表明保証に関する裁判例 「M&A仲介業者の善管注意義務の範囲M&A仲介会社の報酬と責任の範囲」 

〔事例〕東京地方裁判所判決|平成29年(ワ)第15883号、平成29年(ワ)第35000号 報酬請求事件、損害賠償請求反訴事件 令和2年9月23日 

本記事では、表明保証に関する裁判例として、「東京地判|平成29年(ワ)第15883号、平成29年(ワ)第35000号 報酬請求事件、損害賠償請求反訴事件」の主な判旨を解説します。 

この裁判例の最重要論点は、原告(M&A仲介業者代表取締役・公認会計士)の報酬の算定方式と、善管注意義務の範囲です。 

裁判所は、原告の報酬の算定方式に関する被告(買収会社)との合意の有無や、原告の善管注意義務の履行状況から、原告の追加報酬請求および被告の会計処理に関する告知義務違反に基づく損害賠償請求をいずれも棄却しました。 

「M&A取引の概要」 

本件は、原告が、被告に対し、M&A仲介契約に基づく報酬の残額の支払を求めたのに対し、被告が、会計処理の告知義務違反があるとして損害賠償を求めた事案です。 

原告: 公認会計士であり、「A事務所」という屋号で公認会計士業を行うとともにM&A及び組織再編等の支援を目的とするB株式会社の代表取締役。並びにC税理士法人の代表社員を務める者である。 

また、被告(買主)の仲介代理人でもある。 

売主D社は電子機器用部品の製造販売及び輸出入並びに書籍絵本雑誌の印刷製本及び輸出入を目的とする株式会社である。 

Eは平成9年頃から現在に至るまでD社の代表取締役を務める者である。 

D社は平成28年8月31日被告買収会社がD社の発行済株式を取得したため被告の子会社となった。 

被告:買収会社であり、持株会社としてグループ戦略立案及びグループ事業会社の統括管理を主たる目的とする株式会社である。 

売主D社の代表取締役Eは経営の安定化と発展を図るため、自らが保有するD社の株式を売却し、売却先に経営を委ねることとした。 

平成28年1月1日、D社(売主)及びEは、B社M&A仲介業者)に対し、D社の企業提携の仲介に関する業務を委託した。仲介業務に伴うB社の報酬については、以下のとおり定められた。 

 第4条 最終契約が締結された場合、D社及びEはB社に対し、成功報酬として、D及びEの取引金額について5%の手数料率を乗じて得られた金額に、消費税等相当額を加算した金額を支払うものとする。  

平成28年5月30日、被告(買主)は、D社との間での企業提携を実現するため、原告M&A仲介業者代表取締役・公認会計士に対し、上記企業提携の仲介に関する業務を委託した(「本件仲介契約」)。 

「本件仲介契約書」に関する条項です。 

第5条 最終契約が締結された場合、被告は、原告に対し、成功報酬として、Dの時価総資産価額(営業権を含む)について下表の区分毎の手数料率を乗じて得られた金額の累計額に、消費税相当額を加算した金額を支払うものとする。 

(報酬表) 

Dの時価総資産価額(営業権を含む)手数料率 

5億円以下の部分                   5% 

5億円超 10億円以下の部分           4% 

10億円超 50億円以下の部分         3% 

50億円超 100億円以下の部分       2% 

100億円超の部分                    1%     

2 前項における「時価総資産価額」はD社の譲渡価額算定の基準日となった時点の貸借対照表に基づき、営業権に相当する金額を含めて算出する。 

3 事業譲渡の場合における「時価総資産価額」は、譲渡対象事業に係る移動時価総資産価額(営業権を含む)とする。 

4 被告は、原告に対し、最終契約の翌月末日までに、第1項に基づき算定された成功報酬を支払うものとする。 

5 原告は、被告に対し、本条に基づく成功報酬の請求時に、成功報酬算定の基礎とすべき時価総資産価額を算定した計算明細書を交付する。 

第6条 本件提携実現の前提として、Dに関する組織再編行為や事業譲受等の手続が必要である場合、原告は、被告に対し、前条の成功報酬以外に、業務の複雑性、規模等を勘案してその業務に関する手続費用を請求することができる。ただし、原告は、被告に対し、当該手続の内容及び費用を事前に説明し、被告の書面による承認を得るものとする。 

第11条 被告は、原告が本件提携の推進を目的として、Dまたはその出資者に対し、本件提携の仲介に関する専門的な業務を提供し、その報酬を得ることを承諾し、その契約の締結及びその履行が原告の被告に対する本契約上の義務に違反しないことを確認する。 

第18条 原告は、被告及びD双方にとって有意義な企業提携を実現することを目的として、善良な管理者の注意をもって、本契約に規定する本件提携の仲介に関する専門的な業務を執り行うものとする。 

(中略) 

5 原告は、本件提携に関し、故意または重過失がない限り、被告及びその他のものに対して損害賠償を含む一切の責任を負わないものとし、被告は原告を免責する。なお、故意または重過失によって原告に損害賠償の責が生じた場合の支払額は、原告が本契約第5条乃至第6条に基づき受領した金額を限度とするものとする。 

平成28年8月26日、D社E及び被告は、被告がD社を子会社とすることを目的として、Eが、被告に対し、同月31日、Eが保有しているD社の株式6万700株を7億5,000万円で売却するとの合意をした(「本件株式譲渡契約」)。 

同日、Eは、被告に対し、上記合意のとおり株式を売却したため、D社は、被告の子会社となった。 

平成28年8月31日、原告は、被告に対し、本件仲介契約の報酬として、2,812万7,700円(報酬額3,200万円から源泉徴収されるべき643万2,300円を控除し、消費税相当額である256万円を加えた金額)を支払うよう求めたところ、被告は、原告に対し、同年9月30日、本件仲介契約の報酬として、原告の請求どおり2,812万7,700円を支払った。 

なお、上記報酬額は、D社の時価総資産額ではなく、時価純資産額(株式譲渡価額)に手数料率を乗じた金額を基に算出された金額である。 

D社は、遅くとも平成27年5月期の決算期以降、海外からの仕入れの一部について現金主義に基づき計上する会計処理をしていた。 

被告の買収後、平成28年10月から同年12月頃までの間に、本件会計処理の存在が発覚した。 

平成29年5月15日、原告は、本件本訴を提起した。 

「請求の概要」 

本件本訴においては、原告が、被告に対し、企業の買収に係る仲介契約に基づき、報酬の残額として5,238万1,059円(時価総資産レーマン方式)の支払を請求した。 

本件反訴として、被告は、原告は売主が一部現金主義による会計処理をしていたことを認識していたところ、当該事項は、買収を実行するか否かの判断において重大な影響を与える事項であったのであるから、本件仲介契約に基づく善管注意義務として、被告に対し当該事項を告知すべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り損害を生じさせたと主張して、原告に対し、債務不履行に基づき、損害賠償金3億5,184万300円の支払を請求した。 

損害賠償額の算定にあたっては、本件会計処理を是正した結果、売上原価率の実績値が悪化したが、その変更された事業計画を前提として、再度DCF法を用いて算定したD社の株式価額と元買収価額との差額である。 

「結論の概要」 

原告の本訴請求及び被告の反訴請求をいずれも棄却する。 

裁判所は、契約締結以降、原告及び被告は、契約書の規定(時価総資産と記載)にかかわらず、報酬金額の算定方式が時価純資産レーマン方式であることを前提とする言動をとっており、仲介契約の締結に際し、時価総資産レーマン方式とする合意はなかったとして、原告の請求を棄却し、現金主義に基づき仕入れを計上するという会計処理は譲渡価額の決定に関して重大な影響を与えることから、原告は被告に対し告知義務を負っていたが、Q&Aシートの記載によって告知しており、原告に告知義務の違反はないとして、被告の反訴請求を棄却しました。 

 「結論に至る論理の概要」 

争点①:「本件仲介契約において、原告の報酬金額の算定方式を時価総資産レーマン方式とする旨の合意がされたか否か」について 

争点②:「原告と被告との間で、本件仲介契約の締結以後、原告の報酬金額の算定方式を時価純資産レーマン方式とする旨の合意がされたか否か」について 

本件仲介契約の締結時以降、原告及び被告のいずれにおいても、本件仲介契約書の第5条の規定にかかわらず、本件仲介契約に基づく原告の報酬金額の算定方式が時価純資産レーマン方式であることを前提とする言動をとっており、本件仲介契約の締結に際し、上記規定のとおり原告の報酬金額の算定方式を時価総資産レーマン方式とする旨合意する当事者の意思があったことを否定すべき事情があるというべきであるから、本件仲介契約において、原告の報酬金額の算定方式を時価総資産レーマン方式とするとの合意があったとは認められず、この点に関する原告の主張には理由がない。 

よって、本訴に関するその余の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求には理由がない。 

争点③:「本件仲介契約に基づき原告が負う善管注意義務の内容及び原告が故意又は重過失によって同義務に違反したか否か」について 

裁判所は、以下のとおり説示し、判決しました。 

  • 一般的に公正ないし妥当と認められる企業会計原則においては、企業に対し、発生主義による計上を要求している。 
  • 重要性の乏しいものについては、本来の厳密な会計処理によらないで他の簡便な方法によることも正規の簿記の原則に従った処理として認められる。 
  • 現金主義による仕入れの計上は、企業会計原則に反するものである。 
  • 例外的(小規模個人事業主)に、現金主義による仕入れの計上をしたとしても、これにより生ずる金額的な影響が重要でないといえる場合に限り、重要性の原則に照らして許容される。

「本件会計処理は、現金主義に基づき仕入れを計上するというものであるところ、その規模いかんによっては、重要性の原則に照らしても許容されない可能性が存するのであって、その規模を把握していない場合、本件会計処理がされていること自体が、本件株式譲渡における譲渡価額の決定に関して重大な影響を与え得るものであったといわざるを得ない。 

よって、原告は、被告に対し、本件仲介契約に基づく善管注意義務として、Dが本件会計処理をしていることを告知すべき義務を負っていたと認められる。これと異なる原告の主張は、採用することができない。」と判決しました。 

一方被告、「原告が、本件仲介契約締結の日である平成28年5月30日から本件株式譲渡の日である同年8月31日までの間、Dにおける本件会計処理の存在を知りながら、本件仲介契約に基づく報酬を得たいがためにあえて本件会計処理の存在を秘匿し、また、遅くとも平成28年7月23日には、本件財務調査報告書を受領し、被告が本件会計処理の存在を看過していることを認識しながら、あえて本件会計処理の存在を秘匿した。」と、告知義務違反につき故意又は重過失があったと主張したことについては、裁判所は、以下のとおり判決しました。 

「原告は、被告に対し、本件Q&Aシートを提供する以外の方法でDにおける本件会計処理の存在を告知したことはないものの、P(買主の取締役)、O(買主の担当者)及びJ(買主の委任公認会計士・FA)を含む8名に対し、同年6月2日、ドロップボックスを用いて、閲覧用のPWとともに本件Q&Aシートを共有したというのである。 

PO及びJが、同日以降、「H、及びIに関しては出荷ベース、その余の取引先に関しては支払いベース(現金主義)にて計上しています。尚、国内仕入れ先は出荷ベースです。」とのF(D社の財務部長)の 

回答は、明確に本件会計処理の存在を示しており、原告は、被告に対して本件Q&Aシートを提供したことにより、被告において容易に本件会計処理の存在を認識し得る状態となっていたといえるから、原告が被告に対する告知義務に違反したということはできない。 

かつ、本件財務調査報告書の作成者が公認会計士であるJであったことからすれば、原告が、被告において本件財務調査報告書に記載をしなかったのは、本件会計処理を調査した上、特段の問題がないと判断したためであると考えたとしても不合理とはいえない。 

したがって、本件財務調査報告書に本件会計処理に関する記載がないことのみから、原告において、本件Q&Aシートの提供に加え、これとは別途の方法で改めて本件会計処理の存在を告知すべき義務を負うというべき事情があったとはいえない。 

以上のとおり、原告に故意又は重過失があったということもできないから、善管注意義務違反があったとすることはできず、この点に関する被告の主張には理由がない。 

したがって,反訴に関するその余の点を判断するまでもなく,被告の反訴請求には理由がない。」