M&Aで表明保証を取っておきさえすれば安心なのか?!

企業がM&Aを実施した際に、M&Aの対象となる会社の実際の情報が事前に得ていたものと異なっていた場合、失敗する可能性が高いです。

そのため、M&Aを実施する前に十分な調査(デューディリジェンス)を行う必要があります。デューディリジェンスによって得られた情報をもとに、M&Aを実施するべきかどうかを決断するわけです。とはいえ他社に関する調査である以上、全ての情報を正しく集めることはできません。そこで、M&Aの失敗を防ぐための対策を講じることが不可欠です。

表明保証とは

デューディリジェンスにかけられるコストは限られているため、全ての情報を得ることはできません。もちろん可能な限りのデューディリジェンスを行うのが基本ですが、他の対策も考えておくことが大切です。たとえば、表明保証を取っておくことで負担を軽減させることができます。

概要

契約をする際は、さまざまな事実関係を調査しなければなりません。正確な情報が得られなければ、安心して契約を締結することは困難です。M&Aも契約の1つなので、さまざまな事実関係の真実性や正確性について当事者が調査を行って判断するのが原則です。

しかし、アメリカでM&Aが活発に行われるようになったとき、Representations and Warranties(表明保証)という規定が設けられました。表明保証とは、提示した事実関係が真実であることを当事者の一方が表明し、保証するというものです。これが日本にも取り入れたのですが、法律に規定されているわけではありません。

表明保証の方法として一般的なのは、M&Aを実施する際に作成する契約書の中に、表明保証に関する条項を盛り込む方法です。事前に行うデューディリジェンスだけで十分な情報を得られれば表明保証は必要ないわけですが、現実には調査しきれない部分が出てきます。表明保証によって、その部分を補うことができます。

調査の限界

M&Aも契約の1つですが、通常の契約とは大きく異なる面があります。非常に大規模な契約なので、成功したときの利益が大きい反面、失敗したときの損失も甚大になるのです。どのような契約でも事前の調査が必要ですが、M&Aの場合は調査の対象となる情報量が多く、負担は極めて大きいといえます。

また、どれだけ慎重に調査を進めても全ての情報を集められるとは限りません。たとえば、売り主側が情報を積極的に出さない場合が多いです。売り主側としては、自社の不利になる資料はなるべく提出したくないと考えます。提出されない情報を買い主側が把握するのは困難ですが、これが後から発覚すると多大な損失になります。

十分な時間があれば多くの情報を集められますが、実際は限られた時間でデューディリジェンスを完了させなければなりません。そのため、どうしても見落としてしまう部分が出てくるのです。M&Aの実施が滞ると、買い主側だけでなく売り主側にとっても損になります。そのため、表明保証を用いて負担軽減を図ることが重要です。

目的

表明保証を取る目的は、デューディリジェンスのコストを軽減させることと、調査が不十分になってしまった場合に生じるリスクを避けることです。M&Aの対象会社に何らかの問題が生じた場合、どこまで当事者がリスクを負担するべきなのかが論点になります。買い主側が全てを負担するのではM&Aの実施がしづらくなりますが、原因が買い主側の調査不足にある場合でも負担しないのは不当です。この当事者のリスクを適度に分担させる機能が、表明保証に期待されています。

表明保証の条項の内容を文言どおり解釈し、どこまでの範囲を含めるのかを決めるのが基本です。当事者が合意した内容が反映されないのでは、表明保証に対する信頼性が薄れ、リスク軽減にもつながりません。複数の解釈ができてしまうような曖昧な記載を避け、明確に記載すること大切です。

内容

表明保証の条項には、当事者にとって重要だと考える内容を盛り込みます。法律に具体的な規定がないため任意に決められますが、M&Aを実施する上で重視される事実関係がはっきりするように記載するのが基本です。

買い主側は、デューディリジェンスの不足で生じるリスクを軽減したいと考えます。そのため、できるだけ多くの条項を保証させることを求めます。逆に売り主は後から受ける損害賠償請求のリスクを減らすため、表明保証に含める条項を限定したいのです。

買い主・売り主の交渉で範囲が決まるのが理想ですが、両者の思惑が大きく異なる以上、簡単には合意に至りません。そこで、一般的な表明保証条項を参考にすることが多いです。たとえば、以下のような条項が含まれます。

所有者

対象会社の株式を誰が所有しているかは極めて重要な問題です。M&Aを実施するためには、相手方が真の所有者でなければなりません。この点について売り主が保証するのは基本です。

情報の真偽

デューディリジェンスの際には、売り主側がさまざまな情報を提供します。この情報は売り主側が出すものなので、真実であることを保証するのは当然だと考えられます。また、作成している帳簿類が正確であることも保証の対象です。

訴訟

売り主側が第三者から訴訟を提起されている場合、その事実を買い主が把握していれば問題はありません。しかし全ての訴訟を買い主が把握できるわけではないため、そのような訴訟の有無について売り主が保証します。

注意点

表明保証の条項に明確な記載がある部分については争う余地がなくなりますが、曖昧なケースも少なくありません。どのように記載するかによって対象範囲も変わってくるため、しっかりと考えて記載することが大切です。また、全てが保証されるとは限らない点にも注意しなければなりません。法律に表明保証の規定はないため、違反があった場合の責任は債務不履行の問題として処理されます。つまり、民法415条の規定に基づく損害賠償請求ができるかどうかを考えるのが基本です。

表明保証に記載していても表明保証責任を認めない場合について(アルコ事件)

契約当事者の一方が債務を誠実に履行しなかった場合、他方の当事者は民法415条をもとに損害賠償を請求することができます。M&Aの表明保証に関しても、基本的には同様に考えていくことになります。ただし、一般的な契約と異なる結論が出る場合もあるため注意しなければなりません。アルコ事件という裁判例が参考になります。

当事者間の公平

損害賠償が制限される理由の1つは、専門家が調査を行うM&Aでは、一方が全ての責任を負うのは適切ではないと考えられることです。表明保証を取っているからといって、買い主側が容易に知りえた内容まで売り主の責任になるのは公平といえません。

責任追及に関する内容を表明保証条項に盛り込むことで、債務不履行責任の追及が容易になることもあります。つまり、売り主が保証した事実が誤っていたことが判明した場合、買い主から損害賠償請求を行う旨の記載です。しかし、表明保証の内容が事実と異なっていたにもかかわらず、その責任を直ちに追及できるわけではないとされる場合もあります。

違反内容の度合い

表明保証と異なる事実が出てきたとしても、M&Aの実施を決める上で大きな影響にならないような小さな違反に関しては、責任問題を考える必要はありません。軽微な違反にすぎない場合、M&Aの実施を妨げる可能性は低いからです。

買い主側の落ち度

契約である以上、買い主側も漫然と臨んでよいはずがありません。正確な情報を得るために、最大限の努力をしなければならないのは当然です。買い主側に悪意または重過失が認められる場合(つまり買い主側の調査によって気づいていた事実、少し注意を払えば気づけたはずの事実がある場合)は、売り主側に違反があったとしても、責任が否定されたり軽減されたりする可能性があります。

アルコ事件

アルコ事件は、M&Aの表明保証条項に関する解釈が争われた事件です。表明保証という仕組みがあることで安心してM&Aを実施できるようになると思われますが、実際には必ずしも安心できるとは限りません。アルコ事件の概要を理解し、どのように表明保証条項を活用するべきかを考えることが大切です。

概要

株式会社アルコの企業買収を実施することになった原告が、アルコに対してデューディリジェンスを行いました。そして、原告はアルコの代表取締役だった被告らとの間で、アルコが持っている全株式の譲渡に関する契約を締結しました。アルコの株式の価値を算定する際に用いられた方法は、帳簿上の純資産額によって企業価値を示す簿価純資産法です。被告らは、価値算定の際に用いた財務諸表が正確なものであると表明し、その内容を保証しました。

しかしアルコの買収が行われた後に、債権処理に関して元本が入金されていたにもかかわらず、入金された元本に関する貸倒引当金の計上が行われていなかった事実が判明しました。貸倒引当金が計上されなかったことにより、資産が水増しされた形となり、アルコの帳簿上の評価は実際よりも高いものに見えたわけです。

最初にアルコの株式価値を算定した際に簿価純資産法が用いられていたため、帳簿上の評価が高くなれば株式の価値も高くなります。帳簿上の評価が不当に高められた結果、M&Aの実施を決める際の判断に影響が出たと考えられたのです。

原告は、被告が債権処理に関して元本分を利息として計上していた資料を開示しなかった点や、貸倒引当金を計上しなかった点が表明保証条項・株式譲渡契約に違反すると主張しました。これに対する被告の反論は、当該債権処理は会計処理として容認されていて正当だったとするものです。また、債権処理に関しては原告にも説明し、原告が理解した上で株式譲渡契約を締結したと主張しました。つまり、この債権処理に関しては契約に違反するものではなく、被告が責任を負う必要はないとの主張です。

判決

裁判所は、資産計上が不当に行われたことによる利息充当額、債権処理修正にかかる費用、訴訟費用・弁護士費用などの損害を賠償する義務が原告にあるとする判決を下しました。表明保証条項に関しては、被告側が違反していたことを裁判所も認め、原告側に悪意・重過失があることも否定した形です。原告側は債権処理の事実を知らず、容易に知り得たことでもなかったと判断しました。

善意・無重過失

売り主側はデューディリジェンスの際に債権処理の事実を提示していたと主張しましたが、買い主側はその主張を否定し、売り主が表明保証の義務を果たしていないと主張した事案です。判決では、原告である買い主側は表明保証条項違反が争われた対象の事項に関して悪意ではなく、重過失も認められないとしています。

アルコ事件の重要なポイントは、表明保証条項違反を考える際に、原告側の善意・無重過失が必要になる旨の判断がなされた点です。この点に関する法律の定めはありません。裁判所は、部分的に善意・無重過失を検討したのではなく、デューディリジェンスまで含めた手続全般を慎重に検討した上で判決を出しています。

株式譲渡契約を締結した段階で、買い主側の善意・無重過失が求められることが記載されていたわけではありません。それにもかかわらず、裁判においては必要な要件だと認定されたのです。

表明保証条項の適用方法

アルコ事件に関しては、原告による損害賠償請求が認められました。しかし、アルコ事件が絶対的な確定判決というわけではありません。原告の側が悪意だったり、原告に重過失があったりすると認定されてしまえば、損害賠償請求が認められないリスクがあります。また、請求自体は認められたとしても金額が減額されることは十分あり得るのです。

アルコ事件によって、表明保証条項に記載された内容が文言どおりに適用されるとは限らないと判断されたことになります。買い主側としては、表明保証条項があれば損害賠償請求が可能になると安易に考えてしまうのではなく、全額の請求が不可能になる場合もあることを前提に行動しなければなりません。

もちろん常に原告の悪意・無重過失が争われるとは限らないので、アルコ事件が特殊なケースだったと考えることもできます。しかし、裁判の際に相手方がどのような主張をしてくるか、そして裁判所が何を重視して判断するのかは分かりません。可能な限りリスクを減らすように対策を講じることが大切です。

情報開示の有無から表明保証責任を認めるかどうか判断する(裁判例)

表明保証条項の責任について判断する際に、情報開示の有無を基準にすることがあります。アルコ事件の判決を参考にすることも多いですが、アルコ事件が全ての事例に適用できるわけではないため注意が必要です。

M&A実施の際のデューディリジェンスは、一般的には買い主が当然に行うものだと考えられています。しかしアルコ事件の判決によると、あくまでも買い主の権利にすぎず、義務として定められたものではありません。契約当事者の双方に適切な行動が求められるのは当然ですが、デューディリジェンスの場合は期間や範囲が限られているため、容易に買い主側の重過失が認められるわけではないのです。

買い主としては、アルコ事件に基づいて損害賠償請求が認められるから安心だと考えることはできません。逆に売り主としても、買い主側の悪意・重過失が認定される可能性は高くないことを踏まえ、後で争いになりそうな事実を積極的に開示することが望ましいです。

表明保証条項の解釈が争われた裁判例には、条項の文言を忠実に適用したものだけでなく、条項の文言以外の事情に目を向けるものもあります。もちろん状況によって出される判決が大きく変わる可能性もあるため、過去の裁判例を信頼しすぎるのは危険です。しかしM&Aを実施する際の参考になる情報なので、裁判例も知っておくことが欠かせません。

文言に忠実な裁判例

表明保証条項は契約当事者の合意に基づくものなので、その文言を忠実に解釈するのが原則だといえます。まずは、そのような裁判例を確認しておくことが大切です。たとえば以下の事例です。

XとYとの間で株式譲渡契約が締結された際に、Yによる表明保証条項も規定されました。ここでは現預金残高を850万円以上としていましたが、実際は約221万円でした。また、その金額にはXが貸し付けた310万円も含まれていたのです。

Xによる貸付が行われたのは、Yが買掛金債務を支払う資金が足りなくなるからです。しかし、Xとしては資金不足の事態を想定していませんでした。そのためYは表明保証条項に基づき、850万円と約221万円の差額だけでなく、貸付額の310万円も合算して支払うべきだと主張したのです。

裁判所は、表明保証条項に含まれるのは差額のみで、貸付金については含まないと判断しました。契約書における表明保証条項は、文言に従って適用するのが原則だとしたのです。当事者の合意によって作成された内容と異なる解釈をするのでは、契約の不履行を許すことになりかねず、特段の事情がなければ契約書の内容以外の事項を主張することは認められないとしました。

契約内容を文言どおりに解釈するのは基本なので、同様の判決が多く出される可能性は高いです。しかし、文言どおりに判断していない裁判例もあるため、注意しなければなりません。

文言以外も考慮する裁判例

売り主が、デューディリジェンスの際に開示した資料が真実かつ正確で、重要事項に関する記載不足もない旨の表明保証を行った事例です。この売り主は取引先に対する売掛債権を持っていましたが、取引先が民事再生手続きを開始した事実を買い主に伝えていませんでした。売掛債権が回収されれば問題は起こらなかったわけですが、結果として99%相当額が回収できず、表明保証条項違反の争いになったのです。

裁判所は、あらゆる情報について表明保証の対象に含めるのは現実的ではないとし、表明保証の対象は限定されるものだとしました。本件では、売掛金の大半が回収できなかったとはいえ、合計金額が約80万円という少額であったことも考慮されています。決算時には貸倒償却処理もなされていて、M&Aに重大な影響を及ぼすとは判断されなかったのです。

ここでは、表明保証に明記されていない事情についても裁判所が考慮していることが注目されています。表明保証に記載されていることが重視されるのは基本ですが、記載されていないから考慮する必要がないとも言いきれないわけです。表明保証条項の文言だけで明確な判断ができるよう、慎重に規定することが望ましいです。

サンドバッキング条項

売り主が表明保証条項違反をしている事実について、買い主が認識している場合もあります。買い主側が違反を認識しているのなら、後から買い主が補償請求をするのを認める必要はなさそうです。しかし違反の事実自体は認識できても、どの程度の影響が出るのかまでは認識できないことも少なくありません。解決策の1つとして、特別な条項を設けることが可能です。

主に2種類の条項があります。1つは、買い主が違反を認識しているか否かを問わず、補償請求を認めるサンドバッキング条項です。そしてもう1つは、認識している場合は補償請求を認めないとするアンチ・サンドバッキング条項です。これらの条項を設けておくことで、争いを未然に防げる可能性があります。

注意が必要なのは、裁判所が必ずしも文言に忠実な解釈をしているわけではない点です。文言にはないアンチ・サンドバッキング条項を含める可能性もあると考えられています。

アンチ・サンドバッキング条項について有効性を認めた裁判例はあるのですが、サンドバッキング条項に関して有効性が判断されたことはありません。したがって、サンドバッキング条項の記載を検討する際は、裁判で否認されるリスクを考慮する必要があるわけです。契約に関する問題である以上、信義則・権利濫用などの一般的な法理も考慮されます。

まとめ

M&Aを実施するに当たり、表明保証を取っておく方法が広く用いられています。表明保証を取ることのメリットは、デューディリジェンスの負担を軽減させることができる上に、相手方に違反があったときの損害賠償請求が行いやすくなることです。

しかし、表明保証があっても相手方に責任を問うことができるとは限らないことが裁判で明らかになっています。そのためM&Aの実施を検討しているときは、表明保証の有無にかかわらず、十分なデューディリジェンスを行うように努めることが大切です。