表明保証に関する裁判例「M&A取引の売主が違法な会計処理をしていたにもかかわらず買主を欺罔し株式の価値を誤信させたとして損害賠償を求めた事案」

〔事例〕東京地方裁判所|令和4年3月18日|平成31年(ワ)第792号 損害賠償請求事件 令和元年(ワ)第35243号 損害賠償請求反訴事件(粉飾決算M&A事例)

 M&A取引の概要

本件本訴は、被告との間で、被告からA株式会社(以下「A」という。)の発行済み全株式(以下「本件対象株式」という。)を49億円で購入する契約(以下「本件株式売買契約」という。)を締結した原告が、Aの子会社である株式会社B(以下「B」という。)において違法な会計処理が行われていたにもかかわらず、被告が適正な会計処理が行われていると説明して原告を欺罔し、本件対象株式の価値を誤信させたと主張して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求を求める事案です。

当該紛争事案の概要

本件の前提事実を整理します。

(1)原告は、福岡市に本店を置き、「△△」の名称で有料老人ホームの経営等を行う株式会社です。原告は、平成30年7月以前から、九州や東京において、約10施設を運営していました。

(2)被告は、A、B及び株式会社C(以下「C」という。)を設立し、平成30年7 月6日当時、Aの発行済み全株式を有するとともに、代表取締役でした。また、被告は、平成28年5月まで、B及びCの取締役の地位にあリました。

(3)Bは、東京都港区内に本店を置き、平成30年7月6日当時、「◇◇」の名称で有料老人ホームの経営に関する業務等を目的とする株式会社でした。Bは、同年2月末時点で、東京都、神奈川県、埼玉県及び千葉県の首都圏内の1 都3県に、37棟の大型高齢者介護施設を運営していました。そのうち24時間看護職員が常駐する施設(以下「24ナース施設」という。)は、27施設でありました。

(4)Bの当時の代表取締役はD(以下「D」という。在任期間平成29年11月1日 から平成30年6月20日まで)であり、財務担当者(財務管理本部財務部⻑)はE(以下「E」という。)、監査役及び顧問税理士はF税理士(以下「F税理士」という。)でした。

(5)Bでは、第13期(平成24年8月期)から第16期(平成27年8月期)までの間、翌期に償却される予定の入居前払金売上げの一部ないし全部を当期の売上げに計上する会計処理(以下「本件前倒し計上」という。)を繰り返した結果、平成27年6月末日時点で、入居前払金償却額の前倒し計上額は合計約6億1170万円に上っていました。

(6)Bでは、第17期(平成28年8月期)の決算以降、Bが運営する施設のうち、24ナース施設について、同施設の新規入居者から受け入れた入居預り金を負債計上せずに、直ちに全額売上計上する会計処理(以下「本件一括償却」という。)を行っていました。

(7)被告は本件契約に際し、買主に提出したAの計算書類及び残高試算表並びにB及びCの計算書類は、日本において一般に公正と認められる会計基準に従って作成されたものであることなどを表明保証していました。

しかし本件一括償却により、Bは最終的に民事再生手続き開始決定を受けてしまうまでに至り、大きな損害が出たのは、表明保証条項違反だとして争われた事案です。裁判所は、前受収益を当期の損益計算から除外し、流動負債に計上すべきであるとする企業会計原則に違反した会計処理であることが明らかであるとし、表明保証条項違反を認定しました。

当該紛争事案の概要は以上のとおりです。以下、詳細に解説します。

問題の所在(法律や契約書のどういう条文に該当するか違反するかが問題になったのか)

原告の主張は以下の通りです。

被告は、平成30年6月2日に原告側の代表者がB本社を訪問し、Bの直近3期分、A及びCの直近1期分の決算書などの財務諸表を受領した(以下、「本件財務DD」という。)際、Gに対し、本件資料を示しながら、Bの第18期(平成29年8月期)の決算報告書記載の数値及び本件資料に引用された本件3社の平成30年2月末日時点における試算表上の主要勘定科目の数値は、適正な会計処理に基づいた数字であると説明しました(以下「本件説明」という。)。

しかしながら、実際には、Bでは、第18期(平成29年8月期)において、本件一括償却による会計処理を行っていました。

入居預り金は、老人福祉法上、想定入居期間経過前に入居契約が終了した場合にはBがこれを返還する義務を負うものであり、家賃の前払金としての性質を有するから、企業会計原則にいう前受収益に該当し、会計処理上は、これを当期の損益計算から除去し、流動負債として計上した上で、当期に償却期間が経過した部分に係る償却分のみを当該決算期における売上高に計上しなければならないと考えられます。

そうすると、本件一括償却は、企業会計原則に反する会計処理であり、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従わないものであるから、会社法431条に違反する違法な会計処理といえます。

このような違法な会計処理に基づいて処理されたBの第18期(平成29年8 月期)の決算報告書及び本件3社の平成30年2月末日時点の試算表に記載された主要勘定科目の数値は、いずれも適正に決算処理された結果を表すものとは到底認められないと主張しています。

したがって、被告の本件説明は、虚偽の内容を説明したものであり、欺罔行為に当たるとしています。

また、被告は、入居預り金の一括償却が企業会計原則に反し、公益社団法人全国有料老人ホーム協会のハンドブックにおける取扱いにも反することについて、Bの従業員らから説明を受けていたにもかかわらず、本件一括償却を自ら指示したのであるから、本件一括償却 が違法な会計処理であることを十分に認識していたと考えられます。

したがって、本件説明をした被告には欺罔の故意が認められると主張しています。

被告の主張は以下の通りです。

本件資料を交付したのは被告ではなく、被告が本件説明をした事実もないと主張しています。

仮に、被告が本件説明をしたとしても、本件説明は真実であるから、欺罔行為には当たらないとしています。

Bのような非上場の中小企業には、会計基準における法規範も会計慣行もなく、適用されるべき「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」は存在しないから、本件一括償却が会社法431条に違反することはないと考えています。

そもそも、老人福祉法上、入居契約の条項により前払金の一部について初期償却を行い、これを返還しないことが許されているし、入居預り金の一括償却を禁止する法の定めはないから、原告の主張は前提を欠くとしています。

したがって、本件一括償却は、違法な会計処理ではなく、Bの第18期(平成2 9年8月期)の決算報告書及び本件3社の平成30年2月末日時点の試算表に記載された主要勘定科目の数値は、いずれも適正な会計処理を経たものであるから、本件説明は真実であり、欺罔行為にはなり得ないとしています。

また被告は、Bの決算書について、F税理士に作成を委託し、同税理士から決算書に問題はないと説明されていたもので、これを適正な会計処理に基づいて作成された決算書と信じて、実際に税務署に提出していました。

したがって、被告は、Bによる入居預り金の本件一括償却が企業会計原則に反するとの認識を欠いていたから、被告に欺罔の故意はないとしています。

裁判所の認定内容

本件一括償却の違法性について、裁判所の認定内容は以下の通りです。

Bが入居者から受け入れた入居前払金は、将来の家賃等であり、想定入居期間経過前に契約が中途終了した入居者又はその相続人に対しては契約に基づく返還義務を負うという性質を有するから、企業会計原則上、「一定の契約に従い、継続して役務の提供を行う場合、いまだ提供していない役務に対し支払を受けた対価」として、会計上の前受収益に当たるものと解されるとしています。

前受収益については、企業会計原則によるとこれを当期の損益計算から除外しなければならないこととされているから、未経過部分の入居前払金については、当期の損益計算から除去した上で、貸借対照表の負債の部に流動負債として計上しなければならないことになります。

しかしながら、Bがした本件一括償却は、入居前払金として受け入れた金額を受入れ時に、負債計上もしないまま、全額を償却し、Bの当期の売上げとして計上するというものであるから、前受収益を当期の損益計算から除外し、流動負債に計上すべきであるとする企業会計原則に違反した会計処理であることが明らかです。

このように、本件一括償却は、本来利益計上してはならない将来の収益を当期の収益に含めるという点で、当期における収益の状況を見誤らせることになるほか、入居契約の中途終了により容易に返還債務が生じるにもかかわらず、当期の負債として計上しないという点で、いわば簿外債務を生じさせ、企業の財政状態を誤解させるというもので、その金額の規模に照らしても、悪質な粉飾行為に当たるというべきであると結論付けています。

会社法431条は、「株式会社の会計は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うものとする。」と定めているところ、企業会計原則は、企業会計の実務の中で慣習として発達したものの中から、一般に公正妥当と認められるものを要約したものであり、上記「公正妥当と認められる企業会計の慣行」に該当するものと解すべきです。

そして、本件一括償却は、企業会計原則に違反する悪質な粉飾行為であるから、会社法431条に反する違法な会計処理と認められるとしています。

被告は、非上場の中小企業には一般的な会計処理に関する基準の慣行は存在せず、依頼した会計専門家の判断に任されている実情があり、F税理士において、本件一括償却は税務上問題がないとの意見がある以上、こうした税務基準による会計処理が中小企業では許されていると主張しています。

しかしながら、前受収益を当期の損益計上から除外し、かつ、当期の負債として計上すべきであるという点は、これに違反した会計処理が、当該企業の財務状態を見誤らせるおそれがあるから、企業規模の大小や会計処理能力の程度にかかわらず、企業一般に広く通用されるべき規律であり、非上場の中小企業を除外する理由はないとしています。

本件説明の本件説明の欺罔行為該当性については、被告は、平成30年6月2日、Gに対し、Bの第18期(平成29年8月期)の決算報告書記載の数値及び本件資料に引用された本件3社の平成30 年2月末時点における試算表上の主要勘定科目の数値が適正な会計処理を経た正しいものである旨の本件説明をしたと認められること、本件一括償却は、企業会計 原則に違反する悪質な粉飾行為であって、会社法431条に反する違法な会計処理と認められることから、被告がした本件説明は虚偽の内容に当たるとしています。

したがって、被告は原告に対し、Bの第18期決算について、違法な会計処理がされているにもかかわらず、これが適正な会計処理を経たものであるとする虚偽の説明を行ったものであるから、本件説明は原告に対する欺罔行為に当たると結論付けています。

裁判所の判断

以上のことから、原告の請求は理由があるので、被告の不法行為に基づく損害賠償金40億及び遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容すると結論付けています。