事業計画のリスク不開示と取締役の責任―東京地方裁判所令和4年1月28日判決

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東京地方裁判所令和4年1月28日判決について、株式等の取得に際して重要な失注リスクが開示されなかった事案を解説します。取締役の情報開示義務、社外取締役の監視義務、契約の錯誤無効及び救済方法を限定する条項を扱う判例のページです。将来の業績が予測どおりにならなかったという問題と、契約前に存在する具体的なリスクの不開示を区別します。

買収後の業績悪化について責任を問う場合、事業計画と実績の差だけではなく、買収前にどのような具体的リスクが生じ、誰が把握し、どのように説明したかが重要になります。本件では、対象事業の取締役及び社外取締役に対し、それぞれ12億6722万3338円の損害賠償を命じるとともに、他の売主に対する代金等の返還請求も一部認められました。

対象判決は、東京地方裁判所令和4年1月28日判決(平成30年(ワ)第39042号、平成31年(ワ)第2726号)です。以下では、買主の投資ファンドをAファンド、投資対象の事業会社をB社、その親会社をC社、買収のために用いたAファンドの完全子会社をD社とします。交渉窓口となった売主兼取締役をEさん、社外取締役をFさん、当時のB社代表取締役をGさん、その他の売主をHさん・Iさん・Jさんとし、実名や判例資料独自の匿名記号を用いずに説明します。

親会社の株式等を取得してソフトウェア事業に投資した取引

B社は、スマートフォン等に用いられるデジタル画像ソフトウェアやアルゴリズムの開発、ライセンス事業を営んでいました。C社はB社の株式約93.80%を保有する親会社であり、EさんはC社の代表取締役とB社の取締役を兼ねていました。FさんはB社の社外取締役でした。

AファンドはB社の事業への投資を目的として、C社の株式及び転換社債型新株予約権付社債を取得しました。事業の取得を目的とする取引ですが、具体的な取得対象は親会社の株式等です。売主はEさん、Fさん、Hさん、Iさん、Jさんの5名でした。

平成28年10月7日にEさんらとの契約が締結され、その他の売主も同月19日に契約書へ押印しました。同月31日には、Aファンドの完全子会社D社を通じて、譲渡代金19億5264万8815円が支払われています。さらに、転換社債型新株予約権付社債の未払利息1560万円が、D社からC社を経由してJさんに支払われました。

事業計画の説明と、買収前調査の経緯

売上計画10億8230万円に対し、実績は約4億1300万円

Gさんは平成28年6月14日、同年度の売上高を10億8230万円とする事業計画を作成し、同月30日に取締役会が承認しました。ところが、実際の売上高は約4億1300万円、当期純損失は約2億4866万円となりました。

もっとも、裁判所は、この差だけを理由に事業計画がずさんであったとは判断していません。計画は検討・修正を重ねて作成され、過去には大型の一括契約によって業績を伸ばした実績もありました。事業計画には目標としての性格があるため、結果から遡って計画自体を批判する主張は採用されませんでした。

買主は専門家を起用し、価格の引下げも交渉していた

買主側は平成28年4月頃から情報開示を受け、同年8月29日以降は、法務・財務・技術の専門家を起用して正式な買収前調査を行いました。買主側の担当者自身も公認会計士の資格を有していました。

最初の経営陣への聞取りでは、売上計画の全てが契約済みの案件ではないことが説明されました。融資候補の銀行が慎重姿勢に転じ、調査は一時中断されました。その後の再説明を経て、買主側は譲渡価格の引下げを求め、約4.54%、総額9400万円の減額を受け入れる合意がされ、調査が再開されています。

買主側は9月にも、上期の見込みや年度計画の達成可能性を質問しました。Gさんは既存顧客の売上げが計画から5230万円下振れる見込みを回答しましたが、さらに年度計画の達成可能性を問われた際には、見直しを含めて期初計画の達成へ進めている旨を回答しました。このような一般的説明とは別に、個別の失注リスクを開示すべきであったかが問題となりました。

契約書にあった責任制限と救済方法の限定

基本合意書は、故意・重過失による場合を除外していた

平成28年8月26日の基本合意書4条1項ただし書について、判決は次の規定を認定しています。引用中の会社名に代わる匿名記号のみ、本記事のB社に置き換えています。

「売主,対象会社及びB社は,デューディリジェンスにおいて開示された一切の情報の真実性ないし正確性につき保証せず,故意または重過失による場合を除き,責任を負わないものとする。」

この規定は、情報に関する責任を全て無条件に免除する文言ではありません。ただし、判決が最終的に認めた責任の根拠は、後述する会社法429条1項です。基本合意書の条項だけで結論を説明することはできません。

最終契約11条6項の条文

最終契約11条6項本文は、次のように定めていました。

「本譲渡契約の当事者は,本条に基づく補償請求による場合を除き,本譲渡契約に関して自らに生じた損害等について,債務不履行,瑕疵担保責任,不法行為その他法律上の構成の如何を問わず,相手方に対する請求を行うことができないものとする。」

補償請求の期間は契約締結日から6か月以内とされ、買主がその期間内に補償請求をしなかったことは争われていませんでした。EさんとFさんは、この条項によって会社法上の請求も制限されると主張しました。

これに対し、買主は、取締役としての責任は売主としての契約責任とは異なるなどと反論しました。しかし、裁判所は、条項の対象に会社法上の責任が含まれるかを最終的に解釈して解決したわけではありません。契約全体が錯誤によって無効となるため、この条項も無効となるという順序で判断しています。

開示すべきリスクと認められた三つの取引

裁判所は、買主が挙げた問題の全てを認めたわけではありません。取引先ごとに、正式な買収前調査の時点で生じていた具体的事情を検討しました。以下では取引先を①から④で表記します。

取引先①―継続取引を失う具体的な可能性

取引先①については、値下げ要求に加え、自社製のソフトウェアを使用するためB社製品を使わなくなる旨の発言があり、Gさんも報告を受けていました。代替的な調整業務を受注できないか模索していた事情もあり、裁判所は、単なる価格交渉の一環と捉えることはできないとしました。

正式な失注は調査後の11月以降でしたが、調査時点で、取引を失う具体的可能性は存在していました。確実に失注すると決まっていなければ開示不要、という判断ではありません。

取引先②―3000万円の案件の失注が調査中に確定

取引先②については、事業計画に組み入れられた3000万円の案件を発注しない旨が伝えられ、遅くとも9月13日の時点で失注が確定していました。Gさんもこれを認識していました。

裁判所は、既に説明した内容と異なる状況になったことを、調査期間中に適時に開示すべきであったとしました。後に別の新規案件を交渉していたことと、計画に含まれていた案件の失注は区別されています。

取引先③―製品の切替えによって売上げを失う可能性

取引先③との取引では、競合する製品へ切り替わる可能性に関する情報が、7月の社内会議で報告されていました。Gさんは切替えの見込みを低く評価していましたが、裁判所は、計画上の売上げ2億0750万円が全体の約2割を占めていたことを重視しました。

影響が軽視できない以上、確定的情報ではなくても、具体的な切替えの可能性が一定程度存在すること自体が開示すべきリスクとされました。実際の失注が後日生じたことだけを理由として、当時の不開示が正当化されたわけではありません。

義務違反の根拠として採用されなかった事情

別の取引先④の案件は、相手側の半導体開発自体がなくなったことが失注の契機でした。裁判所は、買主の主張するB社側の特定機能の開発遅延等を、当該案件の開示すべきリスクとして採用しませんでした。

また、9月頃から営業の立直し案を検討・実施していたこと自体も、下期の営業を強化する以上の意味を持つものとはいえないとして、独立の開示対象となるリスクとは認めていません。計画の未達成、社内の危機感、営業施策の見直しを一括して義務違反とする判断ではありません。

専門家による調査をしていても、情報開示義務は否定されなかった

三つの取引に関する計画と実績の差は合計約2億2000万円で、事業計画全体の約2割に及んでいました。裁判所は、これらが些細な情報ではなく、投資判断に影響する重要な事情であると評価しました。

さらに、個別の取引先との商談状況はB社側から開示されなければ、買主が独自に調べて把握できない情報でした。買主に専門的な分析能力があっても、分析の前提となる事実を得られなければ、情報の格差は解消されません。

このため、個別具体的な質問がない限り説明する必要はないという主張も、買主のリスク評価の誤りであるという主張も採用されませんでした。判決は、情報を提供すべきかという問題と、提供された情報を基にどう評価するかという問題を明確に分けています。

交渉に関与した取締役と、社外取締役の責任

Eさんの情報開示義務違反と重過失

Eさんは、具体的リスクを認識していなかったと主張しました。しかし裁判所は、その主張を前提としても、Gさんに指示できる状況にあり、買主への説明にも同席しながら、事業計画を説明すればよいといった表面的な説明を促す発言をし、又は説明を放置していたことを重視しました。

その結果、Eさん自身にも適正情報開示義務の違反があり、重大な過失があるとして、会社法429条1項の責任を認めました。「Eさんが全てのリスクを直接知っていたと認定されたから」という理由だけに置き換えることはできません。

Fさんの監視義務違反と重過失

FさんはB社の社外取締役として、他の取締役の業務執行を監視する義務を負っていました。裁判所は、GさんとEさんによる情報開示義務違反を予防又は是正する行動をした事実がうかがわれないことから、監視義務を怠った重大な過失を認めました。

したがって、本判決は、実際に説明した者だけの責任を扱ったものではありません。ただし、社外取締役という肩書があれば常に同じ責任を負うという一般論ではなく、本件の義務違反と予防・是正の対応を踏まえた判断です。

契約全体の錯誤無効と、責任制限条項の扱い

裁判所は、重要なリスクが存在しないことを前提として買主が契約を締結した点に、動機の錯誤を認めました。計画の約2割が減少する具体的可能性を知っていれば契約を締結しなかったと考えられ、交渉の経過から、この前提は黙示的に表示されていたと評価しています。

売上計画に未契約の見込み案件が含まれていることと、大口取引が失われる具体的可能性や、既に失注が確定した事実は、重要性や意味が異なります。買主が一般的な変動リスクを理解し、価格を減額交渉していたからといって、この錯誤が否定されたわけではありません。

本件は平成28年の契約について、改正前の民法に基づいて錯誤無効が判断された事案です。この法律上の前提を踏まえて読む必要があります。裁判所は契約全体を無効とし、その一部である11条6項も無効であるため、Eさん・Fさんへの請求を制限しないとしました。救済方法を限定する条項が一般に無効である、又は会社法上の請求には一切適用されないと判断したものではありません。

認められた損害額と、その他の売主の返還義務

損害は支出額から取得した利益を控除して算定

裁判所は、適切な情報開示又は監視がされていれば、買主が本件契約に基づいて代金等を支出することはなかったと認定しました。そのうえで、支出した金額から取得した利益を控除しています。

  • 株式等の譲渡代金:19億5264万8815円
  • 未払社債利息の支払:1560万円
  • 控除された預金残高:229万2296円
  • 控除された株式価値相当額:6億9873万3181円

差額は12億6722万3338円です。株式価値については、B社の簿価純資産額にC社の保有割合約93.80%を乗じた額が用いられました。判決は、別の評価方法ならより高額になるという具体的根拠が認められないことも踏まえています。全ての買収損害で簿価純資産を用いるという一般的な算定基準を示したものではありません。

EさんとFさんに対しては、それぞれこの損害額と、各請求日からの遅延損害金の支払が命じられました。同じ損害額が各人への主文に記載されていることから、損害自体を二重に加算して紹介すべきではありません。

その他の売主は元本の返還を命じられたが、利息請求は退けられた

Hさんには3億9056万8815円、Iさんには1億7085万2500円、Jさんには未払社債利息分を含む11億8716万円の返還が命じられました。

一方、これらの売主が契約無効を知りながら受領したとまでは認められず、民法704条の悪意の受益者には当たらないとして、付帯する法定利息の請求は棄却されています。Eさんは事実上の交渉窓口にとどまり、他の売主の代理人とは評価できないとの判断もされました。役員責任を認めたEさん・Fさんの重過失と、他の売主の受領時の悪意は、別々に判断されています。

他の事業計画・表明保証の判例との関係

本件の中心は、将来予測そのものの保証ではなく、契約前に顕在化していた取引上の重大リスクの不開示です。業績悪化と売主・仲介会社の責任を区別した事案は、株式買収後の業績悪化について売主・M&A仲介会社の責任を問えるか―東京地方裁判所平成29年3月10日判決をご覧ください。

修正された事業計画の不開示について、売主の契約上の補償責任と留保代金との相殺が認められた事案は、事業計画の下方修正を開示しなかった売主の補償責任―東京地裁令和2年10月26日判決で扱っています。本件の取締役責任・錯誤無効と比較することで、情報不開示に対する請求根拠と損害算定の違いを確認できます。

また、株価評価への異論と契約違反の関係は、株価算定書の評価に異論があれば株式譲渡契約を解除できるか―東京地方裁判所平成22年3月8日判決で扱っています。結論の違いを比較する際には、説明した情報、保証した内容、契約条項及び責任を問う相手の立場を確認することが大切です。

出典:東京地方裁判所令和4年1月28日判決・平成30年(ワ)第39042号、平成31年(ワ)第2726号。契約条項の引用を除き、判決本文を基に当事務所が構成した解説です。

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