裁判例から読み解く表明保証違反の場合に補償されるべき損害の範囲

近年、M&A契約において表明保証が重要視されています。また、表明保証に違反した場合に関する裁判例も増えてきました。そこで、この記事では、表明保証違反の場合に補償されるべき損害の範囲についての裁判例を解説していきます。
今回取り上げる裁判例は、東京高裁平成27年12月2日判決及び原審の東京地裁平成27年6月22日判決です。
事案の概要
*本判例の登場人物
- 原告:集積回路を含む各種半導体製品の開発・設計・製造及び販売等を業とする会社。
- 被告:電気機械器具の製造及び販売等を業とする会社。
- A株式会社:被告の全額出資子会社。
本件の事実関係
平成21年2月4日、原告は被告に対し、A社の全株式について株式譲渡契約を締結し、平成21年4月1日から平成22年10月1日までの間に合計78億6,612万6,255円を支払い、A社の発行済み株式全てを取得しました。
ところが、同契約に基づいて原告が引渡しを受けた半導体製造工場のクリーンルームは、行政当局の許可を受けておらず、消防法に違反した状態でした。
そこで、原告は、消防法違反の状態を解消するために、少量危険物貯蔵所又は取扱所として、条例上の技術上の基準を満たす薬液の自動供給システム(消防法に違反しない数量の危険物で可能)に関する工事(本件システム化工事)を含む改修工事を行いました。
その後、原告は被告に対し、表明保証違反に起因する補償条項に基づき、改修工事費用等の補償を請求しました。
問題となった本件表明保証条項
本件で問題となった表明保証条項は以下の通りです。
(9条12項1号)
被告及び本件関係会社(A他8社)が現在行っている事業を行うために必要な行政当局の許認可、免許及びその他類似の承認は、全て被告及び本件関係会社によりそれぞれ適法に取得されており、かつ有効である。
(18条1項)
被告は、被告の表明保証の違反が発生又は判明した場合、これに起因して原告に発生した損害(第三者からの請求の結果生じたものか否かを問わない。また、合理的な弁護士費用を含み、これに限定されない)を原告に対して補償する。
本判例の争点とは?
原告の主張と被告の反論
原告は被告に対して、本件表明保証条項違反を理由とした損害賠償を請求しました。
これに対し被告は、上記改修工事のうち、本件システム化工事は、表明保証違反の是正のために必要な範囲を超えており、その他の工事も工事費用自体が不相当に過大であるなどと反論しました。
本件の争点
ここでの争点は主に2つあります。それは以下の通りです。
- 原告の実施した本件システム化工事が本件表明保証条項の範囲に含まれるか。
- 原告の主張する人件費や弁護士費用が表明保証条項違反に基づく損害といえるか。
裁判所はどのように判断したのか?
下級審の判断
下級審である東京地方裁判所は、原告の請求を一部認容しました。
裁判所は、本件工場の設備等が消防法及び政令で定める技術上の基準を満たしておらず、本件表明保証条項に違反するとしました。そして、原告が消防法違反の状態を解消するために要する費用は、その違反に起因した損害と認めました。
しかし、原告が行った本件システム化(自動供給・廃液システム)については、「必要かつ合理的といえる特段の事情は認められない」として、「本件システム化工事に係る費用は、本件表明保証条項の範囲には含まれるとはいえない」と判示しました。
そして、同システム以外の工事費と手運び供給を採用した場合の1年分のコスト及び相当額の人件費が表明保証に含まれるとして、これを損害と認定しました。
また、弁護士費用も「原告による弁護士費用の支出は、本件表明保証違反に起因して原告に生じた損害というべき」として、損害にあたると判示しました。
裁判所の最終的な判断
裁判所は、原告の請求を一部認容しました。
その際、「本件表明保証条項は、本件・・・工場について、営業の継続に重大な影響を及ぼす欠陥、瑕疵その他の不具合がないこと・・・契約当時行っていた事業を行うために必要な行政当局の許認可等を適法に取得していることを保証するものであるから、被告の補償もその保証内容の実現に必要な限度にとどまると解すべきである」と判示しました。
裁判所が採用した考え方
本判例からすると、裁判所は、表明保証条項違反の場合には、表明保証内容の実現に必要な限度で補償を認めるとの考え方を採用しています。そして、問題となる行為が、表明保証内容の実現に必要かつ合理的と認められる場合には、当該行為が表明保証に含まれ、その費用が補償の範囲に入ると考えられます。
本件判例から考える表明保証及び補償条項の注意点
ここでは、本件判例を踏まえて、M&A契約を締結する際にどのような点に注意すべきかを解説していきます。今回は、補償される損害の範囲が問題となったため、補償条項についての注意点を見ていきます。
補償条項の意義
補償条項は、契約当事者について、表明保証違反などの契約違反があった場合に、その違反により生じた損害を填補または賠償する旨の合意のことを言います。
現在の日本では、表明保証違反を根拠とした損害賠償というのはまだ認められていません。そこで、契約書に、当事者間の特約として、表明保証に違反した場合に損害を補償する旨の補償条項を設定することで、表明保証違反に基づく補償請求をすることができるようになります。
補償義務の対象となる損害の範囲
ある当事者が表明保証に違反した場合、どのような損害が補償義務の対象となるのか問題となります。そして、損害の範囲は、補償条項に記載された文言との関係で決まっていきます。
損害の範囲に関する記載方法としては、以下のような具体例があげられます。
- 「相当因果関係の範囲内の損害について補償する」
- 「表明保証違反に起因又は関連して生じた損害について補償する」
このように、損害の範囲としては、表明保証違反との間に因果関係がある損害に限定されていきます。
もっとも、補償条項の文言の解釈については実務上も裁判例も見解が固まっていません。本件判例でも、表明保証や補償されるべき損害の範囲についての解釈が問題となりました。
そこで、損害の範囲を明確化するために、補償条項の文言を工夫する必要があります。
補償条項を設定する際の注意点
補償条項を設定する際の注意点としては3つあげられます。
補償されるべき損害の範囲を決めること
表明保証違反により生じる損害としては、直接損害、間接損害、その他の損害が考えられます。
直接損害とは、表明保証違反により直接的に生じる損害のことを言います。たとえば、虚偽の財務情報を提供された当事者が過大な対価を支払った場合、適正価格との差額が直接損害にあたると考えられます。
間接損害とは、表明保証違反に関連して生じる損害を言います。たとえば、契約締結を前提として将来的に得られたはずの利益を失う場合(これを逸失利益と言います)や、将来利益を生むような営業の機会を失う場合(これを機会損失と言います)があります。
その他の損害は、訴訟になった場合の相手方の弁護士費用や訴訟費用、第三者からの訴訟に伴う費用などがあげられます。
これらの損害のうち、どこまで補償の対象とするかについて補償条項に明記することにより、問題が起こった時に迅速に解決することができます。
損害の内容を具体的に定義すること
損害の範囲を決める際には、曖昧な表現を使うことを避けましょう。曖昧な表現が多いとその文言をどのように解釈するか問題となります。そして、当初の解釈とは別の意味で解釈され、訴訟で不利になる可能性があります。
そのため、損害の種類や内容は具体的に明記するとよいでしょう。
専門家に相談すること
補償請求をした場合に、最終的に請求の可否を決めるのは裁判所です。
そこで、補償条項を設定するにあたっては、過去の裁判例をもとに文言を考えていくことが効果的です。その際は、M&Aに関する裁判例に詳しい弁護士などの専門家に相談するとよいでしょう。
まとめ
この記事では、表明保証違反の場合に補償されるべき損害の範囲について判示した裁判例を紹介しました。ポイントは以下の通りです。
- 争点:原告の行為が表明保証条項の範囲に含まれ、そのための費用が補償されるべき損害に含まれるか。
- 結論:問題となる行為が「表明保証内容の実現に必要かつ合理的」と認められる場合には、その限度で当該行為が表明保証に含まれ、その費用が補償の範囲に入る。また、弁護士費用も「本件表明保証違反に起因して原告に生じた損害」と言える場合には、補償の範囲に含まれる。
そして、補償条項を設定する場合の注意点は以下のようになります。
- 補償される損害の範囲(直接損害、間接損害、その他の損害)を決めること
- 損害の内容について曖昧な表現を避けて具体的に定義すること
- 専門家に相談して補償条項の内容を考えること
表明保証違反が起こった場合を想定して、表明保証条項や補償条項の内容を考えていきましょう。