競業避止義務違反の責任追及方法!
役員や従業員が会社を退職し、他の企業へ転職したり新たに事業を起こしたりすることは、珍しくありません。しかし、退職した従業員が自社の秘密を知った状態で転職や起業をされてしまうともといた起業は大きな影響を受ける可能性があります。そこで、今回はそんな秘密を知っている役員や従業員の競業避止義務についてその概要について解説します。
競業避止義務とは
「競業避止義務(きょうぎょうひしぎむ)」とは、もともと所属していた起業で知った企業秘密やその企業独自の技術といった知的財産を流用し、競業する他他社に転職したり同じような事業を起こしたりすることを控えなければいけないという義務です。簡単にいうと「前に所属していた企業の秘密を次の仕事で使って企業に不利益をもたらしてはいけないよ!」ということになります。
ここでいう秘密とはその名の通りの企業秘密とされているようなものから、商品の生産方法や販売方法さらには交渉術や人脈といったものまで含まれます。事業活動を進める上で重要な情報で他の企業などに知られていないものは含まれる可能性があると認識しておいた方がいいでしょう。
競業避止義務は、基本的に在職中が対象となりますが、場合によっては退職後も適用されることもあります。その場合は、退職後の一定期間特定の業種や地域での就業を制限させられることになるかもしれません。この点については後ほど詳しく解説します。
ただ、退職後まで役員や従業員の行動や就業について監視の目を光らせることは役員や従業員の職業選択の自由を奪うことになります。そういった背景もあり、競業避止義務の有効性については、裁判で争われることが珍しくありません。
ちなみに、裁判の結果、役員や従業員が競業避止義務に違反していると判断された場合、退職金の支給制限や損害賠償請求、さらには競業行為自体(例:競業している企業への転職)の差止めを請求などが行われる可能性があります。
企業にとって自社の秘密を持ち出されて他者に持って行かれてしまってはたまったものではありません。そのため、役員や従業員に競業避止義務を守ってもらうためにもしっかりとルールを把握しておくことが重要です。
取締役の競業避止義務
競業避止義務は従業員だけでなく、取締役も対象となります。しかも、取締役の場合は、他の従業員とは異なり、法律で競業避止義務が規定されています。もし競業避止義務違反を犯し、もともと所属していた会社に何らかの損害が生じてしまうと、損害賠償責任を負うことになるので注意しなければいけません。
取締役の競業避止義務はあくまでも会社に在籍している間のみです。退職後は職業選択の自由があるため、基本的には自由な転職が可能と考えることができます。しかし、同業他社への転職やもといた会社と似たような事業の会社を立ち上げるといった行為をしてしまうと自社が損害を被る可能性があります。そのため、自社の利益を守るためにも、取締役が会社を辞める際には、退任後の競業避止義務についても責任を負う旨の契約を結んだ方がいいでしょう。
就業避止義務・競業避止義務の有効性の判断基準
就業皮脂義務に関しては、入社のタイミングや退職のタイミングで、役員や従業員とそれぞれ個別に契約書や誓約書の中にその内容を設けている企業が少なくないのではないでしょうか。しかし、そういった内容を設けているからといって、必ずしも法的に有効と判断されるわけではありません。就業避止義務の有効性に関しては、次の6つの観点から判断されている
- 会社が守るべき利益があるか
- 役員や従業員の地位
- 地域的な限定の有無
- 競業避止義務がどのくらい続くか
- 就業禁止の範囲が合理的か
- 代償措置があるか
それぞれについて確認していきましょう。
会社が守るべき利益があるか
まず、その会社に守るべき利益や秘密があるかどうか、という点が1つ目の判断基準になります。具体的には営業秘密や独自の技術などが考えられます。会社を退職する役員や従業員がほかの企業にこれらの秘密を持ち込みことで会社に大きな損失を与えるかどうかということです。この点に関しては、ちょっとしたノウハウなどでは守るべき利益とは認められないようです。
役員や従業員の地位
「課長」や「部長」など特定の地位にいるというだけで競業避止義務の対象にすることはできません。そうではなく、会社が守るべき利益をちゃんと守るために競業避止義務を課すことが必要な役員や従業員であるかどうかという点が重要になります。場合によっては、一般の役員や従業員に競業避止義務が課される可能性がありますし、逆に役職者に課されない可能性もあります。
地域的な限定の有無
一般的な役員や従業員の競業避止義務には地域を限定させる必要があります。この地域については業務の内容などから判断して決めていくことになります。必要以上に広範囲に渡る競業避止義務を課した場合、その有効性が否定されてしまう可能性があります。もちろん中には広範にわたって競業避止義務を課してそれが認められたケースもありますが、基本的には広範囲の方が認められにくいと考えられるでしょう。ただし、全国規模の会社の幹部従業員に関しては、地域の制限のない競業避止義務を設けていたとしても有効だと判断される傾向にあります。
競業避止義務がどのくらい続くか
どのくらいの期間競業避止義務が続くのかどうかも、重要な判断基準の1つです。基本的に1年以内であれば認めてもらいやすいと考えられます。一方で、近年の裁判事例においては2年以上の義務を課していると否定される傾向にあるので注意しなければいけません。もちろん、数字だけで一概に判断されてしまうことはありません。会社が守るべきノウハウが重要性などを考慮したうえで具体的な年数についての判断が行われます。
就業禁止の範囲が合理的か
例えば、競業している企業への転職を禁止したとしてもそれが合理性でないとして認められないケースがあります。一方で、在職中に関わった顧客に対する競業行為を禁止するという内容の競業避止義務が認められるケースもあります。これらの点に関しては設定する就業禁止の範囲が合理的なものであるかどうか、という視点から判断されていると考えられます。
代償措置があるか
競業避止義務を課すことは役員や従業員に大きな負担を強いることになるため、それに対する代償措置の有無も大きな基準の1つになります。代償措置は、義務を課す代わりに会社から支払われる金銭的な補償だと考えてください。この代償措置とされるものが一切用意されていない場合は、競業避止義務の有効性が否定される可能性が高いと言えます。一方で、明確な代償措置が設けられていなくてもそれに似たなにかしらの措置が用意されていれば肯定的な判断をされる可能性があります。
以上が競業避止義務の有効性の判断基準です。何れにしても、競業避止義務を課す場合は、その範囲を、できるだけ狭くすることがポイントになります。
競業避止義務特約につき公序良俗違反や役員や従業員に対する強要が認められた場合は無効になる
ちなみに上記の内容を踏まえていたとしても、公序良俗違反や役員や従業員に対する強要が認められた場合は無効になるので注意してください。
- 競業禁止期間が長過ぎるもしくは期間の定めがない
- 競業禁止の地理的な範囲が広すぎるもしくは限定がない
- 競業禁止の義務違反に対して不当に高額な違約金を設定している
など
退職後の競業避止義務について
競業避止義務は労働契約に基付いた義務だと考えられます。そのため、契約関係がなくなればそれに伴い競業避止義務もなくなるのが基本です。しかし、あらかじめ退職後も競業しない旨の合意をしているのであれば、役員や従業員は退職後も競業避止義務を追う必要があります。
しかし、退職後の競業避止義務の合意は、たとえ適正に行われその内容も合理的なものであったとしてもその人の職業選択をかなり制限することになってしまいます。また、職業選択の自由は日本国憲法で定められた日本国民の基本的人権の1つでもあるため、義務の有効性に関しては裁判で争われるケースが少なくありません。
退職後の職業に関しては、原則として会社を辞めた本人が自由に決めることが可能です。その中で競業避止義務を課すことになるわけですから、退職後の競業避止義務は在職中のものよりもさらに制限的になり必要最小限の中で設定しなければいけません。
退職後の競業避止義務の期間
先ほども挙げているように、競業避止義務の判断基準の1つとなるのが、義務を課す期間です。これは特に問題になりやすい部分でもあります。企業側が課す義務の期間が短いものであったとしても、その期間義務課すだけの利益が会社側になければ有効性は認められません。逆に期間が長くてもそれだけの期間を課すくらいの利益が会社にあると判断されれば有効性は認められます。実際に2〜3年の期間を短い期間と判断し有効性を認めているものもあれば、長い期間と判断し有効性を認めていないものもあります。このように、退職後の競業避止義務の期間に関しては、各社の状況を考慮したうえで判断されます。ただし、やはり期間が長くなればなる方が義務の有効性は認められにくくなるようです。
退職後の競業避止義務を定めるなら
役員や従業員に対して、退職後の競業避止義務を定めたいのであれば、以下のいずれかの方法を利用することになります。
- 雇用契約書や誓約書を書いてもらう方法
- 就業規則を利用する方法
それぞれについて確認していきましょう。
雇用契約書や誓約書を書いてもらう方法
退職後の競業避止義務は当然のことながら、その役員や従業員が退職した後の話となるため、入社の段階では特に競業避止義務について検討していない企業も少なくありません。
しかも、競業避止義務を課さなければいけないような役員や従業員が退職する場合、円満退職となるケースはあまり多くないため、退職のタイミングで競業避止義務についての誓約書の記入を求めても拒否される可能性があります。そのような役員や従業員に対して強制的に誓約書を記入させることはできないため、採用の段階で雇用契約書や誓約書などに、退職後の競業避止義務について明記しておくようにしましょう。
ちなみに、事前に競業避止義務について、誓約書にサインや押印をもらっていたとしても、退職時にあたらためて誓約書へのサイン・押印をしてもらうことで役員や従業員に退職後の競合他社への就職についてプレッシャーをかけることができます。
就業規則による方法
多くの役員や従業員に対して適用したいルールがあるときは、就業規則を活用する方法もあります。例えば全ての役員や従業員に対して競業避止義務を課したいのであればその旨を就業規則に記載するようにしましょう。就業規則に記載する場合も、退職後の競業避止義務についても触れておいたほうがいいでしょう。
競業避止義務誓約書の活用が便利
競業避止義務を課す場合、就業規則を利用する方法よりも、役員や従業員個別に誓約書を利用する方法のほうが、手間がかかりません。その理由としては、以下の3点が挙げられます。
それぞれについて確認していきましょう。
就業規則で競業避止義務で課すと不利益変更に該当する可能性
それまで就業規則に競業避止義務についての記載がないにも関わらず、役員や従業員に競業避止義務を課したいがために、新たにその旨を記載すると「就業規則の不利益変更」に該当する可能性があります。役員や従業員の労働条件を役員や従業員にとって不利益な内容に変更することは原則として認められません。もし就業規則に新たに競業避止義務についての記載を増やしたとしても「それは役員や従業員にとっては不利益だ!」と判断されてしまうと有効性が認められません。一方で誓約書を活用すれば不利益変更に該当することはありません。
就業規則を利用する場合「周知」の有無が問題になるケースも
就業規則に関しては、作成後や変更後にその内容を役員や従業員に周知することが義務となっています。そのため、役員や従業員に対する周知が不十分だとその就業規則の有効性は認められません。
競業避止義務は個別の従業員にあわせた対応が必要
競業避止義務の内容は役員や従業員それぞれの仕事内容や地位などに応じて設定する必要があります。そのため、就業規則で一括して競業避止義務を課してしまうと裁判で無効と判断される可能性が高くなります。一方の誓約書であれば、個別での対応が可能となるため、無効と判断されるリスクを低くすることができるでしょう。
このように競業避止義務に関しては就業規則と誓約書のどちらを通しても課すことはできますが、就業規則の方が無効と判断されるリスクが高いと言えます。基本的には役員や従業員個別に誓約書を用意して対応するようにしましょう。
競業避止義務違反の責任追及
最後に、競業避止義務に違反した場合の責任追及に関して、各ケース別に確認していきましょう。
損害賠償請求
退職した従業員の競業避止義務違反によって自社が被害を被ったときは当該役員や従業員に対して損害賠償請求をすることが可能です。損害賠償請求を行う場合は、まず内容証明を利用して競業避止義務違反によって被害を受けたこととその損害額を役員や従業員側に通知して交渉を行うことになります。
交渉の結果損害賠償を受けることができれば、それで終了ですが、相手が拒否するなどした場合は裁判によって請求することになります。
損害賠償請求を行う場合、原則として就業規則もしくは誓約書などに競業避止義務についての記載がされている必要があるので注意してください。ただし、役員や従業員の競業避止義務違反による被害が大きい場合は記載がなくても損害賠償が認められるケースもあります。
差止請求
役員や従業員による競業避止義務違反による被害が大きく、即座に対応することが求められる場合が、差止請求を行うことができます。ただし、差止請求は要件が厳しいため、認められない可能性も十分にありえます。
退職金の不支給・返還請求
競業避止義務に同意することを条件に退職金を与えている場合、競業避止義務胃がんがあったときには退職金の不支給や返還請求を行うことができます。ただし、競業避止義務違反を理由に不支給・返還請求を「行う場合は、その根拠となる規定を就業規則や退職金規定に定めておく必要があります。これは、退職金が場合によっては賃金に該当する可能性があり、会社側が一方的に不支給や減額をすることに問題があるためです。
転職先への責任追及は?
競業避止義務を負った役員や従業員を新たに迎え入れる側の会社に対しても責任追及することができます。例えば、以下のようなケースの場合、転職者が競業避止義務を負っている可能性があることに気づくべきだと言えます。
- 前の企業で重要な役職についていた
- 前の企業で重要な技術やノウハウを知る立場にいた
- 前の企業で高額な給料や退職金を受け取っている
まとめ
今回は、競業避止義務違反の概要から義務の有効性の判断基準、さらには義務違反を犯した際の責任追及方法などについて解説しました。企業側としては自社を去っていく役員や従業員に対してなんとか競業避止義務を負わせたいと考えるかもしれませんが、その有効性が判断されるにはいくつかの判断基準をクリアしなくてはいけません。強制的に義務を貸そうとすると無効と判断されてしまうので慎重に対応するようにしましょう。また、専門的な知識が必要な場合は弁護士に相談するなどしましょう。