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買収資金の事前準備や銀行の反対を理由に、売主は株式譲渡契約を解除できるか―東京地方裁判所令和2年3月19日判決

公開 2020年3月19日更新 2026年10月30日

▶ 株式譲渡契約の締結後にクロージングの前提条件が満たされない場合の対応

株式譲渡契約を締結した後、売主が「買主は代金を事前に用意しておく義務を怠った」「取引銀行から期限の利益喪失の通知を受けたので前提条件が満たされない」と主張してクロージングの場に現れず、その後に契約を解除すると通知してきた。この場合、解除は有効なのでしょうか。東京地方裁判所令和2年3月19日判決は、契約書に定めのない買収資金の事前準備義務を否定し、銀行からの通知も立証されていないとして売主の解除を認めず、代金150億円との引換えによる株券等の引渡しを命じました。

本記事が扱う場面と、扱わない場面

本記事は、売主が前提条件の不充足と買主の義務違反を理由にクロージングを拒み、契約を解除したと主張した事案について、買主が株券等の引渡しと損害賠償を求めた一つの判決を解説します。買主側が前提条件の不充足を理由に取引の実行を拒む場面、表明保証違反、クロージング後の価格調整は対象としていません。前提条件が満たされない場合の対応の全体像は、株式譲渡契約の締結後にクロージングの前提条件が満たされない場合の対応をご覧ください。

Contents
  1. 裁判例の基本情報と当事者の表記
  2. 事案の概要―150億円の株式譲渡で、売主がクロージングに臨場しなかった
    1. 後継者不在を理由とする株式の売却だった
    2. 買主会社は銀行借入れと出資で代金を調達する計画だった
    3. 本件3銀行が否定的な回答をし、売主は臨場を拒んだ
    4. 売主は「150億円を無条件で提供できる状態」を求め、契約を解除した
  3. 事案の経緯
  4. 判断の出発点となった契約条項
  5. 当事者が求めたもの
    1. 買主会社の本訴請求
    2. 売主の反訴請求
  6. 争点
  7. 裁判所の判断―契約書にない義務は認めず、銀行の通知も立証がないとした
    1. 買収資金事前準備義務は認められなかった(前提条件2号)
    2. 確約書は提出できる状態にあった(前提条件5号)
    3. 本件3銀行からの通知は立証されていない(前提条件6号)
    4. 売主の解除はいずれも認められなかった
    5. 錯誤無効の主張も退けられた
    6. 売主は、買主会社の履行の提供の有無にかかわらず債務不履行責任を負う
    7. 損害は弁護士費用等174万6,922円と認められ、反訴は棄却された
  8. 本判決の結論
  9. 実務上の着眼点
  10. 本判決が扱っていない事項
  11. 前提条件の不充足と解除についてのよくあるご質問
    1. 代金を同時に支払う契約で、売主は「前日までに資金を用意しておけ」と求めることができますか。
    2. 銀行から口頭で否定的な意見を伝えられただけでも、前提条件の不充足になりますか。
    3. クロージングに相手方が来なかった場合、どのような費用を請求できましたか。
  12. 根拠条文
  13. 株式譲渡契約の解除をめぐるご相談

裁判例の基本情報と当事者の表記

裁判所・裁判日 東京地方裁判所民事第43部・令和2年3月19日
事件番号 平成30年(ワ)第29565号(本訴)、令和元年(ワ)第12600号(反訴)
事件名 株券引渡等本訴請求事件、譲渡債権支払反訴請求事件
審級 第1審
結論 本訴認容(150億円の支払との引換えによる株券等の引渡し、174万6,922円及び遅延損害金の支払)、反訴棄却

以下では、株式を買い受けた原告(合同会社)を「買主会社」、株式を売り渡した被告(対象会社の創業者で代表取締役)を「売主」、株式の対象となった株式会社Aを「対象会社」と表記します。買主会社の代表社員である合同会社を「C」、その職務執行者を「D」、買主会社の親会社を「E社」、E社の代表取締役を「F」、買主会社に買収資金を融資する銀行を「I銀行」、対象会社グループに融資していた3行を「N銀行」「O銀行」「P銀行」(併せて「本件3銀行」)、反訴で問題となった対象会社の子会社を「子会社B」とします。引用中の当事者名も、この独自の表記に置き換えています。

本記事は上記判決の解説です。上訴の有無や確定を確認した旨の表示ではありません。

事案の概要―150億円の株式譲渡で、売主がクロージングに臨場しなかった

後継者不在を理由とする株式の売却だった

対象会社は、パチンコホール事業を営む複数の子会社及び孫会社を傘下に持つホールディングカンパニーで、株券を発行する旨の定款の定めがありました。売主は対象会社の創業者で代表取締役であり、全発行済株式4万株のうち2万7,616株を直接保有し、残りの1万2,384株については信託の受託者として処分権限を持っていました。

売主は、後継者の不在を理由とする事業承継対策として株式を第三者に売却することとし、平成29年11月15日、長崎県内でパチンコホール事業を営むE社と守秘義務契約を結んで交渉を始めました。交渉の結果、E社の子会社である買主会社が株式を買い取る形となり、平成30年6月29日、代金合計150億円の株式譲渡契約が締結されました。クロージング日は同年7月30日、クロージング場所はI銀行本店とされました。

買主会社は銀行借入れと出資で代金を調達する計画だった

買主会社は、I銀行から合計100億円を借り入れ、Cから60億円の社員持分出資を受けて購入資金を調達する計画でした。平成30年7月25日に締結されたI銀行との融資契約(以下「本件ローン契約」)は、タームローン合計50億円とブリッジローン50億円から成り、株式譲渡の前提条件がすべて充足されることが確実であること、買主会社が取得する対象会社株式への質権設定、対象会社の預金50億円への担保設定、対象会社グループの一部の会社等による連帯保証などを貸付実行の前提条件としていました。

株式譲渡契約では、売主は買主会社の資金調達に合理的な協力をするものの、担保提供及び保証提供はクロージング以後に限り、対象会社グループで新たに選任された役員によって行うこととされていました。

本件3銀行が否定的な回答をし、売主は臨場を拒んだ

対象会社グループの孫会社3社は、本件3銀行からそれぞれ借入れをしており、各融資契約には、信用状態の悪化や経営者による株式の喪失等を期限の利益喪失事由とする定めがありました。孫会社3社は、平成30年7月9日と19日に、本件3銀行に株式譲渡への承諾と意向の確認を求める書面を送りました。O銀行は7月24日付けで承諾しない旨及び否定的・消極的に対応する旨を、N銀行は7月25日付けで否定的・消極的に対応し、株式譲渡は期限の利益喪失事由に該当する旨を回答しました。P銀行は書面で回答しませんでした。

売主は、7月27日付けの内容証明郵便で、銀行から株式譲渡契約4.1条6号に該当する債務不履行事由等発生通知がなされており、前提条件が充足しないことが明らかであるため、クロージングは不成立であり、クロージング場所に臨場しないと通知しました。7月30日、F、D及びI銀行の社員らはI銀行本店の会議室に臨場しましたが、売主は現れず、株式譲渡は実行されませんでした。

売主は「150億円を無条件で提供できる状態」を求め、契約を解除した

売主は、8月1日付けの内容証明郵便で、「本契約の履行のために、150億円を無条件で提供できる状態とする必要があります。」「これを契約書9.1条第1項2号の催告と致します。」などと記載した書面を送りました。そして、8月20日付けの内容証明郵便で、催告後10営業日が経過しても義務が果たされていないことが債務不履行に当たり、また前提条件が充足されないまま8月10日までにクロージングが行われなかったことが9.1条1項5号に該当するとして、契約を解除すると通知しました。

事案の経緯

年月日 出来事
平成29年11月15日 売主とE社が守秘義務契約を締結し、株式譲渡の交渉を開始
平成29年12月22日 Fが株式を151億円の現金で買い受ける意向表明書を提出(特別目的会社が投資ファンドから121億円の出資を受け、金融機関から30億円を借り入れるスキームを提案)
平成30年1月12日 売主、F及び買主会社が代金150億円で売買契約の締結に向けた基本合意書を締結(決済方法や決済の前提条件は最終契約で定めることを合意)
平成30年1月から2月頃 契約書のドラフトのやり取り。売主側は、買主会社がクロージング後5年間、対象会社グループの事業を縮小せず一体的に運営する義務を負う旨の条項を提案
平成30年3月5日 売主の代理人弁護士が「損害担保の確約書 案」を送付(一定の事由が発生したときに売主に75億円の損害が発生したものとする内容)
平成30年3月26日 Fと売主が、改めて150億円での買取りを内容とする基本合意書を締結(契約締結と同時の決済を前提とし、買主を別法人とすることができる旨を定める)
平成30年6月21日 買主会社を買主とするドラフトが送付され、買主側の提案により資金調達への協力条項(6.7条)が書き込まれる
平成30年6月28日 買主側の代理人弁護士が、I銀行の意向を反映した修正案として前提条件6号を追加したドラフトを送付
平成30年6月29日 株式譲渡契約を締結(代金合計150億円、クロージング日7月30日)
平成30年7月9日 孫会社3社が本件3銀行に承諾を求める書面を送付。子会社B及び対象会社が、P銀行をエージェントとするシンジケート銀行団に、預金債権50億円をI銀行に担保提供することへの承諾を依頼(承諾手数料は、株式譲渡が実現した場合は子会社B、実現しなかった場合は買主会社が支払う旨を記載)
平成30年7月19日頃 売主が本件3銀行に株式譲渡の内容等を説明。孫会社3社が意向確認の書面を送付
平成30年7月24日 O銀行が承諾しない旨及び否定的・消極的に対応する旨を回答
平成30年7月25日 N銀行が否定的・消極的に対応し、期限の利益喪失事由に該当する旨を回答。買主会社とI銀行が本件ローン契約(合計100億円)を締結
平成30年7月27日 売主が内容証明郵便で、前提条件6号の不充足を理由にクロージング場所に臨場しない旨を通知
平成30年7月30日 クロージング日。F、D及びI銀行の社員らが臨場したが、売主は臨場せず、株式譲渡は実行されず
平成30年8月1日 売主が内容証明郵便で「150億円を無条件で提供できる状態とする必要」がある旨を記載し、9.1条1項2号の催告とする書面を送付
平成30年8月3日、10日、24日 買主会社が売主に、クロージングの実施を求める書面を配達証明付き内容証明郵便で送付(8月8日にも買主会社側でクロージング会議を開催)
平成30年8月10日 9.1条1項5号が定めるクロージングの期限
平成30年8月20日 売主が内容証明郵便で契約を解除する旨を通知
令和元年5月13日 売主が子会社Bから立替金の債権を譲り受けたと主張する日(反訴の根拠。裁判所の認定はありません)
令和2年3月19日 東京地方裁判所が本訴を認容し、反訴を棄却する判決

判断の出発点となった契約条項

以下は、判決本文が記載する株式譲渡契約書の内容の引用です(判決が要旨として記載した部分を含みます)。当事者の呼称のみ上記の表記へ置き換えています。

株式譲渡契約 第4.1条(売主の義務の前提条件)

売主にクロージングの義務が生じるのは、クロージング日において、次の1ないし6号の事項が全て充足していることを条件とする。ただし、売主は、その裁量により、当該条件の全部又は一部を放棄することができる。
2号 買主会社が、本件株式譲渡契約に基づきクロージング日以前に履行又は遵守すべき全ての義務を重要な点において履行しておりかつ違反していないこと
5号 Fから、別紙3記載の確約書が売主に提出されること
6号 第6.7条で定める本金融機関に対する担保提供及び保証提供並びにそれらの準備行為を含む、買収資金調達契約に関連して行った又は行う措置が、対象会社グループに債務不履行事由等を発生させる旨の通知又は発生した旨の通知が、本件株式譲渡契約締結日(平成30年6月29日)において対象会社グループに対する貸付人である、①N銀行、②O銀行又は③P銀行から対象会社グループに対してなされていないこと
(1号、3号及び4号は判決で省略)

株式譲渡契約 第6.7条(買収資金調達への協力)

売主は、買主会社から買収資金調達契約に関連してクロージングまでに合理的に必要となる措置の準備を要請された場合、自ら及び対象会社グループをして、自ら及び対象会社グループの業務の支障とならない範囲で当該要請に応じて合理的な協力をし、かつ、合理的な協力をさせる。なお、上記の内容は、クロージングの前提となる売主の義務に該当しないことを買主会社は確認する。
上記の担保提供及び保証提供等は、クロージング以後に限り、かつ対象会社グループにおいて新たに選任された役員の権限と名義によってのみ行われるものとし、本件株式譲渡契約締結日までに買主会社に対して書面により開示された本件3銀行と対象会社グループとの間の本件株式譲渡契約締結日において有効な金銭消費貸借契約との関係で、対象会社グループに債務不履行事由等を発生させない旨の承諾を買主会社が取得するように努力する。

株式譲渡契約 第8.1条(売主による補償)

売主は、本件株式譲渡契約に基づく売主の義務違反に関連して、買主会社が費用、損失又は損害(合理的な額の弁護士費用を含む。)を被った場合、買主会社に対し、当該費用、損失又は損害を補償する。

株式譲渡契約 第9.1条第1項(契約の終了)

売主は、次の1号ないし5号の事由が生じた場合には、クロージング前に限り、買主会社に対する書面による通知をもって、本件株式譲渡契約を将来に向かって直ちに解除することができる。
2号 本件株式譲渡契約上の買主会社の義務の重大な違反があり、書面による催告を受けた後10営業日以内(当該10営業日の経過前にクロージング日が到来する場合には、クロージング日の前営業日まで)に当該違反が是正されなかった場合
5号 クロージングが平成30年8月10日(ただし、買主会社及び売主が別途書面により合意した場合は、当該合意した日とする。)までに行われない場合(なお、売主が本件株式譲渡契約上の義務に違反している場合を除く。)
(1号、3号及び4号は判決で省略)

代金の支払と株券等の引渡しは、クロージング日に同時に行うこととされていました。ただし、買主会社が自己資金や無担保借入れで資金を調達すべきこと、クロージング日の前日までに資金を準備しておくべきことを定めた条項はありませんでした。この点が、本件の結論を左右しました。

当事者が求めたもの

買主会社の本訴請求

買主会社は、売主に対し、150億円の支払と引換えに、対象会社の株券、子会社等の株券、対象会社グループ各社の役員の辞任届、買主会社が指名する取締役及び監査役を選任する臨時株主総会の議事録の引渡しを求めました。あわせて、引渡義務の不履行に基づき、弁護士費用等相当額174万6,922円及び訴状送達の日の翌日である平成30年10月5日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求めました。

売主の反訴請求

売主は、子会社Bがシンジケート銀行団に支払った承諾手数料1,131万2,784円は株式譲渡が実現しなかった以上買主会社が負担すべきものであり、子会社Bが取得した立替金の請求権を譲り受けたとして、買主会社に対し、同額及び平成30年8月10日から支払済みまで年6分の割合による利息の支払を求めました。

争点

  • クロージング日に売主の義務の前提条件が充足していたか(争点1)
  • 売主による株式譲渡契約の解除が認められるか(争点2)
  • 株式譲渡契約が売主の錯誤により無効か(争点3)
  • 売主に債務不履行が成立するか(争点4)及び買主会社に生じた損害の額(争点5)
  • 売主が買主会社の支払うべき費用を立て替えたといえるか(争点6・反訴)

売主は、買主会社は代金を自己資金や無担保借入れ等によりクロージング日の前日までに現金・預金で準備しておく義務(以下「買収資金事前準備義務」)を負っていたと主張しました。本件ローン契約は、売主が株券等を持参して提示し続けることを融資の前提とするもので、売主の行為なくして融資を得られない内容であるから、ローン契約の締結では義務を果たしたことにならないという主張です。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

裁判所の判断―契約書にない義務は認めず、銀行の通知も立証がないとした

買収資金事前準備義務は認められなかった(前提条件2号)

裁判所は、株式譲渡契約書は代金の支払と株券等の交付を同時履行で行う旨を定めているものの、買主会社が自己資金や無担保借入れで資金を調達すべき旨や、クロージング日の前日までに資金を調達すべき旨を定める条項はないと指摘しました。そして、ドラフトが複数回やり取りされ、条項が修正されたうえで契約が締結された経緯に照らせば、そのような義務が合意されていたのであれば「本件株式譲渡契約書の条項として記載されるのが自然である」として、売主の陳述書や本人尋問での供述を採用しませんでした。

売主は、基本合意書やドラフトで契約締結と同時の決済が定められていたことを挙げましたが、裁判所は、その文言から同時履行で決済するという趣旨を超えて、前日までに現金・預金で準備する義務を読み取ることは困難としました。DやFが前日までの資金準備を約束したという主張も、客観的な裏付けがないとして退けられました。

また、売主は、担保提供等をクロージング以後に限る6.7条の定めは、買主会社がクロージング前に自己資金等で資金を調達すべき義務を負っていたことを推認させると主張しました。しかし裁判所は、同条は買主会社の資金調達に売主が一定の協力をすることを約するために買主側の提案で挿入された条項であり、協力の時期をクロージング後に限ったものにすぎないとしました。

確約書は提出できる状態にあった(前提条件5号)

買主会社側の弁護士がクロージング日の直後に作成したクロージング会議の議事録には、Fが確約書を作成していることを出席者が確認した旨が記載されていました。裁判所は、この記載は信用できるとし、売主がクロージングの場に臨場すればFは確約書を提出できたと認めました。確約書の提出を超えて、何らかの担保や保証を付けて「真意で」補償を確約させる義務があったという売主の主張も、契約書に規定がないとして退けられました。

本件3銀行からの通知は立証されていない(前提条件6号)

裁判所は、前提条件6号については、当事者の合理的意思解釈及び立証負担の公平な分配の観点から、条件の不充足を主張する売主の側で、債務不履行事由等発生通知がなされた事実を立証すべきであるとしました。

そのうえで、本件3銀行が通知を行ったことを直接裏付ける客観的な証拠や銀行関係者の供述は提出されていないこと、P銀行は書面による回答を留保しており、P銀行が幹事行を務めるシンジケートローンの銀行団は対象会社の預金を担保に供することを承諾していると推認できること、売主本人も口頭で通知を受けたという場面について「はっきりと覚えていない」と述べるなどあいまいな供述をしていることを指摘しました。

売主は、信用不安を避けるため書面での通知を避け、孫会社3社の承諾依頼に対する回答で婉曲的に通知してもらったと主張しました。裁判所は、その主張自体が不自然とまではいえないとしつつ、承諾依頼は売主が株式を手放すことや代表取締役を退任することについての意向を確認する内容であり、6号が問題とする「買収資金調達契約に関連して行った又は行う措置」が債務不履行事由等を発生させるかについて直接回答したものではないとしました。N銀行及びO銀行から一定の否定的評価が伝えられたことはうかがわれるものの、それを超えて通知があったと推認させる事情はなく、売主がその否定的評価を受けて株式譲渡の実行をためらうようになった可能性も否定できないとして、6号の不充足は認められないと判断しました。

売主の解除はいずれも認められなかった

9.1条1項2号に基づく解除については、買収資金事前準備義務が認められない以上、買主会社の義務違反がないとして退けられました。

9.1条1項5号(8月10日までにクロージングが行われない場合)に基づく解除については、同号は売主が契約上の義務に違反している場合を除いています。裁判所は、前提条件の不充足が認められない以上、売主はクロージング日に代金と引換えに株券等を交付する義務を負っており、その義務を履行していないから、売主がこの解除権を行使することは許されないと判断しました。

錯誤無効の主張も退けられた

売主は、買主会社やE社に十分な資金力があり、対象会社グループのビジネスモデルを継承できると信じて契約したと主張しました。裁判所は、買主会社は担保提供等の協力があれば本件ローン契約で100億円を調達でき、60億円の預金残高もあったこと、売主は契約締結の1週間前の平成30年6月22日頃にE社から30億円の融資を依頼されていたことなどから、資力についての売主の認識に錯誤があったとは認めませんでした。また、売主の「株式譲渡後に対象会社グループの信用や業績が損なわれないようにしたい」という要望は、Fの確約書の提出を前提条件とすることで契約内容に組み入れられており、それを超える動機が契約の内容になっていたとは認められないとしました。

売主は、買主会社の履行の提供の有無にかかわらず債務不履行責任を負う

裁判所は、売主がクロージング日より前に、内容証明郵便等で株券等を交付しない意思を明確に表示していたことから、「買主会社が反対債務の履行を提供したか否かにかかわらず」、クロージング日に株券等を交付しなかったことについて売主は債務不履行責任を負うと判断しました。

損害は弁護士費用等174万6,922円と認められ、反訴は棄却された

8.1条は、売主の義務違反に関連して買主会社が被った費用、損失又は損害(合理的な額の弁護士費用を含む)を補償すると定めていました。裁判所は、7月30日と8月8日のクロージング会議に同席した弁護士の報酬及び議事録の確定日付取得の費用46万2,560円、クロージングの実施を求める書面の作成・送付に関する弁護士報酬及び郵送費用128万4,362円を、いずれも合理的な額と認め、合計174万6,922円を損害としました。

反訴については、株式譲渡が実行されていないのは売主の交付義務違反によるもので、売主が義務を履行していればクロージングが実施され、買主会社が承諾手数料を支払う義務を負うことはなかったとして、売主が買主会社の支払うべき費用を立て替えたとは認めませんでした。

本判決の結論

裁判所は、売主に対し、買主会社から150億円の支払を受けるのと引換えに対象会社等の株券及び辞任届等の書類を引き渡すこと、並びに174万6,922円及びこれに対する平成30年10月5日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払うことを命じ、売主の反訴請求を棄却しました。訴訟費用は本訴反訴を通じて売主の負担とされました。

実務上の着眼点

本判決は、契約交渉でドラフトが何度もやり取りされたことを重視し、契約書に書かれていない義務を相手方に課すことに慎重な判断をしました。買主の資金調達の方法や時期について条件を付けたい売主は、その内容を前提条件や買主の義務として明記しておく必要があることになります。逆に買主としては、借入れによる資金調達を予定している場合、融資の実行条件と株式譲渡契約の前提条件との関係を契約上整理しておくことが考えられます。

また、本判決は、前提条件6号の不充足(銀行からの通知)について、条件の不充足を主張する売主の側に立証の負担があるとしました。銀行とのやり取りが口頭や婉曲的な書面にとどまっていた場合、前提条件の不充足を理由にクロージングを拒むことには大きなリスクがあります。前提条件の判断の基礎となる事実は、書面で確認できる形にしておくことが重要です。

さらに、売主はクロージング前に履行しない意思を明確にしていたため、買主会社が代金を現実に提供していなくても売主の債務不履行が認められました。これらは本判決を踏まえた契約検討上の着眼点であり、本判決が特定の条項例の有効性を一般的に判断したものではありません。

株式譲渡契約の解除や、詐欺・錯誤による取消しを検討する場合の進め方は、次のページでご案内しています。

本判決が扱っていない事項

  • 前提条件1号、3号及び4号の内容と充足の有無は、判決で省略されており、判断されていません。
  • 本件3銀行が実際に期限の利益を喪失させたかどうか、喪失させることができたかどうかは判断されていません。裁判所は、通知がなされたことの立証がないと判断したにとどまります。
  • Fが提出する予定だった確約書(損害補償に関する確認書)の有効性や内容の当否は、判断の対象となっていません。
  • 買主会社が請求したのは弁護士費用等174万6,922円のみであり、クロージングの遅延によるそれ以外の損害の有無や範囲は判断されていません。

前提条件の不充足と解除についてのよくあるご質問

代金を同時に支払う契約で、売主は「前日までに資金を用意しておけ」と求めることができますか。

本判決は、契約書に前日までの資金準備を定める条項がなく、交渉の経緯からもそのような合意は認められないとして、売主の主張を退けました。資金準備の時期や方法を条件としたい場合は、契約書に明記しておく必要があります。

銀行から口頭で否定的な意見を伝えられただけでも、前提条件の不充足になりますか。

本件では、条件の不充足を主張する売主に立証の負担があるとされ、口頭での通知を受けたという売主の供述は、客観的な裏付けがなく、内容もあいまいであるとして採用されませんでした。否定的な評価が伝えられたことと、契約が定める通知がなされたことは区別して判断されています。

クロージングに相手方が来なかった場合、どのような費用を請求できましたか。

本件では、補償条項が合理的な額の弁護士費用を含むと定めていたことから、クロージング会議に同席した弁護士の報酬、議事録の確定日付の費用、クロージングを求める書面の作成・送付の費用が損害として認められました。

M&Aをめぐる紛争で、期限の確認、証拠の保全、仮処分・仮差押えといった初動を誤らないための進め方は、次のページでご案内しています。

根拠条文

  • 本件株式譲渡契約第3.1条、第4.1条(売主の義務の前提条件)、第6.7条(買収資金調達への協力)、第8.1条(売主による補償)、第9.1条第1項(契約の終了)
  • 平成29年法律第44号による改正前の民法第95条(錯誤)
  • 平成29年法律第45号による改正前の商法第514条(商事法定利率年6分)

株式譲渡契約の解除をめぐるご相談

株式譲渡契約の締結後に相手方から前提条件の不充足や解除を主張された場合は、契約書の条項、交渉の経緯、前提条件の判断の基礎となる事実の証拠を整理して検討します。株式譲渡契約の解除・取消しにお困りではありませんかでは、当事務所の対応をご案内しています。

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この記事の位置付け

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、2024年(令和6年)10月には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ました。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めています。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

所在地 〒105-6017 東京都港区虎ノ門4丁目3番1号 森トラスト城山トラストタワー17階/電話番号 03-6435-8418/受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)

本記事の記載は一般的な法律情報であり、個別の事案に関する法律上の助言ではありません。記載した経歴は事実の記述であり、個別の事件の結果を保証するものではありません。

著書

非上場会社における少数株主対策の手法と実務
『非上場会社における少数株主対策の手法と実務』(日本法令)
中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策
『中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策』(清文社)
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