薬局買収の表明保証違反損失補償請求事件を紹介!札幌地方裁判所の令和2年12月25日の判決を解説します!

原告が被告の子会社の株式譲渡を受けたが、取引後に原告が「表明保証違反」があると主張し、損失補償金(2億5,760万7,276円+α)の支払いを求めた裁判です。最終的に裁判所は被告に表明保証違反があったとは言い切れない判決を出しました。

仮にあったとしても原告の主張する損失が表明保証違反に起因したものではないという理由で損失補償金を支払わずに棄却することになった裁判例を紹介します。

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 M&A取引の概要

M&Aの時系列
平成21年9月25日 対象会社の設立(被告)
平成28年11月10日 M&Aの仲介業者へ会社の売却を相談(被告)
平成28年12月7日 原告企業が被告へ意向証明書を提出
平成28年12月21日 対象会社の株式を原告へ譲渡
平成29年1月5日 株式譲渡契約を締結及び代金の支払い

平成21年9月25日に設立した対象会社は、介護付き有料老人ホームなどの施設を薬剤師が訪問する在宅調剤の専門薬局を運営していました。

平成28年12月には代表を含めて3名の薬剤師が在籍しており、50近い施設の取引先がある薬局でした。しかし被告は会社の売却を考え、平成28年11月10日M&Aの仲介業者へ相談し、そこで買収に手をあげたのが原告の企業です。

原告の企業には在宅調剤のみを専門に扱う薬局がなかったため、買収すれば在宅調剤のノウハウと人材を継承できると考え、同年12月7日に意向証明書を提出しました。その後同年21日契約締結を行い、平成29年1月5日譲渡代金を支払い買収が完了しました。

当該紛争事案の概要

平成29年2月3日、原告は表明保証違反の事実があると判明したため、補償に関する協議を求める通知書を被告らに送付しました。当初の表明保証違反の内容は以下の通りとなります。

  • 在籍していた3名の薬剤師が退職したこと
  • 東海道陸厚生局に3階部分の使用届け出を提出していないまま使用していたこと

元々調剤薬局のノウハウを在職社員から吸収できると思い買収したものの、ノウハウを持ち合わせた社員が退職したことで、原告は表明保証違反があると被告に伝えました。

それに対し、被告は、原告の指摘する各事実については株式譲渡後の事実であったり、既に説明済みの事項であったり、虚偽の届出には当たらなかったりという理由から表明保証違反に当てはまらないという回答書を原告へ提出します。

しかし原告は新たな表明保証違反があると主張し始めました。この内容が本件の裁判まで発展した内容です。詳しくは次の項で紹介していきます。

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問題の所在

原告が新たな表明保証違反と主張したのは以下の4点です。

  1. 居宅療養管理指導費及び在宅患者調剤加算料の不正請求・不正受領
  2. 医師の同意のない処方内容の変更
  3. 患者に対する本人負担金の減免
  4. 薬剤師資格のない従業員による薬剤師業務

原告は、以上の4つが表明保証違反だと主張しました。なお、株式譲渡契約書に規定されていた表明保証条項は以下の通りです。

表明保証違反に関する契約事項

第10条(表明・保証)

1項 甲等は,本契約締結日及び譲渡日現在において,以下の各号に定める事項を丙に対して表明しかつ保証する。

  • 5号 本契約締結に至るまでに甲等から丙へ開示または提供された文書及び情報は,全て真実であり,重要な不実記載または重要な事実の欠缺がないこと,また本契約に基づく義務の履行に際し丙の判断に影響を及ぼす重要な事項は,全て丙に対して開示または提供されていること。
  • 6号 対象会社は,現在及び過去において,いかなる政府,地方自治体,規制機関,裁判所または仲裁人のいかなる法律(医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律,保険薬局及び保険薬剤師療養担当規則を含むがこれに限られない。),条例,規則,行政指導その他の要件にも明らかに違反せず,かつ違反しているとの正当なクレーム等を受けておらず,また,そのような違反またはクレーム等が将来発生する原因となる事由も存在しない。対象会社に対する第三者からの訴訟,クレームその他重要な紛争であって,現在未解決の状態にあるもの,またはこれに基づく債務が存続しているものは,存在しておらず,また,そのような第三者からの訴訟,クレームその他重要な紛争が将来発生する原因となる事由も存在しないこと。
  • 18号 丙に開示された対象会社の貸借対照表に表示されている債務及び対象会社の最終決算日以降に対象会社の通常の営業の範囲内において生じた債務以外には,いかなる多額または重大な債務(種類,偶発的か確定的か,会計上発生済みか未発生か,認識されているか否か,簿外債務か否か,隠れた債務か否か,対象会社の作為・不作為に起因するか否かを問わない。)も発生しておらず,それらが将来発生する原因となる事由も存在しない。

原告は上記の理由から、吸収合併した薬局を閉鎖せざるを得なくなったとして被告に2億5,960万7,276円と、訴状送達の日の翌日である平成29年9月5日から支払済みまでの6分の割合の金員の支払いを求めた事案です。でははじめに表明保証違反内容を「原告の主張」と「被告の主張」に分けて紹介していきます。

<原告の表明保証違反>

はじめに原告の表明保証違反内容の主張について紹介します。

  • 居宅療養管理指導費及び在宅患者調剤加算料の不正請求・不正受領

保険薬局は薬歴簿の訪問結果についての情報を記載する必要があるが、本件の薬局には十分に記載されていなかった。また処方内容も薬歴簿に正確に反映されていなかったため、居宅療養管理指導費及び在宅患者調剤加算料を請求して受領していたものであると主張した。上記の行為は報酬の不正請求・不定受領に該当し、保険薬局の指定取消事項に該当するため、居宅療養管理指導費の返還義務を負うべきだと主張した。

  • 医師の同意のない処方内容の変更

医師の同意を得ずに処方箋の内容と異なる医薬品を調剤したと主張。本来保険薬局は医師等が交付した処方箋に基づいて調剤しなければいけない。そのため薬担規則に違反し、保険薬局の指定取消事項に該当するうえに刑事罰の対象にもなりうると主張。

  • 患者に対する本人負担金の減免

8つの施設を利用する患者に対し、本人負担金を減免して調剤していたため、薬担規則に違反するものであって保険薬局の指定取消事由に該当すると主張。

  • 薬剤師資格のない従業員による薬剤師業務

薬剤師の資格を保有していない従業員が「調剤業務」「薬品販売」などを行っていた。薬剤師法に違反するうえ、薬局以外の場所での調剤や処方箋によらない調剤も禁じられているため。また老人ホームなどで患者に対し、当該従業員の所持する薬剤や各施設に常備している医薬品を交付していたことが保険薬局の指定取消事由に該当すると主張。

上記の通り本件の薬局は保険薬局の指定取消事由が多く見つかったため、「保険薬局の指定取消処分」がされ、今後の調剤薬局グループへの社会的信用の低下にもつながると主張しました。また本薬局を違法に運営することで黒字になっており、「適法で運営すれば赤字になる」という状態であったと判断。

取引先も50から20ないし30施設にまで減少し、売上高も平成29年1月時点で約3129万円であったのに対し、同年6月には1,190万円まで落ち込んでいます。これらの事情により本件薬局は閉鎖を余儀なくされ売上高も低迷したことが、いずれも表明保証違反があったのが原因と主張し、損失補償金の支払いを求めることとなりました。

<被告の表明保証違反>

一方被告は原告側の表明保証違反に対して以下のように主張しています。

  • 居宅療養管理指導費及び在宅患者調剤加算料の不正請求・不正受領

本件薬局の薬歴簿には適切な記載が行われていたと主張する。そもそも患者の容態の変化が少ない場合は記載情報も少なくなるため、記載がないのは当然である。また処方箋の内容に関しても行政から違法を指摘されたこともなく、仮にあったとしても指定取消になるほどの重大な違反ではないと主張した。

  • 医師の同意のない処方内容の変更

処方箋に記載された医薬品の在庫がない場合に処方内容を変更することがあったものの、必ず医師へ電話で同意を得ていたため、保険薬局指定取消事項に該当しないと主張した。

  • 患者に対する本人負担金の減免

減免は認めるが、原告はこの事実をデューデリジェンス(DD)において把握していたと反論。

  • 薬剤師資格のない従業員による薬剤師業務

従業員が調剤業務や薬品販売を行ったことはないと否認。各施設に医薬品を配達することはあったが、あくまで置いただけである。置いた後は薬剤師が施設を訪れ、残薬の確認や服薬状況を確認していたため否認する。

被告はそもそも保険調剤薬局が重大な違反行為をしていたのであれば行政から指導や監査が行われるはずと反論します。しかし実施されたこともないため、取消処分に相当する事実がなく、継続できると主張しました。

さらに適法で運営すれば赤字になるという立証がなく、運営を継続することは十分可能であったため、損失補償金を支払う必要がないと主張します。

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裁判所の認定内容

双方の主張をもとに、裁判所は4つの表明保証違反について以下の通りの判断に至りました。

  • 居宅療養管理指導費及び在宅患者調剤加算料の不正請求・不正受領

処方内容欄では前回処方との比較等を記入する欄と変更する欄への記載がないものが散見されている。しかし正確に反映されていなかったものであっただけであって、薬歴簿の記載自体から明らかな誤記というべきものだと判断できる。
また患者の容態や愁訴に変わりがなく、服薬状況も良好で副作用も出ていないような場合には、服薬継続以上に特段指示すべき事項がないことから記載内容が少なくなるのは当然だと判断した。明らかに不正していたのであれば、保険薬局の指定の取り消しとされるが、過去に不備の指摘や監査がなかったため、その要件の不備は軽微な違反にすぎず,少なくとも保険薬局の指定取消処分を受けるほどのものではなかったという判断となった。

  • 医師の同意のない処方内容の変更

処方内容を変更する際は医師へ電話確認を行っていたと被告は主張しているが、変更した際は調剤録の「疑義照会事項等」欄に記入しなければいけないのに、記載が確認できない状態だった。しかしこれは単に記載漏れにすぎない可能性も高く、医師の同意を一切得ていないと断ずることはできない。
原告の薬剤師は、ある施設の看護師から調剤にされている医薬品が違うと指摘されたことを証言したが、原告の主張の通り医師の同意失くして処方内容の変更が行われていたのであれば、指摘を受けた事例が1件だけであるため、日常的に行われていないと判断した。

  • 患者に対する本人負担金の減免

被告はデューデリジェンス(DD)の際に原告に伝えていると主張している。原告の従業員も患者に対する本人負担金の減免を行っていることを聞いたと証言した。ただし証言者は

本人負担金の減免をしていた患者の範囲は、処方元の医師及びその家族並びに本件薬局の従業員であり、施設の患者にまで減免していたとは聞いていないとも証言した。しかし、原告の証人がそもそも減免していたことを認識しているため、この点だけでは表明保証違反があるとは言い切れないと判断した。

  • 薬剤師資格のない従業員による薬剤師業務

薬剤師でないものが日常的に調剤業務や医薬品の販売を行っていたと原告は主張したものの、証拠不十分によって認めることはできない。また被告は薬剤師の資格を保有してない従業員が各施設へ医薬品の配達を行ったことを認めたものの、あくまで施設に置いただけと主張している。
その後必ず薬剤師が施設に行き、残薬の確認や服薬状況を確認していることを薬局に勤務している従業員も証言していることから、薬剤資格のない従業員が薬剤業務を違法に行ったと判断することはできない。

上記の通り、裁判所は「居宅療養管理指導費及び在宅患者調剤加算料の不正請求・不正受領」と「患者に対する本人負担金の減免」については表明保証違反になるとは判断できないとの結論に至りました。また「医師の同意のない処方内容の変更」と「薬剤師資格のない従業員による薬剤師業務」に対しては、事実は認められないという判断となりました。

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裁判所の判断

裁判所は被告に表明保証違反があったとはいえないものの、事案を鑑み主張する事案を認めた場合であっても以下の理由により損失の起因になったとは言えないと判断します。

  • 保険薬局の指定が取り消されるとの主張について

保険薬局に違反行為が見つかった場合は行政が指導・監査するはずが、契約後であっても行われた事実がない。また保険薬局が閉鎖された場合であっても指定取消処分に該当していた場合は行政から取消相当の取扱いが行われるはずだが実行されていない。

さらに契約後に代表取締役となった方が、法令違反について監督庁に報告したものの、是正するように言われただけに留まっただけであるため、保険薬局の指定取消処分に該当しないと判断をしました。

  • 本件薬局を適法に運営すると赤字になるとの主張について

原告は適法に保険薬局を運営すると労務費が増加し、なおかつ取引先が減少するため赤字になると主張。確かに本契約後の平成29年1月〜4月の労務費は増加している。しかし原告はデューデリジェンス(DD)でのヒアリング時点で、従業員も土日も休まず、平日も夜遅くまで働いていることが分かっており、人員増加せざるを得ない状況であることは当初から想定できていたはず。

さらに増加した労務費の中には派遣した人員の交通費、宿泊費、出張日当等も含まれており、一時的な費用であることから恒常的に発生する費用であるとはいい難いと判断。実際に平成29年5月以降は、契約前の労務費と同水準の費用にとどまっている。

また同年6月〜8月の賃金と社会保険料は標準額より高くなっていることも原告が認めているため、本件薬局を適法に運営すると赤字になるとは言えないと判断しました。

  • 取引先の減少による売上高の低迷

売上高が低迷した理由は取引先の減少であるが、原告の主張する違反行為の是正が原因とは言い切れない。原告は対象会社の株式譲渡を受けた後は、本件薬局の取引先の施設を原告に振り分けていた。しかし実際は医療機関から配達が遅れているなどのクレームや、本人負担金の減免を取りやめしようと打診した施設から取引を断られたなどが減少した原因と思われる。

さらに元々いた従業員が退職してしまったため、懇意にしてくれていた取引先が離れていっただけであるため、適法に運用したことが取引先減少につながるとは判断できない。よって本件薬局を適法に運営すると恒常的に赤字になるとはいえないと判断しました。

上記の通り、原告が主張する表明保証違反があったと仮定しても、損失が生じた起因に該当しないと判決が下されました。原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することなった裁判事例です。