【M&Aの失敗事例3】KKRによるマレリと旧カルソニックカンセイのM&A

近年、いろいろな業界で企業買収(M&A)は企業成長や業界再編を促す重要な手段として注目されています。自動車業界でも、電動化や自動運転といった技術革新が急速に進む中で、グローバル規模での競争力強化を目的としたM&Aが活発に行われています。
しかし、すべてのM&Aが成功するわけではありません。むしろ、買収後に期待された相乗効果(シナジー)が生まれず、経営が悪化するケースも少なくないのが実状です。
今回は、アメリカの投資ファンドKKRによるカルソニックカンセイとマレリの買収・統合が、なぜ失敗と見なされるようになったのか、その背景と要因を探ります。
KKRによるカルソニックカンセイとマレリの買収・統合は、単なる企業間の統合失敗ではなく、外資投資ファンドによる企業再生の難しさや、日本企業特有の経営文化と外資のギャップといった、より構造的な問題を浮き彫りにする失敗例としてもとても参考になります。
KKR×マレリ&旧カルソニックカンセイのM&Aの経緯と背景
2010年代半ばは、EV(電気自動車)や自動運転といった新技術の台頭が、自動車メーカーだけでなく部品メーカーにも大きな変化を迫っていた時期でした。そのような状況の中で、アメリカの大手投資会社KKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)は、日本の自動車部品メーカー「カルソニックカンセイ」に注目していました。カルソニックカンセイは日産自動車の主要サプライヤーで、高い技術力を持つものの、売上の大半を日産に依存していたため、独立性やグローバル展開の遅れが課題となっていました。
一方、欧州でも自動車部品業界の再編が進んでおり、イタリアのフィアット・クライスラー(FCA)は、グループ傘下の老舗部品メーカー「マニエッティ・マレリ」の売却を検討していました。これを受けてKKRは、2019年にマレリを約7,200億円で買収。カルソニックカンセイとマレリの2社を統合し、グローバルな自動車部品ブランド「マレリ」として再編成を行いました。
当時のM&A市場では、欧米のPE(プライベート・エクイティ)ファンドによる「企業価値向上型の買収」が注目されており、日本でもこうした外資ファンドの買収が徐々に増えていました。かつては、日本では外資による買収に対して慎重な見方が多い時期もありましたが、2010年代後半には企業再生や事業の成長に貢献する存在として、見方は徐々に変わりつつありました。KKRはその中でも比較的日本企業との関係構築に積極的なファンドであり、長期的な視野での投資を標榜していたことから、カルソニックカンセイ買収も一定の理解を得ることができたのです。
また、KKRを含むアメリカの投資会社は、日本企業の中に「技術はあるが経営が遅れている」「国際展開が弱い」といった点に注目しており、そうした企業に資本とマネジメントを注入することで、世界市場での成長を狙うというモデルを取っていました。カルソニックカンセイとマレリの統合は、まさにそうした視点でのグローバル戦略の一環でした。
KKRについて
KKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)は、1976年にニューヨークで設立された世界有数のプライベート・エクイティ投資会社で、特にLBO(レバレッジド・バイアウト)の手法を確立・普及させたことで知られています。LBOとは、企業買収時に買収先の資産や将来のキャッシュフローを担保に借入を行い、少ない自己資金で大規模なM&Aを実現する手法です。KKRのLBOの強みは、単なる資金調達手段にとどまらず、買収後の企業価値向上に対する明確な戦略と実行力にあるとも言われています。買収対象企業の経営に深く関与し、オペレーション改善、経営人材の刷新、グローバル展開の支援などを通じて、企業の抜本的な変革を促す点が、他のファンドと一線を画していると評価する有識者もいます。
実際KKRが行ったLBOで、特に象徴的なのは1980年代に手がけた米食品・たばこ大手RJRナビスコの買収で、当時史上最大規模のLBOとして世界中の注目を集めました。
また、2000年代以降はグローバル展開を本格化させ、日本をはじめとするアジア市場への投資も積極的に行っています。日本ではユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)や日立電線事業の再建支援、パナソニックの半導体事業の分離・再編などを手掛けてきました。これらの案件に共通するのは、KKRが単なる資金提供者ではなく、戦略的なパートナーとして人材、経営ノウハウ、グローバルなネットワークを提供し、事業そのものの競争力強化に取り組もうとしている点です。
このようにKKRは、LBOを単なる財務テクニックとしてではなく、企業変革のエンジンと位置づけ、買収先企業に実質的な成長をもたらすことで、投資家だけでなく、企業や社会全体にも利益を還元するモデルを確立していると考えられていました。
カルソニックカンセイについて
カルソニックカンセイは1938年に「日本ラヂエーター製作所」として創業し、自動車用の冷却装置を中心に製品を展開してきました。その後、1988年には同じく日産系列の内装部品メーカーであるカンセイと合併し、カルソニックカンセイとなりました。この合併によってカルソニックカンセイは、車両の熱管理、内装、電子部品などを扱う総合自動車部品メーカーとして成長を遂げ、特に日産自動車との強い関係性を軸に事業を拡大していました。
しかし、1999年にカルロス・ゴーンが日産のCEOに就任し、抜本的な構造改革を進める中で、系列取引の見直しと調達コストの大幅削減が断行されました。これにより、カルソニックカンセイのような系列部品メーカーも、価格や品質競争の中に晒されるようになりました。さらに、日産がグローバル調達を積極化することで、競争相手は国内企業だけでなく海外サプライヤーにも広がり、カルソニックカンセイにとって、日産への売上に過度に依存することのリスクが明確化されていきました。
2016年にアメリカの投資会社KKRが株式公開買い付け(TOB)を通じてカルソニックカンセイの完全子会社化を提案した時期は、同社がこのような経営環境の変化を受けて、日産への依存体質からの脱却と、新たな顧客基盤の獲得、さらにはグローバル市場での競争力強化が急務と認識されるようになっていたタイミングと重なっていました。
マレリについて
マニェッティ・マレリ(Magneti Marelli)は、1919年にイタリア・ミラノで創業された老舗の自動車部品メーカーです。創業当初から、点火装置や照明、電装部品といった自動車の電子・電気系統に関わる製品を中心に開発を進め、特にフィアットを中心とするイタリアの自動車産業と密接な関係を築いてきました。その後、欧州全体へと事業を拡大し、照明システム、パワートレイン制御、テレマティクス、インフォテインメントといった分野で高い技術力を発揮するようになります。フォーミュラ1を含むモータースポーツ分野でも電子制御機器のサプライヤーとしての地位を確立し、欧州を代表する総合部品メーカーとして成長を遂げました。
長らくフィアット・グループの一員として運営されてきたマレリですが、2010年代後半に入り、親会社であるフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)がグローバルな事業再編を進める中で、部品事業の切り離しと売却を検討するようになります。
このような状況は、カルソニックカンセイと類似していて、2018年、FCAはマレリを外部に売却する方針を明確にしました。そして、その売却先として選ばれたのが、アメリカの投資会社KKRでした。
KKR×マレリ&旧カルソニックカンセイのM&Aのねらい
KKRによるカルソニックカンセイとマレリの買収は、グローバルな自動車部品業界の変革期を捉えた戦略的な方策であり、単なる財務的投資にとどまらない、産業再編と企業価値向上の両面を見据えた壮大な構想に基づくものでした。まず、買収を主導したKKRのねらいは、世界的な自動車業界の構造変化に対応できる、スケールと技術力、地域的バランスを兼ね備えた「新たなメガ・サプライヤー」を創出することにありました。自動車業界は、2010年代後半から、電動化(EV)、自動運転(ADAS)、コネクテッドカー(通信技術)、シェアリングといった新潮流が急速に進展し、それに対応するための巨額な開発投資とグローバル展開が求められるようになりました。こうした状況の中で、KKRは「規模の論理」がますます重要になると考え、中堅規模の部品メーカーが単独で生き残るのは困難になるとの認識を持っていました。
そこでKKRは、日本市場に強みを持つカルソニックカンセイと、欧州を拠点に多様な電子系技術を持つマレリの統合により、地理的・製品的補完性のあるグローバルサプライヤーを育成する計画を立てました。
カルソニックカンセイは、もともと日産系の部品メーカーで、熱交換器、内装、排気系などの分野で高い技術を持ちますが、その売上の約8割を日産に依存しており、系列構造からの脱却が課題となっていました。一方、マレリは、電子制御、照明、モータースポーツ向け機器などの分野で技術に定評があり、欧州・中南米・インドなど広範な市場に顧客基盤を持つものの、親会社であるフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)の経営方針に左右されやすい構造にありました。KKRは、両社を統合することで、地理的な販売依存の偏りを是正し、顧客ポートフォリオの多様化と製品領域の拡張を実現できると考えました。
また、KKRの視点から見れば、これら二社はいずれも高い技術力や生産現場のノウハウを持ちながらも、企業規模や資本の制約から十分な研究開発投資やグローバル戦略に踏み込めない状況でした。
こうした「過小評価された資産」を見出し、資金と経営ノウハウを投入することで真価を引き出すことこそが、KKRの得意とするバリューアップ戦略の核心であり、カルソニックカンセイとマレリはその対象として非常に魅力的だったのです。
さらに、当時の日本市場は、企業再編や外資によるM&Aに対して徐々に寛容になり始めた時期でもあり、日本企業が外部資本と連携してグローバル展開を加速させる動きも見られました。KKRはこうした潮流をいち早く察知し、日本のモノづくり企業に新たな成長の道筋を提示することを自らの役割と位置づけていたのです。
一方、買収される側であるカルソニックカンセイとマレリにも、KKRの提案はそれぞれにとって現状打破の契機となるものでした。カルソニックカンセイにとって、最大の課題は日産依存からの脱却でした。
カルロス・ゴーンが推進した日産のコストカット戦略は、系列部品メーカーに対しても大幅な価格引き下げや合理化を求めるもので、カルソニックカンセイは自社の価格競争力や経営の自由度に強い制約を受けていたのです。
また、日産のグローバル戦略に沿う形でしか海外展開ができないという制約もあり、成長の選択肢が限られていました。こうした中で、KKRによる買収提案は、系列構造からの脱却と独立経営への道を開くもので、世界の複数の完成車メーカーと対等に取引できる「オープンサプライヤー」への変貌を実現するチャンスと捉えられたのです。
マレリも同様に、親会社フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)の経営方針によって事業投資やグローバル展開が左右されるという制約を抱え、独立した意思決定のもとでの成長戦略を模索していました。自社の強みである電子・照明系技術をより広く世界の完成車メーカーに提供し、次世代車両への適応力を高めるには、資本面での自立と事業統合によるスケールメリットが必要だったのです。そうした中で、KKRの傘下でカルソニックカンセイとの統合を進め、世界7位規模の自動車部品メーカーとして再出発する構想は、極めて合理的かつ魅力的な選択肢と映りました。とりわけ、マレリという新ブランドを冠し、日伊双方の強みを融合させたグローバル企業として生まれ変わるビジョンは、両社の社員にとっても意義深い変革でした。
このように、KKR、カルソニックカンセイ、マレリの三者の利害が、当時の自動車業界の変革という大きな時代の流れの中で合致し、統合の実現へと至ったのです。買収の裏には、単なる財務的リターンの追求ではなく、グローバル産業の再編と企業変革を通じて、次世代モビリティ社会における価値創造を目指すという、より大きな構想が存在していたのです。
KKR×マレリ&旧カルソニックカンセイのM&Aの失敗
前述のとおり、KKRによるカルソニックカンセイとマレリの買収は、当初、世界的な自動車部品市場において急速な競争力強化を図るという戦略に基づいて実行されたものでした。
日産の主要サプライヤーであったカルソニックカンセイを2017年に完全買収した後、KKRは2019年、フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)傘下であったイタリアのマレリを巨額の資金で買収し、両社を統合して新生「マレリ」として再出発させました。
しかし、このM&Aはその壮大な構想とは裏腹に、数年後には民事再生法の適用申請という形で失敗の烙印を押される結果となりました。その失敗の背景には、複合的な要因が存在し、それらが相互に影響し合いながら経営の混迷を深めていくことになったからでした。
KKR×マレリ&旧カルソニックカンセイのM&Aが失敗した理由としては、まず第一に、買収に伴う財務的な負担が極めて重かった点が挙げられます。
マレリの買収額は約7,200億円とされ、KKRにとっては巨大な投資になりました。しかもこの買収はレバレッジド・バイアウト(LBO)方式、つまり買収先の資産やキャッシュフローを担保に多額の借入を行う手法によって進められており、M&A完了時点で新生マレリの財務体質は非常に脆弱なものとなっていました。
つまり、経営統合によるシナジー創出が速やかに実現しなければ、債務返済や金利負担が収益を圧迫するという構造的なリスクが存在していたということになります。
そのようなリスクが顕在化する中で、両社の統合は想定通りに進みませんでした。企業文化や地域ごとのオペレーションの違い、加えて欧州と日本の拠点間での経営スタイルの乖離などが、経営統合のスムーズな遂行を阻みました。
実際、製品ポートフォリオやサプライチェーンの最適化、重複部門の統合といったシナジー効果の実現は大幅に遅れ、欧州拠点の合理化を進めようとした際には、労働組合の強い反発にも直面し、拠点閉鎖やリストラが難航したこともあり、コスト削減効果は限定的になってしまいました。
加えて、事業環境の急激な変化も経営の足かせとなりました。2020年からの新型コロナウイルス感染拡大は、世界の自動車生産を大きく減速させ、部品メーカー全体に深刻な打撃を与えました。
その後も自動車業界では半導体不足が慢性化し、生産の不安定さが続きました。これにより、マレリの売上高は予測を下回る水準で推移し、収益改善の見通しは遠のくことになりました。
特に新生マレリは、カルソニックカンセイ時代から日産自動車への依存度が高かったため、日産の業績不振が直撃する形となりました。日産はゴーン体制以降、販売戦略の見直しや不祥事対応に追われており、サプライヤーにとっては極めて厳しい環境が続いていました。
また、もう一つの致命的な要因は、業界全体の構造変化に対応しきれなかった点にあります。自動車業界は電動化、コネクテッド化、自動運転といった技術革新の真っただ中にあり、特にEVシフトの波はサプライヤーにとっても大きな投資と変革を迫るものでした。
しかし、新生マレリはこの分野での技術開発において出遅れており、競合であるボッシュやコンチネンタル、デンソーなどと比較して、EV向け部品の展開が限定的でした。
そのため、既存の内燃機関向け製品に依存するビジネスモデルは急速に陳腐化し、将来の成長が見込める分野での収益源を確保できませんでした。
最終的に、事業再生ADR(=破綻を回避しながら再建を目指すための、私的な再建交渉の枠組み)による債務調整を試みましたが、債権者の全会一致という条件を満たすことができず、2022年には民事再生法の適用を申請するに至りました。これにより、KKRが期待したグローバル規模の競争優位の獲得や、アジアと欧州を結ぶ自動車部品ネットワークの強化といったM&Aのビジョンは、完全に頓挫した格好となりました。
KKR×マレリ&旧カルソニックカンセイのM&Aから学ぶべきこと
前述したとおり、KKRによるカルソニックカンセイとマレリの統合は、自動車業界の再編を狙ったある意味野心的なM&Aでしたが、最終的には財務的にも事業的にも成功とは言えない結果となりました。この失敗から学ぶべき教訓は多く、今後のM&Aを考えるうえで重要な示唆を与えてくれます。
まず大きな問題だったのは、両社が抱えていた構造的な脆弱性です。カルソニックカンセイは長年、売上の大部分を日産自動車に依存しており、マレリもフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)との取引に強く依存していました。こうした体質は、単独での事業運営には限界があることを意味しており、M&Aによって市場を多角化することが期待されていました。
しかし実際には、統合後も両社の主要顧客構成に大きな変化がなく、さらに新規顧客開拓や市場多角化の成果が十分に上がらなかったことから分かるように、相互に依存的な構造が補強されてしまい、収益基盤の不安定性をさらに悪化させてしまいました。
買収前に両社の取引先構成を精査し、新たな顧客基盤の構築に向けた具体策を準備するべきでしたが、その視点が欠けていたことが失敗の一因です。
また、統合後のマネジメントにおける文化の違いも大きな障壁となりました。カルソニックカンセイは日本企業であり、意思決定や現場の調整に慎重さが求められる一方で、マレリはイタリアを起点とした欧州型の組織文化を持っていました。
組織文化の違いに対する準備が不十分だったことで、統合プロセスがスムーズに進まず、社員の士気や組織の一体感に悪影響が出ました。経営統合を行う際には、業務の重複やコスト削減といったハードな側面だけでなく、企業文化や働き方、意思決定のスタイルといったソフト面も丁寧に扱う必要があります。特に、従業員同士の相互理解を促すような仕組みづくりを初期段階で用意しておくことが重要です。
さらに、今回のM&AはLBO(レバレッジド・バイアウト)という手法で実施されました。これは、買収対象企業に債務を背負わせることで買収資金を捻出する方法ですが、その分、対象企業には強いキャッシュフローが求められます。コロナ禍による自動車需要の落ち込み、半導体不足、原材料費の高騰など、外部環境が悪化する中で、両社は期待されたキャッシュフローを生み出せず、結果的に資金繰りが行き詰まりました。
特に自動車業界のように景気変動の影響を受けやすく、技術革新のスピードが速い産業では、過度な財務レバレッジは大きなリスクを伴います。M&Aの設計段階で、想定される外的ショックにどの程度耐えられるか、複数のシナリオを元に財務体力を検証するべきでした。
また、自動車業界の構造変化に対応する戦略が欠けていた点も見過ごせません。世界的にEV化や自動運転、ソフトウェア統合が進む中で、両社とも従来型の内燃機関向け部品に収益の大半を依存していました。
買収後に技術革新に資金や人材を振り向けることができれば、新しい市場での競争力を築くチャンスもあったはずです。しかし、統合によるコスト削減に重点が置かれすぎたため、成長投資が後回しにされてしまいました。これは、M&Aにおける「攻め」と「守り」のバランスが取れていなかったことを示しています。経営統合を行う際には、目先の効率化だけでなく、未来の成長にどうつなげるかという長期視点を持つことが必要です。
経営ガバナンスの面でも問題が生じました。KKRは、買収対象企業の経営に深く関与し、オペレーション改善、経営人材の刷新、グローバル展開の支援などを通じて、企業の抜本的な変革を促すスタイルであるとはいえ、プライベート・エクイティファンド(PE)として投資収益を求める立場にあり、短期間での成果を重視しがちです。その一方で、現場の経営陣は日々のオペレーションに追われ、中長期的な再建戦略に手が回らない状況でした。
投資家と経営陣の間で方針が噛み合わず、戦略の一貫性が失われたことも、再建の失敗につながっています。M&A後の経営には、投資側と現場側の信頼関係と共通目標が必要です。特に再建を目的とする買収の場合は、双方が同じゴールを見据えて動けるガバナンス体制を構築するべきです。
このように、KKRによるこのM&Aは、多くの教訓を与えてくれています。構造的な課題の見極め、文化統合の準備、財務の健全性、技術変化への対応、そしてガバナンスの調整など、多角的にリスクを見つめる視点が必要です。M&Aは単なる企業買収ではなく、未来の成長を形にしていく戦略そのものです。その意味で、目先の数字や規模だけにとらわれず、買収後にどんなビジョンを描くかが成功の鍵となります。今回の事例は、そのビジョンの欠如と準備不足がもたらした当然の帰結であり、今後の教訓とすべき失敗例と言えます。
まとめ
今回は、自動車業界における大型M&Aの事例として、アメリカの投資ファンドKKRによるカルソニックカンセイとマレリの買収・統合について、その経緯、背景、そして最終的に民事再生という結果に至った要因を深く掘り下げてきました。この事例は、グローバルな自動車産業が大きな変革期を迎える中で行われたM&Aの複雑さと、成功に向けて考慮すべき多岐にわたる要素を示唆しています。
KKRは、電動化や自動運転といった次世代技術の開発競争が激化する自動車部品業界において、グローバルな競争力を有する巨大サプライヤーを創出するという戦略的な目標を掲げ、日本市場で確固たる地位を築いていたカルソニックカンセイと、欧州を中心に多様な技術を持つマレリの統合を推進しました。この統合は、地理的な販売網の補完や、製品ポートフォリオの拡充を通じて、より強固な事業基盤を確立することを意図していました。
しかしながら、この壮大な構想は実現に至らず、新生マレリは民事再生法の適用を申請するという結果を迎えました。その背景には、複数の要因が複雑に絡み合っていました。まず、マレリの買収に際して用いられたLBO(レバレッジド・バイアウト)という手法が、新生マレリに重い財務負担を強いました。また、日本とイタリアという異なる企業文化を持つ組織の統合は、当初の想定よりも時間を要し、期待されたシナジー効果の創出を遅らせました。さらに、新型コロナウイルス感染症の世界的流行や半導体不足といった外部環境の急激な悪化も、業績低迷に拍車をかけました。加えて、自動車業界全体の構造的な変化、特に電動化への移行の波に対し、新生マレリは十分な対応を取ることができず、将来の成長の機会を逸してしまったと言えるでしょう。
M&Aを理解するにあたって、この事例からはケーススタディとして多くの教訓を得ることができると思います。M&Aを検討する際には、買収対象企業の財務状況や事業の構造的な課題を詳細に分析することの重要性は言うまでもありません。加えて、異なる文化を持つ組織を統合する際には、事前の丁寧な準備と、従業員間の相互理解を促進する施策が不可欠です。また、財務戦略においては、予期せぬ外部環境の変化にも耐えうる健全性を確保することが求められます。そして、何よりも重要なのは、業界の長期的なトレンドを的確に捉え、それに対応した成長戦略を描くことです。
KKRによるカルソニックカンセイとマレリのM&Aの事例は、単に一つのM&Aの失敗として捉えるのではなく、グローバルなビジネス環境におけるM&Aの複雑さと、成功のための多角的な視点の重要性を教えてくれる貴重なケーススタディと言えるでしょう。今後の企業戦略、特にM&Aを検討する上で、この事例から得られる教訓は決して少なくありません。