M&Aの失敗事例:東芝によるウエスチングハウス買収について

今回は、M&Aが失敗に終わったと言われている、2006年に行われた東芝のウエスチングハウス社の買収に関して、どのような点が不適切だったのか、その失敗から学ぶ点としてはどのようなものがあるのかなどについて説明したいと思います。

東芝×ウエスチングハウスのM&Aの概要

まず、東芝とウエスチングハウス社とのM&Aの概要について見ていきます。
東芝は2006年に原子力発電設備および燃料関連事業で豊富な実績を持つウエスチングハウス社を買収しました。

買収したウエスチングハウス社(Westinghouse Electric Corporation)は、19世紀に創業されたアメリカの伝統ある企業で、特に電気技術や原子力技術の分野で世界的に有名でした。

ウエスチングハウス社の具体的な原子力分野での成果としては、1958年に運転を開始したアメリカ初の商用原子力発電所(シッピングポート原発)の建設に関して、原子炉設計・製造を担当したというものがあり、それ以降も加圧水型原子炉(PWR: Pressurized Water Reactor)技術で世界的なリーダーでした。

ウエスチングハウス社が設計・製造していた加圧水型原子炉(PWR)は、世界で最も広く使用されている原子炉型式の一つで、米国、日本、フランス、中国、韓国など、現在でも世界で最も普及している原子炉型式です。

また、一方で、ウエスチングハウス社は、かつては、発電、送電機器、家電、ラジオ・テレビ放送機器など広範な製品も展開していて、コングロマリット経営と呼ばれる経営の多角化を行っていました。

1990年代に入ると、ウエスチングハウス社はコングロマリット経営の行き詰まりから、事業の分割・売却を進め、1995年に原子力部門を除く大部分をアメリカの大手放送会社であるCBSに売却、1999年には、残った原子力部門をイギリスの英国原子燃料会社BNFL(British Nuclear Fuels Limited)に売却しました。

2006年の東芝によるウエスチングハウス社の買収は、当時株主であったBNFL社から、同社の株式の売却を受ける形で行われました。

2006年2月6日、東芝はBNFLとウエスチングハウス社の株式を54億ドルで買収する契約を締結しました。その後、買収に必要な行政審査や認可手続きが完了し、2006年10月に株式取得が完了しています。

しかし、その後、ウエスチングハウス社は、アメリカのジョージア州とサウスカロライナ州での原子力発電所建設プロジェクトにおいて、著しいコスト超過と遅延に直面しました。これを主な原因として、ウエスチングハウス社は2017年に破産を申請し、東芝はウエスチングハウスの破産により、約1兆円の特別損失を計上しました。

そして、最終的に東芝は、2018年にウエスチングハウス社をカナダの投資会社ブルックフィールド・ビジネス・パートナーズにウエスチングハウス社の債務を引受けてもらう形で譲渡し、実質無償である形式的に1ドルという価格で売却しました。

この東芝によるウエスチングハウス社の買収からの一連の流れは、M&Aの著しく有名な失敗例として挙げられています。では、M&Aが失敗する場合の一般的な類型について理解した後、東芝とウエスチングハウス社の事例がどのような失敗でそこから学ぶべき点について、詳しく見ていきます。

M&Aが失敗する場合の類型

東芝のウエスチングハウス社買収について、具体的に見ていく前に、まずは、一般的なM&Aが失敗する場合の類型について見ていくことにします。

これまで、さまざまな企業が主体となって数多くのM&Aが実施されていますが、失敗する事例は決して少なくはありません。これらの失敗については、次のようないくつのかの類型に分類することができます。

悪質な相手方や仲介業者

M&Aが失敗してしまう典型的な例として、M&Aをする際の相手方やM&Aを仲介する業者に問題がある場合が挙げられます。

M&Aで、その相手方やM&Aを取り扱う仲介業者が悪質な場合には、そのM&Aはうまく行かない可能性が高くなります。なぜなら、このような相手方や仲介業者は、そもそもM&Aを成功させる意図がなく、M&Aというスキームを利用して買い取った企業の資産や資金を搾取することなどを主な目的としていることが多いからです。

このような相手方や仲介業者とのM&Aは成功するはずもなく、自社の資産や資金が相手方や仲介業者に毀損される結果に終わってしまいます。

買い取った企業価値の見誤り

M&Aで買い手側が買い取った企業の価値を見誤った場合にも、そのM&Aは失敗になる可能性が高くなります。俗な言い方をすれば、通常の買い物で、あまり価値のない物を、何らかの理由によって高く購入した場合には、その買い物は失敗だと言われるのと同じことです。

買い手企業が企業価値を見誤ることによって失敗する場合の典型的なものとしては、表面的な財務データや書類上の数字だけを信用し、実態の詳細な調査(デューデリジェンス)を十分に行わなかった結果として、最終的に企業価値を見誤るという場合が多くなっています。

今回題材として取り上げている東芝のウエスチングハウス社の買収によるM&Aは、詳しい内容は後述しますが、この企業価値を見誤ったことによるM&Aの失敗であったと言われています。

M&A時に想定した効果が得られない

M&Aを決断する際、経営陣が大きな期待を寄せるのが「シナジー効果」です。シナジー効果とは、単独で活動するよりも、2社が統合することで相乗効果が生まれ、売上や利益、効率性が飛躍的に向上することを指します。しかし、現実にはシナジー効果が期待通りに得られない場合には、M&Aが失敗に終わるという評価になってしまいます。

東芝×エスチングハウスの場合の失敗

2006年、東芝がウエスチングハウス社を買収した背景には、原子力発電事業への強い成長期待がありました。その頃は2011年の東日本大震災の前の時期であったこともあり、世界的に「脱炭素」や「電力需要増加」への対応策として原発が注目されていました。

東芝は当時、家電や半導体だけでなくインフラ事業も強化したいと考えており、中でも原発ビジネスは高収益が期待できると判断していました。

ウエスチングハウス社は、アメリカを中心に最新型の加圧水型原子炉の技術を持ち、世界的な原子力事業のリーダー的存在の企業であったため、当時の東芝の考えていた構想にフィットする会社とみられていました。

最終的に東芝は、「世界の原発市場でシェアを取る」「安定収益源を確保する」という目論見で、54億ドルでウエスチングハウス社を買収しました。

しかし、そもそも、54億ドルという買収額が高すぎたため、その資金を回収することが困難でした。これが、東芝がウエスチングハウス社の企業価値を見誤ったことでM&Aを失敗したと言われる所以です。

ウエスチングハウス社の事業は予想以上にコストがかかり、収益を上げるまでの時間が長く、十分な利益を得られませんでした。

また、ウエスチングハウス社が手掛けていた原発建設プロジェクトは多くが遅延し、予算オーバーを引き起こしました。特にアメリカでの原発建設が進まなかったことが、東芝の財務に深刻な影響を与えました。

さらに東芝とウエスチングハウス社の企業文化や経営スタイルに違いがあり、統合がうまくいかなかったことも一因です。特に、アメリカ市場でのリスク管理やプロジェクト運営に関して、東芝側の予見能力に欠けていたとされています。

M&Aにおける東芝とウエスチングハウス社の企業的な理由による失敗のほかに、原子力発電所業界を取り巻く環境でも東芝にとってシビアな状況の変化がありました。

東芝が買収した当時、原発業界は化石燃料枯渇の懸念や地球温暖化が促進する中で、原子力発電所建設の再興の「原子力ルネサンス」と言われる動きの兆しがありましたが、その後、2011年に福島第一原発事故が発生し、原発に対する世界的な信頼が揺らぎました。特に欧州やアメリカでの新規原発建設計画が縮小し、需要が予測よりも急速に低下しました。

同時に、原子力業界では、安全基準の強化や新たな規制の導入が進み、それに伴い建設費用が膨らみました。また、ウエスチングハウス社は東芝に買収された時期に新型の原子炉であるAP1000型を初めて建設し始め、その施工や建設で未熟な部分があったため、プロジェクトの進行が難しくなり、原発建設計画はさらに損失を拡大させました。

さらに、新興国や他の企業が原発市場に参入する中で、ウエスチングハウス社は競争に勝てず、利益を上げるのが難しくなりました。特に中国やロシアの企業が積極的に原発建設を進め、競争環境が厳しくなっていました。

このように、東芝にとってウエスチングハウス社買収の時期にはさまざまな予想しなかったような事態が起こり、それがウエスチングハウス社経営を圧迫して倒産に追いやられることになりました。結局、東芝は、最終的に前述のとおり約1兆円もの巨額損失を出して経営危機に陥ることになってしまいました。

経営危機に見舞われた東芝は、その存続をかけて主力事業であった半導体メモリ部門の売却と、海外ファンドからの大規模な資金調達という二つの大きな決断を下しました。

これらの措置は、差し迫った財務危機を一時的に脱するためのものでしたが、同時に、長年培ってきた経営の独立性を揺るがし、主要な収益源を手放すという、将来の経営にとって大きな課題を残すこととなりました。

債務超過を解消し、株式市場からの上場維持を目指す中で、東芝が下した苦渋の決断が、主力事業である半導体メモリ事業の売却で、2017年9月に米ベインキャピタルを中心とするコンソーシアムに対し、東芝メモリ(現在のキオクシア)の全株式を約2兆円で譲渡する契約が締結されました。

この半導体事業の売却は、東芝にとって収益の大きな柱を失うことを意味し、将来的な収益構造に大きな不安を残す結果となりました。

一方で、半導体事業の売却が独占禁止法の審査によって遅れるという状況下で、東芝は2017年12月に6,000億円もの第三者割当増資を実施しました。この増資には、約60もの海外ファンドが参加し、結果として東芝の発行済み株式数は約54%増加、既存株主の持ち分比率は大幅に希薄化しました。さらに、この増資によって東芝の株主となったアクティビストファンドの影響力が増し、東芝の経営の独立性が損なわれるという懸念が高まりました。

増資直後、アクティビストの買い増し期待などから東芝の株価は一時的に上昇しました。しかし、多くのアクティビストは短期的な利益を追求する傾向があり、株価が一定水準に達すると早期に株式を売却する動きが見られました。実際、一部のアクティビストは数日以内に保有株をほぼ全て売却し、大きな利益を上げたと報じられています。これは、東芝の株価のボラティリティを高める要因となりました。

中長期的に株式を保有した一部のアクティビストは、東芝の経営陣に対し、より積極的な改革を求めるようになりました。彼らは、不採算事業の整理、資産の売却、株主への利益還元(自社株買いや配当の増額)、経営体制の改善などを要求しました。例えば、主要株主となった海外ファンドは、取締役会の構成や事業戦略について具体的な提案を行い、経営陣と対立する場面もありました。

もともと、米原子力子会社であるウエスチングハウス社の巨額損失によって債務超過に陥った東芝は、半導体事業の売却と第三者割当増資という手段を通じて、辛うじて財務体質の改善を図りました。

しかし、これらの対応策によって、東芝は、収益基盤の喪失と経営の独立性低下という、新たな課題を残すこととなってしまいました。

東芝×ウエスチングハウスのM&Aから学ぶべきこと

東芝のウエスチングハウス社買収の失敗から学ぶべき重要な教訓は、まず、買収前の慎重なデューデリジェンス(事前調査)が不可欠だという点です。ウエスチングハウス社の原子力発電所建設計画が遅れ、巨額の損失を出すこととなった背景には、買収時にその事業のリスクや潜在的な問題を十分に把握できていなかったことがあります。

特に、新技術の導入や未経験のプロジェクト管理に関するリスクを適切に評価しなかったことが、大きな落とし穴となりました。M&Aで特に企業を買収する側の企業は、買収対象企業の過去のプロジェクトの成功・失敗の分析、技術的な問題や市場の変化に対する耐性を十分に調査する必要があります。

次に、文化や経営統合に対する理解も極めて重要です。東芝は、ウエスチングハウス社の買収後に発生した経営統合の難しさに直面しました。特に、企業文化や経営スタイルの違いが影響を及ぼし、迅速な意思決定やプロジェクトの進行に支障をきたしたと言われています。M&A後の統合は、ただ単に財務的な調整を行うだけでなく、両社の組織文化や価値観の違いを理解し、適切なコミュニケーションと柔軟な管理を行うことが求められます。

また、適切なリスク管理体制の構築も大きな教訓です。ウエスチングハウス社のプロジェクトは、予期せぬ技術的な問題や遅延、予算超過に悩まされましたが、これらのリスクを事前に識別し、予測する体制が不十分でした。M&Aを進める企業は、買収先の事業のリスクだけでなく、業界全体のリスクや規制の動向を把握し、それに対応できる柔軟なリスクマネジメント体制を構築する必要があります。特に、長期的なプロジェクトや新技術を扱う場合、適切なリスクヘッジの方法を導入することが重要です。

さらに、投資の過信や過度な楽観主義も反省すべき点です。東芝はウエスチングハウス社を買収した際、原子力発電所建設における市場の回復や将来的な収益の見込みに対して過度に楽観的でした。このような過信は、実際の成果やリスクが見えた段階で修正が難しくなり、損失が膨らむ原因となります。M&Aを検討する企業は、買収先が抱える潜在的な問題を過少評価せず、現実的かつ慎重な予測を立てることが求められます。

最後に、透明性とコミュニケーションの重要性も非常に大事な要素だと考えられます。ウエスチングハウス社の問題は、最終的に東芝の財務に大きな影響を与え、株主や投資家との信頼関係を損ね、非常に大きな株価の下落を招きました。

M&Aを行う企業は、買収先の現状やリスクについて、すべてのステークホルダーに対して透明性を持ち、定期的に情報を提供することが必要です。特に大規模なM&Aでは、適切なコミュニケーションが企業の信用を守るための鍵となります。

このように、東芝の失敗から学べることは多く、M&Aを進める企業は、慎重な調査とリスク評価、文化や経営統合の準備、現実的な予測、透明性の高いコミュニケーションなど、さまざまな側面での戦略的なアプローチを行う必要があると言えます

まとめ

M&Aは企業にとって、成長を加速させたり競争力を高めたりする有力な経営戦略ですが、今回取り上げた東芝とウエスチングハウス社の事例は、その難しさとリスクの大きさを象徴する失敗例です。

東芝は原子力事業の将来性に期待し、54億ドルという高額な買収額を投じましたが、その期待は市場環境の変化やプロジェクトの遅延、安全基準強化という外部要因により裏切られました。

2006年のウエスチングハウス社買収時と2011年の東日本大震災後とでは原子力発電所に対する見方が全く違ったものになってしまったという不運な状況ではあったものの、当時の東芝は、原子力業界全体を楽観的に読みすぎていたという面も否めません。

環境規制や国際的な安全基準の変化、政治的リスクといった外的要因までを織り込んだ冷静な判断が不足していたという風にも言えそうです。

企業が大きなM&Aを検討する際には、対象企業の「財務的価値」だけでなく「潜在リスク」「業界動向」「規制変化」まで、徹底したデューデリジェンスとシナリオ分析を行うことが欠かせません。

東芝の事例は、企業がM&Aを進めるうえで「冷静さ」「現実主義」「徹底した準備」の重要性を教えてくれる、まさに典型的な失敗例です。成長戦略の切り札であるM&Aは、最大級のリスクマネジメントを伴う経営判断であることを、経営者は肝に銘じる必要があると思います。