船井電機倒産の理由、悪質なM&A詐欺による老舗電機メーカーの末路

特に海外を中心に低価格帯のテレビで、『世界のFUNAI』とも称されて高い支持を受けていた老舗電機メーカーである船井電機が2024年10月24日に東京地裁から破産開始決定を受けました。
船井電機の破産手続開始申立書によると、債務超過(返せないお金)額は 117億6900万円で、船井電機から外部へ流出したとみられる資金は約300億円です。船井電機の資産のうち、持ち株会社の船井電機・ホールディングスへの貸付金253億円は、回収の見込みが立たないため無価値と判断された上に、33億円の簿外債務も隠されていました。
どうしてこのような事態になってしまったのでしょうか?そこには悪質なM&A詐欺とも見えるような外部から来た経営者による資産の引き抜き工作が見え隠れします。船井電機があっという間に倒産してしまった経緯について見ていきます。
船井電機の履歴
まず、今回倒産に至ってしまった船井電機とはどのような会社なのでしょうか?その履歴をたどってみます。船井電機は、1951年、創業者である船井哲良氏がミシンの部品や完成品の卸問屋として「船井ミシン商会」で事業を立ち上げたのがその始まりになります。その後、1959年に船井電機の前身である船井軽機工業(株)での生産が開始され、船井電機設立のきっかけとなったのがトランジスタラジオでした。米欧大手メーカー向けのOEMを中心に爆発的な売れ行きとなりました。
その後、1985年にはテレビデオの販売を開始し、1990年代以降、海外に進出、船井電機のビデオデッキは「安価で高品質」という評判を築きました。特に北米市場で大成功を収め、PhilipsやMagnavoxなどのブランド名で製品を供給し、北米最大のテレビメーカーの一つとなりました。結果的に6割を超えるシェアを獲得します。テレビ以外でも、家庭用のコードレス電話機を発明したのも船井電機であることは有名です。
そのほか、1997年には米ウォルマートとの提携を通じて、北米市場での販売をさらに拡大したり、2007年に米国メジャーリーグのボストン・レッドソックスとパートナーシップ契約を締結したりするなど、北米市場との深い関係性を築いた、家電メーカーとしても知られています。
転落の契機となった後継者問題
2000年代ぐらいまでは前述のとおり、順調な経営を続けていた船井電機ですが、2008年に創業者の船井哲良氏が会長職になったころから経営状況に変化が起こり始めます。創業者の船井哲良氏が80歳を超えて高齢となり、本格的に後継者を選定しなければならない状況になってきたのです。
業績も赤字が続くようになってしまっていました。しかし、医師である船井哲良氏の長男船井哲雄氏は会社経営を引受けるつもりはなく、後継者がなかなか決まらないという状況が続きました。
長男の船井哲雄氏は旭川医科大学を卒業し、医師としての長年のキャリアを北海道で築いており、船井電機の経営には関与していませんでした。そして、哲雄氏は船井電機の業績が悪いことについて、業績回復に対する責任を感じていましたが、自身が経営に関与するよりも、経営再建の経験を持つ他の経営者に任せる方が良いと判断していたようです。
船井電機の後継者問題がこのような状況で、船井哲良氏の親族や船井電機内部での適切な後継者を見つけることができず、船井電機は最終的に外部から社長を招聘することになりました。その外部から招聘された経営者が秀和システムの上田智一氏であったということです。
秀和システムによる買収
適切な後継者が定まらない中、船井電機は2021年に出版社の秀和システムの子会社・秀和システムホールディングス(HD)に買収されました。しかし、この買収は出版社系の企業が電機メーカーを買収するという通常では考えられない異例のものでした。
前述のとおり、船井電機は長年にわたり後継者問題が続いており、2017年には創業者の船井哲良氏も亡くなったことから、いよいよ後継者による経営再建を目指す必要がありました。そこで、関係者が選んだ選択肢が秀和システムによる船井電機の買収という方法でした。
結局、秀和システムによる船井電機の買収は、船井電機が経営再建を目指すために、大手外資系コンサルティング会社出身で経営改革の経験が豊富だと思われた上田智一氏の手腕に賭けたということだと思われます。
上田智一氏とはどのような人物なのか
上田智一氏は、青山学院大学国際政治経済学部卒業後、アンダーセン・コンサルティング(現・アクセンチュア)というコンサルティング会社でビジネスキャリアをスタートし、ITコンサルティング事業の株式会社ボールドグロウスを設立、その後、株式会社秀和システムの代表取締役会長兼社長を務めるなどの経歴を持つ実業家です。
経営スタイルとしては、積極的な資金調達と事業の多角化を特徴としていると言われています。上田智一氏は、企業の買収や子会社の設立を通じて、事業の拡大を図る戦略を取る経営を行う傾向があると考えられています。
秀和システムによる買収の経緯
2021年、秀和システムによる船井電機の買収が行われました。この買収は、秀和システムの子会社の秀和システムホールディングスが船井電機の株式を公開買い付け(TOB)するという形で行われ、船井電機は非上場化されることになりました。非上場化のためのTOB価格は918円で、TOB公表日の前営業日である2021年3月22日の終値696円に対して31.90%のプレミアムを加えた価格で設定されました。
一方、筆頭株主で11,738,780株(所有割合34.18%)を持つ船井哲良氏の長男の船井哲雄氏からは403円で船井電機が自社株買いを行いました。
船井哲雄氏は、前述のとおり、船井電機の業績が悪いことに責任を感じていて、他の株主への経済的な還元を優先したいという考えから、TOBで設定された株価であれば918円であったのに対して、半分以下の403円で売却することに同意したと言われています。
結果的に買収する秀和システム側としては、船井哲雄氏がTOBと同じ918円で売却した場合と比較して61億円も安く船井電機を買収することができたことになります。最終的に秀和システムによる船井電機の買収が、船井電機の倒産の原因になってしまったことを考えると、船井哲雄氏の船井電機に対する想いは皮肉な結果となってしまいました。
結局、秀和システムはトータル額256億円で船井電機を買収しましたが、その買収のための資金のうち180億円は、買収先である船井電機の定期預金が担保にされるなど、買収の当初からすでに船井電機の現預金を吸い上げるような動きがみられました。そして、倒産問題がいよいよ表面化する前の2024年5月にこの秀和システムの借入金180億円は、担保で借入先の銀行から回収されていたとのことです。
後継者社長が行った買収後の経営
船井電機の創業者船井哲良氏の後継者が見つからず、経営が悪化していた船井電機にとって、適切な経営者による経営再建は必須のものでした。その後継者として白羽の矢が立った上田智一氏は、2022年6月30日に船井電機の後継者社長に就任し、就任後どのような経営をしたのでしょうか?上田智一氏が船井電機の経営者として行ってきたことについて、見ていきたいと思います。
ホールディング会社の設立
上田智一氏は、まずホールディング会社の設立を行いました。具体的には、2023年3月31日、船井電機を会社分割による持株会社体制へ移行するとして、船井電機ホールディングスを設立しました。
ホールディング会社を作って持株会社体制へ移行する理由としては、「経営スピードを速め当社グループの持続的成長および事業の更なる発展を図ることが狙い」と上田智一氏は船井電機ホールディング設立に関するコメントを出しています。
結果として、設立された船井電機ホールディングスに対して、資金や資産が豊富な船井電機が多額の貸付をし、それによって多額の資金を得た船井電機ホールディングスが、ミュゼの買収や他社への支援という名目で資金を流出させていくというフローが出来上がり、そのフローを使って、船井電機が持っていた大量の資産が3年間で消失してしまうという結果となりました。
ミュゼの買収
上田智一氏は船井電機ホールディングスの社長に就任してから、5つの領域でM&Aを行って事業再建を目指すことを表明していました。その5つの領域とは家電、美容・医療、リサイクル、車載機器、デバイスでした。
そして、その第1弾として、多角化と高収益事業の確立を目的に美容事業へ進出するためとして、2023年に脱毛サロンチェーンのミュゼを買収しました。
このミュゼの買収は、サロンの成長に加えて、船井電機がサロンで用いる美容家電まで手をひろげるという名目で行われました。しかし、船井電機ホールディングスは、多額の資金援助などでミュゼに資産を流出させたのち、わずか1年で同社を売却する結果になります。
実は、船井電機ホールディングスがミュゼを買収した時期は、脱毛サロン大手が次々と経営破たんする状況が続いていました。2017年にエターナルラビリンス、2022年に脱毛ラボ、2023年の年末には脱毛業界大手だった銀座カラーまでが破たんに追いこまれています。
2023年に船井電機ホールディングスが買収したミュゼも当然、経営が苦しく、巨額のネット広告費が未納になりネット広告会社から訴えられます。具体的には、SNSマーケティング企業のサイバー・バズが約22億円の債務履行を求めてミュゼに対して訴訟を提起していました。船井電機ホールディングスはミュゼの20億円ともいわれる負債について連帯保証をしていました。
このような状態のミュゼを船井電機ホールディングスがいくらで買収したのかは明らかにはなっていませんが、ミュゼの支援が原因で、船井電機ホールディングスに簿外債務が33億円発生しているということは判明しています。
前述のとおり、ミュゼがわずか1年で売却されていることからすると、船井ホールディングスは、ミュゼに対して単に不足した資金を送り込んだだけのように見えます。
その他の資金流出
船井電機には、上田智一氏が社長に就任する前の時点で、現預金が344億円、純資産は518億円ありました。一方で借入は1.8億円で、現預金・純資産の額から見るとほとんど借金はないも同然という状況でした。
しかし、2021年に上田智一氏が社長に就任してからわずか3年で、2020年度には518億円あった純資産が、2023年度には202億円にまで減少しています。
すなわち、ミュゼ以外にも船井電機から船井電機ホールディングスを通じて、多額の資金が船井電機から外部に流出したと見られ、その金額は純資産の減少額から見ても、約300億円だということが分かっています。
船井電機の倒産直前の状況
上田智一氏の経営で船井電機の本業は立て直されるどころか、さらに悪化の一途をたどりました。買収前の2020年度は、船井電機の売上は804億円、営業損益が3億円の赤字、最終損益が1200万円の赤字で、現預金は344億円、純資産は518億円ありました。
しかし、買収のわずか3年後の2023年度の売上高は3年前の約半分の434億円、最終損益は131億円の赤字、負債総額は461億円に膨れ上がり、117億円の債務超過に陥りました。
また、前述のとおり、2020年度に518億円あった純資産が、2023年度に202億円まで減少。300億円の資産が消失してしまいました。
そもそも、赤字が連続していて経営再建が必須である状況であったにもかかわらず、その経営は悪化に拍車がかかってしまったと言わざるを得ない状況でした。
<h2>船井電機の倒産の影響
船井電機の倒産は、その倒産をめぐる手続きをめぐっても、異例の動きになっています。10月に船井電機は東京地裁から破産手続き開始の決定を受けましたが、一方で、10月の準自己破産の申し立ての直前に代表取締役会長に就いていた原田義昭氏(元環境相)が、破産手続き開始決定の直後に取り消しを求めて東京高裁に即時抗告するなど、破産の手続きが進むのか、民事再生法に基づく再生手続きが進むのか、混乱をしています。
今回の船井電機の倒産で最も大きな影響を受けるのは、約2000人いる船井電機の従業員です。一旦、約2000人全員対し、給料未払いのまま即時解雇が言い渡されました。
前述のとおり、代表取締役会長主導による民事再生法の手続きが進む可能性もあるので、その場合には、解雇を免れることができる従業員も少なからず出てくるかもしれません。しかし、その場合でも、給与や退職金のカットなどが行われることが一般的で、厳しい状況は予想されます。
また、関連会社や取引会社の連鎖倒産も不安視されています。船井電機を主な取引先としていた納入業者などは、船井電機からの支払いが滞ってしまうと、直ちに連鎖倒産する可能性もあります。このあたりの対応も、今後の船井電機の進む選択肢によって、重要な課題となると思われます。
倒産後にわかってきたこと
これまで見てきたとおり、船井電機は秀和システムに買収される前に保有していた純資産は518億円が、上田智一氏が社長に就任してからの3年間で202億円に減少してしまいました。
このような状況を見ると、船井電機に起こった倒産劇の一連の経緯は、最近、M&A業界で増加していると言われている「M&A仲介会社が特定の企業バイヤーに対し、潤沢な現金を持っている会社を買い取る話を持ち掛け、買った企業バイヤーは、すぐに買収先企業が持っている潤沢な現金を抜いてどこかに消える」という悪質なM&A事例の大型版ではないか?とも言われています。
船井電機は、創業者の船井哲良氏が高齢になってから後継者がなかなか見つからず、業績も赤字が続く状況ではあったものの、前述のとおり、秀和システムによる買収が行われる前までは、現預金が344億円、借入が1.8億円とほぼ無借金で潤沢な現預金がありました。
しかし、上田智一氏が社長であったわずか3年で、300億円の資金が流出したことからすると、ほぼ現預金はなくなってしまっていると思われます。まさに、結果として、買収したバイヤーが買収先企業の現金を抜き取って、その後買収した側が消えてしまった状態になってしまっている状態だと言えます。
今後のさまざまな調査などで、真実の状況や経緯は、ある程度解明されていくと思われますが、現時点での客観的な外形からは、秀和システムは船井電機の経営再建を目指して買収を行ったのではなく、船井電機の潤沢な現預金や資産の抜き取りを狙って買収をしたのではないか?との疑念が持たれても仕方がない状況のように見えます。
船井電機倒産のまとめ
2024年10月24日に東京地裁から破産開始決定を受けた、船井電機倒産について見てきました。
『世界のFUNAI』とも称されて高い支持を受けていた老舗電機メーカーは、秀和システム買収後わずか3年であっという間に倒産へと転落していきました。
その原因として、そもそも経営再建を目的とせず、買収先から資金や資産を抜き取ることを目的としたM&Aが近年増加し、実際に起こっているという背景があることにも注意する必要があります。
後継者が見つからないときにM&Aで優秀だと思われる経営者を外部から招聘するのは、会社を継続することにおいて有効な手段の一つではありますが、その経営者や買収する企業が信頼に値するのかを見極めることが、極めて重要だということが、船井電機の倒産という事例から、よくわかります。
参考文献
朝日新聞デジタル「船井電機、債務超過117億円 300億円流出、現預金ほぼ底突く」、「船井電機の消えた300億円、注目の前社長「着服ない」 破産1カ月」ほか
DIAMOND Online 「船井電機が破産!世界のFUNAIが犯した「3つの失敗」とは?」
東洋経済 Online「突然の破産「船井電機」に起こっていた異変」
Business Journal 「300億円を抜かれた船井電機、異例の破産取りやめの背景…経営再建は可能」、「「船井電機は現金を抜かれて倒産させられた」社長は経営権を譲渡→借金帳消し」、「北米シェア1位だった船井電機、なぜ破産?ミュゼプラチナム買収が致命傷」、「船井電機、全員解雇→経営再建プラン…急いで倒産させたかった取締役が存在か」
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