開示されなかった店舗の損失を売主に請求できるか―東京地裁平成19年7月26日判決

株式の買収後、店舗の保証金が返還されず、賃貸借の終了なども判明した場合、売主へどこまで補償を求められるのでしょうか。東京地方裁判所平成19年7月26日判決は、代金500万円で買収した会社をめぐる約3億2,009万円の請求のうち、説明されなかった中途解約違約金と弁護士費用の合計2,135万5,000円を認めました。判断の鍵は、損失の大小だけでなく、何が保証され、どの情報が開示されていたかにあります。

本記事が扱う場面と、扱わない場面

本記事は、平成19年7月26日判決の具体的な契約解釈と、店舗ごとに異なる補償請求の結論を解説します。買収後の賃貸借問題全般を整理した中核記事は、買収後に対象会社の不動産や賃貸借契約の問題が判明した場合の対応です。

裁判例の基本情報と当事者の表記

裁判所・裁判日 東京地方裁判所・平成19年7月26日
事件番号・事件名 平成18年(ワ)第4129号・損害補償請求事件
請求額 3億2,009万4,695円及びこれに対する金員
認容額 2,135万5,000円及び平成16年3月18日から年6%の金員

本記事では、原告を「買主会社A」、被告3名を「売主会社B」「売主会社C」「代表者D」、買収対象を「対象会社E」と独自に表記します。対象会社Eは被告ではありません。店舗は「第1店舗」から「第6店舗」、取引先は「取引先F」とし、引用中も同じ表記に置き換えます。

事案の概要―経営再建を目的とする全株式の買収

対象会社Eは飲食店等を経営していましたが、別会社を吸収合併した後の再建が進まず、赤字が続いていました。売主側は、外食や給食事業の経験を持つ買主会社Aへ事業の再建を委ねるため、株式譲渡の交渉を行いました。

平成16年3月18日の基本契約では、減資と第三者割当増資によって債務を整理し、対象会社Eを売主会社Bの完全子会社にしたうえで、その全株式をAへ500万円で譲渡する方法が定められました。同月30日には、基本契約に基づく1,376万株の譲渡契約が締結されています。契約に「事業譲渡処理」という言葉があっても、買収の方法は全株式の譲渡です。

ところが、買主は、保証金から予想外の費用が控除された、営業保証金に質権が付いていた、店舗の賃貸借が更新できなかったなどと主張しました。平成18年2月に対象会社Eを吸収合併した買主は、基本契約の補償条項に基づき、売主側3名へ支払を求めました。

表明保証と補償について、契約は何を定めていたか

以下は判決本文に掲載された条項の引用です。当事者名を本記事の表記へ変更し、引用しない部分は明示しています。判決が掲載していない契約文言は補っていません。

第11条―財務諸表、資産、開示情報の正確性

売主側は買主会社Aに対し,本件基本契約締結日現在から本件譲渡までの期間中,以下の事実が真実かつ正確であることを表明し,保証する

第11条⑤は、財務諸表を特定したうえで、次のように定めていました。引用冒頭の省略箇所は、対象となる貸借対照表等を列挙した部分です。

〔前略〕の内容が重要な点において正確であり,当該日現在の対象会社Eの財産状況及び対応する会計期間の対象会社Eの営業成績を公正かつ正確に示すものであること。

第11条⑥は、財務諸表の日付け以降の重大な不利益について定めていました。

本件財務諸表の日付け以降,対象会社Eの事業の通常の過程で発生したか否かを問わず,対象会社Eの財務内容,資産状況,事業及び今後の業績に重大な不利益あるいは悪影響を及ぼす事実が発生しておらず,または,発生することが合理的に予想されないこと。

資産に関する第11条⑦には、既に通知した質権を保証の対象から除く文言がありました。この例外が、第2店舗についての判断に関係します。

対象会社Eはその事業の遂行のために使用し,かつ,その事業を遂行するために必要な有形又は無形の資産につき,有効かつ対抗要件を備えた所有権,賃借権又は使用権を有しており,すでに買主会社Aに対して書面にて通知済みの建物賃貸借契約に伴う保証金への質権設定を除き,かかる資産につき質権,譲渡担保,その他一切の担保権が存在しないこと。

提供情報についての第11条⑯は、記載内容の正確さと、重要事項の記載漏れを定めていました。

売主側若しくは対象会社Eから買主会社A又はその会計士等に対し開示提供された情報,文書,資料等は,すべて真実かつ正確な情報を記載しており,重要な事項について記載が欠けていないこと。

第12条―補償する損害と請求期間

買主会社A及び売主側は,第10条及び第11条の事実の表明及び保証が真正又は正確でなかったことに起因して生じる相手方の損害を補償する。かかる損害には,相手方が損害を回復するために必要とした弁護士費用その他の費用で合理的に必要なものを含む。

補償請求は,譲渡日の1年後の応答日までになされなければならない。

補償条項は、違反に起因して生じる損害と合理的に必要な弁護士費用を対象としていました。株式譲渡代金を補償上限とする文言は、ここにはありません。

裁判所が示した情報開示と重要性の考え方

裁判所は、企業価値や将来性の判断のため、売主側から十分かつ正確な情報を開示する必要があるとしました。その一方で、すべての事項を誤りなく開示することの困難さにも言及し、本件の第11条を、買収するかどうかや代金額の決定に影響する事項について、重大な相違や誤りがないことを保証した規定と解しました。

その根拠として、⑤の「重要な点」、⑥の「重大な不利益」、⑯の「重要な事項」という文言を挙げています。これは本件の条項構成を踏まえた解釈です。表明保証違反では常に、契約に書かれていない重大性の要件が加わると一般化することはできません。

また、以下の請求がすべて「損害が軽微だから」退けられたわけではありません。保証の対象、既に交付された資料、売主の認識の立証、買主の経営判断など、個別に理由が異なります。

第1店舗―説明されなかった違約金について補償を認めた

原状回復費用1,900万円は確定額の保証だったか

第1店舗では5,000万円の賃貸借保証金が差し入れられていました。交渉中に渡された店舗別閉店費用資料には原状回復費用1,200万円、基本契約第5条には閉鎖損として1,900万円の記載がありました。買主は、保証金から1,900万円を控除した3,100万円が戻るはずだったと主張しました。

裁判所は、店舗別資料が概算的な内部資料であったこと、契約の費用額も将来費用を例示した概括的な記載であったことなどを検討しました。その結果、原状回復費用が1,900万円を超えないことまで保証したとは断定できないとしました。実際の原状回復費等が約3,055万5,000円になったことだけで、直ちに説明義務違反とはしていません。

概算費用の増加と、別の費目を説明しなかったことの違い

一方、保証金からは、中途解約の違約金約1,945万5,000円も控除され、全額が償却されました。第1店舗の賃貸人は売主側の会社Cです。閉鎖が予定されていた以上、違約金を請求するかどうかを契約前に検討できたはずだと裁判所は判断しました。

売主側は閉鎖損について原状回復費用だけを説明し、違約金には言及していませんでした。裁判所は、閉鎖費用を説明している本件では、ほかに控除する費目があればそれも説明すべきだったとして、違約金相当額について説明義務違反を認めました。

この区別は重要です。概算を上回る支出をすべて補償させた判決でも、中途解約の違約金を常に売主が説明しなければならないとした判決でもありません。

その他の店舗等―補償を認めなかった具体的な理由

第2店舗の質権は、契約の例外条項と事前交付資料から判断

買主は、営業保証金に設定された質権を解除するために支払った235万7,347円を請求しました。しかし、第11条⑦には「書面にて通知済み」の質権を除く規定があり、草案でも強調されていました。

裁判所は、質権が記載された再生計画案は契約前に交付されていたと認定しました。決算報告書に担保資産がないとの記載があっても、ほかの開示資料や契約を合わせて検討すれば質権を把握できたことから、通知を受けていないという買主の主張を退けました。

第3店舗の賃貸借終了と、保証金額の相違

第3店舗について、買主は賃貸借の終了により10年分の利益相当額2億2,434万5,000円を失ったと主張しました。しかし、事前に交付された賃貸借契約書には期間満了と更新なしの記載がありました。第11条⑦は有効な賃借権を保証するもので、すべての契約が更新可能であることまで保証していないとして、請求は認められませんでした。

同店舗の保証金については、一部資料の500万円という記載と実際の140万円との差額360万円も請求されました。裁判所は資料の誤り自体を認めつつ、賃貸借契約書に140万円と明記されていたこと、相違があれば調査や追加資料を求められたことから、本件の判断や条件決定に影響する重大な誤りとは認めませんでした。

取引先Fの売掛金は、金額と貸倒処理の状況を考慮

取引先Fの民事再生による77万7,348円の回収不能については、元の債権額が78万5,200円と比較的少額で、既に全額の貸倒償却処理が行われていたことが考慮されました。1%の配当はむしろ買主に有利だったとして、重大な事実に当たらないと判断しています。倒産の告知が常に不要という意味ではありません。

第4・第5店舗は、売主が知りながら伝えなかったという立証が不足

第4店舗の出店先の経営悪化と建設協力金の回収不能、第5店舗の都市計画による撤退について、買主は売主側が知っていたのに伝えなかったと主張しました。しかし、契約当時の認識を裏付ける証拠が足りず、請求は退けられました。

裁判所がここで検討したのは「知りながら伝えなかった」という具体的な主張です。この判断から、すべての表明保証違反に売主の故意・過失が必要であるという一般的な要件を導くことはできません。

第6店舗の保証金減少は、将来の閉店判断も踏まえた

第6店舗では、賃貸借契約を新たに締結した後に閉店したため、保証金の返還額が800万円から700万円へ減りました。裁判所は、閉店するか、いつ閉店するかは買主の判断であったこと、経営改善の可能性もあったこと、保証金の償却割合自体は変わっていないことを考慮しました。新契約を伝えなかったことを、本件買収の判断に影響する重大な事実とは認めませんでした。

損害額―株式譲渡代金500万円が当然の上限にはならなかった

裁判所は、第1店舗の中途解約違約金相当額1,945万5,000円に、合理的に必要な弁護士費用190万円を加え、2,135万5,000円の補償を認めました。売主側は補償額が株式譲渡代金500万円を限度とする趣旨の主張をしましたが、裁判所は次のように退けています。

売主側は,仮に売主側が損害補償義務を負うとしても,その額は,株式譲渡代金500万円を限度とするという趣旨の主張をしているが,そのような限定をすべき根拠はなく,失当である。

上限額が明記された別の契約でも上限を無視できるという意味ではありません。また、弁護士費用も請求額2,856万円の全額ではなく、事案と認容額等を考慮した190万円に限られました。主文の年6%はこの事件の判断であり、現在のすべての契約に適用される率を示したものではありません。

請求期間の争点については判断しなかった

契約書には請求期間を譲渡日の1年後の応答日までとする条項がありましたが、買主は2年の合意だったなどと争っていました。裁判所は、認容した第1店舗の閉鎖損について期間が経過していない点に争いがなく、ほかの請求は別の理由で退けられるため、この期間の争点を判断しませんでした。「本判決が1年の期間の有効性を確定した」と紹介することはできません。

本判決を契約の検討に生かす際の注意点

本判決からは、金額の見積りと確定額の保証、費用額の増加と別費目の説明漏れ、契約に設けた例外と個々の開示資料を区別する必要が分かります。店舗で損失が出たという結果だけでなく、保証された内容と、その違反による損害を対応させることが大切です。

第11条⑯は、記載内容の正確性と記載漏れの重要性を書き分けているのに、裁判所は条項全体から重要性を読み取っています。この点は契約の文言とリスク配分の関係を検討する論点です。ただし、判決の紹介では、裁判所の判断と、その解釈への評価を区別する必要があります。

買収監査による発見可能性と、会計処理の秘匿が問題となった別の事案は、買収監査で会計処理の問題を見抜けなかった買主は補償を求められるか―東京地裁平成18年1月17日判決で解説しています。

補償の範囲についてのよくあるご質問

資料に誤記があれば、必ず補償を受けられますか。

本件では、誤りのある資料だけでなく、ほかに開示された契約書や、買収判断への影響も検討されました。どの文言による保証か、どの情報が開示されていたかを個別に確認します。

買収価格より大きな損害は請求できませんか。

本判決は、価格500万円を当然の上限とする主張を退けました。ただし、補償上限を合意している場合は、その条項と適用範囲を別途検討する必要があります。

請求期限が過ぎていても、本判決を使えますか。

本判決は期間の争点について判断していません。認容された請求では期間未経過に争いがなかったため、この判決だけで期限後の請求が認められるとはいえません。

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出典

東京地方裁判所平成19年7月26日判決、平成18年(ワ)第4129号、損害補償請求事件。判例タイムズ1268号192頁掲載。判決本文に基づき事実と判断を要約し、契約条項及び判示を引用しています。

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