取締役の競業避止義務!

取締役はその在任中に「競業避止義務」が課せられています。

当該取締役が競業にあたる取引や事業立ち上げを望んでいる場合、取締役会の承認を得るか、あるいは自身が退任するかの2択となります。

会社と取締役の双方が注意したいのは、後者の「退任時」です。退任後も両者のあいだで競業避止の合意を結んでおくことが出来ますが、フェアで合理的な内容とすることに留意しなければなりません。

取締役の競業避止義務の内容とともに、退任時の合意のポイント・違反が見られた場合や同業他社から役員を招聘する際の留意点について解説します。

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取締役の「競業避止義務」とは?!

取締役の競業避止義務とは、会社法で定められる「自己または第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引」(356条1項1号)を制限し、取引を望む場合は会社の承認を受けなければならないとするものです。

(競業及び利益相反取引の制限)
第三百五十六条 取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。
一 取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。
二 取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。
三 株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。
2 民法第百八条の規定は、前項の承認を受けた同項第二号又は第三号の取引については、適用しない。

ここで言う「株式会社の事業の部類」に属する取引とは、会社の同業者として事業を起こすことや、取締役本人の名義で取引することだけではありません。

下記のように、同地域での事業・仕入れ先や人材の流用・ノウハウの流用も競業避止義務に抵触します。

  • 在任中~退任後に行われた「引き抜き行為」(東京高裁平成1年10月26日判決・東京地裁平成11年2月22日判決・千葉地裁平成20年7月16日など)
  • 製造販売業において、その原材料の購入取引(最高裁昭和24年6月4日判決など)
  • 「会社が将来の進出について具体的計画を練っている地域」での事業開始(東京地裁昭和56年3月26日判決)。

避止義務が有効なのは在任中のみ!!退職後は協業菱合意が必要!

競業避止義務が課せられるのは、あくまでも取締役の在任中のみです。

在任中は善管注意義務(会社法330条・民法644条)および忠実義務(会社法355条)を会社に対して負うものの、退任すれば左記義務とともに、競業避止義務(会社法356条1項1号)の制約からも解放されるからです。

会社法
(株式会社と役員等との関係)
第330条 株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。

(忠実義務)

第355条 取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。
(競業及び利益相反取引の制限)
第356条 取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。
一 取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。
二 取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。
三 株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。
2 民法第百八条の規定は、前項の承認を受けた同項第二号又は第三号の取引については、適用しない。
(競業及び取締役会設置会社との取引等の制限)
第365条 取締役会設置会社における第三百五十六条の規定の適用については、同条第一項中「株主総会」とあるのは、「取締役会」とする。
2 取締役会設置会社においては、第三百五十六条第一項各号の取引をした取締役は、当該取引後、遅滞なく、当該取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければならない。
民法
(受任者の注意義務)
第644条 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。

したがって、元取締役による競業避止を会社が望むのであれば、後述で詳しく解説する合意締結が必須です。

以降の章では、取締役の在任中・退任後の2つの状況において、競業に関する手続きのポイントについて解説します。

【在任中】競業について承認を受ける方法

取締役が在任中に「競業」にあたる取引をしようとする場合、取締役会での過半数の賛成による承認(取締役会非設置会社の場合、株主総会の承認)が必須です。承認を得ようとする取締役は、承認を求めるにあたっては、以下の情報を開示しなければなりません。

【一例】承認にあたって取締役が開示すべき情報

  • 取引先
  • 目的物
  • 数量と価格
  • 取引期間

【注意】当該取締役は決議に参加できない

競業の承認の際、当該取締役は「特別利害関係人」にあたるため、取締役会での審議への参加は認められません。

ただし、株主総会(取締役会非設置会社での承認機関)には参加可能です。

【退任後】競業避止合意を締結するときのポイント

既に述べた通り、退任後の元取締役が競業取引を行うのは自由です。

しかし現実的に考えると、退任したからといって即座に避止義務を全面的に解除してしまうのは、会社にとって望ましいことではありません。販路やノウハウ・顧客などを奪われてしまいかねないからです。

そこで会社は、退任しようとする取締役と「秘密保持契約+競業避止義務」の契約を行い、誓約書等の合意書面を交わしておくことも出来ます。

契約有効の判断基準である「合理性」とは?!

ここで注意したいのが、合意内容の“合理性”です。

これから会社を離れようとする取締役側にも、職業選択の自由や経済的補償を求める権利があります。会社と元取締役のあいだで一方的に有利/不利とならないように、通常合理的と考えられるフェアな条件で契約を結ばなければなりません。

過去の判例では、合理性の基準(以下一覧)を総合的に判断し、契約当事者にとって公平な内容の競業避止契約だけが有効だとされています。

【競業避止契約の有効性(合理性)の基準】

  • 「会社の利益」が実在するか
  • 避止義務による「競業の制限期間」が妥当なものか
  • 避止義務による「競業の場所的制限」が妥当なものか
  • 避止義務による「制限対象となる職種・転職先」が妥当なものか
  • 会社から取締役に対する「代償措置」が適当に行われているか

参考:

奈良地裁昭和45年10月23日の判決(フォセコ・ジャパン・リミティッド事件)

東京地裁平成21年5月19日判決(日興プリンシパル事件)

以下ではさらに詳しく、各基準について解説します。

会社の利益

会社の利益の重たるものは、不正競争防止法上の「営業秘密」です。

営業秘密とは、会社が主観的にそうと主張するものではありません。客観的に見て、①秘密管理性・②有用性・③非公知性の3つが確保された情報であることが要求されます。

また、会社の利益には、営業秘密に準じる価値のある「営業方法」「指導方法等に係る独自のノウハウ」「顧客との個人的関係」も含まれます。上記客観的条件を満たせるよう管理することが難しいものの、会社の利益維持にとって必要不可欠な要素であることに変わりはないからです。

【例】「営業秘密」以外に会社の利益に該当するもの

  • 学習塾の経営陣が持つ指導テクニック
  • 訪問等で地道に獲得したクライアントとの関係

競業の制限期間

合意契約において次に考慮されるべきなのは「いつまで競業を禁止するのか」です。

競業禁止の制限期間は、あくまでも元取締役の職業選択や経済的利益を損ねないように配慮されなければなりません。

過去の判例を目安にすると、2年以上の制限期間は否定的です。これ以上長い制限期間を設けるなら、後述の代償措置を会社から取締役に対して行うべきでしょう。

競業の場所的制限

「どの地域での競業を禁止するのか」については、同じく元取締役の利益を損ねない範囲であるべきとされています

しかし現状では「場所問わず競業を禁止する」との合意内容について、無効とされた判例はありません。ただし、客観的に見て元取締役の経済活動を著しく制限するような合意内容は、訴訟時に有効性が問われる可能性があります。

制限対象になる職種・転職先

「禁止される職種または転職先」についても、元取締役の利益を損ねる過剰な内容は認められません。一種の極端なケースではあるものの、競合他社への転職を禁じて無効とされた判例があります。(東京地裁平成24年1月13日/アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー事件)。

社として職種・転職先に強い制限を与えざるを得ないときは、やはり後述の代償措置が必要です。

代償措置

代償措置とは、退任する取締役に非合理的な制限を与える“代償”として、経済的不利益のカバーを約束する措置です。具体的には「競業避止給付金」「機密保持手当等」の支給や、退職慰労金の加算が挙げられます(東京地裁平成7年10月16日判決など)。

ただし、かならずしも「代償措置がないと合意は無効」とは言えません。

合意による制限の内容が小さい場合は、代償措置がなくても有効とされています(東京地裁平成14年8月30日判決)。

ここで合理性として要求されているのは、会社と退任取締役とのあいだでじっくりと協議し、元取締役のスキルや転職予定などを十分に合意内容に反映しているかどうかです。必要であれば専門家を交え、十分に検討すべきでしょう。

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合意無効とされたケース

実際に合意無効とされたケースとして、従業員に対する以下のような事例が挙げられます。退任後の取締役についても準用されると考えられるため、合意前に留意しましょう。

ケース①競業避止合意が全面的に無効とされた事例(大阪地裁平成15年1月22日判決)

医薬品研究開発会社の元従業員が同業他社に就職し、競業避止特約に違反するとして会社が損害賠償を求めたケース

⇒被告となった元社員の担当業務・役職から、同社の“会社の利益となる情報”をそもそも入手できる状況になかったものと判断。左記の事実から、転職制限は合理的でないと指摘された。

ケース②競業避止合意が一部無効とされた事例(東京地裁17年2月23日判決)

かつらメーカーの元従業員が美容室に転職し、かつらメンテナンスの業務を行っていることに対して、会社が競業避止義務違反で訴えたケース

⇒メンテナンス技術は「日常的な業務遂行の過程で得られた知識・技能」であり、従業員が自由に利用することができるものと判断。競業避止特約はひとまず有効性が認められたものの、元従業員が現在行う業務内容は特約に抵触しないものとされた。

競業避止義務違反への対処法

在任中の競業避止義務(会社法356条1項1号)に違反した場合、競業をした役員は、会社法423条に基づき、会社に対して損害賠償義務を負います。また、その競業をした役員の得た利益の額は、会社の損害の額と推定されます。

会社法
(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
第423条 取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この節において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
2 取締役又は執行役が第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。以下この項において同じ。)の規定に違反して第三百五十六条第一項第一号の取引をしたときは、当該取引によって取締役、執行役又は第三者が得た利益の額は、前項の損害の額と推定する。
3 第三百五十六条第一項第二号又は第三号(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引によって株式会社に損害が生じたときは、次に掲げる取締役又は執行役は、その任務を怠ったものと推定する。
一 第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取締役又は執行役
二 株式会社が当該取引をすることを決定した取締役又は執行役
三 当該取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役(指名委員会等設置会社においては、当該取引が指名委員会等設置会社と取締役との間の取引又は指名委員会等設置会社と取締役との利益が相反する取引である場合に限る。)
4 前項の規定は、第三百五十六条第一項第二号又は第三号に掲げる場合において、同項の取締役(監査等委員であるものを除く。)が当該取引につき監査等委員会の承認を受けたときは、適用しない。

元取締役と競業避止合意を取り交わしたにもかかわらず「同業他社へ役員として招聘されている」「自分の名前でブランドを立ち上げてノウハウを流用している」といった状況になったとき、どう対処すればよいのでしょうか。

まず、競業避止合意違反となりますので、会社は元取締役に対して、債務不履行に基づき、損害賠償請求を行うことができます。

また、不正競争防止法に基づき営業差止めと損害賠償請求を行うことができることもあります。

不正競争防止法に基づく営業差止めと損害賠償請求については、元取締役と競業避止合意を取り交わしていない場合にも行うことができます。

不正競争防止法
(定義)
第2条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
一から 略
七 営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
八以下 略
(差止請求権)
第3条 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
2 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物(侵害の行為により生じた物を含む。第五条第一項において同じ。)の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の停止又は予防に必要な行為を請求することができる。
(損害賠償)
第4条 故意又は過失により不正競争を行って他人の営業上の利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、第十五条の規定により同条に規定する権利が消滅した後にその営業秘密又は限定提供データを使用する行為によって生じた損害については、この限りでない。

差止め請求・損害賠償請求で立証しなければならないこと

ここで問題となるのが、損害賠償請求の根拠となる「競業避止義務」の立証です。

損害賠償請求では、次の事項を会社側から立証しなければなりません。

  • そもそも元取締役とのあいだで「競業避止の合意」「秘密保持契約」を結んでいたか
  • 上記合意書面の内容(競業の制限)が合理的で有効性のあるものか
  • 競業避止義務違反によってどの程度の損害が生じたか

以上のことから、取締役の退任時には先々に起こり得るトラブルを十分に想定して、合意内容を立証可能なかたちで残しておく必要があると言えます。

まとめ

取締役には会社に対して善管注意義務・忠実義務が課せられており、これに基づいて罪人中は「競業避止義務」を負います。単に取締役が社外で同業を行うことのみならず、同地域での事業・仕入れ先や人材の流用・ノウハウの流用も禁止される点に要注意です。

問題は、手続きを経て競業を行おうとする場合の対応方法です。

会社と取締役の双方は、以下のポイントに留意しましょう。

取締役在任中に競業取引を行おうとする場合

⇒取締役会での過半数の賛成による承認(取締役会非設置会社の場合、株主総会の承認)が必須

取締役退任後に競業取引を行おうとする場合

⇒会社・取締役の双方とも、秘密保持契約や競業避止合意の“合理性”を意識する

競業避止義務の判断では、業界と会社それぞれの特有の事情を十分に斟酌し、判例にも照らし合わせなければなりません。当事者となった場合は、なるべく弁護士等の専門家の力を借りることをおすすめします。

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