M&Aで瑕疵担保責任は請求可能か?

瑕疵担保責任とは
瑕疵担保責任の法的意義
瑕疵担保責任とは、売買契約などで目的物に「隠れた瑕疵」が存在する場合に、買主が売主に対して一定の救済を求める法的制度であり、売主はその瑕疵を知らなくても責任を負う無過失責任という性格を持っておりました。かつては不動産や動産の売買において、契約内容に明示されていない欠陥が発覚すれば、買主は契約解除、代金の減額、損害発生であれば損害賠償請求を行うことができるとされてきました。この制度の意義は、目的物が契約時点で期待される性質を有しているとの公平性を担保するとともに、売主の告知義務や品質保証の観念なしに買主を保護するところにあります。
瑕疵担保責任の改正民法
2020年4月1日施行の改正民法において、従来の瑕疵担保責任は「契約不適合責任」として再構成されました。これにより、目的物が契約で定められた「種類」「品質」「数量」に合致しない場合に売主は責任を負うこと、また買主が請求できる救済手段として、「履行の追完請求」「代金減額請求」「損害賠償請求」「契約解除」の四つが明文化されたことが大きな変更点です。 すすむ・はかどる、契約学習「契約ウォッチ」+2栗林法律事務所+2 加えて、契約不適合責任では、売主の帰責事由(故意または過失)がない場合には損害賠償責任が免れる可能性があるという規定も導入されました。 栗林法律事務所+1 さらに、契約不適合責任においては対象物の特定性・不特定性を問わず適用されることとなり、実務上の適用範囲が拡大しています。 BUSINESS LAWYERS+1
M&A取引における瑕疵担保責任の適用可否
結論として、M&A取引において瑕疵担保責任(現行法上の契約不適合責任)を根拠に請求を行うことは、理論上は可能ですが実務上は極めて限定的です。
株式譲渡や事業譲渡のように、対象が会社全体の権利・義務関係を包括する取引では、瑕疵の概念が曖昧であり、不動産や動産のように明確な欠陥を特定することが難しいためです。
したがって、M&A実務では瑕疵担保責任に依拠するのではなく、契約書における表明保証条項や補償条項によってリスクを契約上で調整することが一般的な対応手法とされています。
M&A取引(株式譲渡契約、事業譲渡契約など)において、瑕疵担保責任(あるいは契約不適合責任として整理された制度)がどの程度実際に請求可能であるかは、契約書の条項構成、対象会社の状態、交渉力など多くの要因に依存します。株式譲渡の場合、買主は会社の株式を取得することで間接的に事業・資産・負債・許認可・契約関係等を引き継ぐため、目的物が物理的な不動産ほど明確な「外形的瑕疵」が存在するわけではないことが多いです。したがって、瑕疵担保責任をそのまま請求するよりも、表明保証条項等を通じて契約不適合責任を含む救済の枠組みを契約書で定めておくことが実務では重要となります。
M&A(サイト売買含む)において瑕疵担保責任が原則請求困難である理由
- サイト売買や事業譲渡で対象となる資産は無形資産やデジタル指標(アクセス数・収益予測など)を含むことがあり、その「瑕疵(欠陥)」が契約締結時点で客観的に把握できないことが多い。
- さらに、M&Aでは買主側がデューデリジェンスを行うことが通常であり、取得前にある程度のリスクは顕在化する。これにより、「知らなかった」という主張を売主が排斥されるケースが増える。
- また、株式譲渡契約書やその他契約文書で「表明保証」や「責任制限条項」が組み込まれていることが多く、これらの条項により瑕疵担保責任に類似する制度の適用が制限されていることがある。
瑕疵担保責任と表明保証責任の法理上の関係
表明保証責任と瑕疵担保責任の違い
表明保証責任とは、売主が対象会社または売買対象の資産に関し、一定の時点での事実が真実かつ正確である旨を契約上表明および保証する条項です。以下の表で両者の代表的な相違点を整理します。
| 比較項目 | 瑕疵担保責任(契約不適合責任含む) | 表明保証責任 |
| 根拠 | 民法改正後は契約不適合責任として、債務不履行に基づく法定責任 BUSINESS LAWYERS+1 | 契約上の表明保証条項および補償条項による合意責任 東京・大阪 法律事務所・法律相談|弁護士法人朝日中央綜合法律事務所+1 |
| 買主が請求できる救済手段 | 修補・代替・代金減額・契約解除・損害賠償など多様 すすむ・はかどる、契約学習「契約ウォッチ」+2ダーウィン法律事務所+2 | 通常は損害賠償および契約書で定められた補償責任、解除条件があれば解除などを含むが、契約内容により限定される 東京・大阪 法律事務所・法律相談|弁護士法人朝日中央綜合法律事務所+1 |
| 責任要件 | 売主に帰責性(故意または過失など)が必要。無過失の場合は損害賠償責任を免れる可能性あり。 栗林法律事務所+1 | 表明保証条項に関しては、売主が保証した事実が不実であれば、契約上の責任を問われる。帰責性については契約内容や経験則で異なる。東京・大阪 法律事務所・法律相談|弁護士法人朝日中央綜合法律事務所+1 |
| 適用範囲 | 目的物の種類・品質・数量に関する契約内容との適合性。特定物か否かを問わず適用。 BUSINESS LAWYERS+1 | 保証対象は契約で明記された事項のみ。契約目的物以外の事項を含むこともあり得る。 BUSINESS LAWYERS |
表明保証と契約不適合責任との重複・併存の可能性とその対応策
表明保証責任と契約不適合責任は、理論上および実務上で重複あるいは併存する可能性があります。例えば、表明保証条項で「財務諸表は真実かつ正確である」という約束があるにもかかわらず、実際には簿外債務が存在し、それが契約内容との不適合(契約不適合責任)にも該当するような場合です。こうしたケースを想定して、以下の対応策が実務で採られます。
- 契約書で表明保証違反責任を契約不適合責任と併存させない旨を明記する。
- 補償責任・損害賠償責任の範囲や起算点・上限を明確にする。
- 表明保証条項に保証対象の事項を具体的に列挙する。曖昧な文言を避け、「重大な点で」など限定語を使用する場合はその定義を契約内で明示する。
- 契約書に通知義務、調査義務、免責条項を設け、買主側による調査可能性や売主の情報開示義務を強化する。
M&A契約における補償請求権とは
M&A契約においては、表明保証違反などにより買主が損害を被った場合に、売主に対して補償を求める権利が規定されることが一般的です。これを「補償請求権」と呼び、契約に基づいて発生する合意上の権利です。補償請求権は、民法上の契約不適合責任や債務不履行責任に加えて、当事者の合意により新たに構築される救済ルートとして設けられています。
補償請求権の性質を整理すると以下のようになります。
| 項目 | 内容 |
| 根拠 | M&A契約に基づく合意条項 |
| 対象となる違反 | 表明保証違反、契約上の義務違反(コベナンツ違反等) |
| 請求可能な範囲 | 損害賠償、費用補填、第三者への支払い補償など |
| 請求手続 | 契約書で定められた期間・通知方法に従う必要あり |
| 実務的特徴 | 請求額の上限や免責基準(ディミニマス条項・バスケット条項)を設定するのが一般的 |
このように、補償請求権は契約当事者間の交渉結果によってその内容が大きく異なり、リスク分配の核心をなす制度です。契約書に明記されていなければ、民法上の一般規定に従うしかなく、買主にとっては十分な救済を得られない場合が多いため、契約交渉段階での適切な規定が不可欠です。
M&A契約における対応策
デューデリジェンス
M&Aにおけるリスク管理の第一歩は、買主によるデューデリジェンスの実施です。デューデリジェンスは、対象会社の財務・税務・法務・人事・知的財産などの状況を事前に調査し、潜在的な問題を把握するプロセスです。
- 財務デューデリジェンス:簿外債務、資産評価、収益構造の妥当性を確認
- 法務デューデリジェンス:主要契約の有効性、許認可の適法性、訴訟リスクの有無を確認
- 税務デューデリジェンス:過年度の申告内容、税務調査のリスク、潜在的な租税負担を確認
- 人事・労務デューデリジェンス:未払い残業代、退職金債務、労働紛争リスクを確認
- 知的財産デューデリジェンス:商標権・特許権の有効性、ライセンス契約の有効性を確認
このように、デューデリジェンスを行うことで、買主は契約交渉の段階でリスクを価格や契約条項に反映させることができます。もし十分に実施しなければ、クロージング後に問題が発覚しても補償請求が困難となり、泣き寝入りに至る危険が高まります。
契約条項設計
デューデリジェンスにより判明したリスクや不確定要素は、契約条項で整理・調整することが重要です。代表的な条項の設計ポイントは以下のとおりです。
| 条項 | 目的 | 実務上の留意点 |
| 表明保証条項 | 売主が一定の事実を保証し、違反時に責任を負わせる | 保証の範囲を具体的に明記する(財務諸表、許認可、反社排除など) |
| 補償条項 | 表明保証違反やコベナンツ違反の損害を補填 | 上限額(キャップ)、免責基準(バスケット・ディミニマス)、請求期間を定める |
| 解除条項 | 重大な違反があった場合に契約解除を可能にする | 軽微な違反では解除できない旨を明記することが多い |
| 前提条件条項 | クロージング前に満たすべき条件を定める | 許認可取得や主要取引先との契約継続などを明記 |
このような契約条項を設計することで、買主はリスクをコントロールし、売主は責任範囲を限定でき、双方の利益を調整することが可能となります。特に中小企業M&Aにおいては、実務的に曖昧な取り決めが紛争の原因となるため、契約書面での明確な規律が不可欠です。
まとめ
M&Aにおいては、従来の瑕疵担保責任(契約不適合責任)を直接根拠にするのではなく、契約上の表明保証や補償請求権、適切な条項設計を通じてリスクを制御することが中心となっています。買主としては、入念なデューデリジェンスを行い、契約交渉において責任範囲を明確化することが重要です。売主としても、責任範囲を合理的に限定する条項を準備し、過大なリスクを避けることが求められます。


