株式譲渡の不承認を理由に退職金を不支給にできるか?―東京地裁令和4年12月27日判決

従業員が自分の株式を勤務先の関連会社に売却し、譲渡承認を巡って争いになった場合、勤務先はそのことを理由に退職金を支給しないと決められるのでしょうか。東京地方裁判所令和4年12月27日判決は、個人の株式処分と勤務先における企業秩序を区別し、退職金903万7,500円の支払を命じました。株式譲渡契約上の表明保証と、労働契約上の懲戒事由を混同しないことが重要な事案です。
本記事の対象
本記事は、株式譲渡の不承認を理由とする従業員の退職金不支給を扱った判例解説です。役員退職慰労金の支給条件や、株式売買代金の返還を直接判断した事件ではありません。株式譲渡契約の解消全般は、株式譲渡契約を解消する場合の要件と効果で解説しています。
裁判例の基本情報と当事者の関係
対象は、東京地方裁判所令和4年12月27日判決(令和3年〔ワ〕第24832号、退職金請求事件)です。当事者は、元従業員Aさん、勤務先会社B、株式の発行会社C、株式の買主会社Dと、独自の呼称で表記します。
Aさんは平成2年にBへ入社し、令和元年12月31日に自己都合で退職しました。在職中には、Bの従業員としてCに出向していた時期があり、Cの株式5,000株を個人で保有していました。
B側の関係者は、Bやその従業員等による持株を合わせてCの議決権の過半数を確保していました。Aさんの退職に際してその支配権を維持するため、Bとは別法人のDがAさんの株式を買い取ることになりました。株式の売買当事者はAさんとDであり、退職金の支払義務を負う勤務先はBです。
譲渡承認を得られないまま生じた退職金の争い
AさんとDは令和元年10月5日、株式5,000株を1,000万円で売買する契約を締結し、Dは代金を支払いました。契約には、Aさんが株式を譲渡できることを表明保証する趣旨の条項が含まれていました。他方、Cの株式には譲渡制限があり、Dの代表者もそのことを認識していました。
Cが譲渡を承認しない意向を示したため、Aさんは契約を白紙に戻し、退職金を受け取った後に代金を返すという趣旨の書面をDに送りました。その後、Bは、表明保証に反して株式を譲渡できず、Cに対する支配権維持に支障を生じさせたことが懲戒解雇に相当すると主張しました。
さらにBは、Aさんが退職後のCの株主総会で、Dではなく議長側に議決権行使を委任したことも問題にしました。これらを根拠に退職金を支給しないとしたため、AさんがBに支払を求めたのが本件です。Aさん自身が譲渡を承認する立場にあったという事件ではありません。
判断の前提となった退職金規程
判決には、勤務先の退職金規程が次のように記載されています。以下は判決掲載部分の引用です。
退職金規程第7条第2号
退職後、支給日までの間において在職中の行為につき懲戒解雇に相当する事由が発見された者については、退職金を支給しないか、または減額することがある。
この規定は、「在職中の行為」について懲戒解雇相当の事由が発見された場合を対象としています。会社が不利益を感じた行為なら、時期や性質を問わず退職金を支給しなくてよいという定めではありません。
出向期間と支払期日
退職金規程第5条第3項は、出向期間について次のように定めていました。
出向による休職期間は、勤続年数に算入する
また、第8条には次の規定がありました。
退職金の支給は退職又は解雇の日から30日以内にその全額を支払う。
Bは出向期間が長いことも主張しましたが、AさんがBの従業員として出向していたこと、規程がその期間の算入を定めていることから、裁判所は退職金規程の適用を否定しませんでした。
株式譲渡の問題を懲戒事由にできなかった理由
個人の株式処分と、勤務先の企業秩序は別の問題
裁判所は、使用者が就業規則に基づいて懲戒処分を行えるのは、企業秩序を遵守する労働者の義務に違反した場合であることを前提に検討しました。
本件では、Cへの支配権を維持する計画が実現しない可能性が生じたとしても、それは別法人DとAさんとの間の株式売買を巡る民事上の紛争でした。Aさんは自分の財産である株式の処分について、Bとの労働契約上の義務を負っていないとされ、この株式譲渡に関して労働契約上の義務違反を認める余地はないと判断されました。
したがって、株式譲渡契約の表明保証を問題にすることと、それを勤務先の懲戒権の対象にすることは区別されます。本判決は、AさんとDとの間の契約責任の有無や代金返還義務を全面的に確定したものではありません。
買主会社の損害を、勤務先の損害と同一視できない
裁判所は、BとDが親子会社ではなく、Dの損害をそのままBの損害と同視できないことも指摘しました。関係者が共通していることだけでは、別法人間の損害が自動的に同じものになるわけではありません。
加えて、D側には譲渡承認請求後の期間経過によって「みなし承認」が成立したという説明もあり、Bの主張する損害の発生自体を認めるに足りないとされました。ただし、これは裁判所が本件でみなし承認の成立を確定したという意味ではありません。判決は、Aさんが正式に会社法第136条の請求をしたと認める十分な証拠がないことにも触れています。
退職後の議決権行使も不支給の理由にならなかった
AさんがCの株主総会で議決権行使を委任したのは、Bを退職した後でした。裁判所は、その行為にBとの労働契約に基づく懲戒権は及ばず、退職金規程も在職中の行為を対象とする以上、退職金不支給の理由にならないとしました。
本件では、行為の内容だけでなく、退職日との前後関係と規程の文言が結論を左右しています。退職後のあらゆる行為について、どのような契約上の責任も生じないと判断したものではありません。
判決の結論と退職金の計算
裁判所は、Bの挙げた二つの事由はいずれも退職金不支給を正当化しないとして、Aさんの請求を全部認めました。金額は、退職時の基本給月額36万1,500円に、勤続年数29年に対応する支給率25を乗じた903万7,500円です。
支払期日は退職から30日後の令和2年1月30日であり、その翌31日から支払済みまで年6%の遅延損害金も認めました。この年6%は本件に適用された改正前商法の商事法定利率によるもので、現在の退職金請求一般に同じ利率が適用されるという意味ではありません。
株式譲渡と雇用関係が重なる場合の着眼点
本判決を読む際には、「株式を売った人」「代金を払った会社」「退職金を支払う会社」「譲渡承認を判断する会社」を分けることが出発点になります。別の契約・別の法人の問題を一括して勤務先の懲戒事由とすることはできませんでした。
また、表明保証については、保証の文言、譲渡制限の認識、承認手続、契約責任をそれぞれ確認する必要があります。本判決資料には表明保証の趣旨が記載されていますが、その条項の全文は掲載されていません。そのため、本記事でも存在しない契約条文を補って引用することはしていません。
契約責任と別の責任を分けて検討した事案としては、表明保証条項を削除した買収で粉飾の賠償を請求できるか―東京地裁令和4年3月18日判決もあります。こちらは虚偽説明に基づく不法行為を扱っており、本件の退職金不支給とは判断対象が異なります。
本判決についてよくある質問
表明保証違反があれば退職金を払わなくてもよいのですか
本件ではそのような判断はされていません。個人の株式処分に関する契約上の紛争と、勤務先との労働契約上の義務違反が区別され、退職金の支払が認められました。
譲渡が承認されたかどうかも、この判決で確定しましたか
本件は退職金の請求事件です。みなし承認を主張する説明は検討されていますが、本判決をもって株主としての地位や譲渡承認の成立まで確定したと説明することはできません。
役員退職慰労金にも同じ計算方法が使えますか
本件は従業員の退職金規程に基づく計算です。役員退職慰労金の支給根拠や算定を直接判断したものではありません。
このページの位置付けと、関連するページ
本ページは、株式譲渡を巡る紛争と従業員の退職金不支給を区別した令和4年12月27日判決を解説します。契約解消の一般的な条件や、別の責任根拠による請求は次のページで扱います。


