なアドバイスを提供してくれます。

専門家に相談する際は、一般的な法律事務所ではなく、M&A契約の実績が豊富な法律事務所を選ぶことが重要です。その中でも、コベナンツ条項に詳しい弁護士が在籍しているかを確認しましょう。

M&A契約におけるコベナンツと違反のペナルティまとめ

M&A契約におけるコベナンツ条項は、取引を円滑に進めるために欠かせない重要な要素であり、取引の透明性を高め、売り手と買い手双方のリスクを軽減する役割を果たします。しかし、コベナンツに違反すると、契約破棄や損害賠償といった深刻なペナルティが発生する可能性があります。

コベナンツ違反を防ぐためには、契約書に記載されているコベナンツ条項を正確に理解し、適切に対応することが求められます。専門家の助言を受けつつ、リスクを最小限に抑え、M&A取引の成功を目指しましょう。