株券偽造のハナマサ事件

――M&Aにおいて株券偽造リスクは構造的に発生し得る

1 問題の核心

いわゆるハナマサ事件は、偽造された株券が会社支配の外観形成に用いられたと報じられている事案です。

本件の意義は、単なる業務上横領事件ではありません。

株券という有価証券の形式が、会社支配の根拠として利用され得ること、そしてその外観が実体と乖離し得ることを明確に示した点にあります。

M&A実務において、株式譲渡型取引は最も一般的なスキームです。しかし、株式の真正性が担保されていない場合、買主は会社そのものを取得できないという根源的なリスクを負います。

2 会社法上の株券制度の構造

(1)株券発行会社と株券不発行会社

会社法上、株券の発行は原則ではありません。定款に「株券を発行する旨」の定めがある場合にのみ株券発行会社となります。

したがって、

  • 株券不発行会社には株券は存在しない
  • 株主権の帰属は株主名簿によって管理される

という制度構造が採られています。

株券不発行会社において株券様式の書面が提示された場合、それは制度上存在し得ない証券であるという点がまず問題となります。

(2)株券の法的性質

株券は、単なる証明書ではありません。

株券発行会社においては、

  • 株券の交付が株式譲渡の対抗要件となる
  • 株券の占有が株主権の外観を形成する

という法的効果があります。

すなわち、株券は株主権を体現する有価証券です。

このため、株券が偽造された場合、

  • 株式取得の外観
  • 全株式支配の外観
  • 代表者選任の根拠の外観

が形成され得ます。

本件は、この「外観形成機能」が悪用されたと理解できます。

3 対抗要件構造とM&Aリスク

(1)株式譲渡の対抗要件

株券発行会社では、株式譲渡の対抗要件は株券の交付です。

株券不発行会社では、株主名簿への記載又は記録が対抗要件となります。

したがって、株券発行会社において偽造株券が流通した場合、外観上は対抗要件を備えたように見える可能性があります。

もっとも、偽造株券は当然ながら真正な株券ではなく、真の株主からの承継も存在しないため、実体的には権利取得は認められません。

しかし、M&A実務においては、

  • 株券の現物確認のみで安心してしまう
  • 株主名簿との厳格な照合を怠る

という事例が散見されます。

ここに構造的なリスクがあります。

(2)売主が無権利者である場合

株券が偽造である場合、売主は株式の処分権限を有しません。

この場合、株式譲渡契約は原則として無効となります。

買主は、

  • 議決権を行使できない
  • 役員を適法に選任できない
  • 剰余金配当を受領できない

という状態に陥ります。

さらに、真の株主から株主権確認訴訟が提起された場合、買主は支配権を喪失する可能性があります。

これは単なる契約違反ではなく、会社支配の帰属そのものが否定される問題です。

4 刑事法との交錯

株券は刑法上も「会社の株券」として有価証券偽造罪の客体に明示されています。

したがって、

  • 株券の偽造
  • 偽造株券の行使

は刑事責任を構成し得ます。

もっとも、刑事責任の有無とは別に、民事上の株主権帰属は実体的権利関係により判断されます。

M&A実務では、刑事事件化してからでは遅いのです。

5 デューデリジェンスの再構成

株券偽造リスクに対応するためには、デューデリジェンスを次の順序で再構成すべきです。

① 株券発行会社該当性の確定

  • 定款原本
  • 登記事項証明書

により株券発行会社か否かを確定させます。

② 株主名簿原本の徹底検証

  • 作成年月日
  • 更新履歴
  • 名義書換請求書
  • 譲渡承認決議

を一次資料で確認します。

③ 株券発行会社の場合の真正性検証

  • 株券番号
  • 発行日
  • 記載株式数
  • 代表者署名又は記名押印

を発行台帳と照合します。

単に「株券がある」では足りません。

6 契約設計によるリスク遮断

株券偽造リスクは、契約設計でも対応が必要です。

  • 売主の完全権原表明
  • 株券真正性保証
  • 株主名簿真正性保証
  • 特別補償条項
  • 代金留保又はエスクロー

特に中小企業M&Aでは、株式管理が形式的に運用されていることが多いため、書面の真正性確認を契約上も担保すべきです。

7 裁判実務上の帰結

株券偽造が介在した場合、想定される紛争は次のとおりです。

  • 株主権確認訴訟
  • 株式譲渡無効確認請求
  • 不法行為に基づく損害賠償請求

買主が敗訴した場合、

  • 支配権喪失
  • 取得対価の回収困難
  • 経営不安定化

という実務的影響が発生します。

ここで重要なのは、裁判所は外観ではなく実体的権利関係を基礎に判断するという点です。

8 結論

株券偽造は、理論上の可能性ではありません。

現実に発生した問題です。

M&Aにおいては、

  1. 株券が制度上存在し得る会社か
  2. 株券が真正な形式を備えているか
  3. 株主名簿との整合性があるか

を厳格に検証しなければなりません。

株券確認を軽視したM&Aは、支配権を取得できないという根本的失敗を招き得ます。

株券偽造のハナマサ事件は、株式管理の基本と対抗要件構造の理解が不可欠であることを示した事案であり、M&A実務にとって重要な警鐘です。