【M&Aの失敗事例2】小林化工とオリックスのM&A失敗事例:M&A失敗の原因と対策も解説

ジェネリック医薬品を製造する小林化工株式会社(以下、小林化工)は、水虫薬に誤って睡眠導入剤を混入させたことで健康被害を引き起こしました。

同社は2020年にオリックス株式会社(以下、オリックス)によって買収されましたが、その後、製造管理に関する不備や不正行為が明らかになり、手順書に違反する対応が行われていたことが判明しました。オリックスは買収時に小林化工に対してデューデリジェンスを実施していたとされていますが、問題を事前に把握することはできず、発覚後の対応も後手に回りました。この事例は、M&Aにおけるリスク管理の難しさを示す失敗例として注目されています。

デューデリジェンスを行ってもすべてのリスクを見抜くことは難しく、また、表明保証条項だけに依存するのも不十分です。両者を適切に併用し、リスクをできる限り抑える体制を整えることが、企業の安定経営とM&Aの成功には不可欠です。

本記事では、本件M&Aをめぐる経緯と混乱の詳細について、各種ニュースメディアの報道内容をもとに整理・解説します。

小林化工の企業概要

小林化工は、経口薬や注射薬などのジェネリック医薬品(後発薬)を扱う製薬会社で、誤飲防止の工夫を施した製剤や、抗がん剤の開発にも取り組んでいました。同社は、業界大手である日医工、沢井製薬、東和薬品に続く第2グループに位置づけられていました。ジェネリック医薬品とは、先発薬の特許切れ後に発売される、同成分の薬のことです。

オリックスとのM&Aに至るまでの変遷

小林化工は1946年に福井県で配置薬の製造からスタートし、1961年に医療用医薬品に特化した企業として再出発しました。3代目の小林広幸氏は住友製薬でMRを経験後、1994年に入社。

営業活動を強化し、1996年には抗ウイルス薬の開発を通じて明治製菓と提携を実現、事業拡大の足掛かりを築きました。その後、政府の後発薬推進策を追い風に業績は急拡大し、2002年に約30億円だった売上は2020年には370億円にまで成長。無借金経営かつ高い自己資本比率を誇る優良企業となりました。

しかし、国内市場はすでに成熟期に入り成長が鈍化。こうした背景から、同社はオリックスと提携し、海外展開に活路を見出す戦略に転じました。これは後発薬業界が次なる成長を求めてグローバル市場へ向かう動きを象徴しています。

オリックスの企業概要

オリックスはもともとリース事業からスタートした企業ですが、現在では不動産、信託銀行、証券、保険、再生可能エネルギーなど多岐にわたる分野に事業を展開する総合金融グループに成長しています。その中核にいるのが創業期から経営に関わり、社長・会長を歴任した宮内義彦氏です。

2014年に経営の表舞台から退いたものの、現在もシニアチェアマンとして実質的な影響力を保っています。宮内氏は小泉政権下での規制改革推進にも深く関わり、規制緩和を背景に事業領域を拡大してきました。

こうした背景から、一部では「政商」との批判もありますが、積極的なM&A戦略によりオリックスは約870社の連結子会社を抱える企業グループへと成長。大京の買収をはじめ、投資会社としての側面を強めながら、単なる金融企業を超える存在感を確立しています。

小林化工とオリックスによるM&Aの概要と背景

2020年1月、オリックスは、小林化工をM&Aにより子会社化すると発表しました。オリックスの広報担当者は「開発スピードの速さと今後の成長性を評価しており、海外展開においてはオリックスのネットワークを活用して顧客や提携先の紹介が可能になる」と説明しています。

本件M&Aは、オリックスにとって初の医療用医薬品分野への本格参入となりました。オリックスはこれまでも、医療法人向けのリースや医療機器レンタル、さらには原薬商社や動物薬メーカーなどへの出資を通じて、ヘルスケア領域での事業拡大を進めてきました。小林化工を連結子会社とすることで、この分野をさらに強化する狙いがありました。

一方で、小林化工側も、オリックスの国内外に広がる事業ネットワークを活用することで、製品の品質や安定供給体制の向上を図っていました。特に海外展開を視野に入れており、オリックスの37カ国にわたる海外拠点、とりわけアジア13カ国に展開する現地法人の支援を受けながら、現地企業との協業や販路開拓を進めていく方針でした。

小林化工の小林社長は、オリックス傘下となることについて、業界紙のインタビューで「がん領域の新製品開発や海外展開に注力し、早期に売上高500億円の達成を目指したい」と述べており、今後の成長に強い意欲を示していました。

小林化工が犯した省令違反と社内規定違反

2020年、小林化工が製造した抗真菌薬「イトラコナゾール」に、誤って睡眠導入剤の成分が混入していたことが発覚しました。この問題をきっかけに、複数の省令違反や社内ルールの違反が明らかになりました。

国から承認を受けた製造手順書では、有効成分は一度ですべて投入するよう指示されていました。しかし、実際には「裏手順書」と呼ばれる独自のやり方が存在し、製造現場では主成分を2回に分けて加える方法が長年採用されていたのです。これは錠剤の固まりやすさを調整する目的とみられています。

今回の混入事故では、2回目に投入すべき主成分を、担当者が誤って隣に保管されていた睡眠導入剤の成分と取り違えました。また、本来は2人体制で材料を相互確認することが社内規定で定められていたにもかかわらず、作業中に1人が現場を離れていたことが判明しました。さらに、離席していた人物が確認済みのサインを記入していたことも問題視されています。

出荷前のサンプル検査でも、異常反応を示すデータがあったにもかかわらず、上司が「問題なし」と判断して詳細な再検査を行わず、そのまま「合格」として出荷されました。

問題の製品は2020年夏に製造され、約9万錠が市場に流通しています。この薬を服用した患者は全国31の都道府県で344人にのぼり、そのうち214人が意識消失や記憶喪失、ふらつきといった健康被害を訴えました。中には運転中に意識を失って交通事故を起こした事例もあり、2人が死亡、22人が事故に巻き込まれるなど深刻な被害が確認されています。

小林化工が受けた行政処分と事業停止

2021年、福井県と厚生労働省による立ち入り調査の結果、小林化工では製造や品質管理の面で多数の法令違反が確認されました。その結果、同年2月9日には福井県から、製薬会社としては異例の長さとなる116日間の業務停止処分と業務改善命令が下されました。

その後、小林化工は再建を図るため、親会社であるオリックスの意向により、弁護士の田中宏明氏を2021年5月に新たな社長として迎え入れました。しかし再建は難航し、最終的には2023年に医薬品製造販売業の許可が取り消され、実質的に事業の継続を断念する形となりました。

小林化工とオリックスのM&Aが失敗した原因と対策

小林化工とオリックスによるM&Aが失敗に終わった主な原因は、買収前のデューデリジェンスで重大なリスクや不正を見抜けなかった点、そして問題発覚後の対応が遅れたことにあります。この結果、小林化工の信頼性は大きく損なわれ、製薬会社としての存続すら危うくなってしまいました。

一般的に、デューデリジェンスによって買収先企業のすべての問題点を把握するのは困難です。特に、GMP(医薬品の製造管理および品質管理の基準)違反のような事案は、行政の立ち入り調査でも見逃されることがあるほどであり、M&Aの買い手企業がその段階で発見するのは非常に難しいと言えるでしょう。

こうしたリスクに備えるために用いられるのが「表明保証条項」です。これは、M&Aの売り手側が「財務諸表が適正に作成されていること」「隠れた負債が存在しないこと」などを明言し、それが事実と異なっていた場合には損害賠償などの責任を負うという契約上の仕組みです。

オリックス側も、製薬業界の専門知識には限界があったと考えられるため、契約の中には「GMPに準拠して製造されていること」などの表明保証が盛り込まれていた可能性が高いでしょう。とはいえ、実際にその保証が果たされていなかった場合でも、事後的な損害の回収や信頼回復は簡単ではありません。M&Aにおいては、法務・財務だけでなく業界特有のリスクも見据えた多面的な対策が必要です。

まとめ

本件は、オリックスが小林化工に潜むリスクに対して十分な対策を講じていなかったことで発生したM&A失敗事例です。結果として、オリックスは、2021年12月にM&Aによってサワイグループホールディングス株式会社に対して小林化工を譲渡しています。

経営陣にとって、M&Aを成功に導くためには、買収先企業に潜むリスクを正確に把握し、それに対する適切な対策を講じることが欠かせません。そのためには、徹底したデューデリジェンス(DD)を行い、加えて契約書に表明保証条項を盛り込むことで、万一リスクが顕在化した場合にも備える必要があります。

デューデリジェンスだけではリスクを完全に排除することはできず、逆に表明保証条項だけに頼るのも不十分です。両者を組み合わせて活用し、リスク発生の可能性をできる限り低減させることが、企業の経営安定とM&A成功のカギとなります。

そして、これを実現するためには、M&Aに精通した信頼できる専門家の力を借りることで、リスクをできる限り抑えながら、計画していたシナジーの実現につなげることが重要です。

M&Aに際して、M&Aの相手側企業に潜むリスクへの適切な対応を講じたい場合は、弁護士法人M&A総合法律事務所にご相談ください。徹底したデューデリジェンスの実施および表明保証条項の活用などを通じて、M&Aおよび事業承継のプロセスをサポートいたします。

 

参照文献:NetIB-News「【企業研究】オリックスが得意のM&Aで誤算~水虫薬に睡眠導入剤成分混入の「小林化工」を連結子会社にしたばかりだった!」2021年2月2日

ダイヤモンド・オンライン「外様社長は見た!親会社オリックスから送り込まれた後発薬不足の原因企業の「壮絶パワハラ文化」」2024年11月

エキサイトニュース「あの超優良企業、違法行為の巣窟だった…なぜ会社存続のまま全工場と従業員を譲渡?」2021年12月

日本経済新聞「後発薬製造・販売の小林化工、オリックスが子会社化」2020年1月