M&Aのやり過ぎによる破綻の実例~イセ食品グループの倒産 

M&Aは短期間に事業を拡大することを可能にして業績を向上させることができるので、本来はとても効果的な経営手段です。 

 ところが、M&Aをやり過ぎることで会社が破綻してしまう危険性についてはあまり認識されていません。 

 しかし、現実には業界のトップ企業でもM&Aのやり過ぎにより倒産しています。 

 この記事では、その中で鶏卵業界最大手のイセ食品グループの破綻の事例を取り上げ、M&Aのやり過ぎについて検討していきますので、M&Aについて考える際の参考にしてください。 

 なお、この記事はすべてインターネット上で公表されている情報やデータをもとにして作成しています。  

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鶏卵業界のM&A

そもそも、鶏卵業界におけるM&Aにはどのようなメリットや理由があるのでしょうか。 

 また、イセ食品グループ以外の企業はどのようなM&Aを実施しているのでしょうか。 

 ここでは、鶏卵業界のM&Aについてそのメリットと他社の事例を簡単に検討します。 

 鶏卵業界のM&Aのメリットは次が考えられます。 

  •  品質を確保できる 
  • 人材を確保できる 
  • 用地を確保できる 
  • 反対運動が起きるおそれが少ない 

メリット①品質を確保できる 

食品を生産する上で最も重要なのは、安定的に高い品質を確保できることです。 

 しかし、新たに養鶏場を開設して安定した品質で生産するためには時間がかかるかもしれません。 

 そのため、M&Aを利用してすでに高い品質で生産できている養鶏場を取得できれば、質を落とすことなく効率的に生産量を増やすことが出来ます。 

メリット②人材を確保できる

十分な経験を積んだ人材を確保できることも、養鶏場をM&Aで取得するメリットの一つです。 

 養鶏は動物を扱うという特殊性のため、工業製品の生産などの他の事業とは異なる知識や経験を持った人材を必要とし、そのような人材を育成するためには時間がかかります。 

 また、養鶏業に携わりたいという希望者を集めるのも簡単なことではありません。 

 このような人材面での悩みもM&Aによって解決することが出来ます。 

メリット③用地を確保できる

養鶏場を建設するためには広大な土地を必要とします。 

 また、広いだけではなく、臭気や騒音で周囲に迷惑をかけないような土地であることが求められます。 

 このような良い条件を満たした土地を確保するのは大変ですが、M&Aで既存の養鶏場を獲得できれば問題を解決できます。 

メリット④反対運動が起きるおそれが少ない

用地の問題とも関係しますが、養鶏の性質上、臭いや害虫・ネズミなどの発生を危惧する周囲の住民から反対運動が起きる可能性は高いでしょう。 

 反対運動は政治家やマスコミを巻き込んで大規模になることもあり得ます。 

 そうなると、建設を進めることが出来ても企業のイメージを損なうとともに、以後も対立が続くことになり大きな損失となります。 

 しかしながら、M&Aで養鶏場を取得すれば、オーナーが変わるだけであるため、新たな反対運動が生じる危険性は低いと考えられます。 

他社のM&A事例

養鶏場をM&Aで取得しているのはイセ食品グループだけではありません。 

 他社も積極的にM&Aを行っています。 

 例えば、業務スーパーを運営する神戸物産の子会社である株式会社朝びき若鶏は、2015年に、伊藤忠飼料子会社の但馬から高崎事業所の養鶏場事業と食肉処理場を取得しています。 

 また、同社は、同じ年にプライフーズ株式会社から養鶏場の第一ファームも取得しています。 

 この他の例では、東証スタンダード上場の株式会社秋川牧園は、2010年に養鶏場である有限会社篠目三谷を子会社化しています。 

 さらに2015年には、日本ハムが85億円を超える費用を投じてトルコ大手の養鶏事業会社を子会社化しています。 

 以上のように、国内外で養鶏場のM&Aが実施されていることが確認できます。 

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イセ食品グループの拡大路線

イセ食品グループは主としてM&Aによって事業の拡大を図ってきました。 

 その範囲は国内だけではなく、アメリカとアジアにも及んでいます。 

 ここでは、イセ食品グループの拡大路線について次のように概観します。 

  • 国内での拡大 
  • アメリカでの展開 
  • アジアへの進出 

国内での拡大

まず、国内におけるイセ食品グループの主な沿革は以下のようになっています。 

1966年  有限会社森屋農場設立 
1969年  イセファーム株式会社設立 
1971年  宮城県中新田GPセンター工場完成、フラワー食品株式会社(イセ食品の前身)を設立 
1972年  八千代GPセンター工場完成 
1975年  横浜GPセンター工場、大阪GPセンター工場完成 
1977年  色麻GPセンター工場、多摩GPセンター工場完成 
1978年  七尾と大阪で加工食品工場を稼動 
1980年  福島県古殿町に冷凍食品工場を設立 
1981年  岩手県に養豚場建設 
1982年  イセ食品株式会社に商号変更 
1983年  イセファーム東北株式会社設立 
1984年  福島工場増設改装 
1985年  小川GPセンター工場完成、鴻巣GPセンター工場大改造 
1986年  新潟GPセンター工場完成 
1987年  福島工場増設改築 
1992年  鴻巣チルド工場完成 
1993年  加須流通株式会社を設立、美野里農場を建設、美野里GP工場を新設 
1997年  福島工場増築 
1999年  有限会社はやま農場設立 
2000年  有限会社つくばファーム設立 
2001年  つくばファーム稼動開始 
2002年  石岡PK工場稼動開始、有限会社美咲ファーム稼動開始 
2003年  岡山PK工場稼動開始、岡山液卵工場稼動開始 
2005年  有限会社伊勢農場設立 
2006年  有限会社伊勢農場GP工場稼動開始 
2011年  千葉孵化場株式会社設立 
2013年  豊田通商と業務提携、豊田通商と合弁で株式会社エッグドリーム八千代設立 
2014年  株式会社トーチクから養鶏・鶏卵卸売事業を譲り受け 
2015年  有限会社美咲ファーム設立 
2016年  富士たまご株式会社設立、株式会社新ひたちファーム設立 
2017年  株式会社かすみがうら農場設立 
2018年  豊田通商から出資を受ける 
2019年  豊田通商と合弁で株式会社エッグドリーム九州を設立、有限会社はやま農場が操業再開 

 このように、イセ食品グループはM&Aを活用しながら積極的に拡大路線を取ってきました。 

 また、M&A後にも施設の建設・拡張や新会社の設立など多額の費用を投下して規模を拡大しています。 

アメリカでの展開

イセ食品グループは以下のように早くからアメリカでの事業に取り組み、全米で最大規模の鶏卵業者に成長しています。 

1980年  Ise America Companyを設立 
1983年  Ise America Seaboard Foodsを全米8州で展開、アメリカにCroton Farmを開設 
1985年  イセアメリカ・ニュージャージー農場完成 
1990年  ニュージャージー州フリーホールドのColonial Foodsを取得 
1993年  メリーランド州におけるJack Decosterの事業を取得 
1999年  サウスカロライナ州ヘミングウェイのAtlantic Foodsを取得 
2002年  サウスカロライナ州ラマーのEgg & I Farms社を取得 
2006年  メリーランド州ミリントンのRed Bird Egg Farms社を取得 
2013年  Newberry Feed and Farmの飼料工場事業を取得 
2014年  Ohio Freshから養鶏所事業を取得 

 1980年の時点で全米販売量は第2位を記録し、1984年にはイセアメリカ及びイセアメリカ・シーボードフーズを合計すると、生産量・販売量で全米第1位となりました。 

 その後もM&Aにより事業を拡大し続け、アメリカで上位の生産量を記録しています。 

アジアへの進出

イセ食品グループは日本国内やアメリカだけではなく、アジア諸国にも積極的に進出しています。 

2007年  三井物産と中国に合弁会社を設立 
2013年  中国企業の光明食品と中国に合弁会社を設立、ファーマフーズ及び韓国企業のプルムンと中国に合弁会社を設立 
2016年  タイ企業のアカラ・グループと共同出資でタイに鶏卵施設を建設 
2017年  スズキとインドに合弁会社を設立 

この他にも、イセ食品グループはアジア諸国の現地企業と提携し、ライセンスや技術を供与する代わりにロイヤルティーやブランド使用料を受け取るといった形態で進出をしています。 

イセ食品グループの破綻とその原因

国内外で拡大路線を取っていたイセ食品グループでしたが、2022年に破綻してしまいます。 

 これは、鶏卵業界最大手の破綻ということで大きなニュースになりました。 

 ここでは、次のように破綻の経緯を概観した後でその原因を検討します。 

  • 破綻の経緯 
  • M&Aのやり過ぎが主な原因 
  • 鶏卵の供給過剰問題とコロナ禍 
  • 飼料価格の高騰 

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破綻の経緯

2022年3月、イセ食品グループは債権者である銀行及び株主から会社更生法を申し立てられてしまいます。 

それに先立つ2020年には金融機関に対して借入金の返済猶予や私的整理を求めていましたが、付せられた条件に当時の経営者が従わなかったこともあり、結果として折り合いがつかず債務の返済が難しくなっていました。 

2022年にはコロナ禍の影響や国際情勢による飼料価格の高騰などにより、さらに資金繰りが悪化することになります。 

既に金融機関からの融資は受けられない状態であったため、やむを得ずノンバンクから資金を調達しましたが高利の負担に苦しむこととなりました。 

さらに、2022年には子会社のトーチクを売却しようとするなど金融機関に無断でグループ企業の整理を進めようとしています。 

このような状況下で経営を一新して会社を立て直すために、債権者と株主が会社更生法を申し立てることになりました。 

その後2022年11月にはSMBCキャピタル・パートナーズがスポンサーとなり、株式会社経営共創基盤の経営上のサポートを得ながら再建を目指しています。 

M&Aのやり過ぎが主な原因

イセ食品グループが破綻に至った最大の原因は、M&Aのやり過ぎであると考えられます。 

会社更生法の適用が申し立てられた際には、M&Aによる金融債務が重い負担になっていたことが各所で指摘されていました。 

同グループは沿革からもわかるように、頻繁にM&Aを繰り返して会社の規模を拡大してきましたが、それによる経済的負担については重視してこなかったと想像されます。 

より効率的に生産するためには既存の養鶏場を取得するだけでは足りず、施設を建設・更新するために資金を投じる必要があります。 

 そのため、自社資金に余裕がない状態で無理にM&Aを実施すると、融資による債務が増大することになります。 

 そうなると、M&Aにより生産量の増加に伴い売上高が増したにも関わらず、債務負担により利益が圧迫され最悪の場合には赤字となるおそれがあります。 

 実際にも、イセ食品の2020年1月期の売上高は約468億円であったのに対して、赤字を約14億円計上していたことが報じられています。 

 また、最初に会社更生法を申し立てられたのはイセ食品とイセの2社でしたが、負債額はイセ食品が約278億円(金融債務約180億円)で、イセが約171億円(金融債務80億円)とされています。 

 このように、M&Aをやり過ぎると売上高があっても重い金融債務の負担を抱えて資金繰りが困難になるおそれがあり、結果として企業が破綻する危険があります。 

鶏卵の供給過剰問題とコロナ禍

日本国内では、鶏卵の需要に対して供給が多すぎる問題が指摘されています。 

 農林水産省のデータでは2020年の鶏卵生産量は260万トンを超えており、これは生産過剰であると言われています。 

 このような状況のもと、コロナ禍による外食業界の不振で鶏卵の需要が減少したため、イセ食品グループの業績は大きく悪化することになりました。 

飼料価格の高騰

鶏卵はそもそも供給過剰で薄利であるところ、生産に欠かせない飼料の価格が高騰することは利益を押し下げ、場合によっては赤字の原因となり得ます。 

 近年、ウクライナをはじめとする国際情勢の影響による飼料価格の急激な高騰が生じたため、イセ食品グループの経営にも悪影響を与えることになりました。 

まとめ

この記事ではイセ食品グループの破綻を通じてM&Aをやり過ぎることの危険性について検討してきました。 

 M&Aは重要な経営手段であり、効果的に利用できれば業績を上げることが期待されます。 

 しかし、無計画にM&Aをやり過ぎたり、相手の企業価値に比べて不相当に高い価格でM&Aを行ってしまったりすると、資金繰りを悪化させ破綻につながるおそれがあります。 

 M&Aについて検討する際には、専門家に相談し、アドバイザリーを依頼するなどの対策をすることをおすすめします。 

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