M&Aトラブル事例:M&A買収した会社が粉飾決算をしていたことが発覚した場合!

はじめに:M&Aにおける粉飾決算リスクの深刻な現実
M&A買収した対象会社が粉飾決算をしていたことが発覚した場合、買主企業には何かとりうる策があるのでしょうか。この問題は、現代のM&A取引において最も深刻なリスクの一つとして注視されております。
企業買収後に発覚する粉飾決算は、買主企業にとって甚大な損害をもたらす可能性があります。適正価格での株式取得が困難となるばかりでなく、簿外債務の発見、企業価値の大幅な毀損、さらには法的責任の追及に発展するケースも珍しくありません。
本記事では、M&A取引における粉飾決算発覚時の法的対応策、重要判例の分析、そして事前リスク回避のためのデューデリジェンスの実践的アプローチについて詳細に解説いたします。
M&A買収における粉飾決算発覚時の法的枠組み
1. 買主企業の基本的権利と救済手段
M&A取引において粉飾決算が発覚した場合、買主企業が行使できる法的権利は多岐にわたります。最も重要な救済手段として損害賠償請求権が挙げられます。これには表明保証違反に基づく契約上の損害賠償請求、不法行為に基づく損害賠償請求、さらには錯誤による契約の取消しに伴う損害賠償請求が含まれます。
また、粉飾決算が重大な債務不履行に該当する場合には契約解除権の行使も可能となります。表明保証違反による契約解除条項が予め設定されている場合には、その条項の発動により迅速な契約解除を実現することができます。
さらに、M&A価格の適正化を図るため、価格調整請求権の行使も選択肢となります。これにはM&A価格の減額請求が含まれ、実際の企業価値に応じた対価への調整を可能とします。
2. 重要判例:大阪地判平成20年7月11日の詳細分析
大阪地判平成20年7月11日判時2017号154頁では、買主企業が、粉飾決算により作成された決算書に基づいた高いM&A価格で株式を取得してしまったという事案において、裁判所は重要な法的基準を示しました。本件は、M&A取引における当事者の責任分担について明確な指針を提供しており、実務上の重要性は相当なものです。
買主企業に課される調査義務の範囲
裁判所は、「企業買収においては、買収企業としては、被買収企業の有する問題点が買収により自らに転嫁されるリスクが存在するから、事前に、被買収企業の法的問題点、資産価値や収益力、将来性等を評価した上で、当該会社を買収することが自らにとって利益となるか否かや、買収のために拠出する資金の額等を判断することが必要であり、その交渉においては、買収企業による被買収企業についての調査が当然予定されているものと考えられる。」と判示しております。
この判示は、M&A取引の本質的特性を踏まえた判断といえます。企業買収という取引の性質上、買主企業は単に売主から提供される情報に依存するのではなく、自らの責任において調査を実施する義務があることが示されております。これは、M&A取引における情報の非対称性を考慮した上で、買主企業により調査義務を課すものであり、現代のM&A実務においても基準として機能しております。
売主企業の情報開示義務の限界
一方で、同判例は売主企業の義務について、「本件各契約においては、買収企業の責任で被買収企業の調査を行うべきであり、売主企業らが、被買収企業についての情報を積極的に開示すべき義務まで負っていたと解することはできない。」と判示しております。この判断は、売主企業の情報開示義務には一定の限界があることを明確にするものです。
ただし、この判示は売主企業が一切の責任を負わないことを意味するものではありません。むしろ、当事者間の責任分担を明確化し、買主企業による主体的な調査の重要性を強調するものと理解すべきです。売主企業は積極的な情報開示義務こそ負わないものの、買主企業からの調査に対しては誠実に対応する義務を負うことが次の判示で示されております。
売主企業の協力義務と誠実対応義務
同判例において裁判所は、売主企業の責任について、「買収企業による被買収企業の調査は、被買収企業の協力がない限り不可能であることは明らかである。したがって、被買収企業は、買収企業の調査に誠実に対応し、求められた事項について正確な情報を開示するなど可能な限り原告の調査に協力すべき義務を負っていたと解するのが相当である。」と判示しております。
この判示は、M&A取引における売主企業の協力義務の法的根拠を示すものです。企業買収における調査は、売主企業の協力なくしては実効性を持ち得ません。したがって、売主企業は買主企業からの調査要請に対して誠実に対応し、正確な情報を提供する義務を負うことが示されております。
3. 判例から導かれる実務上の法的要件
これはすなわち、買主企業側が十分なデューデリジェンス(DD)を尽くしたのにも関わらず、相手が巧みな嘘をついて買主企業を騙したといえるような場合にはじめて、買主企業は売主企業に対して、対象企業の粉飾決算に起因して被った損失について補償又は損賠賠償を請求することができるということを意味します。
この法的枠組みにおいて最も重要な点は、買主企業としては、自らが「十分なデューデリジェンス(DD)を尽くした」ということをどれだけ立証できるかという点です。単に形式的な調査を実施したのみでは不十分であり、当該企業の規模、業種、取引の性質等を考慮した上で、客観的に見て十分といえる水準の調査を実施したことを立証する必要があります。
M&A取引におけるデューデリジェンスの戦略的重要性
1. デューデリジェンスの法的位置づけと目的
デューデリジェンスはM&A取引において対象企業の財務・法務・人事等のリスクを事前に調査・分析するプロセスです。粉飾決算の発見においては、単なる数値の確認を超えた多面的なアプローチが求められます。
リスク特定機能としては、隠蔽された債務の発見、会計処理の適正性の検証、内部統制システムの評価が挙げられます。これらの調査により、財務諸表上では判明しない潜在的なリスクを早期に発見し、適切な対応策を講じることが可能となります。
企業価値評価機能においては、真実の財務状況に基づく価格の算定、将来キャッシュフローの予測、投資リスクの定量的評価となります。粉飾決算により歪められた財務情報を修正し、真の企業価値を把握することで、M&A価格の決定が可能となります。
法的保護機能としては、表明保証条項の具体的内容の確定、損害賠償請求の根拠資料の確保、契約解除事由の事前特定です。これらの機能により、万一粉飾決算が発覚した場合の法的対応を円滑に進めることができます。
2. 粉飾決算発見のための専門的デューデリジェンス手法
財務デューデリジェンスにおける専門的アプローチとしては、売上計上の妥当性検証です。これには売上認識基準の検討、期末カットオフテストの実施、売上債権の実在性確認が含まれます。特に期末近辺の売上計上については、架空売上や売上の前倒し計上等の可能性を念頭に置いた検証が必要となります。
在庫評価の妥当性確認においては、実地棚卸の立会い、陳腐化引当金の妥当性検証、在庫回転率の同業他社比較分析を実施します。在庫は粉飾決算の手段として利用されることが多く、帳簿上の在庫と実際の在庫との乖離、評価額の妥当性について検証が必要です。
費用・負債の網羅性検証では、未計上債務の調査、引当金設定の妥当性確認、偶発債務の調査を行います。これらの調査により、財務諸表に反映されていない負債や偶発債務を発見し、真の財務状況を把握することができます。
法務デューデリジェンスにおける粉飾発見手法としては、取締役会議事録の精査です。これには会計方針変更の決議確認、監査法人との協議内容の検証、内部監査報告書の分析が含まれます。これらの文書から、経営陣の意図的な会計操作の痕跡や内部統制の不備を発見することが可能です。
また、会計監査人との面談実施により、監査過程で発見された問題点の確認、経営者との意見相違の有無の調査、内部統制の不備に関する報告の検証を行います。監査法人の視点から見た対象企業の問題点を把握することで、より包括的なリスク評価が可能となります。
3. デューデリジェンス実施における実務的留意点
デューデリジェンスは、買い手側が売り手側の企業の事業運営や財務状況等の実態を調査して、問題点やリスク等を把握します。粉飾決算の発見においては、調査期間の設定が重要です。デューデリジェンスの期間は、おおよそ1~2ヵ月程度が標準的ですが、対象企業の規模や業種、調査範囲によっては2週間ほどで完了するケースもあります。しかし、粉飾決算の疑いがある場合は、調査期間を確保し、必要に応じて調査期間を延長することも検討する必要があります。
専門家チームの構成については、調査範囲は専門性が高く多岐にわたるため、弁護士や公認会計士など外部の専門家の協力を得ながら進める必要があります。特に粉飾決算が疑われる場合には、不正調査の専門家の参加も有効です。これらの専門家の知見を活用することで、より精度の高い調査が可能となります。
売主企業との協力体制構築も不可欠です。デューデリジェンスは買い手側が一方的に行うものではなく、資料の提出や聞き取り調査など売り手側の協力が不可欠です。売主企業との関係を維持しつつ、必要な情報を収集することが成功の鍵となります。
M&A契約における表明保証条項の戦略的活用
1. 粉飾決算対策のための表明保証条項設計
M&A契約において粉飾決算リスクに対処するためには、包括的な表明保証条項の設計が重要です。財務諸表の真実性に関する表明保証では、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠した作成、虚偽記載の不存在、簿外債務の不存在について規定する必要があります。
これらの条項は単に形式的な記載にとどまらず、具体的な内容とすることが必要です。例えば、「虚偽記載」については、金額的重要性の基準を定め、どの程度の虚偽記載が問題となるかを事前に明確化することが必要です。
会計処理の妥当性に関する表明保証においては、会計方針の継続的適用、見積り変更の開示、関連当事者取引の処理について規定します。これらの条項により、会計操作による粉飾決算のリスクを軽減することができます。
2. 損害賠償条項と補償メカニズムの設計
損害賠償額の予定条項の設定により、立証困難な損害の回収、紛争の長期化防止、上限額設定による予見可能性の確保を実現することができます。ただし、これらの条項については、公序良俗や消費者契約法等の制約も考慮した設計が必要です。
現代的課題とM&A実務における留意点
1. M&A契約書作成における実務的配慮
M&A契約書の作成においては、粉飾決算リスクに対する具体的な条項の設定が重要です。表明保証条項では、財務諸表の性、会計処理の継続性、事実の開示について規定します。また、違反が発覚した場合の損害賠償の範囲、算定方法、請求期間についても定める必要があります。
デューデリジェンスの実施においては、対象企業の業種特性、規模、事業環境等を考慮した調査計画の策定が重要です。単に形式的な調査を実施するのではなく、当該企業固有のリスク要因を把握し、それに応じた調査手法を選択することが求められます。
2. 買収後の統合プロセスにおける継続的監視
買収後の継続的なリスク管理においては、財務報告体制の統合が重要です。被買収企業の会計処理方針の統一、内部統制システムの整備、定期的な業績モニタリング体制の構築により、新たなリスクの発生を防止することができます。
これらの取り組みは、買収完了後の統合プロセスにおいても役割を果たし、被買収企業の財務状況を把握することで、将来のリスクの予防に寄与します。
粉飾決算発覚後の迅速な対応戦略
1. 初期対応の重要性
粉飾決算が発覚した場合の初期対応は、その後の法的手続きの成否を左右する段階です。証拠保全の実施については、関連書類の保全、電子データの保存、関係者への聞き取り調査の実施を迅速かつ確実に行う必要があります。
これらの証拠は、後の損害賠償請求や契約解除の根拠となる資料となるため、保全手続きを経て確保することが不可欠です。また、証拠保全の過程で新たな事実が判明することも多く、初期対応の質が最終的な解決に影響を与えます。
専門家チームの組成においては、弁護士、公認会計士、不正調査専門家の参加、調査計画の策定、タイムラインの明確化を速やかに行います。これらの専門家の連携により、法的・会計的・技術的な観点から包括的な対応を実現することができます。
2. 損害評価と請求戦略
損害額の算定は、請求戦略の基礎となります。真実の企業価値との差額計算、機会損失の定量化、追加投資の必要性評価を行うことで、請求すべき損害額を明確化することができます。
法的手続きの選択においては、任意交渉による解決、調停・仲裁手続きの活用、訴訟提起の検討を総合的に判断します。それぞれの手続きには特徴があり、事案の性質や当事者の関係等を考慮して手続きを選択することが必要です。
予防的措置:M&A取引設計における粉飾決算対策
1. 取引ストラクチャーの工夫
段階的買収の活用により、初期持分取得による実態把握、追加投資の条件付き実行、リスク分散の実現を図ることができます。これにより、一度に大きなリスクを負うことなく、段階的に対象企業の実態を把握しながら投資を進めることができます。
アーンアウト条項の活用では、将来業績連動型対価の設定、過大評価リスクの軽減、インセンティブ構造の最適化を実現できます。これらの条項により、買収時点での企業価値評価の不確実性を軽減し、実際の業績に応じた適正な対価の支払いを実現することができます。
2. 継続的モニタリング体制の構築
買収後統合プロセスにおいては、財務報告体制の統合、内部統制システムの強化、定期的な業績レビューの実施です。これらの取り組みにより、買収後の企業運営における透明性を確保し、新たなリスクの発生を防止することができます。
特に内部統制システムの強化は、将来の粉飾決算の防止にとって重要であり、買収完了後の統合が求められます。
まとめ:M&Aにおけるデューデリジェンスの戦略的重要性
この点からも、やはり、M&Aにおけるデューデリジェンス(DD)の重要性は高まっているものと言えます。
M&A取引における粉飾決算リスクは、企業の存続を脅かすほどの影響をもたらす可能性があります。大阪地判平成20年7月11日判時2017号154頁が示した法的枠組みは、買主企業に対してデューデリジェンスの実施を求めており、この義務を怠った場合の法的救済は限定的となります。
しかしながら、デューデリジェンスの実施により、粉飾決算リスクは軽減することが可能です。財務・法務・事業の各側面からの専門的調査、そして契約条項の設計により、M&A取引の成功確率を向上させることができます。
現代のM&A実務においては、従来の形式的な調査を超えた実質的かつ包括的なデューデリジェンスが求められており、専門的知見を有する弁護士等の専門家との連携が重要となっています。
M&A取引をご検討の企業におかれましては、専門的知見を有する弁護士等の専門家との連携のもと、デューデリジェンスの実施とリスク管理体制の構築を推奨いたします。
弁護士法人M&A総合法律事務所では、M&A取引における粉飾決算対策、デューデリジェンスの実施支援、契約書作成、紛争解決まで、M&A取引の全段階において専門的なリーガルサービスを提供しております。M&A取引に関するご相談は、豊富な実務経験を有する当事務所の専門弁護士までお気軽にお問い合わせください。