著作権侵害と有価証券の表明保証違反―東京地方裁判所令和3年6月18日判決

この判例で分かること
買収した会社の製品に無許諾のソフトウェアが組み込まれていた場合、権利者に支払った和解金を売主へ請求できるのでしょうか。また、会社保有とされた有価証券が売主個人名義であることを買主も知っていた場合はどうでしょうか。東京地方裁判所令和3年6月18日判決は、契約条項と交渉経緯を検討し、合計2億2055万2137円の補償を認めました。
判決の概要
| 裁判所・判決日 | 東京地方裁判所・令和3年6月18日 |
|---|---|
| 事件番号 | 平成31年(ワ)第3100号・補償金請求事件 |
| 株式譲渡 | 発行済普通株式全部2万株を3億2000万円で譲渡 |
| 契約締結・実行 | 平成30年3月29日締結・同年4月6日実行 |
| 認められた補償 | 著作権侵害について2億円、有価証券について2055万2137円及び遅延損害金 |
本稿では、買主をA社、売主で対象会社の全株式を保有していた個人をBさん、対象会社をC社、ソフトウェアの権利者をD社と独自に表記します。商品は接骨院向けシステム、鍼灸マッサージ向けシステムと呼び、実名や判例収録資料の商品記号は使用しません。
本判決を理解する上で重要なのは、著作権侵害については買主が知らず、有価証券の名義については買主が知っていたという違いです。同じ表明保証違反でも、補償が認められた理由を分けて読む必要があります。買収後の請求の進め方全般は、譲り受けた会社に契約書にない債務が見つかった場合の請求の道筋で扱っています。
無許諾のソフトウェアと、会社に帰属していなかった有価証券
自社製品を動かすための第三者製ソフトウェアに問題があった
C社は医科器械・医用電子機器の製造販売等を営み、接骨院向けのレセプト発行システムと、鍼灸マッサージ向けの管理システムを販売していました。これらを顧客のパソコンで使用するには、D社のクライアント運用パッケージであるランタイムもインストールする必要があり、パソコン1台ごとに使用許諾を取得する必要がありました。
しかし、C社はランタイムの記録媒体を複製し、その複製物を使用して顧客のパソコンにインストールしていました。必要な使用許諾を購入しないまま自社システムを販売し、使用させていたことが著作権侵害として問題となりました。単に、自社開発したプログラムの著作権が誰にあるかという問題ではありません。
社内では以前から問題が知られており、平成28年10月の営業会議では従業員が使用許諾の購入を提案していました。それでも、当時の代表者Bさんは具体的な対応を指示しませんでした。
有価証券は売主個人名義で保有されていた
契約別紙には、C社が、取得金額1505万2137円と550万円の投資有価証券を保有すると記載されていました。合計は2055万2137円です。しかし、これらはC社名義ではなくBさん名義で保有されており、裁判所はC社が保有するものではなかったと判断しました。
この名義の問題は、契約締結前に買主側にも伝わっていました。ただし、当事者はその金額を株式譲渡代金から差し引かず、後日の名義変更又は相当額の金銭支払によって調整することとして、C社が有価証券を保有するという表明保証を維持しました。
判断の基礎となった株式譲渡契約の条項
以下は、判決別紙に摘示された契約条項からの引用です。契約書における「売主」はBさん、「買主」はA社、「対象会社」はC社を指します。引用部分の条文は、原文の表現を維持しています。
第5条第1項と知的財産権・偶発債務に関する表明保証
売主は,買主に対し,本契約締結日及びクロージング日において,別紙5.1記載の事実(対象会社に関する事項を含む。)が真実かつ正確であることを表明し,保証する。
別紙の商材一覧には、二つのシステムについてC社が著作権を含む一切の権利を保有し、制限事項はないと記載されていました。さらに、別紙5.1の7⑥は、第三者の権利を侵害していないことを定めていました。
対象会社は,第三者の著作権,特許権,実用新案権,商標権,意匠権その他の知的財産権を侵害しておらず,その具体的なおそれもないこと。対象会社において,過去に第三者の知的財産権を侵害した事実又は侵害を主張された事実は一切存在しないこと。
同7⑦には、次の定めがありました。
対象会社には,偶発債務は存在せず,簿外債務及び引当・償却不足は存在しないこと。対象会社には,一切の不良債権,対象会社が債権(既発生のものか将来発生するものかを問わない。)を有する契約の解約,税務上の認識の相違による追加負担額(追徴)が存在しないこと。
これらに加え、事業を適法かつ適正に行うために必要な資産を所有し、又は適法に使用する権利を有することも表明保証の対象でした。第三者製ソフトウェアの使用許諾が欠けていたことは、これらの条項に関わる問題でした。
第9条第2項は補償請求の方法・期間も定めていた
売主は,第5条第1項において売主が行った売主保証に違反し,又は,当該売主保証が,売主の責めに帰すべき事由によって重要な部分において真実でなかった又は正確でなかった(以下総称して「売主保証違反」という。)ことにより,買主に損害等が生じた場合には,第12条の規定に基づく本契約の解除の有無にかかわらず,買主から,違反等の事実と損害等の原因及び金額を明記した書面により,本クロージング日から2年以内に請求を受けた場合に限り,これらを補償する。この場合,クロージング後に生じた損害等であっても,その原因が売主保証違反に起因するときは,売主は本項に定める責任を負うことを本契約当事者相互に確認する。
補償の有無だけでなく、違反事実・原因・金額を記載した書面と、取引実行日から2年という期間が定められていました。本判決は補償を認めていますが、別の契約でも同じ期間・通知方法でよいことにはなりません。請求前の確認事項は、通知の期限を過ぎる前に売主へ伝えるべき内容もご参照ください。
第10条は買収調査と補償の関係を定めていた
売主及び買主は,買主及び買主のグループ会社の行った対象会社に関するデュー・ディリジェンスは,売主保証の有効性,並びに,売主保証違反に関する補償その他の規定の効力に,何らの影響も与えないことを確認する。
この条項が、いわゆるプロ・サンドバッギング条項として争点となりました。買収調査で把握した事項や把握できた事項が、表明保証違反による請求にどう影響するかを定める条項です。ただし、名称だけで効果が決まるわけではなく、具体的な文言と契約交渉の経緯を確認する必要があります。
裁判所は、買主が著作権侵害を知らなかったと認定した
従業員への口止めと、調査時の接触制限
買主側は平成29年7月から約1か月間、法務・会計・営業の買収調査を行いました。しかし、売主から従業員への接触を控えてほしいとの意向を示されたため、従業員には接触しませんでした。
裁判所は、Bさんが、著作権侵害を買主側に知られないよう従業員へ口止めをしていたと認定しました。買主が侵害を初めて認識したのは、取引実行後の平成30年4月26日、従業員から説明を受けたときでした。
売主は契約締結前に買主側担当者へ伝えていたと主張しましたが、裁判所は採用しませんでした。担当者の証言や口止めの事実と整合しないことに加え、これほど大きな潜在債務を知らされていたなら、減額交渉等をしないまま3億2000万円で契約するとは考え難く、そのような交渉の形跡もなかったことを重視しています。
買主に重大な過失があるとの主張も退けた
売主は、買主には調査能力と質問の機会があり、従業員への面談等で問題を発見できたはずだと主張しました。しかし、売主自身が問題への対応を放置し、従業員への口止めと接触制限によって買主に知られないようにしていた事情から、買主が侵害を知らなかったことについて重大な過失は認められませんでした。
本判決では、隠蔽と調査への制約という具体的事情が、買主の認識及び過失の判断に結び付いています。
第10条の削除交渉が、契約解釈に影響した
契約締結前、売主側の弁護士は、買主が買収調査によって負担すべきリスクであるとして、第10条の削除を求めていました。それでも最終契約には同条が維持されました。
裁判所は、この交渉経緯と条項の趣旨から、買主が買収調査によって表明保証違反を知り、又は知り得たとしても、そのことを理由として売主は補償債務を免れないという意味に解釈しました。買収調査が補償に影響する典型的な場面は、調査で認識した事情又は認識し得た事情を補償対象から外す場面であり、第10条はその影響を排除するための条項だと考えたものです。
もっとも、本件の著作権侵害については、現実にも買主は知らず、重大な過失もないと認定されています。条項の解釈と具体的な事実認定を併せて読むことが必要です。「買主がどのような経緯で知っていても常に請求できる」という一般的な結論に置き換えることは適切ではありません。
有価証券については、知っていても事後補償する合意があった
有価証券については、買主側も売主個人名義であると知っていました。裁判所は、それだけを理由として補償を否定するのは相当でないと判断しました。
当事者は、有価証券の名義の問題を株式譲渡代金へ反映せず、後に名義を変更するか、取得価格に相当する金銭を支払うことで調整するとしていました。会社が有価証券を保有するとの表明保証も、そのまま残されました。契約締結後、売主側の弁護士が、相当額の現金支払について了承を得ていると認識している旨を伝えたことも、判断の基礎となりました。
したがって、有価証券に関する補償は、単に第10条があったから認められたと説明するだけでは不十分です。価格を減額せず、事後の補償で調整するという当事者の取扱いが、買主の認識にもかかわらず補償を認める具体的理由となっています。
和解金2億円と有価証券2055万2137円を補償対象とした理由
権利者との交渉額と、実際の支払額を区別
著作権侵害に関する交渉では、対象会社側の算定額は約3億6000万円、権利者側の算定額は約5億9000万円でした。その後、C社とD社は令和2年2月21日付けで2億円を支払う和解を成立させ、C社は同月28日に会社名義の口座から2億円を支払いました。
裁判所は、和解契約書、和解を締結した者の権限、送金記録等から、和解と支払の事実を認めました。その結果、C社の資産が2億円減少し、全株式を保有する買主A社も同額の損害を受けたと判断しました。補償額は、当初の請求や使用許諾料の概算額をそのまま認めたものではありません。
売主は、未払の使用許諾料相当額が会社に留保されていたから想定外の損害ではないとも主張しました。しかし、そもそもその債務が存在することを前提とせずに代金が定められていたため、支払による資産減少は買主の損害になると判断されました。
買収後の販売継続と過失相殺
売主は、ランタイムを必要としない別の商品が完成していたため、買収後に従来製品を販売して生じた損害は買主が負担すべきだとも主張しました。しかし、新商品は機能が限定され、従来製品の代替品ではなく別商品と位置付けられていたため、従来製品の販売継続が不合理であるとは認められませんでした。
買主の調査不足を理由とする過失相殺も、侵害を認識していなかったことについて過失があるとはいえないとして退けられました。本判決は、買収後の販売に伴う負担を常に売主へ転嫁できるという判断ではなく、商品の関係と契約条項を踏まえたものです。
有価証券は、事後調整の基礎とされた取得価格を採用
有価証券については、契約記載の取得価格合計2055万2137円と、その相当額を現金で支払うという当事者間のやり取りから、同額の損害が認められました。有価証券の損害額を常に取得価格で算定すべきだとしたわけではありません。
以上から、著作権侵害について2億円、有価証券について2055万2137円、合計2億2055万2137円の補償が認められました。判決の遅延損害金は改正前商法に基づく年6%ですが、現在の別の取引へそのまま適用することはできません。
表明保証の内容と、問題ごとの開示・調整方法を確認する
この判決では、条項の文言に加え、削除要求が採用されなかった経緯、従業員への接触制限、代金に反映されなかった既知の問題、実際の和解と送金が結論を左右しました。知的財産権や資産の問題が判明した場合は、何を保証したのか、買主がいつ何を知ったのか、どのように価格又は補償へ反映する予定だったのかを、問題ごとに整理することが必要です。
補償請求には契約ごとの通知条件もあります。期限の短い別の契約で救済手段の限定が問題となった事例は、未計上負債の補償請求と1年の期限―東京地方裁判所令和3年10月12日判決をご参照ください。
出典:東京地方裁判所令和3年6月18日判決(平成31年(ワ)第3100号)の判決本文及び別紙契約内容。事案と判断過程は当事務所の文章で整理し、契約条項は判決掲載部分から引用しています。
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