利益予測の未達・不良在庫・設備不備の表明保証違反―東京地裁平成24年1月27日判決

買収前の提案書に書かれた利益予測が実現しなかった場合と、買収した会社に商品価値のない在庫や工場の法令違反があった場合では、表明保証違反の判断はどう違うのでしょうか。東京地方裁判所平成24年1月27日判決は、利益・事業継続に関する違反を認めなかった一方、不良在庫と設備不備について補償を認め、売主に1,653万4,064円の支払を命じました。既に代金を4,000万円減額していたことも、今回の請求を妨げないとしています。

本記事が扱う場面と、扱わない場面

本記事は、平成24年1月27日判決の事案を通じ、利益予測、在庫、設備の保証内容と、減額合意の対象範囲を説明します。不良在庫の調査や価格調整との関係を一般的に整理した中核記事は、買収後に不良在庫が大量に判明した場合の表明保証と価格調整の整理です。

裁判例の基本情報と独自の当事者表記

裁判所・裁判日 東京地方裁判所民事第39部・平成24年1月27日
事件番号・事件名 平成19年(ワ)第13106号・損害賠償請求事件
請求額 1億8,938万9,389円及びこれに対する金員
認容額 1,653万4,064円及び平成19年6月10日から年5%の金員

本記事では、原告を「買主会社A」、被告個人を「売主B」、建具の製造会社を「対象会社C」、同時に買収されたリフォーム会社を「関連会社D」、仲介会社を「仲介会社E」、建具を発注する商社を「発注先F」と表記します。判例資料独自の会社略称は用いず、引用中もこの表記に統一しています。

事案の概要―2社の全株式を買収し、後に4,000万円減額

売主Bは、障子・襖の製造販売等を行う対象会社Cと、リフォーム工事等を行う関連会社Dの全株式を保有し、両社の代表取締役を務めていました。仲介会社Eへ売却を依頼した後、買主会社Aが紹介資料を見て買収に関心を持ちました。

提案書には、マンション向けの障子・襖を大量供給できること、発注の増加見込み、5,000戸の受注による差引利益6,250万円の試算などが記載されていました。買主は平成17年11月15日に基本合意を締結しました。判決の前提事実によると、この基本合意の締結前にはデューデリジェンスは行われていませんでした。

同年12月14日、対象会社Cの全2万株を2億6,700万円、関連会社Dの全200株を5,950万円で取得する契約を締結しました。当初の合計代金は3億2,650万円です。買主は最終回の代金支払前に減額を申し入れ、双方の合意で4,000万円を減らし、最終的な合計代金は2億8,650万円となりました。

その後、買主は、採算の合わない価格での受注、商品価値のない在庫、工場設備の法令違反があったとして、対象会社Cの株式譲渡契約に基づく補償を求めました。本判決の被告は売主Bであり、仲介会社Eの責任を判断した事件ではありません。

判決が示した契約条項の内容

原判決は、契約条項を「要旨」として掲載しています。以下は判決に掲載された契約要旨の引用であり、元の契約書の全文をそのまま転載したものではありません。当事者の呼称のみ本記事の独自表記へ変更しています。

第3条5項2号・4号―資産と設備の状態

対象会社Cは,本件株式譲渡契約の契約書別紙資産負債一覧表に記載されている負債を除き,一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に従って財務諸表に反映することが要求される性質の資産又は義務で,対象会社Cに悪影響を及ぼすものを負担していない(3条5項2号)。

対象会社Cの事業活動に必要な車両,設備,機械及び備品その他の資産は全て良好に整備され,かつ良好な稼働状況にある(3条5項4号)。

第3条6項2号・3号―利益計上と事業継続

対象会社Cにおいて,本件株式譲渡契約の締結日である平成17年12月14日以降の3決算期末まで継続的な利益計上が不可能となることが明らかな事由は存在しない(3条6項2号)。

対象会社Cの商品調達から販売までのビジネス・システムが,本件株式の買収後も機能し,事業継続を不可能にする事由は存在しない(3条6項3号)。

一定額の利益が必ず実現すると約束した条項と、「継続的な利益計上が不可能となることが明らかな事由」がないとする条項は同じではありません。本件では、この保証内容と提案書の予測との関係が問題になりました。

第5条1項―違反による損害と請求期間

売主Bが,前記(イ)において表明し保証した事項が,真実又は正確でなかったことが判明した場合,その他売主Bが本件株式譲渡契約に違反した場合は,同契約締結後5年以内に請求されたものに限り,売主Bは買主会社Aに対し,それによって買主会社Aが被る損害(弁護士費用を含む。)を補償する責任を負う(5条1項)。

引用中の「前記(イ)」は、原判決が表明保証の内容をまとめた部分への参照です。補償対象には弁護士費用も含まれていました。

利益予測―赤字取引があっても、保証違反とは認めなかった

提示した価格が低かったこと自体は認定された

対象会社Cは買収前、発注先Fへ、従来の価格や得意先向け価格より低いアルミ製襖の単価を提示していました。買主が見積もった原材料費と製造費の合計を下回り、実際に買収前の受注で実行予算段階から赤字になった案件もありました。

買主は、採算を度外視した受注価格を開示せず、利益が出るように説明したことが、利益計上と事業継続の表明保証に違反すると主張しました。将来の逸失利益等を含む大きな損害を求めています。

裁判所が重視したのは、黒字案件と生産体制の可能性

裁判所は、買収後の取引全体では少なくとも1,780万1,582円の損失があった一方、同じ単価表による受注と推認される案件でも粗利益が出ていたことを確認しました。黒字と赤字が混在する原因を、証拠から明確にすることはできませんでした。

また、買収後に製造・営業の責任者や複数の従業員が退職したこと、厳密な原価計算が十分に行われていなかったことも考慮しています。大量受注に合わせた仕入れや生産体制の見直し、原価管理によって利益を得られた可能性は否定できないとしました。

そのため、単価表の価格だけから「赤字を免れ得ず、継続的な利益計上が不可能となることが明らか」とは認めませんでした。さらに、提案書の将来の受注予測自体は、契約上の表明保証の内容になっていないとしています。

事業継続についても、買主は現に継続不能となったとは主張しておらず、提示価格が商品調達から販売までの仕組みを機能させなくする事由であるとの証拠が足りませんでした。利益の予測が外れたことだけを理由に、すべての表明保証違反を認めた判決ではありません。

不良在庫―劣化しなくても、販売・転用ができなければ価値がない

買収後の棚卸しでは、契約前から存在した襖材522万8,517円相当と障子材718万7,217円相当の動きがほとんどないことが分かりました。これらはサンプルや特注に対応するための加工済み材料で、再加工して販売する費用が仕入代金より高くなり、約半年売り込んでも販売先が見つかりませんでした。

裁判所は、在庫の動き、特殊加工、再加工費用、販売活動の結果を合わせ、商品価値のない不良在庫と認定しました。売主はアルミ製で劣化せず転用できると主張しましたが、劣化しないことと販売・転用できることは別であり、現実にも転用できていなかったとして退けました。

売主がこの状態を開示しなかったことは、悪影響を及ぼす資産がないこと、必要な資産が良好に整備され稼働していることの保証に違反するとしています。単に長く保管していたというだけで、すべての在庫を無価値と判断したわけではありません。

工場設備―買収後の指摘でも、契約時からの不備と認定

平成19年1月、消防署の立入検査で、自動火災報知設備、誘導灯、面積区画等の不備を指摘され、改修状況・計画の報告が求められました。指摘には消防法、火災予防条例、建築基準法に関する違反が含まれていました。

裁判所は、指摘の内容から工場設置当時からの不備と推認し、買収後に生じたと考えられる証拠はないとしました。その結果、契約締結時にも不備があったと認め、「事業活動に必要な資産は全て良好に整備されている」という第3条5項4号の保証に違反すると判断しました。

判断の根拠となったのは設備の状態についての条項です。原判決にない独立の「法令遵守条項」への違反と置き換えて説明することはできません。また、買収後に行政機関から指摘されたことだけで、当然に買収前の違反になるという判断でもありません。

4,000万円の代金減額で、後の補償請求も解決済みになったか

売主は、既に代金を4,000万円減額したのだから、表明保証責任を含めた問題はすべて解決したと主張しました。裁判所は、減額を求めた際の買主の評価書が何を対象としていたかを確認しています。

その書面に記載されていたのは、土地評価の低下、実体のない帳簿上の数字、退職年金の積立不足等でした。今回争われた受注価格、不良在庫、工場設備の不備を理由とする減額の記載はありませんでした。そのため、減額合意によって表明保証責任を含むすべての問題を解決したとまでは認めませんでした。

同じ損失について二重に補償を受けてよいという趣旨ではありません。先の減額で何が解決され、何が対象外だったかを具体的に判断したものです。減額や和解の場面では、対象とする問題と残す請求を文書で区別することが、この事案から得られる確認点です。

認められた損害は、在庫・改修費・弁護士費用の合計

項目 認容額 判断の理由
不良在庫 1,241万5,734円 価値のない在庫を考慮しない代金を支払った
設備の改修費等 261万8,330円 契約時に予定していなかった改修工事等の支出を要した
弁護士費用 150万円 契約条項、事案、認容額等から合理的な額を判断
合計 1,653万4,064円 このほか訴状送達翌日から年5%の金員

受注に関する逸失利益等は、表明保証違反が認められなかったため補償対象となりませんでした。弁護士費用も、買主が弁護士との間で合意した報酬をそのまま売主に負担させたものではありません。主文の年5%はこの事件に適用された利率です。

売上・利益予測と買収後の経営の関係を扱う別の事案は、株式買収後の業績悪化について売主・M&A仲介会社の責任を問えるか―東京地方裁判所平成29年3月10日判決で解説しています。本件と契約内容や請求相手が異なるため、同じ結論が当然に当てはまるものではありません。

利益予測と不良在庫についてのよくあるご質問

提案書の利益予測が外れたら、必ず表明保証違反になりますか。

本件では、受注予測自体は契約上の表明保証に含まれていないとされました。提案書の説明、契約で保証した事項、請求の根拠を分けて確認します。

材料が劣化していなければ、不良在庫ではありませんか。

本件では、物理的な劣化がなくても、転用や販売ができず商品価値がないと認定されました。特殊加工の有無、再加工の採算、在庫の動き、販売活動の実績が検討されています。

一度代金を減額しても、別の問題について補償請求できますか。

本件では、減額の対象に今回の不備が含まれていないため請求が妨げられませんでした。すべての請求を清算する合意がある場合や、同じ損失を既に価格へ反映した場合まで、同じ扱いになるわけではありません。

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出典

東京地方裁判所平成24年1月27日民事第39部判決、平成19年(ワ)第13106号、損害賠償請求事件。判例時報2156号71頁掲載。判決本文に基づき事実と判断を要約し、判決が掲載した契約条項の要旨を引用しています。

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