M&Aの旧オーナーの私的流用・利益相反・競業行為などの責任追及方法!
M&Aの後に旧オーナーの私的流用・利益相反・競業行為が発見された!
M&Aで行われると、新オーナー(会社の買主、新体制)が旧オーナーの私的流用や利益相反などを追及するケースがあります。
新オーナーが会社と旧オーナーの過去を掘り返し、「何とかマイナスを補填させよう」と奮起し、会社や旧オーナーの状況を徹底的に洗い直して損害賠償請求をするという流れです。そのため、「M&Aはたいてい失敗する」と言われる一因にもなっています。
旧オーナーにとっては「M&Aで注意したいこと」のひとつである責任追及。
新オーナーにとっては「旧オーナーの公私混同や経営のずさんさや甘さを償わせること」である責任追及。
旧オーナーは自身が責任追及をされるリスクを知って注意しておくべきですし、新オーナーは旧オーナーに対して責任追及できるポイントを知っておくべきではないでしょうか。「M&Aはたいてい失敗する。やっぱり失敗した」と言われないためにも重要な知識です。
- 旧オーナーや役員の経営上のずさんさや私的流用などの責任追及はできるか
- 旧オーナーや役員のどのような行いに対して責任追及が可能なのか(ケースや方法)
以上のポイントを、M&A弁護士が徹底解説します。
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M&Aの後に旧オーナーや役員の経営や私的流用などの責任追及はできるのか?
結論から申し上げると、M&Aの後に旧オーナーや役員の行うに対して新オーナーが責任追及することは可能です。
たとえば、新オーナーがM&Aで会社を買いました。会社の過去の取引記録や帳簿などを確認すると、旧オーナーや役員の取引で、本来ならば承認を得なければならない取引が、承認なしで行われていた。会社オーナーや役員であることをいいことに、会社に私的なマイナスを発生させる流用や取引を行っていたのです。
M&Aで新オーナーになった人の立場から見れば、「旧オーナーや役員の私的流用などがなければ、会社のマイナスが減っていた」「会社に私的にマイナスを与えた」ということになります。新オーナーという個人にとってだけでなく、会社という組織から見てもマイナスではないでしょうか。
法的制度上でも「会社は役員に対して損害賠償請求することができる」というルールがあります。旧オーナーや役員に経営の甘さや私的流用、公私混同的な取引があり、それらがルールに則っていない場合などは、責任追及が可能だと解釈されています。
新オーナー側である会社の新体制にとっては、旧オーナーや役員の過去の行いに対して責任追及できる可能性がある。旧オーナーや役員などについては、M&Aに際して責任追及される可能性がある。中小企業のオーナー経営者などは多少なりとも公私混同をしてしまったことや、詰めの甘い経営をしてしまったことがあるかもしれません。そのような場合には責任追及の可能性があるため、M&Aの前に注意することや知っておくことが重要です。
以上が責任追及に対する答えになります。
M&Aの後に旧オーナーや役員のどのような行いに対して責任追及が可能か|利益相反取引や競業取引など
新オーナー(新体制)が旧オーナーや役員の責任追及をするとして、どのようなケースにおいて責任追及が可能なのかが問題になります。また、責任追及が可能なケースに該当した場合、どのような方法で責任追及が可能なのかも問題です。旧オーナーや役員の責任追及が可能なケースと責任追及の方法について、順番に見ていきましょう。
まず、責任追及が可能なケースとは、旧オーナーや役員の次のような行いになります。
- 利益相反取引
- 競業取引
以上のような取引をする場合は、法律で定められたルールに則って行う必要があります。なぜなら、これらの取引は私的流用の温床や会社へのマイナスの打撃になる可能性が高いからです。
ごく親しい人のため。自分のため。甘い経営をした。会社に損害を与える可能性を理解していながら利することは、会社に対する裏切り行為ではないでしょうか。そのため、法律に則った承認などを得て、ルールに則った流れで行う必要があります。会社法356条には、そのルールについてきちんと記載があるのです。
第三百五十六条 取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。 一 取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。 二 取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。 三 株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。 |
「利益相反取引」「競業取引」をするときは、重要な事実を開示した上で承認を受ける必要があると、条文には記載されています。
会社オーナーや役員であっても、会社を私物化し、自分たちや第三者を特別に利することは許されません。そのため、条文に記載のある行いをする場合は取引の要旨などを示した上で、きちんと承認を取りなさいと法律は言っているのです。会社に害を与える可能性があるからこそ、先に株主総会などの判断を仰ぐという趣旨になります。
会社オーナーや役員が「自分の会社だからいいだろう」「自分は会社の経営者なのだから、会社の財産や取引は自分のものだ」という甘さや傲慢な気持ちでこれらの行為に手を染めると、責任追及という結末が待っているのです。
旧オーナーや役員の利益相反取引とは
利益相反取引とは、「取引の片方にとっては利益になるが、もう片方にとってはマイナスになる可能性がある」という取引のことです。利益が「相(互い)に反してしまう」ことから、利益相反取引と呼ばれます。
たとえば、A会社の旧オーナーが会社から不動産を購入したとします。不動産の買主は旧オーナーで、売主は会社側です。この売主と買主の関係は、一種の利益相反です。会社側は不動産を高く売却することで利益(メリット)があるのですが、旧オーナーは不動産を安く購入することでメリットを得る関係です。片方のメリットはもう片方のデメリットになっています。利益相反取引とは、つまりこのような関係や取引を指すのです。
不動産などの売買では、売主と買主がいるわけですから、すべてにおいて利益相反取引ではないかと思うかもしれません。決してそうではありません。赤の他人同士が不動産の売買をする場合、特に利益相反取引には該当しません。なぜなら、赤の他人同士は、売買価格について、お互いに影響を及ぼす立場にないからです。
しかし、会社と旧オーナー(または役員)の場合はどうでしょう。会社の経営や意思決定には、オーナーや役員が関係します。そのため、オーナーや役員が自分にメリットがあるように、会社側の売却値や契約に影響を及ぼす可能性があるのです。赤の他人同士の取引では、このようなことはできません。「影響力を持つ者と影響され得る存在との利益が相反する取引」。これが、ここで取り扱う利益相反取引になります。
利益相反取引の意味|直接取引と間接取引
利益相反取引には「直接取引」と「間接取引」の2つの種類があります。直接取引と間接取引、どちらに該当しても、利益相反取引に該当するのです。
直接取引とは
直接取引とは、会社の旧オーナーや役員など自身が会社と「直接的に」取引をしたことを言います。会社と旧オーナーや役員が直接やり取りしているから「直接取引」です。この直接取引には、旧オーナーや役員が、第三者のために会社と取引した場合も含まれます。
ここで、もう一度会社法の条文を見てみましょう。
第三百五十六条 取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。 一 取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。 二 取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。 三 株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。 |
会社法356条2項に、旧オーナーや役員が自分や第三者のために会社と取引するケースが書かれています。
具体例としては、会社と旧オーナーで不動産の売買などをしたケースなどです。この他に、旧オーナーという会社に影響のある存在が第三者として同様の取引をしたケースなどが該当します。第三者のための取引としては、三者の代理人や代表者(別会社の代表取締役など)として取引を行うケースが代表例です。
利益相反取引に該当する可能性のある具体例を挙げてみましょう。
- 旧オーナーや役員と会社の間で行う売買契約
- 旧オーナーや役員が第三者(三者の代理人や代表者)として行う会社との契約
- 会社から旧オーナーや役員への財産の贈与
- 会社の製品の旧オーナーや役員への譲渡
- 旧オーナーや役員から会社への金銭の貸付
具体例は、旧オーナーや第三者などが利益を求めると、会社側に大きなデメリットが発生し得るケースです。
5については「会社にデメリットが発生していないのではないか」と思うかもしれません。一見すると利益相反取引には見えませんが、旧オーナーや役員からの会社への貸付も、一種の利益相反取引であると解釈されます。
貸付には金利(利息)が付きものです。利息が多ければ旧オーナーや役員が得をし、会社がデメリットを被る関係が生じます。したがって、利益相反の関係になってしまうのです。なお、金銭の貸付が無利息や無担保の場合は原則的に利益相反取引には該当しないと考えられます。
旧オーナーや役員は、このような取引をするときはルールに則って承認などを得ていなければいけません。会社法というルールに則って行われていない場合は、基本的に責任追及の対象になる可能性があります。
間接取引とは
間接取引とは、会社が旧オーナーや役員などではなく、第三者と取引をすることを「間接取引」といいます。ニュアンスとして直接取引における旧オーナーや役員が第三者に代わって会社と取引するケースを想像するかもしれません。
間接取引の場合は、会社と旧オーナーや役員は直接的に取引しませんが、旧オーナーや役員のために第三者と契約するかたちで「何かをしてあげるケース」を想像すると分かりやすいのではないでしょうか。具体的には以下のようなケースが利益相反取引における間接取引に該当する可能性のあるケースです。
- 会社が旧オーナーや役員のために債務の保証をした
- 会社が旧オーナーや役員のために債務引受をした
- 会社が旧オーナーや役員の債務のために物上保証をした
具体的な事例を見れば、会社が旧オーナーや役員のために「何かをしている」ことが分かるはずです。
会社が旧オーナーや役員の債務引受をすれば、旧オーナーや役員にはメリットがありますが、会社側にとってはマイナスやデメリットを被る結果になります。債務の保証や物上保証も同じです。
会社が第三者のこれらの契約を結ぶことによって旧オーナーや役員には利益があり、会社とは利益が相反するという関係が成立しています。このような取引をする場合は、承認を得る必要があるのです。会社法356条3項にも明記されています。
第三百五十六条 取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。 一 取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。 二 取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。 三 株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。 |
利益相反取引を行う場合は承認が必要である
利益相反取引を行う場合は、会社への影響が大きいことから、要旨を開示して承認を得ることが必要になります。
ポイントは「利益相反取引は許されない」のではなく「法律で定められた段取りに沿って、承認を得ていれば差し支えない」という点です。
一見して利益相反取引に見えても、実際のところは会社にまったく影響がなかったようなケースもあります。また、利益相反取引だと疑われるような取引ケースであっても、会社にとって必要であるというケースもあるはずです。
すべてを禁止にしてしまえば会社取引に制限や差し支えが出てしまう可能性があるため、「要旨を開示して承認を得る」というステップを踏むことによってある程度可能にしています。
承認が必要なのは「株主総会」または「取締役会」です。
第三百五十六条 取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。 第三百六十五条 取締役会設置会社における第三百五十六条の規定の適用については、同条第一項中「株主総会」とあるのは、「取締役会」とする。 |
なお、取締役会で承認を受ける際は、特別利害関係人(会社と利害が相反してしまっている役員など)は議決に加わることができません。会社の利益や不利益ではなく、自分の有利な方に投票する可能性が高いからです。あくまで特別な利害関係のない人たちに「承認するか否か」を問うかたちになります。会社法の369条にも記載があるので、注意が必要です。
第三百六十九条 取締役会の決議は、議決に加わることができる取締役の過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)が出席し、その過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)をもって行う。 2 前項の決議について特別の利害関係を有する取締役は、議決に加わることができない。 |
承認のない利益相反取引と責任について
利益相反取引により会社に損害が発生した場合は、会社は旧オーナーや役員に対して損害賠償請求が可能です。
株主総会や取締役会で承認を得ていても、当該の旧オーナーや役員は損害賠償責任を負います。なお、取締役会で利益相反取引に賛成した役員なども、過失がなかったことを立証しなければ、連帯して損害賠償責任を負うことになるのです。
基本的に承認のない利益相反取引は無効を主張できるとされています。取引の相手方には無効を主張できますが、第三者には無効の主張ができない可能性もあるのです。第三者が善意(承認がないことを知らなかった)ケースでは、無効の主張が基本的にできないものとされています。
なお、旧オーナーや役員の損害賠償責任は承認を得ているか否かにかかわらず発生します。承認を得たから損害賠償責任はなしというわけではないため、合わせて注意が必要です。承認を得ていても、取引をして損害を出した以上は責任があります。
旧オーナーや役員には損害賠償という民事的な責任だけでなく、背任罪(特別背任罪)といった刑事的な責任が発生する可能性もあります。
利益相反取引に該当しないケース
会社と利益相反関係にならない場合や、会社の利益を害する恐れがない取引は基本的に利益相反取引には該当しません。前述したように、旧オーナーや役員から会社への無利息や無担保の貸付は利益相反取引に該当しません。
この他には、旧オーナーや役員から会社に充てた無償譲渡や、旧オーナーや役員が会社の債務の免除を行うこと、会社と旧オーナーや役員との間で相殺を行うことなどは、基本的に利益相反取引には該当しないとされています。
また、旧オーナーが100%株主だった場合も、取引的な利益相反はありません。
会社所有者(株主)と経営者が100%イコールですから、利益相反が起こり得ないのです。それに、旧オーナーが100%株主であるという場合は、株主総会を行っても、利益相反取引がすんなり通るに決まっています。全株主(会社オーナー)=旧オーナー(または経営者など)ですから、このケースでは利益相反はないと解釈されます。
中小企業では、会社の創業者(旧オーナー)などが会社との間でお金の貸し借りをすることは少なくありません。利益相反取引でないと思っていても、利益相反取引だと解釈される可能性もあるのです。そのため、判断が難しい場合や怪しい場合は、念のために承認を得ておくことがM&Aトラブルを防ぐ一助的な方法になります。
利益相反取引の事後的な承認は有効か
利益相反取引だと思わず、取引を行ってから利益相反であったと気づくことがあります。この場合、事後的に取締役会などで承認を受けることは可能なのでしょうか。また、その承認は有効なのでしょうか。
これについては、有効であると解釈されます(東京高裁昭和34年3月30日判決・東高民時報10巻3号68頁)。ただし、承認を受けることは基本的に利益相反取引の前に必要であるため、あくまで承認を忘れたときの次善の策的な存在という解釈です。
事後承認の場合は「取引を承認してもらう」という条件は(事後的にですが)満たせますが、任務懈怠責任という「するべきことを誠実にしなかったことについての責任」を負うことになります。
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旧オーナーや役員の競業取引とは
旧オーナーや役員が自分や第三者のために、会社の事業の部類に属する取引をすることが競業取引です。
競業とは「競争相手(ライバル)」です。会社と同業種や同商品を扱っているなど商品や業種が競合する場合や、同じような市場で競争しているライバル関係にあるなどの市場競合が起きている場合が主な例になります。
たとえば、旧オーナーや役員が競業会社の役員を務めていたり、ライバル会社の株式を多数所持していたりする場合の取引がこのケースにあたります。要は、ライバルとライバルの取引関係になってしまうケースです。
ライバル会社同士の取引は、メリットとデメリットが綱引き状態になります。どちらにも関係のある旧オーナーや役員が承認もなしに関与してしまうと、自分の利得の方に綱を動かす可能性が高くなるはずです。また、旧オーナーや役員は会社の機密情報にも通じているため、競業的な取引には会社の事業的なリスクもあります。そのため、競業取引の場合も承認が必要であるとされているのです。
会社法356条にも承認が必要である旨、記載があります。
第三百五十六条 取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。 一 取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。 二 取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。 三 株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。 |
競業行為の承認と責任について
競業行為に該当する場合も、株主総会や取締役会での承認が必要になります。
取引を行った旧オーナーや役員は、会社に対して損害賠償責任を負うというルールです。競業取引の損害賠償においては、旧オーナーや役員または第三者が競業によって得た利益が会社の損害であると推定されます。計算を分かりやすくして、責任追及しやすくしているのです。
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最後に
M&A買主が旧オーナーや役員の不正な私的流用や利益をはかるための取引を発見した場合は、損害賠償請求などのかたちで責任追及が可能です。M&A売主である旧オーナーなどは、利益相反取引や競業取引によって損害賠償請求などのかたちで責任追及される可能性があります。
中小企業の場合は旧オーナーや役員が会社を私物化しているようなケースもあるため、M&Aの局面では重々に注意が必要です。
競業取引や利益相反取引は個別ケースによって判断や取り扱いが異なります。迷う場面や不安な取引がある場合は、会社法の実務経験のある弁護士を頼り、会社に禍根や火種を残さないようにすることをおすすめします。