未計上負債の補償請求と1年の期限―東京地方裁判所令和3年10月12日判決

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東京地方裁判所令和3年10月12日判決について、未計上負債を理由とする請求が、契約で定めた期間と通知内容を満たさず棄却された事案を解説します。未計上負債の有無や会計処理の当否を判断した判例ではなく、補償請求の手続と救済手段の限定を扱うページです。通知の一般的な進め方は、通知の期限を過ぎる前に売主へ伝えるべき内容をご覧ください。

買収した会社に未計上の負債があると分かっても、売主に問題を伝えて交渉しているだけで、契約上の補償請求が維持されるとは限りません。本件では、買主が627万1388円の未計上負債を主張しましたが、裁判所は、1年以内の書面による請求という条件と救済手段を限定する条項に基づき、請求をいずれも棄却しました。

対象は東京地方裁判所令和3年10月12日判決(令和2年(ワ)第32662号)です。以下では買主をA社、売主をBさん、買収対象会社をC社、連絡の仲介に登場する会社をD社と表記し、実名及び判例資料独自の匿名記号は用いません。

ラーメン店運営会社の全株式を6540万円で取得

A社は、令和元年5月17日、BさんからC社の全株式3000株を、1株2万1800円、総額6540万円で取得する株式譲渡契約を締結しました。契約上の取引実行日は同月27日でした。

C社はラーメン店の運営等を目的とする会社で、Bさんは令和2年2月29日まで代表取締役を務めていました。A社は、契約締結前に提示された平成31年3月末の貸借対照表に、次の負債が計上されていなかったと主張しました。

  • 同年3月分の給与:525万8197円
  • 同月分の厚生年金保険料:45万6039円
  • 同月末の買掛金:25万0594円
  • その他経費:30万6558円

合計は627万1388円です。A社はこの額を、支払った株式譲渡代金と本来の株式価値の差に相当するとして請求しました。これらは買主の主張する内訳であり、裁判所が未計上負債や株式価値の減少を認定した金額ではありません。

問題となった株式譲渡契約の条項

以下は判決の別紙に掲載された契約条項の引用です。契約書上の「甲」は売主Bさん、「乙」は買主A社を意味します。甲・乙は当事者の実名ではなく契約上の呼称であるため、引用の正確性のためにそのまま示します。

第5条―表明保証の基準時

「甲は、乙に対し、本契約締結日及び本クロージング日において(ただし、時点を明記しているものについては当該時点において)、別紙1に記載される事項が真実且つ正確であることを表明し、保証する。」

別紙1の「2 対象会社に関する表明及び保証」の財務諸表等の条項には、次の規定がありました。引用中の「平成30年11月31(原文ママ)日」は判決資料の記載を変更せず示したものです。

「対象会社の平成31年3月末日現在の貸借対照表及び損益計算書、平成30年11月31(原文ママ)日を末日とする事業年度に係る損益計算書(以下総称して『本財務諸表』という)は、日本において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に従って作成されており、その対象とする日又は期間における対象会社の財務状態及び経営成績を正確かつ適正に表示している。対象会社は本財務諸表に表示されている債務及び平成31年4月1日以降通常の業務の範囲内において生じた債務以外には、いかなる債務も負担していない。平成31年4月1日以降、対象会社は、その遂行する事業を従前遂行してきたところに従って通常の業務遂行の過程の範囲内で継続して行っており、対象会社の財務状態又は経営成績に重大な悪影響を及ぼす事象は発生しておらず、またそのおそれもない。」

第13条―補償の根拠と1年以内の請求

「1 甲及び乙は、本契約中で行った表明及び保証が真実かつ正確でなかったこと、又は本契約に規定された義務のいずれかに違反したことによって相手方当事者に損害、損失、費用等(以下『損害等』という)が生じた場合は、相手方当事者に対して、当該損害等を賠償、補填又は補償(以下『補償等』)する。

2 甲及び乙は、相手方当事者から、違反の事実と損害等の原因及び金額を明記した書面により、本クロージング日から1年内に請求を受けた場合に限り、当該相手方当事者に対し、相当因果関係の範囲内にある損害等につき補償等の責任を負う。」

責任の発生原因だけでなく、請求を受ける期間、書面という方法、明記する内容まで定められていました。本件の結論を理解するには、第1項だけでなく第2項を併せて読む必要があります。

第16条―別の請求根拠へ切り替えられるか

「甲及び乙が本契約に基づく義務に違反した場合又は当該当事者が本契約中に行った表明及び保証が真実かつ正確ではなかった場合、相手方当事者が有する権利は、第12条に規定する解除及び第13条に規定する補償等の請求に限られる。これらの権利を除き、本契約に関連して他の当事者に対して損害賠償、補償等の請求、又は本契約の解除その他の権利を行使することはできない。」

契約は、解除と第13条の補償等に救済を限定していました。この条項が、補償請求とは別に債務不履行に基づく損害賠償を求められるかという争点につながります。

期限前の電子メールと、期限後の通知書

A社の従業員は令和2年4月27日、D社の代表者に「未計上費用について」と題する電子メールを送りました。しかし、売主に対し、契約の定める「違反の事実と損害等の原因及び金額を明記した書面」を送付しないまま、取引実行日から1年が経過したことは、当事者間に争いがありませんでした。

A社は、売主が期限前から問題を認識し、回答を求められても留保していたため、期間経過を主張するのは信義則に反すると主張しました。そして、4月の電子メールを契約上の請求と評価すべきであるとしました。

その後、Bさんは令和2年7月28日頃、契約13条に基づく補償等の責任はないとの通知を送りました。A社は同年8月25日付の書面で、未計上負債に伴う評価差額として1009万3790円を請求しました。ただし、この通知の算定対象は平成30年11月期及び平成29年11月期の計上漏れであり、訴訟で主張した平成31年3月末の未計上負債627万1388円とは、対象も金額も異なります。

裁判所は1年の期間をどのように解釈したか

裁判所は、本件の1年という定めを消滅時効期間ではなく、権利行使期間ないし除斥期間と解釈しました。その理由として、契約に時効期間とする明示の合意がないこと、経営権の譲渡を目的とする株式譲渡契約では早期確定の要請が高いこと、買主が契約の前後に財務資料の調査や質疑を行うことができたことを挙げています。

合意した内容を明記した書面による請求をせずに1年を経過した以上、13条1項の権利行使は除斥されるとされました。全ての表明保証契約について期間が一律に1年であるという判断ではなく、本件の契約条項を解釈したものです。

電子メールが請求として認められなかった理由

裁判所が指摘したのは、4月の電子メールの内容が平成30年11月末の未計上負債に関するものにとどまり、平成31年3月末の未計上負債に言及していなかったことです。そのため、本件訴訟に係る補償等の請求に当たらず、違反の事実、損害等の原因及び金額を明記した書面とも認められませんでした。

したがって、この判決を「電子メールだから常に無効」と紹介することは適切ではありません。少なくとも本件では、主張する違反と通知内容の対応が欠けていたことが判断の理由となっています。一般的な疑問の連絡や、別の年度の計上漏れに関する照会だけで、後に請求する全ての違反を通知したことにはなりません。

売主が回答を留保していても、期限経過の効果は覆らなかった

裁判所は、売主が未計上負債を自ら申告せず、その存在を争ったという事情だけでは、信義則上の問題は生じないとしました。

また、買主自身が期限を認識し、回答期限を設定していたことから、売主が単に回答しなかったことは、買主の権利行使を侵害又は妨害する行為とはいえないと判断しました。売主を保護するに値しない特段の事情があるとの主張も、同じ事情を理由とするものであり、採用されませんでした。

この判断からは、回答待ちや交渉中という事情だけで、契約上の期限が当然に延びるとは考えないことが重要です。相手方の回答を待つ対応と、自ら期限内に必要な請求を行う対応を分けて考える必要があります。

債務不履行に基づく請求も認められなかった

A社は、補償請求が認められなくても、表明保証条項の違反は契約5条の違反となるため、債務不履行に基づく損害賠償を請求できると主張しました。

しかし裁判所は、第16条により、表明保証違反がある場合の金銭請求は第13条の補償等に限定されていることを理由として、この請求も退けました。請求の名称や法律構成を変更すれば、合意した期間制限を回避できるという結論にはなっていません。

一方、救済方法を限定する条項の扱いは、他の契約上の争点とも関係します。契約全体の錯誤無効が認められた別の事案は、事業計画のリスク不開示と取締役の責任―東京地方裁判所令和4年1月28日判決をご参照ください。本件とは請求の前提と判断の順序が異なります。

この判決が判断しなかったこと

裁判所は、期間制限等によって請求を棄却したため、表明保証違反の有無を検討するまでもないとしました。そのため、現金主義による会計処理が本件契約に適合するか、未計上負債が実際に627万1388円あったか、その額だけ株式価値が減ったかについて、結論を示した判例ではありません。

本件の教訓は、違反の実体に関する主張を詳しく準備していても、請求期限、通知の対象・内容及び救済方法に関する契約条件を満たさなければ、請求が認められない場合があるという点です。未計上負債の発見後にどの請求を検討するかは、譲り受けた会社に契約書にない債務が見つかった場合の請求の道筋をご覧ください。

出典:東京地方裁判所令和3年10月12日判決・令和2年(ワ)第32662号。契約条項の引用以外は、判決本文に基づく当事務所の解説です。

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