表明保証に関する裁判例10-I 判決の趣旨「判決の判旨M&Aアルコ事件!表明保証違反について知っていた場合にも損害の補償請求をすることができるのか?!」

〔事例1〕東京地方裁判所|平成18年1月17日| 平成16年(ワ)第8241号 損害賠償等請求事件(アルコ事件)

表明保証条項違反について、悪意・重過失の買主が売主にたいして補償請求できるかどうかについては考え方が分かれていますが、この問題についてのリーディングケースとなっているのが、アルコ事件といわれる消費者金融の表明保証責任を巡る裁判です。

プロ・サンドバッキング条項が明記されていなかったケース(表明保証条項違反について買主が知っていたとしても表明保証条項違反の責任追及を可能とする規定)で、「善意かつ無重過失」という要件を定立した裁判の先例です。

アルコ事件のケースでは、善意であったとしても過失の度合いが重過失(わずかな注意をすれば容易に結果を予見・回避できたにもかかわらず、漫然と看過したというような著しい注意欠如の状態を指します)であった時には表明保証条項違反の事実を知っていた又は当然知り得たのであるから売主に対する表明保証条項違反の損害の補償請求はできないと判示しました。

その上で、原告(買主)には、悪意も重過失もなかったと認定し、表明保証条項違反の損害の補償請求を認容しました。

表明保証条項違反の損害の補償請求は、一般的には、過失の有無に関わらず可能ですが、買主のDDが適切に行われていなかった等の重大な過失がある場合には、売主が責任を免れること(重過失免責)があると示唆したことで知られており、日本法のデフォルト・ルール(プロ・サンドバッキング条項(表明保証条項違反について買主が知っていたとしても表明保証条項違反の責任追及を可能とする規定)が契約上明記されていない場合のルール)は、アンチ・サンドバッキングルール(表明保証条項違反について買主が知っていた場合は表明保証条項違反の責任追及ができなくなるという原則)であるかのように判示しました。

しかし、当該判決は地裁判決であることもあり、今日に至っても判例法理はまだ固まっていないと考えられます(なお、悪意・重過失を抗弁として認めることについては批判も強いところ、当該裁判例を意識した当事者の主張や、これを受けた裁判所において重過失の有無判断を行っている事案は散見されます)。

M&A取引の概要

原告X:消費者金融株式会社

被告Y1:消費者金融株式会社アルコの代表取締役であった、陽光株式会社の代表者

被告Y2:陽光株式会社は不動産の売買・賃貸等を目的とする会社、代表者A

被告Y3:観光事業・ホテル・旅館等を目的とする栄豊株式会社

平成15年12月18日、原告(買主)と被告ら(売主)は株式譲渡契約を締結し、原告は被告らが保有していた消費者金融会社アルコの全株式を買収しましたが、被告らはアルコの株式を高値で売却するために、架空の利益を計上する和解債権処理を行っていたことが発覚しました。

問題の和解債権処理方法

アルコ社は、決算期(平成14年4月1日~平成15年3月31日)において、赤字決算を回避し架空の利益を計上して株式を高値で売却するため、平成14年11月より期末まで、和解債権返済金を元本優先から利息優先とする充当方法に切り替え、元本について貸倒引当金の計上をしない違法な処理を繰り返していました。

そして、この和解債権処理については、平成15年3月期の決算書(財務諸表)にも注記していませんでした。

消費者金融会社においては、利息は、収益として勘定されます。和解債権は通常利息を回収しませんが、アルコ社は、利息が発生していないにもかかわらず、返済金を利息として処理し、収益計上していました。

本来債権が回収されたら、元金返済として処理されますが、この処理が行われず、利息収益が計上されていたのです。

買主Xはアルコ社の企業買収(M&A)を検討するにあたり、監査法人に委任して2度にわたりDD(買収監査)を実施し、平成15年12月18日、売主らに対して保有していたアルコ社の全株式を、平成15年10月31日時点の貸借対照表に基づく財務状況によって算出された1株当たりの価額で買い受けるとの株式譲渡契約を締結しました。

しかし、アルコ社の株式取得後、アルコ社の財務諸表(前年度決算報告)から不法な会計処理が行われていたことが発覚しました。

請求の概要

そこで、買主は、売主らに、表明保証条項違反であると主張して補償条項に基づき、不当に資産計上されていた利息充当額等の損害賠償を請求したことに対し、売主らは、買主には本件この和解債権処理に関して悪意又は重大な過失があったことを抗弁として、表明保証条項違反の責任を負わないと主張しました。

損害賠償額の内訳は、以下のとおりです。

  • 株式譲渡価格のうち不正に水増しされた差額:2億7,538万5,023円
  • システム修正費用:168万円
  • 監査法人による意見書・陳述書・証言の訴訟追行費用:122万8,500円
  • 弁護士費用:2,700万円

結論の概要

裁判所は、売主がこの和解債権処理をしたことと、それを「故意に秘匿」したことを重視しており、表明保証条項違反すると判断し、売主の責任を認めました。

その上で、原告に悪意・重過失があったとは認められないとして、原告の請求を認容しました。

「結論に至る論理の概要」

本件の最大の争点は、買主が対象会社の和解債権処理を知っていたか否かですが、これは専ら事実認定に係るものです。

裁判所は、次のように判示しました。

「原告が、株式譲渡契約締結時において、僅かの注意を払いさえすれば、この和解債権処理を発見し、被告らが表明保証を行った事項に関して違反していることを知り得たにもかかわらず、漫然これに気づかないままに株式譲渡契約を締結した場合、すなわち、原告が被告らが表明保証条項違反を行った事項に関して違反していることについて善意であることが原告の重大な過失(善意重過失)に基づくと認められる場合には、公平の見地に照らし、悪意の場合と同視し、被告らは表明保証責任を免れる余地があるというべきである。」

(中略)原告が、わずかの注意を払いさえすれば、この和解債権処理を発見し、被告らが表明保証を行った事項に関して違反していることを知り得たということはできないことは明らかであり、原告が被告らが表明保証を行った事項に関して違反していることについて善意であることが原告の重大な過失(善意重過失)に基づくと認めることはできない。

 (中略)原告が、株式譲渡契約締結時において、表明保証を行った事項に関して違反があることについて悪意であったということはできない。

つまり重大な過失に該当するのは、DDが不十分である場合や、表明保証条項に疑義があったが放置して契約を締結したことなどです。

この判例により、売主が表明保証違反した場合であっても、買主に重過失がある場合には、売主は免責(重過失免責)されることが示されたといえます。

争点①:この和解債権処理及びこれに関する資料を開示していないことが、表明保証に違反しているか否か

判示:裁判所は、この和解債権処理には法令違反があり、それが開示されなかったことは、以下の表明保証条項違反していると認定しました。

8条 表明保証

被告らは、原告に対し、次の事項を表明、保証する。

(中略)

(7項)
A(アルコ社)の財務諸表が完全かつ正確であり、一般に承認された会計原則に従って作成されたこと

(8項)
Aの平成15年10月31日の財務内容が上記貸借対照表のとおりであり、簿外債務等の存在しないこと

(9項)
すべての貸出債権について,

(d)平成15年10月31日における各貸出債権の融資残高は、その日の貸出債権に関する記録に正確に反映されている。

(f)Aの帳簿、記録、取引記録又はその他の記録はいずれも、すべての重要な点において完全かつ正確であり貸出債権の状況を正確に反映している。また、取引記録及びその他の勘定記録に記載されるものを除き、いずれの貸出債権も修正されることはない。

(12項)
Aの役員及び従業員においては、Aの業務遂行及び資産保有について、法令、行政通達、定款等により必要とされる手続はすべて完了しており、またそれらの重大な違反は何ら存在しないこと

(20項)
本契約に至る前提として行われた、原告によるAの財務内容、業務内容その他Aの経営・財務に関する事前監査(会計・法務に関する監査を含むがこれに限られない)において、通常の株式譲渡契約において信義則上開示されるべき資料及び情報が漏れなく提示、開示されたこと及びそれらの資料及び情報は真実かつ正確なものであること。

 9条 担保責任

 被告らは、前条により規定された表明保証を行った事項に関し、万一違反したこと又は被告らが本契約に定めるその他義務若しくは法令若しくは行政規則に違反したことに起因又は関連して原告が現実に被った損害、損失を補償するものとし、合理的な範囲内の原告の費用(弁護士費用を含む。)を負担する。

  • 企業会計原則第1(真実性の原則)違反

企業会計の一般原則の一つで、企業の財務状況(財政状態及び経営成績に関して、真実な報告を求めています

この和解債権処理は,元金の入金があったのに利息の入金として計上する点でこの規定に違反している。

  • 実務指針120項の規定違反

金融商品会計において、和解債権等の未収利息を不計上とする債権について、入金があった場合、契約に基づく利息の支払が明確であるもの以外をの部分は元本の入金として処理することを定めています。

  • 企業会計原則第3の5C(資本取引・損益取引区分の原則)違反

債権の貸借対照表価額は、債権金額から正常な貸倒見積額を控除した金額とすることを定めている。

この和解債権処理は、未収利息も回収しない債権について利息が発生していないにもかかわらず利息を計上し、法的に請求できる限度を超えた額を貸借対照表に計上するというもので、あるから、これらの規定に違反している。

  • 実務指針123項の規定違反

債権が回収不能と判断された場合には、貸倒引当金を取り崩し、当期貸倒損失額と相殺しなければならないと定めています。

この和解債権処理によって利息の弁済に充当した入金額は、本来元本の弁済に充当すべきところこれをしなかったために回収不能の元本額となるのであるから、少なくとも利息充当額と同額の貸倒引当金を計上する必要があるが、これを計上しなかったのであるから、この規定にも違反している。

したがって、この和解債権処理を前提として作成されたアルコ社の財務諸表は、一般に承認された会計原則に違反しているものというべきであり、株式譲渡契約8条7項に違反している。

平成15年10月31日の実際の財務内容は、貸借対照表の記載とは異なるのであるから、株式譲渡契約8条8項に違反している。

アルコ社の同日における和解債権の残高は、実際よりも高額に記録されていたものであり、株式譲渡契約8条9項(d)及び同(f)に違反している。

またアルコ社は、業務遂行について必要な手続をすべて完了していなかったものというべきであり、株式譲渡契約8条12項に違反している。

したがって、売主らは、以上の点で表明保証に違反しているというべきである。

争点②:買主が、株式譲渡契約を締結した際にこの和解債権処理について悪意であったか否か

判示:売主らは、買主に対し、株式譲渡契約締結前に、この和解債権処理を開示していないのであるから(生データ等の交付をもってこの和解債権処理を開示したということはできない)、株式譲渡契約8条20項に違反しているというべきであり、原告が、株式譲渡契約締結時において、表明保証を行った事項に関して違反があることについて悪意であったということはできない。

アルコ社は、監査法人トーマツに相談しており、貸倒引当金の計上・計算式に関する指摘を受けていたにもかかわらず、この指摘を無視し、トーマツとの委任契約を解消しました。

新たに委任した監査法人ビーエー東京には、この和解債権処理について説明をせず秘匿していました。

アルコ社が一連の行動をとったのは、赤字決算を回避し株式を高値で売却するため、不法な利益を計上したこの和解債権処理を決算期まで維持するためです。株式の買収価格は、簿価純資産額に基づいて決まるため、買収価格が高まる効果が生じました。

原告は、この和解債権処理について原告に告げられていれば、買収価格の減額などの対応をとったはずですが、このような事実が見受けられないことが、被告らが秘匿していたことを裏付けています。

争点③:原告が株式譲渡契約を締結した際にこの和解債権処理を知らなかったことについて重大な過失が存在した場合に、被告らの表明保証責任は免責されるか否か

判示:原告が、わずかの注意を払いさえすれば、この和解債権処理を発見し、被告らが表明保証違反を知り得たと言うことはできないことは明らかであり、原告が被告らが表明保証違反について善意であることが原告の重大な過失(善意重過失)に基づくと認めることはできない。

対象会社のDDについては、買主の義務ではなく権利であるが、DDは期間や調査できる範囲にも限りがあるものであり、2度のDDを行うにあたって、監査法人により財務諸表が適切に作成されている前提で臨んだことが非難されるべきでないと説示しています。

争点④:この和解債権処理により原告に損害が発生したか否か及びその額はいくらか

判示:裁判所は、被告らは、原告に対し、連帯して損害金合計3億529万3,523円及びこれに対する平成16年4月22日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金を支払うよう命じ、原告の請求が認容されました。

(損害賠償額の内訳)

  • 株式譲渡価格のうち不正に水増しされた差額:2億7,538万5,023円
  • システム修正費用:168万円
  • 監査法人による意見書・陳述書・証言の訴訟追行費用:122万8,500円
  • 弁護士費用:2,700万円