M&Aで表明保証に反する事実を知っていたら売主に損害賠償請求できません!
M&Aで表明保証に反する事実を知っていたら売主に損害賠償請求できないことをご存じですか?ここでは、M&Aで表明保証に反する事実を知っていたら売主に損害賠償請求できないとする裁判例であるアルコ事件について、徹底解説します。
アルコ事件の概要
原告はアルコの企業買収を検討し、アルコに対してデューディリジェンスを実施しました。そして、アルコの代表取締役であった被告らとの間で、アルコの全株式の譲渡契約を締結しました。
被告らは、原告に提出したアルコに関する財務諸表の内容が正確である旨を表明し、保証していました。しかし、アルコの買収が行われた後、表明保証の内容に違反すると考えられる事実が発覚したのです。アルコが和解債権処理を行った際に、入金された元本について計上されるべき貸倒引当金が計上されませんでした。
そのためアルコの資産が貸倒引当金の分だけ多くなり、帳簿上の価値が高くなったのです。アルコの株式価値は簿価純資産法を用いて算定していたため、株式価値が実際よりも高く評価されました。
被告らは、アルコの財務諸表の内容が完全かつ正確であること、開示されるべき資料・情報が漏れなく開示されたことなどにつき、表明保証を行いました。表明保証の対象となる事項について違反があり、原告に損害・損失が発生した場合、合理的な範囲内の費用を被告が負担することになります。
原告は、和解債権処理が表明保証の内容に違反すると主張し、損害賠償を請求しました。これに対する被告らの主張は、原告が和解債権処理を知らなかったことについて悪意または重大な過失があり、表明保証責任を負わないとするものです。
裁判での争点
主に4点が争われました。
争点①和解債権処理に関する資料を開示しなかったことが,表明保証に違反するのか
原告の主張
和解債権処理の際、元金の入金を利息の入金とした点は企業会計原則第1(真実性の原則)に違反します。また、未収利息の回収を行わない債権の入金は元本の入金とすることを求める金融商品会計に関する実務指針(以下「実務指針」)120項にも違反します。少なくとも、実務指針123項に基づき、利息充当額に相当する貸倒引当金を計上しなければなりません。これを計上しなかったため、和解債権処理が実務指針123項に違反します。
アルコの実際の財務内容は、和解債権処理の際の入金が元本の弁済に充当された場合のものです。適切に貸倒引当金が計上されていないのでは、貸借対照表の記載と異なるものになるため、株式譲渡契約にも違反することになります。
和解債権処理について貸借対照表または損益計算書に注記する必要がありますが、これを怠ったアルコの取締役らは業務遂行に必要な手続きを完了しておらず、表明保証の内容に違反します。
被告らの主張
和解債権処理の際の会計処理は監査法人から容認されているものです。会計処理を行う上で、合理性・正当性を有しているといえます。
争点②株式譲渡契約を締結した際に、原告が和解債権処理について悪意であったか
被告らの主張
和解債権処理に関する説明を原告に対して行っていたため、原告は、株式譲渡契約を締結する時点で和解債権処理のことを知っていました。デューディリジェンスの際には、関連する書面を示しながら和解債権処理に関する説明を行いました。また、貸倒引当金の計算方法に関する会議においても明確に説明しています。
和解債権処理の変更は、デューディリジェンスの際に開示した生データ・資料により明白です。原告はこれらのデータ・資料を見ていたはずなので、和解債権処理について認識があったはずです。
原告の主張
株式譲渡契約の締結時は、和解債権処理について知りませんでした。アルコの和解債権処理は、架空の利益を計上し、高く売却するために行われたものなので、買い主となる原告に開示されるはずがないのです。和解債権処理はアルコの株式価値に直結する問題であるため、知っていて放置することはあり得ません。
争点③株式譲渡契約の締結時に、原告が和解債権処理を知らなかったことについて重大な過失がある場合、被告らの本件表明保証責任が免責されるのか。これが肯定された場合、原告に重大な過失が認められるのか。
被告らの主張
和解債権処理について原告が知らなかったとしても、そのことについて重大な過失があります。信義則上、悪意と同視できる過失であり、被告らは免責されます。原告は生データ・営業実績推移を見ていて、元本への入金の減少、利息収入の増加を把握できたはずです。また、原告の求めに応じ、デューディリジェンス実施に必要なあらゆる情報を開示しました。
消費者金融のアルコの資産評価をする際に、和解債権の処理方法は重要な関心事です。原告は2次にわたるデューディリジェンスを実施し、生データの開示も受けています。和解債権処理に気づかなかったのは、原告の重大な過失によるものです。
原告の主張
デューディリジェンスは買い主の義務ではなく、権利として実施するものです。したがって注意義務違反を観念することはできず、重大な過失の有無は被告らの抗弁事由になり得ません。
アルコが行った和解債権処理の方法は極めて異常なもので、原告が予測することは困難でした。悪意と同視できるほどの重大な過失があったとはいえません。また、十分な資料を開示されておらず、和解債権処理を事前に発見することは不可能でした。
受領した生データは、将来のキャッシュフローを予測して評価額を算定するために用いたものです。和解債権は将来キャッシュフローが確定しているため、利息計算の照合は行っていません。第2次デューディリジェンスは、第1次デューディリジェンス後に資産・負債の増減がないかを調査するために行いました。入金額がどのように処理されるかは検討していません。
この際の調査は短期間で行ったものです。和解債権処理を発見するための資料をアルコが隠していたため、原告側で発見することは困難でした。和解債権処理の存在を想定しての調査はできず、資料の提出を被告らやアルコに強要することもできません。
争点④和解債権処理により原告に損害が発生したのか。発生した場合、その額はいくらなのか。
原告の主張
アルコ株式の譲渡価格は23億3000万円です。被告らは、簿価純資産額未満での売却に応じないと希望していました。また、アルコの財務諸表の内容が正確で、かつ会計原則に従っている旨の表明保証があったことを考慮しています。アルコが開示した貸借対照表上の純資産額は25億1101万9000円ですが、そこから減価償却費・役員の退職慰労金を控除し、金額を決定しました。
ところが和解債権処理が行われた際に、本来減少すべき元本が減少せず、利息充当額の分が不当に資産計上されました。その結果、原告に2億7538万5023円の損害が発生したのです。適切な処理に戻すため、システム修正費用168万円を支出しています。また、訴訟追行に必要な意見書・陳述書・証言を準備するため、消費税分を合わせ122万8500円を見積もりました。弁護士費用相当額は2700万円を下りません。
被告らの主張
簿価純資産額として被告らの認識している金額は25億1101万9000円で、これを下回る金額での株式譲渡契約は成立し得ません。そのため、和解債権処理が行われたことによる表明保証条項違反と、原告に発生したとされる損害との間には因果関係がありません。
裁判所の判断
4つの争点につき、裁判所は以下のように判断しました。
争点①について
企業会計原則第1(真実性の原則)は、企業の経営状況について真実な報告をすることを求めるものです。アルコは和解債権処理の際に、元金の入金を利息の入金という形で計上したため、この規定に違反しています。
実務指針120項では、未収利息を計上しない債権に関する入金で、利息の支払いが明確なもの以外を元本の入金とすることを求めています。また、企業会計原則第3(資本・利益区別の原則)により、債権の貸借対照表価額は正常な貸倒見積額を控除したものとすることが必要です。アルコの行った処理は、これら2つの規定にも違反しています。
実務指針123項の規定に従うと、和解債権処理により利息の弁済に充当した入金額は、元本の弁済に充当しなければなりません。ところがアルコは適切な貸倒引当金を計上しなかったので、実務指針123項に違反していることになります。この結果、実際の財務内容が貸借対照表の記載内容と異なるものになり、株式譲渡契約にも違反しています。
争点②について
被告らは書面を示しながら和解債権処理の説明をしました。このことに関する陳述書・証言があります。ところが、いずれも客観的な裏付けを欠く証拠であり、採用することはできません。アルコは監査法人トーマツに相談していて、貸倒引当金の計上・計算式に関する指摘を受けていました。しかし、この指摘を無視し、期中にトーマツとの委任契約を解消しました。新たに委任することになった監査法人ビーエー東京には、和解債権処理の説明を行っていません。
アルコが一連の対応をしたのは、和解債権処理を行ったことによる決算対策の効果を維持するためです。株式の買収価格が簿価純資産額に基づいて決まるため、買収価格が高まる効果が生まれました。和解債権処理が原告に告げられていれば、原告は買収価格の減額を求めるはずです。このような行動が見られないことが、被告らが和解債権処理の事実を秘匿したことを裏付けています。
被告らから原告に対して和解債権処理が開示されていないため、表明保証の事項に違反があることについて原告が悪意であったとはいえません。
争点③について
譲渡契約締結の時点で、原告がわずかの注意を払えば表明保証の事項に違反があると気づき得たにもかかわらず、気付かないまま契約締結に至る場合もあります。すなわち、被告らが表明保証の事項に違反していることにつき善意であっても、それが重大な過失に基づく場合です。この場合、公平の見地から悪意と同視でき、被告らが表明保証責任を免れる余地があります。
ただし、デューディリジェンスは買主の権利であり、義務ではありません。また、期間や調査できる範囲にも限りがあるのです。デューディリジェンスを行うにあたり、財務諸表が適切に作成されている前提で臨んだことが非難されるべきではありません。アルコの件では、故意に和解債権処理が秘匿されたことが重視されます。わずかの注意で和解債権処理を発見できたとはいえず、原告に重大な過失があったと認めることはできません。
争点④について
株式譲渡価格のうち不正に水増しされたのは2億7538万5023円です。被告らには、この金額を補償する義務があります。また、システム修正費用の168万円、意見書・陳述書・証言のためにかかった122万8500円、弁護士費用の2700万円も、被告らが連帯して負担するものです。また、法定利率年6分の割合で遅延損害金も支払う義務が発生しますが、この起算点は訴状送達日の翌日です。
結論
裁判所は、3億529万3523円および年6分の割合による遅延損害金を支払う義務が被告らにあると判断しました。結論としては原告の主張をおおむね認めています。ただし、被告が表明保証の事項に違反している事実につき原告に悪意・重過失があるといえる場合、被告らが責任を免れる可能性もあるとしている点が重要です。