保育所買収後の閉園と許認可の表明保証違反―東京地方裁判所令和2年11月27日判決

保育所を買収した後に建物の法令違反が判明しても、閉園による損失を当然に売主へ請求できるわけではありません。この判決では、建築確認の欠缺などと、契約で保証された認証取消事由の存在とを区別し、売主の表明保証違反を否定しました。買主の請求は全部棄却されています。

本記事は、東京地方裁判所令和2年11月27日判決(平成29年(ワ)第44186号・損害賠償請求事件)を解説します。保育所の許認可に関する表明保証の文言、建物の問題の程度、行政との協議及び閉園に至る経緯が、どのように判断されたかを中心に整理します。

事案の概要―保育所運営会社の全株式を取得した買主の請求

買主A社は、保育所などを経営する会社です。事業拡大のため、東京都内で8か所の認証保育所を運営していた対象会社D社の買収を検討しました。売主BさんとCさんは夫婦で、それぞれD社の株式120株と80株を保有し、代表取締役と取締役を務めていました。以下、当事者名・施設名は説明のため独自の記号に置き換えています。

A社は財務・労務・法務のデューディリジェンスを実施した上で、平成26年11月27日、Bさん・CさんからD社の全200株を取得する株式譲渡契約を締結しました。株式譲渡代金は3,000万円です。これとは別に、D社が売主2名へ合計6,000万円の退職慰労金を支払い、D社のBさんに対する借入金9,000万円をD社から分割返済させる旨も定められていました。株式の売主はBさん・Cさんであり、買主A社が自社株式を売却した取引ではありません。

争いの対象となった保育所をE園とします。D社は第三者所有のビル1階を賃借し、平成15年頃の内装等の工事を経てE園を運営していました。買収後、建物の図面と現況の照合から建ぺい率違反などの疑いが生じ、平成29年3月末にE園を閉園しました。

A社は、売主らの表明保証違反によって閉園を余儀なくされたとして、5年分の逸失利益6,158万3,280円と原状回復費用737万6,400円、合計6,895万9,680円等を請求しました。裁判所は、この請求をいずれも棄却しました。

契約は何を保証していたか

株式譲渡契約13条には、開示資料の真実性や許認可について、次の表明保証が定められていました。以下は判決が摘示する契約文言の引用であり、対象会社の表記のみ本記事の「D社」に置き換えています。「被告ら」は売主Bさん・Cさんを指します。

被告ら及びD社が開示した資料並びに報告が全て真実であり,D社の開示した資料及び報告以外に株価の算定に重大な影響を及ぼすべき事実が存在しないこと。(第3号)

D社は,D社が現在行っている事業を行うために必要な政府の許可,認可,登録,届出,公的資格等を全て適法かつ有効に取得し,これを維持していること。(第7号)

D社が保有している許認可等について,被告らの知り得る限り,当該許認可等が無効になり,取り消され,または更新することができなくなる事由は存在せず,また,その原因となる事実も存在しないこと。(第8号)

裁判所は、認証取消事由が存在しないという保証に着目し、まず行政法規違反の有無、次にその違反が認証取消事由に当たるか、最後に取消事由となる事実を売主らが知り得たか、という順序で検討するとしました。単に建物に問題があったということと、契約上の保証に違反したということは、同じではありません。

建物の問題は認証取消事由に当たるとされたか

増築の確認申請を欠いていたこと

開園時の工事では、バルコニー下のシャッターを外し、その外側に窓などを設けたため、外壁が約65センチメートル移動し、建築面積が約13平方メートル増加していました。裁判所は、この工事について建築確認が必要であったと判断しました。

もっとも、工事は建物の構造部分に手を加えるものではなく、安全性への影響が判明しても元に戻すことが極めて容易でした。裁判所は、この違反を軽微なものと評価し、保育サービスの水準や児童福祉に悪影響を及ぼすものとは考えられないとしました。確認申請が不要だったと判断したわけではありません。

過去の建ぺい率違反は契約前に解消されていたこと

平成15年当時の敷地面積を基にすると、工事後の建築面積は法定の上限を約10平方メートル超えていました。しかし、ビルの賃貸人が平成23年に隣接地を取得したことで敷地が広がり、建ぺい率違反の状態は解消されていました。

したがって、株式譲渡契約を締結した平成26年の時点では、建ぺい率違反はありませんでした。買主側の調査報告書の数値や違反の主張を紹介するだけでなく、裁判所が認定した敷地取得の時期と契約時点の状態を区別することが重要です。

用途変更の確認申請を欠いていたこと

当時の法令の下では、本件の床面積の建物を児童福祉施設へ用途変更するに当たり建築確認を受ける必要がありましたが、その手続はされていませんでした。他方、東京都は、一級建築士による保育所用途の基準を満たす旨の証明書を受け取り、E園を認証していました。

裁判所は、この認証に至る経緯から、保育設備に重大な過失があったとして認証を取り消すとは認められないと判断しました。本件の判断は当時の申請・認証の具体的経緯に基づくものであり、一般に建築士の証明書があれば用途変更の確認申請を省略できる、という意味ではありません。

工事前の図面の提出が不正な申請に当たるか

認証申請に提出された図面は、工事後の現況を正確に示していませんでした。ただし、それは間仕切りもない貸店舗の図面であり、東京都も保育所として使うために改築されることを容易に認識できるものでした。申請と工事の先後関係も明らかではありませんでした。

裁判所は、D社が工事後の図面を提出すべきことを分かっていながら、あえて工事前の図面を提出したとは認めませんでした。そのため、偽りその他不正の手段によって認証を受けた事実も否定しました。図面と現況の不一致があったという事実から、直ちに不正な認証取得を認定したものではありません。

行政の対応と、買収後の経営事情が重視された理由

裁判所は、建物に関する個々の問題だけでなく、実際に行政がどのような対応をしたかも検討しています。E園の開設から株式譲渡契約までの約10年間に、建物等について具体的な行政処分やこれに準ずる行為がされた事実は認められませんでした。

また、買主側が平成29年3月に速やかな閉園を申し入れた際、東京都・区の担当者は経過措置を設けるなど慎重な対応を促していました。行政から閉園を求められた事実は認められていません。別の系列園でも、行政は問題の改善や事業譲渡による運営継続を働きかけていました。

一方、買収後のD社では、フランチャイズ契約の解消、運営方針や保育料の変更に伴う保育士の大量退職、園児の減少などが生じ、金融機関に元本返済の猶予を求める状況にありました。E園の園児や職員は近隣の系列園へ移すこととされていました。裁判所は、これらの事情を踏まえ、閉園は経営上の理由から決断されたと認定しました。

その上で、建物の問題が保育サービスや児童福祉に悪影響を及ぼすものとは考えられず、行政も閉園を求めていなかったことなどから、認証取消事由の存在を否定しました。本判決の結論は、「表明保証違反はあるが閉園損害だけが認められない」ではなく、表明保証違反自体が認められないというものです。

対象会社の損失と、株主である買主の損害

裁判所は、表明保証違反を否定したため、その余の点を検討するまでもなく請求に理由がないとしました。加えて、A社がD社の全株式を保有しているという事情だけでは、E園の閉園による逸失利益等をA社自身の損害とはいえないとも指摘しています。

この補足部分からは、店舗を運営する対象会社の損失と、株式を取得した買主の損害とを区別して請求を構成する必要が読み取れます。本件では、買主が主張した5年分の利益額がそのまま認定されたわけでも、親会社なら子会社の損失を当然に請求できるとされたわけでもありません。

保育事業の買収後に許認可の問題が分かった場合の検討

本件から実務上確認すべき点は、契約で保証した対象と基準時点、問題の是正可能性、行政の対応、事業を継続できなかった具体的理由です。法令違反一般を保証する条項なのか、許認可の有効性や取消事由を保証する条項なのかによって、検討する事実も異なります。

また、閉園や事業統合を決めた理由と、買収前からの問題によって生じた損失とを分けて整理する必要があります。行政との面談記録、建物の調査結果、是正案の検討経過などは、その判断を裏付ける資料になります。この判決だけを理由に、保育所の建物違反について売主が常に免責されると考えることはできません。

薬局買収後の店舗閉鎖と損失補償が問題になった札幌地方裁判所令和2年12月25日判決も、事業継続を妨げた原因を検討しています。ただし、同判決の契約文言・違反主張・損害の判断は別の事案であり、本記事では保育所の認証取消事由と株主の損害を中心に扱っています。

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このページは、東京地方裁判所令和2年11月27日判決における保育所の建物違反、認証取消事由及び閉園損失の判断を解説する判例記事です。表明保証違反の一般的な請求手順や、他業種の閉鎖事例とは扱う問題を区別しています。


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