表明保証に関する裁判例 「顧客の重複リストは、財務状況に影響を与える違法か?」
〔事例〕東京地方裁判所判決|損害賠償請求事件 平成28年(ワ)第32117号 平成30年1月17日
表明保証に関する裁判例として、「東京地方裁判所判決|平成28年(ワ)第32117号 損害賠償請求事件」の主な判旨について解説します。
この裁判の最重要論点は、被告(売主)に、株式譲渡価額に影響を及ぼす程の顧客情報に関する虚偽表示の違法行為があったか否かです。
裁判所は、被告(売主)が顧客リストの重複の有無を把握しておらず、誤りがあったとしても、本件重複が会社の財務状況等にどの程度影響するかは明らかではなく、また、被告が開示した損益計算書上でも売上額が減少していることは読み取れ、本件会社の財務状況等の開示が正確にされたことを原告(買主)が自認している以上、それをもって被告の説明内容が違法であったとは認められないとして、原告の損害賠償請求を棄却しました。
M&A取引の概要
原告(買主):コンピューターシステムの企画・設計・開発・構築・販売及び保守などを目的として、平成26年7月17日に設立された株式会社で、Bが代表取締役。
被告(売主):株式会社Aが発行する株式全部を保有する100%株主であり、平成26年8月4日に辞任するまで、同社の取締役であった。
買収対象会社:株式会社A。平成24年8月2日、C社の利用者に対するコンサルタント業務などを行うために本件会社を設立した。それ以降、メールアドレスを登録したアパレル業者などに対し、C社において販売されるアパレル商品の種類や金額などの取引データを有料で閲覧させるサービス等を行っていた。
平成26年7月17日、原告が設立され、7月22日、原告と被告は、譲渡代金を2,000万円として、被告から原告が本件株式を譲り受けることを内容とする7月1日付け株式譲渡契約書を取り交わし、「本件株式譲渡契約」を締結した。
その内容として、①被告は、本件株式を同年9月30日までに原告に引き渡す旨、②上記2,000万円について、原告は、被告に対し、同年8月10日限り200万円を、同年9月から平成27年1月まで毎月末日限り30万円ずつを、同年2月から平成29年2月まで毎月末日限り66万円ずつを、それぞれ支払う旨定められていた。
平成26年10月2日、原告は、被告に対し、本件会社の有料会員数及び顧客リストの会員数の実数が被告の説明内容と異なるとして、以下のとおり苦情を述べた。
- 被告は、本件会社の顧客リストの会員数が1万2,472人と説明していたが、実際には、8,000人以下であり、4,000人程度が重複等しており、顧客リストの資産価値の水増しの分は約400万円から約600万円(4,000人×1人当たりの単価1,000円~1,500円程度)までに達している。
そこで、平成27年3月27日、原告は、被告との間で、「株式譲渡契約変更契約書」を、同年12月8日に債務弁済契約公正証書作成に係る「基本合意書」を、それぞれ取り交わし、同月25日、原告と被告は、「債務承認弁済契約公正証書」を作成した。
原告は、平成28年8月までに、本件株式譲渡の代金として合計1,395万円を被告に支払っている。
その後、原告は、被告から説明された顧客リストのうち有料会員数についても、虚偽の説明があったと主張して、以下のとおり、損害賠償金を請求した。
- 顧客リストのうち有料会員数は約300人程度と説明しており、その説明のとおりであるならば、有料会員の月単価4,980円×300人=150万円程度の月次売上を見込むことができた。しかし、実際には、平成26年1月から同年9月までの月次の会員収入は100万円を下回っており、そのうち同年7月から同年9月までは50万円を下回っていたと主張して、支払済みの代金相当額の損害を受けたと主張し、不法行為に基づき、その損害の一部である賠償金1,395万円を請求した。
請求の概要
本件は、平成28年10月4日、原告が、被告に対し、虚偽の説明をして「本件株式譲渡契約」を締結させ、支払済みの代金相当額の損害を受けたと主張し、不法行為に基づき、その損害の一部である賠償金1,395万円を求めた事案です。
結論の概要
裁判所は、被告(売主)が顧客リストの重複の有無を把握しておらず、誤りがあったとしても、本件重複が会社の財務状況等にどの程度影響するかは明らかではなく、また、被告が開示した損益計算書上でも売上額が減少していることは読み取れ、本件会社の財務状況等の開示が正確にされたことを原告(買主)が自認している以上、それをもって被告の説明内容が違法であったとは認められないとして、原告の損害賠償請求を棄却しました。
結論に至る論理の概要
争点①「被告が原告に対して、違法な虚偽の説明をしたかどうか」について
原告は、「被告の説明内容は実際と異なる虚偽のものであり、その違法性は明らかである。すなわち、これらの説明事項は、本件会社の会員数という本件会社の収益力を左右する情報であって、本件株式の取得の決定に当たっての重要事項であることは明白であり、この点に関して、正確な説明をすべき義務を被告は負っている。しかるに、原告は、被告から、本件株式譲渡契約の締結前に上記会員数の裏付資料の開示を提示されていない。このように、被告が裏付けの資料を提示しないまま、原告に対し、誤った情報提供を行っている以上、説明義務違反があったことは明白である。」と主張し争っていました。
裁判所は、以下のとおり判決しました。
有料会員数について
- 説明自体は、チャットワークでのやり取りである上、被告が、本件会社の月額の売上額は150万円であると説明したり、これを保証したりしたものではなく、正確な財務状況に関しては、本件会社の財務諸表の開示により行われるべきであって、上記説明に誤りがあったとしても、そのことから直ちに違法な虚偽説明があったと評価することはできない。
- 被告が開示した本件会社の損益状況をみても、平成26年1月に154万2,439円、同年2月に103万2,656円、同年3月に82万5,216円、同年4月に120万2,245円であるところ、同年3月の売上額については被告が少ない理由を説明していたにせよ、売上額が減少しており、150万円に達しない状況になったことは読み取ることができ、原告において、その理由や損益状況についての資料の開示や検討を受けて本件株式譲渡契約を締結するかどうかを決定できたはずであり、このことからしても、被告の説明内容が違法であったとは評価できない。
財務諸表の開示について
- 原告は、被告が開示した本件会社の財務諸表の正確性を承認し、これに基づく調査を信頼した上で本件株式譲渡契約を締結したことを同意している(原告自身が、「基本合意書」の7条の表明保証の箇所に自ら記入していることに鑑みても、その内容を承認していたことは明らかである)から、被告による虚偽説明があったとは認められない。
顧客リストについて
- 原告は、被告が提示した事業譲渡提案書に記載されている本件会社の顧客リストの会員数についても重複があったと主張し、確かに、原告が被告に対し、4,000人程度の重複があったと苦情を述べた際、被告も重複の有無を把握していないとは述べている。しかしながら、上記重複が本件会社の財務状況等にどの程度影響するかは明らかではなく、本件会社の財務状況等の開示が正確にされたことを原告が自認している以上、重複に関しての誤りがあったとしても、それをもって被告の説明内容が違法であったとは評価できない。
以上のとおり、「本件株式譲渡契約」を締結するに当たり、被告に違法行為があったとはいえず、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから棄却する判決を下しました。