【M&Aの失敗事例5】DeNAのM&A失敗事例:トラブルの内容と著作権リスクへの対策も解説

株式会社ディー・エヌ・エー(以下、DeNA)は2014年、キュレーションサイトを手がけるiemo株式会社(以下、iemo)および株式会社ペロリ(以下、ペロリ)を買収し、その後、さまざまなジャンルで合計10のキュレーションメディアを展開しました。
しかし、医療や健康に関する情報を扱っていた「WELQ」をはじめとする複数のサイトにおいて、信頼性に乏しい記事や著作権侵害の疑いがある内容が多数見つかり、社会的な批判を浴びる事態となりました。
特にクラウドソーシングを通じて低単価で記事を大量発注していた運営手法が問題視され、最終的にはDeNAが謝罪会見を開き、全キュレーションサイトの閉鎖に追い込まれました。
本件では、M&A前のリスク評価不足やPMI(Post Merger Integration:買収後の統合プロセス)の不備も指摘されています。買収の成否には、企業価値評価(バリュエーション)、デューデリジェンス、PMIを一体として実施することの重要性が再認識される結果となりました。
本記事では、本件M&Aの背景から問題の発覚、炎上、その後の対応に至るまでの経緯を各種報道をもとに整理して解説します。
DeNAの企業概要
DeNAは東京都渋谷区に本社を置くインターネット関連企業で、スマートフォン向けゲームの開発やSNS、ECサービスを手がけています。1999年に創業し、2005年に上場。上場後は国内外で10社以上を買収し、M&Aを通じて成長を続けてきました。
DeNAとiemo、ペロリによるM&Aの概要
2014年10月6日、DeNAは、キュレーションメディア事業への本格参入を発表しました。住まいやインテリアに特化した「iemo(イエモ)」を展開するiemo(本社:東京都港区、代表取締役CEO:村田マリ)と、女性向けファッションメディア「MERY(メリー)」を運営するペロリ(本社:東京都渋谷区、代表取締役:中川綾太郎)の2社を買収し、完全子会社化したものです。
「iemo」は2013年12月にサービスを開始し、住まいやインテリアに関する情報をまとめ形式で手軽に読めることから人気を集め、2014年9月時点で月間アクティブユーザー数(MAU)は150万人を超えていました。
一方「MERY」は、2013年4月にローンチされた女性向けファッション情報のキュレーションメディアで、美容師や編集者といった多様なキュレーターがトレンド情報を発信していました。2014年9月時点でのMAUは1,200万人を突破しており、圧倒的な女性ユーザー比率(90%超)とスマートフォン経由の利用率(90%超)を誇っていました。
DeNAは今回の買収を通じて、両メディアの強みを活かしつつ、ライフスタイルを軸とした新たなキュレーションプラットフォームの立ち上げを加速させる方針を取ると発表していました。今後は各分野のメディア間での送客連携やノウハウの共有を進め、数年以内に月間アクティブユーザー数5,000万人の達成を目指すとしていました。
DeNAがiemo、ペロリとのM&Aに至った背景
DeNAがiemoおよびペロリを買収した背景には、モバイルゲーム事業に依存しない中長期的な成長戦略の一環として、リアル産業に対するインターネットの影響力に着目したビジネス展開があります。
実際、同社は2014年度第1四半期の決算発表において、「インターネットによるリアル事業構造の変革」を今後の重点領域として掲げており、その前段として、同年8月には遺伝子検査サービス「MYCODE」の提供も開始していました。本件M&Aは、その延長線上に位置づけられるものです。
DeNAは、「iemo」や「MERY」といった特化型キュレーションプラットフォームの豊富なユーザー基盤を活用し、広告収益の最大化やEC事業との連携強化を見据えていました。さらに、住まいやファッションといった分野に強い関心を持つユーザーと、既存のインテリア・ファッション業界のプレイヤーをつなぐ「マッチングプラットフォーム」への発展も視野に入れていました。
最終的には、こうしたデジタルプラットフォームを通じて新たなビジネスモデルを創出し、リアル産業の構造変革の促進を図り、消費者により多様な選択肢を提供することで、日常生活をより便利で豊かなものへと進化させることを目指していました。
キュレーションサイト「WELQ」に端を発するトラブル発生
DeNAが運営していたヘルスケア系キュレーションサイト「WELQ(ウェルク)」において、医師の監修がない医療記事や、科学的根拠に乏しい、あるいは著作権を侵害しているとみられる記事が多数掲載されていたことが発覚し、大きな問題となりました。その影響は「WELQ」にとどまらず、同社が展開していた他のキュレーションサイトにも類似の問題が相次いで指摘され、企業全体の姿勢が厳しく問われる事態となりました。
この問題について、日本経済新聞の野村和博氏と新田祐司氏は、「法令順守やリスク管理の問題以前に、そもそも企業としてのモラルが問われている」と厳しく批判しています。
DeNAは2016年11月29日夜、自社サイト上で「WELQ」の全記事を非公開にすることを発表し、即日対応を実施しました。同サイトには、専門的な根拠がない医療情報が多数含まれているとの指摘が、医療関係者や一般ユーザーから相次いで寄せられていました。
なお、「WELQ」は2015年10月にサービスを開始し、記事の多くは外部ライターや一般ユーザーによる投稿で構成されていました。例えば、健康食品「ラクトフェリン」に関する記事では、「放射能に対する防御効果がある」「HIVに効果がある」などといった医学的根拠のない内容が掲載されていたほか、「肩こりは霊のしわざかもしれない」といった非科学的な記述も見受けられました。
こうした不正確な記事がGoogleなどの検索エンジンで上位に表示されていたことから、「誤った医療情報が広く拡散され、健康被害につながる」といった懸念がインターネット上を中心に広まりました。2016年11月28日には、東京都福祉保健局健康安全部がDeNAに対して事実関係の説明を求める対応に踏み切りました。
この一連の騒動を受け、DeNAの株価は下落しました。2017年1月30日には2営業日連続で値を下げ、終値は前日比30円安の3,485円を記録しています。
第三者委員会による調査報告書の概要
DeNAが運営していた「WELQ」以外の複数のキュレーションメディアにおいても、記事の盗用や無断転載など、著作権侵害の疑いが相次いで指摘されました。さらに、ライター向けのマニュアルの中に、盗用を助長するとも受け取られかねない内容が含まれていたことが判明し、問題は一層深刻化しました。
これを受けてDeNAは、2016年12月7日に全メディアサイトを非公開とし、外部の第三者委員会による調査を開始すると発表しました。
調査は法務に精通した名取勝也委員長を中心とする4名の委員によって構成され、報告書は全文で277ページ、要約版でも32ページに及ぶ詳細な内容となりました。
まず調査では、10のメディアに掲載されていた合計約37万7,000本の記事のうち、無作為に抽出した400本を精査しました。その結果、15本の記事に著作権(複製権・翻案権)を侵害している可能性があることが明らかになりました。統計的に処理すると、全体の1.9%〜5.6%に該当する、7,500本〜2万本超の記事が同様の問題を抱えている可能性があるとされています。
また、2016年11月10日時点で公開されていた画像コンテンツについても調査が行われ、約472万件のうち、著作権侵害の疑いがある画像が74万件に上ると報告されました。
加えて「WELQ」に関しては、薬機法、医療法、健康増進法への違反の可能性についても調査され、外部報道で取り上げられた19本の記事のうち、薬機法に違反する可能性のある記事が8本、医療法および健康増進法に抵触する可能性がある記事がそれぞれ1本ずつ確認されました。
特に注目されたのは、DeNAが運営するこれらのサイトが「メディア」としての責任を負うべきか、それとも「プラットフォーム」として扱われるべきかという論点です。DeNAはこれまで、外部ユーザーによる投稿が可能であることを理由に「プラットフォーム」であると主張し、プロバイダ責任制限法に基づく免責の適用を主張してきました。
しかし、調査によれば、10サイト中8サイトにおいて、一般ユーザーが投稿した記事は全体の5%未満にとどまっており、実際にはクラウドソーシングを通じて編集部が発注した記事が大半を占めていたことが明らかになりました。
この事実を踏まえ、第三者委員会はDeNAの運営形態を「プラットフォーム」ではなく「メディア」であると認定し、記事内容に対して同社が責任を負うべきであると結論づけました。
DeNAのM&Aが失敗した原因と対策
第三者委員会の調査報告書では、2014年7月に基本合意書が締結された後、DeNA社内の「戦略投資推進室」の責任者から次のような懸念が示されていたことが明らかになりました。
- 資産査定を行わないまま、買収金額を15億円と設定したことの妥当性
- iemoのサービスをDeNAグループ内で横展開する際、画像の著作権侵害リスクが存在すること
- iemoのCEOが買収後もシンガポール在住のまま経営に関わることへの懸念
このように、買収対象企業の実態や潜在リスクへの認識が不十分であったこと、リスクへの対策が適切に講じられていなかった点が指摘されています。さらに問題の背景には、関係部署間のコミュニケーション不足や、DeNAが掲げる「永久ベンチャー」という企業理念が独り歩きし、慎重な意思決定やリスク管理の軽視につながったことも挙げられています。
このようなM&Aの失敗を防ぐためには、バリュエーションやデューデリジェンス、PMI(Post Merger Integration:買収後の統合プロセス)を適切に実施することが不可欠です。
バリュエーションとは、M&Aにおける「企業価値の評価」を指します。これは、売却側企業が保有する資産や負債、現在の業績などをもとに、買収価格の交渉材料となる金額を算出するプロセスです。
企業価値の算定には、主に次の3つのアプローチが用いられます。
- コストアプローチ:企業が保有する純資産(資産から負債を差し引いた額)を基準に価値を算出する方法
- インカムアプローチ:将来の利益やキャッシュフローを予測し、それに基づいて企業価値を見積もる方法
- マーケットアプローチ:同業他社の市場価格や取引事例を参考に、対象企業の価値を評価する方法
実際のM&Aでは、これら複数の手法を組み合わせて総合的に判断するケースが一般的です。いずれの手法にも専門的な知識が求められるため、M&A仲介会社や財務アドバイザーなどの専門家に依頼するのが最適です。
続いてDDでは、経営・財務・法務・人材など、幅広い視点から買収対象企業の実態を把握し、将来的にトラブルに発展するおそれのあるリスクの有無、M&Aによるシナジー効果の可能性について検証します。これは将来的なリスクの芽を事前に摘み取る重要なプロセスです。
そしてPMIでは、「業務統合」「経営統合」「信頼関係の構築」のといった点を軸に、買収後の統一された運営体制を築くことが求められます。M&Aによる効果を最大化するためには、両社が共通の目標や価値観を持ち、実務レベルで齟齬が生じないよう調整を行う必要があります。
そのためには、M&A成立前から次の点を明確にしておくことが重要です、
- M&Aの目的と期待する成果を社内で明文化する
- 買収対象企業の事業内容・組織・文化を深く理解する
PMIが不十分であれば、業務の非効率や従業員の不満が表面化し、期待していた相乗効果が得られないおそれがあります。したがって、M&Aは「締結して終わり」ではなく、買収後の統合までを見据えた綿密な準備と運用が、成功への鍵となります。
まとめ
本件は、DeNAがiemoおよびペロリの事業に内在するリスクを十分に把握・対処しないままM&Aを進めた結果、深刻な問題を引き起こしたM&A失敗事例です。
その後、DeNAは一連の不祥事について記者会見を開き、すべての関連サイトを閉鎖する事態に発展しました。責任を明確にする形で、当時の守安社長は役員報酬の50%減額を表明し、ペロリの社長であった中川綾太郎氏は辞任。キュレーション事業を統括していた村田マリ氏も執行役員および子会社iemo・Find Travelの代表取締役を辞任しました。
この一件からは、M&Aにおけるリスク評価の甘さやPMI(買収後の統合プロセス)の不備が大きな要因であったことが明らかになっています。M&Aの成功には、企業価値の適正な算出(バリュエーション)、徹底した実態調査(デューデリジェンス)、そして円滑な統合を目指したPMIが一体となって機能することが欠かせません。
こうしたプロセスを確実に実行するためには、M&Aに精通した専門家の支援を受けることが重要です。専門的なサポートを通じて、想定外のリスクを最小限に抑えながら、買収後に期待されるシナジーの実現へとつなげていくことができます。
参照文献:DeNA「DeNAがキュレーションプラットフォーム事業を開始~キュレーションプラットフォーム運営会社2社を買収、リアル巨大産業の構造変革を目指す~」2014年10月1日
東洋経済オンライン「「炎上」が暴いたDeNA劣悪メディアの仕掛け」2016年11月30日
日本経済新聞「モラルなし DeNA医療情報サイト」2016年12月1日