裁判例「M&Aの買主がM&A仲介会社に店舗2店を買収できなかったことは善管注意義務違反であるとして損害賠償請求をした事案」
〔事例〕東京地方裁判所判決|令和4年2月24日|令和元年(ワ)第17790号 損害賠償等請求事件
M&A取引の概要
本件は、飲食店舗を展開する株式会社A(以下「A」という)が、被告会社との間で高額な成功報酬を含むフィナンシャル・アドバイザリー契約を締結し、事業譲渡先企業の選定などを依頼した際、被告会社が原告とも高額な成功報酬を含む同様の契約を結び、実際に事業の一部をAから原告に譲渡できないことを知りつつ、重要な情報を操作(秘匿および調査怠慢)して報酬を得たとして、被告会社に対し債務不履行、不法行為、および会社法350条に基づき、被告会社に従事した被告Y1および被告Y2に対しては共同不法行為に基づき、損害賠償と不法行為の日の翌日である平成29年11月25日から支払済みまでの期間に民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案です。
当該紛争事案の概要
まず、前提事実を整理します。
(1)原告は、外食産業で飲食店舗を直営またはフランチャイズ展開する子会社を複数有するホールディングス企業です。
(2)被告会社は、企業の買収、合併、事業譲渡、資本提携、業務提携などの斡旋や仲介、経営戦略の立案などのコンサルティング業務を行う株式会社です。
(3) 被告Y1と被告Y2は、被告会社の代表取締役です。被告Y2は当時代表権を持っておらず、取締役としての職務を担当していました。
(4)Aは、関西地域にある6つの飲食店舗(以下「譲渡対象店舗」という)を直営店として運営していました。これらの店舗は全て賃借物件で営業していました。譲渡対象店舗は以下の通りです。
△△食堂中津店(以下「中津店」)
△△食堂阿波座店(以下「阿波座店」)
他4店舗
(5)Aは、少なくとも平成28年7月時点で、譲渡対象店舗に対する賃料支払い義務を継続的に滞納していました。
(6) Aと中津店の賃貸人であるD株式会社(以下「D」とする)との間で、平成28年7月11日に、Aが以後一度でも賃料の滞納をしてしまった場合、賃貸人による解除を可能とする内容の即決和解が成立していました(以下「本件和解」とする)。
(7)Aは、これらの譲渡対象店舗の事業譲渡を検討し、平成28年11月29日に被告会社と契約を締結しました。
(8)被告会社は、Aから提供された企業情報や財務状況に基づいて、インフォメーション・メモランダムなどの説明資料を作成し、譲渡対象店舗に関する情報提供を行っていました。その結果、原告が譲渡先企業の候補として浮上することになりました。
(9)原告と被告会社は、平成29年10月20日に「フィナンシャル・アドバイザリー契約書」と題する契約を締結しました(以下「本件契約」という)。契約内容は、Aが実施するM&Aプロセスに関するフィナンシャル・アドバイザリー業務を行うこと、被告会社が特定の案件においてAを独占的フィナンシャル・アドバイザリーに指名し、指導サービスを提供することが含まれていました。
(10)Dは、平成29年11月8日に中津店の賃料滞納を理由に賃貸借契約を解除する通知をAに送りました。
(11)原告とAは、平成29年11月24日に本件事業譲渡契約を締結しました。原告は同日、譲渡対象店舗の事業(各借家権を含む)を6480万円で購入し、被告会社に対し1080万円、Aは、被告会社に対し、2160万円の成功報酬を支払いました。
(12)中津店は事業譲渡契約時に賃貸借契約が解除通知されており、阿波座店は賃貸人の同意が得られず、両店舗は平成29年12月に閉店しました。したがって、中津店と阿波座店は承継されませんでした。Aはこれに関連して解決金として原告に3000万円の解決金を支払いました。
(13)被告会社が本件契約に際し3つの注意義務に違反したことにより、一部店舗を原告が引き継げない等の被害が出たとして損害賠償を求め、争われました。裁判所は、被告会社が注意義務に反し原告に対して、本件事業譲渡契約締結に係る意思決定に影響を与える重要な事項について虚偽を述べたり、積極的に情報を秘匿したと認めることはできないとして請求を棄却しました。
当該紛争事案の概要は以上のとおりです。以下、詳細に解説します。
問題の所在(法律や契約書のどういう条文に該当するか違反するかが問題になったのか)
原告の主張は以下の通りです。
本件契約は、委任または準委任の性質を持つ契約です。このため、被告会社は、本件契約に基づく善管注意義務を負い、通常の一般的な注意義務と同様に、特段の事情がない限り、民法709条に基づく一般的な注意義務も含まれます。しかし、被告らは、以下の原告主張の各注意義務に違反したと主張しています。
- Aから開示された情報を正確に伝達する義務
被告らは、以下の(ア)から(エ)までのとおり、Aからの賃料滞納や店舗承継リスクなど、原告の本件事業譲渡契約の意思決定に影響を及ぼす可能性のある情報を持ちながら、これらを原告に伝達しませんでした(故意な隠匿を含む)。これは、原告主張の各注意義務に違反する行為と言えます。
(1) 譲渡対象店舗の継続的な賃料滞納の事実
(2)中津店について、1回でも賃料を滞納した場合、賃貸借契約が解除されるとの内容の本件和解が
成立していたこと
(3)中津店について、賃貸人から解除通知書を受領していたこと
(4)少なくとも中津店について、完全に退去しなければならないというAからの報告をもとに、
譲渡対象から外す必要性について議論していたこと
- 本件事業譲渡契約の履行に支障がある点を抽出し、その原因及びリスクの具体的内容を説明する義務
被告らは、上記(ア)から(エ)に記載されたリスク要因についてAから情報を得たにもかかわらず、賃料滞納状況や家主との協議状況を具体的に調査し、その結果を原告に伝えるべきでしたが、これを怠ったことにより、原告に対する義務違反が生じたと主張しています。
- 中立性を保つ義務及びAに対して契約条件のうち意思決定に影響を与える重要な事項について虚偽を述べ、積極的にこれを秘匿してはならない義務
被告会社は、原告とAの両方と同様の契約を締結し、同等の善管注意義務を負っており、合理的な意思解釈においても高度な中立性を維持する義務がありました。社会通念および合理性に基づいて、後の紛争を回避するためにも、原告とAの双方に対して、本件事業譲渡契約の締結に影響を及ぼす重要な事項について虚偽の陳述や積極的な隠蔽を行ってはならない義務が存在しました。
しかしながら、被告らは、自身の報酬獲得と本件事業譲渡契約の成立を優先し、原告に対しては(ア)から(エ)の事実を隠し、また、Aに対してはこれらの事実を原告に打診済みであるなどと虚偽で説明したばかりか、さらには本件事業譲渡契約に関する譲渡代金の上限額を実際よりも低く示すなど、中立性を保持せず、重要な事項について虚偽を述べるか積極的に秘匿する行動をとったと主張しています。
続いて被告らの主張は以下の通りです。
本件契約は仲介契約であり、M&Aにおける買収対象事業のリスクは原告が専門家を雇ってデューデリジェンスを行い、必要な法務、財務、会計、税務などの調査を行うべきものです。譲渡対象店舗に関する基本的な権利である使用収益権について原告が資料請求や質問を行わなかったため、そのリスクは原告自身が負うべだと主張しています。また、原告が主張していた各注意義務についても以下のように反論しています。
- Aから開示された情報を正確に伝達する義務
被告らの仲介契約に基づく情報伝達義務は、当事者同士ではなく、仲介業者を介して情報を整理し、円滑で誤解のない伝達を行う義務であり、情報の伝達内容に一定の裁量が認められます。原告の主張のうち、被告らが認識していなかった(ア)ないし(ウ)の事実については伝達義務違反がないことが明らかです。
また、被告らが認識した(エ)の事実についても被告らが認識していたのは、Bの曖昧で作り話であることが強く疑われる発言があったことのみであり、それは、被告Y2から原告の担当者である E(以下「E」という)に対して伝達しているし、その程度の話についてそのまま報告していなかったとしても、被告らの合理的な裁量の範囲内であるため、義務違反は認められないと主張しています。
- 本件事業譲渡契約の履行に支障がある点を抽出し、その原因及びリスクの具体的内容を説明する義務
本件契約は仲介契約であり、被告らは仲介業者であるため、本件事業譲渡契約の履行に支障がある点やその原因・リスクを積極的に説明する義務はありません。原告が主張する (ア)ないし(エ)の事実に関して、原告からの明示的な指示がなく、賃貸借契約に関連する重要事項について具体的な調査を行う義務もありません。
もし義務があると考える場合でも、原告が主張する上記の事実を認識していなかったためその前提を欠き、また(エ)の事実についても仲介業者が賃貸人に確認することが難しく、最終的には原告の責任であるという点を考慮すれば、義務違反は認められないと主張しています。
- 中立性を保つ義務及びAに対して契約条件のうち意思決定に影響を与える重要な事項について虚偽を述べ、積極的にこれを秘匿してはならない義務
被告らは原告またはAの一方を犠牲にして他方を利する行動を取っておらず、また、被告らはフィナンシャル・アドバイザリー業務ではなく、中立的な仲介業務のみを行っており、中立性を保持する義務の違反はありません。
さらに、Aに対して契約条件の中で意思決定に影響を与える重要な事項について虚偽の陳述や積極的な隠匿を行う義務を導く客観的な証拠は存在せず、被告らのAに対する義務は認められないと主張しています。
裁判所の認定内容
裁判所の認定内容は以下の通りです。
(1)被告らは平成29年10月頃、Aから財務諸表などの資料を入手し、Aの企業概要、事業内容、財務状況、各店舗の業績、譲渡条件などを含むインフォメーション・メモランダムを作成しました。
この資料には、A全体の損益推移表や各店舗の損益推移表が含まれ、地代家賃の支払い遅延があり、後に一括で支払われたケースも示されていました。被告Y1はBから賃料支払状況を確認し、支払いの遅延はあるものの重大な遅延はないとの回答を受けました。
(2)原告と被告会社は、平成29年10月20日、原告が実施するM&Aプロセス(原告が相手方企業を買収する又は原告が買収される一連の過程全体のことを指し、以下「本件プロセス」という)に係る本件契約を締結しました。
(3)原告は、平成29年10月25日、被告らに対し、7000万円で譲渡対象店舗の事業譲渡を受ける旨の買付に係る意向表明書を提出しました。
(4)DとAは、本件和解を合意していたが、Aは、平成29年5月から11月分までの中津店の店舗に係るDに対する賃料の支払を怠り、平成29年11月8日、Dから賃貸借契約を解除する旨の通知を受けたものの、Bは、上記の解除の通知を受けたことを、同月30日まで被告らに伝えませんでした。
(5)被告らは、譲渡対象店舗について、複数の売却候補先との間で譲渡代金等の調整を行った。平成29年11月8日、原告は被告らに対し、総額7000万円で譲渡対象店舗を購入する意向を示しました。
平成29年11月頃、Bは被告Y1に対し、Dが中津店の建物の老朽化と建替えの検討をしているとの話を伝えました。しかし、Bからの言及内容があいまいなものであり、被告らはそれを真実と認識していませんでした。
平成29年11月17日、原告は譲渡対象店舗の買主候補として内定しました。年末商戦に向けて早期の事業譲渡を希望し、基本合意書とデューデリジェンスを省略して事業譲渡契約を締結したい旨を述べました。翌日、Bは被告らに対し、契約をすぐにすることの危険性や調整の必要性を伝えました。被告らは金額以外の条件の調整が必要であり、中津店に関して引き継げない可能性もあることを伝えました。
(6)原告とAは、平成29年11月24日、本件事業譲渡契約を締結しました。 Aは、同契約10条8号(表明及び保証条項)において、表明保証を行い、同契約19条において、表明保証が真実でなく、又は不正確であることに起因する原告の損害について、譲渡価額を上限として損害賠償又は補償の義務を負うことに合意しました。
裁判所の判断
争点となっていた各注意義務について、裁判所の判断は以下の通りです。
- Aから開示された情報を正確に伝達する義務
本件契約は「フィナンシャル・アドバイザリー契約」という名目でありながら、被告会社は元々Aの事業の仲介業者として活動しており、目的は買収対象事業の移転を実現することです。被告会社にはデューデリジェンスの実施や売り手と買い手の意向の調整を含む業務が求められ、その際の内容や方法には一定の裁量があるとしています。
そして、譲渡対象店舗の継続的な賃料滞納の事実について、中津店について1回でも賃料を滞納した場合、賃貸借契約が解除されるとの内容の本件和解が成立していたこと及び中津店について賃貸人から解除通知書を受領していたこと、少なくとも中津店について完全に退去しなければならないというAからの報告をもとに、譲渡対象から外す必要性について議論していたことについて、それぞれ義務違反は認められないと結論付けています。
- 本件事業譲渡契約の履行に支障がある点を抽出し、その原因及びリスクの具体的内容を説明する義務
被告らは、賃料滞納に関しては通常5日から2週間程度の遅れがある程度の認識しか持っておらず、本件和解や解除通知の存在については、本件事業譲渡契約が締結される前には認識していませんでした。また、中津店を譲渡対象から外すなどのやり取りに関しては、Bからのあいまいな話に基づくものであり、被告らはその内容を真実とは見なしていませんでした。さらに、Aも中津店を譲渡対象化とすることに同意しており、被告らが具体的な事情やリスク要因を認識していたとは言えません。
被告会社の業務として行うべき調査内容は先述の通りであり、また、原告が年末商戦である12月に向けて事業譲渡手続を急いで進めるため、自身でもデューデリジェンスを行わないことを決定していた事情も考慮されると、被告らには原告が主張するような調査義務の違反はないと結論づけています。
- 中立性を保つ義務及びAに対して契約条件のうち意思決定に影響を与える重要な事項について虚偽を述べ、積極的にこれを秘匿してはならない義務
原告が被告らに対して、Aに関する契約条件のうち意思決定に影響を与える重要な事項について虚偽を述べ、積極的にこれを秘匿したと主張する場合でも、Aに対する義務違反が自然に原告に対する義務違反となるわけではなく、これは債権関係の相対性により明らかです。したがって、原告のこの主張は適切でないとしています。
また、被告会社は売り手と買い手の双方から仲介を受託した立場で、中立性を保ちつつ買収対象事業の移転の目的に従って行動する義務を負います。しかし、被告らは賃料滞納に関して5日から2週間程度の遅れがある程度の認識しか持っておらず、また、本件事業譲渡契約が締結されるまで和解や解除通知の存在に気付いていなかったこと、中津店の建替えによる退去の話があいまいであったことが明らかです。
さらに、本件事業譲渡契約に関する譲渡代金の上限額を実際よりも低く示すなど、中立性を保持せず、重要な事項について虚偽を述べるか積極的に秘匿する行動をとったと主張していた点については、原告の提案は被告会社に支払う報酬を含めた金額の提案であり、被告会社が取得する報酬額が確定しない状態では最終的な買収額が示されないことが明らかであると結論付けています。
よって、原告の請求はいずれも理由がないから棄却するとしています。