表明保証に関する裁判例「M&Aの買主が買収した企業の貸借対照表に未計上負債があることが表明保証条項違反であるとして補償等の請求及び損害賠償請求をした事案」

〔事例〕東京地方裁判所判決|令和3年10月12日|令和2年(ワ)第3266号 補償金等請求事件

M&A取引の概要

本件は、被告から株式会社Aの全株式の譲渡を受けた原告が、その譲渡契約締結前に提示された同社の平成31年3月末日現在の貸借対照表に627万1388円の未計上負債があり、これが同契約上の表明保証条項違反に当たるなどと主張して、主位的に、同契約上の表明保証条項違反を理由とする補償条項に基づく補償等の請求として、予備的に、同契約上の表明保証条項違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求として、株式譲渡代金額から本来の株式価値を差し引いた金額に相当する627万1388円及びこれに対するそれぞれ支払済みまで⺠法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案です。

当該紛争事案の概要

本件の前提事実を整理します。

(1)原告は、在日中国人向け起業支援及び飲食店経営等を目的とする株式会社です。株式会社A(以下、「A」という)は、ラーメン店の運営等を目的とする株式会社であり、被告は、令和2年2月29日に辞任するまでその代表取締役であった者です。

(2)原告と被告は、令和元年5月17日、原告が被告からA社の発行済普通株式3000株を総額6540万円で譲り受けることを内容とする株式譲渡契約を締結しました(以下、「本件譲渡契約」、「本件譲渡契約書」という)。本件譲渡契約書には、以下の条項があります。

なお、甲は被告、乙は原告です。

第3条(クロージング)

1 本件株式譲渡の実行(以下「本クロージング」という)は、本契約の定めに従い、令和元年5月27日(以下「本クロージング日」という)に、本契約当事者間で別途合意する時 間及び場所で行われる。

第5条(甲の表明・保証)

甲は、乙に対し、本契約締結日及び本クロージング日において(ただし、時点を明記しているものについては当該時点において)、別紙1に記載される事項が真実且つ正確であることを表明し、保証する。

第13条(補償等)

1 甲及び乙は、本契約中で行った表明及び保証が真実かつ正確でなかったこと、又は本契 約に規定された義務のいずれかに違反したことによって相手方当事者に損害、損失、費用等 (以下「損害等」という)が生じた場合は、相手方当事者に対して、当該損害等を賠償、補填又は補償(以下「補償等」)する。

2 甲及び乙は、相手方当事者から、違反の事実と損害等の原因及び金額を明記した書面に より、本クロージング日から1年内に請求を受けた場合に限り、当該相手方当事者に対し、 相当因果関係の範囲内にある損害等につき補償等の責任を負う。

第16条(救済手段の限定)
甲及び乙が本契約に基づく義務に違反した場合又は当該当事者が本契約中に行った表明 及び保証が真実かつ正確ではなかった場合、相手方当事者が有する権利は、第12条に規定する解除及び第13条に規定する補償等の請求に限られる。これらの権利を除き、本契約に 関連して他の当事者に対して損害賠償、補償等の請求、又は本契約の解除その他の権利を行使することはできない。

別紙2 対象会社に関する表明及び保証
⑥(財務諸表等)対象会社に関する表明及び保証

対象会社の平成31年3月末日現在の貸借対照表及び損益計算書、平成30年11月31(原文ママ)日を末日とする事業年度に係る損益計算書(以下総称して「本財務諸表」という)は、日本において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に従って作成されており、その対象とする日又は期間における対象会社の財務状態及び経営成績を正確かつ適正に表示している。対象会社は本財務諸表に表示されている債務及び平成31年4月1日以降通常の業務の範囲内において生じた債務以外には、いかなる債務も負担していない。平成31年4月1日以降、対象会社は、その遂行する事業を従前遂行してきたところに従って通常の業務遂行の過程の範囲内で継続して行っており、対象会社の財務状態又は経営成績に重大な悪影響を及ぼす事象は発生しておらず、またそのおそれもない。

ここでいう「本クロージング日」は令和元年5月27日です。

(3)原告は、被告に対し、「違反の事実と損害等の原因及び金額を明記した書面」を送付しないまま、本クロージング日から1年間が経過しました。

原告のコンサルティング事業部所属の従業員は、令和2年4月27日、株式会社B(以下、「B社」という)の代表者に対し、「未計上費用について」と題する電子メール(以下。「本件4月メール」という)を送信しました。

(4)原告は、被告に対し、令和2年8月25日、同日付け「ご連絡(1)」と題する書面(以下、「本件通知書」という)をもって、本件譲渡契約書5条及び本件表明保証条項違反という債務不履行に基づき、未計上負債に伴って生じた評価差額として1009万3790円の支払いを求めました。

被告は、本件通知書に先立つ令和2年7月28日ごろ、同日付け内容証明郵便(以下、「被告7月通知書」という)をもって、原告に対し、被告が本件譲渡契約書13条に基づく保証等の責任を負う余地は一切ない旨を通知しました。

(5)被告が、本件譲渡契約において、貸借対照表に計上又は注記されている債務等以外にはいかなる債務も負担していないと表明し保証していたにもかかわらず、未計上負債が存在したことが表明保証条項違反であるとして争われた事件です。本件譲渡契約書内には被告が原告に対し補償責任を負う期間として、本クロージング日から1年以内とされていましたが、原告は1年以上経過してから補償するよう請求を行ったため、裁判所は、訴えに理由がなく表明保証を認めないと結論付けました。

当該紛争事案の概要は以上のとおりです。以下、詳細に解説します。

問題の所在

(法律や契約書のどういう条文に該当するか違反するかが問題になったのか)

今回の裁判の争点は以下の3つとなります。

  • 本件譲渡契約書13条2項による除斥期間経過の有無(争点1)
  • 本件表明保証条項の違反の有無(争点2)
  • 本件譲渡契約書16条による被告の免責の有無(争点3)

それぞれ解説します。

争点①原告の主張

原告は、被告に対し、本件譲渡契約書13条2項の「違反の事実と損害等の原因及び金額を明記した書面」を送付しないまま、本クロージング日である令和元年5月27日から1年以上が経過しました。しかし、被告は、この期間中に原告が条件違反の懸念を抱いていることを知っており、令和2年5月15日ころまでにB社を通じて回答を求められても、回答を留保し、時間が必要だと述べる態度をとりました。その結果同月27日を経過させました。この行動は、被告が除斥期間の経過を主張することは信義則に反するものであり、許容できません。

したがって、原告がB社に送信した2023年4月のメールをもって、未計上の負債が存在することを指摘し、被告に対して1000万円の支払いを請求したことは、本件譲渡契約書13条2項 の「書面」による「請求」と評価されるべきであると主張しています。

また、売主である被告に本件譲渡契約書13条2項又は16条による保護を受けるに値しない特段の事情が認められる場合には,同契約書13条2項又は16条による制限は緩和されるべきとしています。

争点①被告の主張

原告は,被告に対し,本クロージング日から1年以内に,違反の事実と損害等の原因及び金額を明記した書面による請求を行っていないから,本件譲渡契約書13条1項に基づく補償等の請求を行うことはできないとしています。

また、期間制限については、除斥期間の定めであり、被告による援用なしに法律効果を生じるものであるから、⺠事訴訟上の信義則に反するような被告の言動はなく、信義則違反をいう原告の主張はそれ自体失当であると主張しています。

さらに本件4月メールは、「書面」に該当しない上、同メールの内容は、被告から経理資料の提出を求められたことに原告が応じたというものにすぎず平成31年3月末日分には言及がないから、「請求」と評価される余地はないと述べています。

争点②原告の主張

A社には、平成31年3月末日に債務として発生しているにもかかわらず、同月末の貸借対照表に計上も注記もされていない未計上負債があり、その合計額は627万1388円となっています。

被告が、本件譲渡契約において、平成31年3月末日現在の貸借対照表に計上又は注記されている債務及び同年4月1日以降通常の業務の範囲内において生じた債務以外にはいかなる債務も負担していないと表明し、保証していたにもかかわらず、未計上負債が存在していたことは本件表明保証条項違反するとしています。

この未計上負債が生じた理由として、A社が発生主義による経理処理を行わず、現金主義に基づく経理処理を行なっていたことが挙げられますが、これは日本において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に従って作成されたものとは言えず、違反となると主張しています。

また、買掛金については、平成31年3月以前に原材料の納品を受けたにもかかわらず、同月末時点で支払い期限が到来していないとして、計上されなかったものですが、これも日本において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に違反する取扱いとしています。

仮にこれらについても、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に反していないとしても、金銭債務が存在するという事実は否定されないから、現金主義の適用によって貸借対照表に計上しない債務があることは、債務が発生していないことを意味しないとしています。

争点②被告の主張

未計上負債については、不知と主張しています。

本件譲渡契約書5条による表明保証で定義された本財務諸表は、平成31年3月末日現在の貸借対照表に限られないとしています。また、同条による表明保証のうちの債務の負担に関する部分に,同年3月末日以前に発生したものの未払の債務をも本財務諸表に表示したこと、すなわち本財務諸表の債務の表示が発生主義によるという会計処理の内容は表明保証の対象に含まれていないと主張しています。

さらに、A社による本財務諸表の債務の表示が現金主義に拠っていたことは認めるものの、日本において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に従ったものと述べています。

仮に上記各取扱いが一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に反するとしても、A社による本財務諸表の債務の表示が現金主義によっていたことについて、デューデリジェンスを実施した結果として認識していたか、又は専ら原告の過失によって認識しなかったのであるから、被告は免責されると主張しています。

争点③原告の主張

仮に本件譲渡契約書13条1項に基づく補償請求権が認められないとしても、本件表明保証条項違反は、同契約書5条違反を構成し、被告の債務不履行と評価できるとしています。

また、同契約書13条1項は、補償金請求の根拠条項であるとともに、債務不履行に基づく損害賠償請求の根拠条項でもあるから、被告の損害賠償責任について、同契約書1 6条をもって免責されることにはならないと主張しています。

争点3について被告の主張は以下の通りです。

本件譲渡契約書16条では、同契約書5条による表明保証の違反が存する場合に原告が有する金銭請求権は、同契約書13条に規定する補償等の請求に限られており、この権利を除き、同契約に関連して被告に対して損害賠償、補償等の請求の権利を行使することはできないため、原告の予備的請求である損害賠償請求については、同契約書16条をもって被告が免責されているものであると主張しています。

裁判所の判断

争点①と争点②の裁判所の判断について

本件譲渡契約書13条2項において、被告が原告に対し、補償等の責任を負う期間として、本クロージング日から1年内との制限を設けた趣旨について、様々なことを考慮するとこの1年内の制限は、消滅時効期間ではなく権利行使期間ないし除斥期間であると解すべきであるとしています。

そうすると、原告と被告が権利行使方法として合意した「違反の事実と損害等の原因及び金額を明記した書面」を送付しないまま、原告が本クロージング日から1年間を経過させた以上、本件譲渡契約書13条1項に基づく権利行使は除斥されるものと解すべきとしています。

また、原告が主張している除斥期間の経過を認めることが信義則違反であると主張している点については、それぞれ信義則上は何ら問題が生じないことなどからすれば、原告の主張はそれ自体失当と言うべきとしています。

また本件4月メールは、その記載から、平成30年11月末の未計上負債に関する内容にとどまり、平成31年3月末における未計上負債には言及がないので、本訴訟に係る補償等の責任の「請求」に当たらないし、その内容からして、「違反の事実と損害等の原因及び金額を明記した書面」に当たらないとしています。

次に原告は、売主である被告に本件譲渡契約書13条2項又は16条による保護を受けるに値しない特段の事情が認められる場合には、同契約書13条2項又は16条による制限は緩和されるものと解すべきであると主張し、その根拠として、同各条項が売主である被告保護の趣旨から定められたことを強調しているが、その特段の事情として挙げる事由は信義則違反と同旨の主張であるため、主張自体失当であるとしています。

よって原告の主張は理由がないと結論付けています。

以上によれば、原告の主位的請求は、争点2その他の点について検討するまでもなく理由がないとしています。

争点③裁判所の判断について

原告は、仮に本件譲渡契約書13条1項に基づく補償請求権が認められないとしても、本件表明保証条項違反が同契約書5条違反を構成し、被告の債務不履行と評価できると主張しています。

しかし、原告と被告との間では、本件譲渡契約書5条による表明保証の違反が存する場合に原告が有する金銭請求権は、同契約書13条に規定する補償等の請求に限られること、この権利を除き、同契約に関連して被告に対して損害賠償、補償等の請求の権利を行使することはできないことが合意されているため、原告の主張は理由がないとしています。

この点について原告は同契約書13条1項が、補償金請求の根拠条項であるとともに、債務不履行に基づく損害賠償請求の根拠条項でもあるとも主張するが、もとより主位的請求と予備的請求が同一の請求であると主張するものとは解されないので、主張自体失当であるとしています。

結論として、原告の請求は、主位的請求及び予備的請求のいずれも理由がないので、棄却するとしています。