表明保証に関する裁判例10 判決の判旨 「M&A遺族労働災害訴訟と損害」
〔事例7〕東京地方裁判所|平成24年(ワ)第10386号 補償金請求事件 平成25年11月19日 (安全配慮義務違反事件)
補償義務の対象となる損害の範囲について、補償条項の文言と因果関係の範囲が問題となったケース。
表明保証の対象は、買主の要求に基づき、売主が開示した資料等に記載された事実関係に限定されるか問題となった裁判例です。
売主が表明保証に違反した場合に、買主に生じた一切の損害を補償する旨の補償条項が規定されていた事案において、契約上明記されていなかった相当因果関係を肯定した上で損害額を認定しました。
表明保証条項の「労働紛争のおそれ」や「訴訟提起のおそれ」、「売主の知る限り」という文言の事実認定に関する裁判例です。
M&A取引の概要
原告:原告は、外食事業を中心としてフランチャイズ・チェーンシステムによる教育産業・外食産業等を事業目的とする会社であり、「X1グループ」の持株会社。完全子会社B社がある。
被告:投資事業組合財産の運用及び管理等を事業目的とする会社。
被告は,平成17年4月19日、旧A社から同社が所有する新A社の全株式を譲り受け、新A社をその完全子会社とした。
原告は,平成18年3月16日,新A社との間で,株式交換契約を締結し,同年6月1日の効力発生により,同社を完全子会社化した。
被告は,原告に対し,株式交換に際し,平成18年3月16日付けで,次の各事項の記載のある覚書(以下「本件覚書」という)を差し入れた。
1項 (中略)当社(注 被告のこと。以下同じ。)は,貴社(注 原告のこと。以下同じ。)に対し,実質的にはA(注 新A社のこと。)株式の売主たる地位にあることに鑑み,下記事項について保証表明いたします(以下,略)。
2項 当社は,前項の保証表明事項に違反した場合,貴社に生じた一切の損害(合理的な弁護士費用を含む。)を直ちに補償いたします。」
(中略)
7.当社又はAが貴社に対してデュー・ディリジェンスの際に提示した資料は,重要な事実において真実かつ正確である(但し,当該資料につき当社がデュー・ディリジェンスの際にその正確性につき留保した資料,事実及び貴社において正確ではないことを覚知している情報,事実,御社が正確でないことを知っている情報についてはこの限りではない。)
8.当社又はAが貴社に対して本件株式交換契約締結のときまでに開示(口頭であると,書面であると,その他開示方法の一切を問わない)した資料,情報,事実は,重要な事項について誤りがなく,また重要事項について誤解を生ぜしめたり,欠けているところがない(但し,当該資料につき当社がデュー・ディリジェンスの際にその正確性につき留保した資料,及び貴社において正確ではないことを覚知している情報,御社が正確でないことを知っている情報についてはこの限りではない。)
(中略)
11.当社の知る限り,Aの財務諸表又は計算書類は,全て日本で一般に公正妥当と認められる企業会計の基準を継続的に適用しこれに従って作成されたものであり,Aの財政状態,経営成績及びキャッシュフローの状況を正確かつ適正に表示したものであり,Aには,直近の事業年度に係る財務諸表又は計算書類に記載されているものを除き,保証債務,偶発債務,簿外債務,その他の隠れた負債・債務・コミットメント等は一切存在しない。
(中略)
15.当社の知る限り,Aにおいて,重大な労働災害,同盟罷業,怠業その他の労働紛争は存在せず,その発生の虞もない。
(中略)
17.当社の知る限り,Aを当事者とする係属中の訴訟又は行政手続であって,Aに重大な悪影響を及ぼすこととなるようなものは存在せず,且つ,かかる訴訟又は手続が提起されるおそれはない。」
原告の完全子会社である株式会社B’は、平成19年8月1日、A社を吸収合併し、商号を株式会社Bに変更しました。
原告は、平成21年3月12日、C株式会社が無限責任社員となっているC事業支援ファンド1号投資事業有限責任組合(「Cファンド」)に対して、原告が保有するB社の全株式を譲渡する契約を締結しました。
その際、原告は、B社について、その役員又は従業員との間で何らの訴訟又は紛争も生じていないことなどを内容とする表明保証を行い、これに反する事実によってCファンドが被る一切の損害(弁護士費用を含む)を原告において補償することを合意しました。
B社について、その役員又は従業員との間で何らの訴訟又は紛争も生じていないことなどを内容とする表明保証を行い、これに反する事実によってCファンドが被る一切の損害(弁護士費用を含む)を原告において補償する
表明保証違反の補償請求の経緯
平成21年3月27日、A社の前身であった旧A社の従業員が平成13年1月26日に自殺する事件が発生していたことで、遺族がB社に対し、本件自殺が旧A社における過重労働が原因であるとして、不法行為又は安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求訴訟を大阪地方裁判所に提起しました(「大阪訴訟」)。
本件大阪訴訟は、平成23年4月13日、B社が遺族に対し合計2,000万円の解決金を支払うことを内容とする訴訟上の和解により終了しました。
原告(一次買主)は、大阪訴訟における訴訟上の和解に関連して、Cファンド(最終買主)から補償金の請求を受け、平成23年5月31日に1,556万2,457円、同年6月30日に1,500万90円の合計3,056万2547円を支払いました。
平成23年9月30日、原告(一次買主)は、被告(当初売主)に対し、補償条項に基づき上記和解金及びCファンド(最終買主)に対し支払った訴訟費用等を請求し、同書面は平成23年10月1日被告に到達しました。
これに対して、被告は、原告は、株式交換に先立つデュー・ディリジェンスの際、会計監査しか行っておらず、労働紛争等のリスク覚知の観点から必要な情報等について開示要求を行っていないから、労働災害による損害賠償リスクに該当する自殺の事実関係は、本件覚書における表明保証の対象とはならない、また本件自殺の事実関係が重大な労働紛争等に該当することを知っていたわけでもないし,潜在的な訴訟リスクとして把握していたことはない、と主張していました。
請求の概要
被告は原告に対し、4,256万2,547円及びこれに対する平成23年10月2日(催告の翌日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(損害賠償額の内訳)
- 和解解決金:2,000万円
- 弁護士費用等諸費用訴訟費用:1,056万2547円
- 弁護士費用:1,200万円
結論の概要
株式交換当時、被告の子会社であるA社には、「労働紛争のおそれ」や「訴訟提起のおそれ」があったと認定し、従業員の自殺に関する不告知は表明保証違反に該当するとして、原告の損害賠償(Aの従業員の自殺に起因する訴訟の和解に係る補償金を原告が支払った損害)請求が認容されました。
1 被告は、原告に対し、3,356万2,547円を支払え。
(損害賠償額の内訳)
- 和解解決金:2,000万円
- 訴訟費用弁護士費用等諸費用:1,056万2547円
- 弁護士費用:300万円
2 原告のその余の請求を棄却する。
結論に至る論理の概要
争点①本件自殺の不告知の表明保証違反該当性について
判示:本件覚書においては、労働紛争や訴訟リスク等の法務リスクについても表明保証の対象としていました。
論点①本件自殺の事実関係が,表明保証の対象ないし範囲に含まれるか
この点,被告は,表明保証の対象となる重要事項等については,前提として,原告がデュー・ディリジェンスにおいて開示を要求し,被告が,これに応じて,原告に対し,開示した資料等に記載された事実関係に限定されると主張する。
しかしながら,覚書の文言には,デュー・ディリジェンスの際に開示した際に資料に限定される文言はなく,他方で,原告は,デュー・ディリジェンスはほぼ会計監査に限って行っているものの,覚書おいては,労働紛争や訴訟リスク等の法務リスクについても表明保証の対象としている。
そうすると,表明保証の対象ないし範囲が,原告がデュー・ディリジェンスにおいて開示を要求した範囲に限定されるとの解釈をすることは相当でなく,被告の上記主張を採用することはできない。
論点②本件自殺の事実関係が,表明保証の対象となる重要事項等に該当するか
「本件自殺は、旧A社の過重労働が原因と疑われ、株式交換当時、遺族が労災申請等や証拠保全手続きをし、訴訟提起のおそれがあったことについて、A社の経営に深く関与していた被告が知らなかったとは言えず、本件自殺の事実の不告知は覚書の表明保証違反に該当するといえ、補償を求める原告の主張には理由がある」と認定しました。
表明保証条項の「労働紛争のおそれ」や「訴訟提起のおそれ」という文言の事実認定において、遺族の対応状況や当時の裁判例の動向から、遺族による労働紛争や訴訟提起の可能性があると判断されたものです。
また、表明保証条項の「売主が知る限り~ない」という文言の事実認定も、被告が役員兼任等経営関与を示す事情がある場合には、「知っていた(悪意)」と認定されるものと思われます。
争点②補償金の額について
判示:Cファンドとの和解解決金・Cファンドの弁護士費用等諸費用については相当である都市、他方、原告の弁護士費用については300万円が相当であるとしました。
大阪訴訟では,B社に対する約1億円の給付を求める訴訟であり,約2年間の裁判手続において,裁判所の勧告により2000万円の訴訟上の和解により終結したことが認められる。そして,被告は,新A社を吸収合併したB社に法的責任のないことを理由に協力に消極的であったことを考慮すると,原告が,Cファンドとの株式譲渡契約との関係で自らの利益を確保するためにCファンドに対する支払を被告と協議することなくすみやかに行ったことを十分に考慮しても,上記2000万円の支払については,合理的なものということができ,かつ,被告の表明保証違反との相当因果関係も肯定できる。
また,原告のCファンドに対し支払った弁護士費用等諸費用1056万2547円についても,阪訴訟の請求額が1億0047万4000円であったことに対し,2000万円の訴訟上の和解で終結したこと,訴訟期間が2年間にわたり裁判期日も14回に及んだこと,大阪訴訟の事案の性質,難易等を総合考慮すると,弁護士費用等諸費用1056万2547円の支払についてもこれを相当と認めることができる。
また,覚書によれば,被告は,原告に対し,覚書による表明保証違反をした場合,弁護士費用として合理的な額について補償することを約しているところ,事案の性質,審理の経過,認容額に鑑みると,被告が原告に対し,同条項に基づき,補償すべき弁護士費用は,300万円が相当である。