表明保証に関する裁判例「M&A取引の売主が会社が保有する著作権等に関する事実が真実かつ正確であることを表明保証したにもかかわらずそれに違反したとして補償金の支払いを求めた事案」

〔事例〕東京地方裁判所|令和3年6月18日|平成31年(ワ)第3100号 補償金請求事件(プロサンド事件)

M&A取引の概要

本件は、原告が、一人会社であるA株式会社の株主であった被告との間で、被告の保有する同社の株式の全部を譲り受ける旨の契約を締結したところ、被告が上記契約に定められた表明保証条項違反したことにより損害を受けたと主張して、被告に対し、補償金3億6284万1300円の一部である2億円並びに補償金2055万2137円の支払を求め事案です。

当該紛争事案の概要

まずは前提事実を整理します。

(1)A株式会社(以下、「本件会社」という)は、医療器械、医用電子機器の製造及び販売業等を営む株式会社です。本件会社は、平成30年4月6日まで、被告が本件会社の発行済み株式の全部を保有する一人会社で、被告がその代表取締役を務めていました。

(2)原告と被告は、平成30年3月29日に被告が原告に対し、本件会社の発行済み普通株式の全部を代金3億2000万円で譲渡し、当該譲渡の効力発生日を同年4月6日とする旨の契約(以下、「本件契約」という)を締結しました。

(3)本件契約には、本件会社が制作し販売する接骨院用レセプト発行システム「△△」(以下、「△△」という)及び鍼灸マッサージ管理システム「♢♢」(以下、「♢♢」という)について、本件会社が著作権を含む一切の権利を保有し、制限事項はないとの事実、本件会社がB証券に取得金額1505万2137円の投資有価証券を、C証券に取得金額 550万円の投資有価証券(以下、これらの投資有価証券を併せて「本件各有価証券」という)を保有している事実等が含まれていました。

(4)本件会社は、△△及び♢♢を制作し販売していましたが、パソコンに△△又は♢♢をインストールして使用するためには、当該パソコンにD株式会社(以下、「D」という)のクライアント運用パッケージ(以下、「ランタイム」という)をインストールする必要があり、△△と♢♢のいずれか又は両方をインストールするパソコン1台毎にランタイムのライセンス1件を購入しなければなりませんでした。

(5)本件各有価証券は、本件会社名義でなく、被告名義で保有されていました。

(6)被告は、本件契約に際し、△△について本件会社が著作権を含む一切の権利を保有し、制限事項はないとの事実が真実かつ正確であることを表明し保証していました。しかし、本件著作権侵害より、本件会社がDに対しライセンス料として3億6284万1300円の債務を負担することとなってしまったことなどが、表明保証違反するとして争われました。裁判所は、本件著作権侵害については、被告が、本件会社の代表取締役を務めながら、その対応を放置するなどして原告に知られないようにしていたことなどから、表明保証条項違反を認めました。

当該紛争事案の概要は以上のとおりです。以下、詳細に解説します。

問題の所在(法律や契約書のどういう条文に該当するか違反するかが問題になったのか)

原告の主張は以下の通りです。

  • 本件著作権侵害について

被告は本件契約において、以下の4つを表明保証していました。

  1. 本件会社が、△△及び♢♢について著作権を含む一切の権利を保有していること
  2. 本件会社が、本件契約締結日に行なっている事業を適法かつ適正に行うために必要な動産、不動産、債権、その他の資産を適法に使用する権利を有しており、必要な対抗要件を具備していること
  3. 本件会社が第三者の著作権、特許権、実用新案権、商標権、意匠権その他の知的財産権を侵害しておらず、その具体的なおそれもないこと
  4. 本件会社には偶発債務は存在しないこと

しかし、本件会社は本来必要とされるランタイムのライセンスを購入することなく顧客に△△と♢♢のいずれか又は両方を販売して使用させていました。したがって、被告は本件表明保証条項違反しているため、原告に対して本件契約の通り補償債務を負うと主張しています。

本件契約9条(抜粋)

第9条(売主の補償義務)

(1 略)

2 売主は、第5条第1項において売主が行った売主保証に違反し、又は、当該売主保証が、売主の責めに帰すべき事由によって重要な部分において真実でなかった又は正確でなかった(以下総称して「売主保証違反」という。)ことにより、買主に損害等が生じた場合には、第12条の規定に基づく本契約の解除の有無にかかわらず、買主から、違反等の事実と損害等の原因及び金額を明記した書面により、本クロージング日から2年以内に請求を受けた場合に限り、これらを補償する。この場合、クロージング後に生じた損害等であっても、その原因が売主保証違反に起因するときは、売主は本項に定める責任を負うことを本契約当事者相互に確認する。

本件契約には、原告が本件会社に対するデュー・ディリジェンスにおいて把握し又は知り得た事項があっても、本件契約における被告の表明保証の有効性及び当該表明保証の違反に関する補償等に影響を及ぼさない旨を規定しています。よって、本件契約の担当者であったF(以下、「F」という)が本件著作権侵害を認識していたとしても、被告の補償債務には影響しないとしています。

また、本件著作権侵害は、平成12年以降本件会社の従業員に知られるようになり、少なくとも年に2回は本件会社の営業会議(以下、「営業会議」という)で話題に挙がっていました。しかし、被告は本件著作権侵害について、特段の対応をしないばかりか、本件会社の従業員であるG(以下、「G」という)に対し「言ったらクビだ」と述べ、原告に漏洩しないように従業員に指示して隠蔽しました。

本件契約10条(抜粋)

第10条(デュー・ディリジェンス)

売主及び買主は、買主及び買主のグループ会社の行った対象会社に関するデュー・ディリジェンスは、売主保証の有効性、並びに、売主保証違反に関する補償その他の規定の効力に、何らの影響も与えないことを確認する。

  • 本件各有価証券について

被告は、本件契約において、本件会社が本件各有価証券を保有していることを表明し保証したにもかかわらず、本件各有価証券は、本件会社が保有するものではなく被告が保有するものでした。したがって、被告は表明保証条項違反したもので、原告に対して補償債務を負うと主張しています。

被告の主張は以下の通りです。

  • 本件著作権侵害について

原告は、本件会社が有していた業界シェア、販売網、既存顧客等の「のれん」 を獲得する目的で本件契約を締結したものであり、本件会社が権利を有する商材や資産については関心を有していなかったので、本件著作権侵害は、本件契約を締結するか否かなどの決定に影響を及ぼし得る事項についての重大な相違や誤りではなかったとしています。したがって、本件著作権侵害は、本件表明保証条項の対象には該当しないとしています。

また、原告が指摘する本件契約10条は、デュー・ディリジェンスが売主保証の有効性、売主保証違反に関する補償等に影響を与えないことを規定するだけで、被告の表明保証条項違反について原告が悪意であり又は原告に重過失がある場合について規定するものではない から、原告が被告の本件表明保証条項違反の事実を知っていた又は知り得た場合にも被告 が補償債務を負うことを定めたものではないと主張しています。

また、被告は平成29年2月ごろまでに、Fに対して本件著作権侵害が発覚し、本件会社のシステムに懸念事項がある旨を伝えていたと述べています。

  • 本件各有価証券について

本件各有価証券は、証券会社の規約により法人名義での信用取引ができなかったために、被告名義の口座で管理されていたが、これは本件契約を締結する前に、原告側の担当者に対しその旨を伝えていたので、被告は原告に対して補償債務を負わないと主張しています。

裁判所の認定内容

裁判所の認定内容は以下の通りです。

(1)本件会社は、遅くとも平成12年ごろまでには、△△を開発し販売を開始したが、ランライムのインストールを必要とする仕様であるにもかかわらず、そのライセンスを購入することなく、顧客に△△を販売して使用させており、本件会社内でも周知の事実でした。

(2)Gは、平成28年10月に開かれた本件会社の営業会議において、△△や♢♢の利用に本来必要とされるランタイムのライセンスを購入すべきである旨を提案しましたが、被告はGの提案を採用せず、本件著作権侵害について具体的な対応を指示しませんでした。

(3)原告と被告は平成30年3月29日に本件契約を締結しました。そして同年4月6日、原告が被告に対して本件契約の代金を送金し、本件会社が被告に対して退職金を送金し、被告が本件会社の取締役及び代表取締役を辞任し、Fが本件会社の取締役及び代表取締役に就任しました。

(4)Gは、平成30年4月26日、本件会社の他の従業員らから原告に本件著作権侵害を伝えることなどについて同意を得た上で、原告の従業員であるJに対し、本件著作権侵害を伝えました。これにより、原告は初めて本件著作権侵害を認識しました。

裁判所の判断

裁判所の判断は以下の通りです。

(1)本件会社が、△△及び♢♢について本来必要とされるランタイムのライセンスを購入せず、ランタイムが記録されたCD-ROMを複製した上、複製したCD-ROMを使って顧客のパソコンにランタイムをインストールすることで顧客に△△と♢♢のいずれか又は両方を販売して使用させていたことは、本件表明保証条項違反していたと言えます。

(2)本件著作権侵害については、被告が本件会社の代表取締役を務めながら、その対応を放置し、本件会社の従業員に対し口止めする旨の発言をし、原告及びFに対して本件会社の従業員への接触を避けるように求めるなどして、原告に知られないようにしていた一方で、原告は本件契約締結時点において、本件著作権侵害を認識しておらず、本件契約後にGから本件著作権侵害を知らされて初めてこれを認識しました。

(3)被告は、本件著作権侵害は本件契約を締結するか否かなどの決定に影響を及ぼし得る事項についての重大な相違や誤りではなく、本件表明保証条項の対象に該当しないから、被告は本件表明保証条項違反していない旨を主張しています。

しかし、本件著作権侵害は本件会社の商材によるDの著作権の侵害があったことを内容とするものであり、本件契約の代金が3億2000万円であるところ、本件著作権侵害について本件会社がDに対して和解金2億円を支払ったことに照らせば、本件著作権侵害が本件契約を締結するか否かの決定に影響を及ぼし得る事項について重大な相違や誤りではなかったということはできず、被告の主張は前提を欠くものであって採用できないとしています。

(4)また被告は、原告がデュー・ディリジェンスにより本件著作権侵害を認識できなかったことに重過失がある旨を主張しています。しかし、これについても(3)の内容を踏まえると、原告が本件著作権侵害を認識していなかったことについて重過失があるとは認めることはできず,上記の被告の主張は採用できないとしています。

(5)本件各有価証券について被告は、本件契約において本件表明保証条項を定め、本件会社が本件各有価証券を保有していることが真実かつ正確であることを表明し、保証していました。しかし、本件各有価証券は本件会社名義ではなく、被告名義で保有されているものであって、本件会社が保有するものではなかったと言えるから、被告は本件表明保証条項違反したといえます。

(6)被告は、原告が本件会社において本件各有価証券を保有していないことを認識していたことから被告は補償債務を負わない旨を主張していますが、原告及び被告は、本件会社が本件各有価証券を保有していないことについて、本件契約の代金に反映させずに、事後の補償によって調整するものとしていたことに照らすと、上記の原告の認識をもって、被告の補償債務を否定することは相当でなく、上記の被告の主張は採用することができないとしています。

以上のことから、原告の請求は理由があるからこれを容認するとしています。