表明保証に関する裁判例 「M&A仲介業者の成功報酬の請求先は?契約の当事者と買収スキーム」

〔事例〕東京地方裁判所判決平成29年第2493号、平成29年第35867号 業務委託報酬等請求事件第1事件損害賠償請求事件第2事件 令和元年11月13日 

表明保証に関する裁判例として、「東京地方裁判所判決|平成29年(ワ)第2493号、平成29年(ワ)第35867号 業務委託報酬等請求事件」の主な判旨について解説します。  

この裁判の最重要論点は、買収スキームにより、事業承継会社から買収対価を受けた被告(医療法人)の代表者ではなく、直接取引がなく対価も受けなかった被告(医療法人)に対する、原告(M&A仲介業者)の成功報酬支払請求権は認められるか否かです。 

被告Y1医療法人は、対価は受けておらず、全て被告代表理事Y2が受け取るスキームであったことから、同契約に基づく成功報酬支払請求権が発生したとは認められないとしていずれの請求も棄却しました。 

「M&A取引の概要」 

原告X1:本件のM&A仲介業者で、企業経営に関するコンサルタントを目的とする株式会社 

原告X2:事業承継会社。医療に関するコンサルティング及び情報提供等を目的とする株式会社(X2’)で、B社の完全子会社であるC社とD社の共同出資により設立された。 

平成29年11月1日、A社を吸収合併し、現在の商号となった。 

被告Y1:診療所を経営し、科学的でかつ適正な医療を普及すること等を目的とする社団医療法人。 

被告Y2:被告Y1の理事長であり、平成28年3月31日に辞任するまで、被告Y1の出資持分全部及び関連会社A社の発行済株式全部を保有していた者である。 

A社:衛生検査所の運営等を目的とする被告Y1の関連会社で、医療系サービスを事業目的とするメディカル・サービス法人(MS法人)。 

被告Y1のE相談役は、かねてから、高齢となった被告Y2に不測の事態が生じた場合に、同人の後継者がいなかったことや、同人の相続人に対して被告Y1が多額の退職金や出資金を支払わなければならなくなることから、被告Y1の経営に支障が生じるのではないかと懸念していた。 

そこで、E相談役は、遅くとも平成26年頃から、当時被告Y1の顧問を務めていたF顧問とともに、被告Y2に対し、被告Y1の事業承継を行うことを勧めるようになった。 

F顧問はE相談役及び被告Y2に対し、上記事業承継に係るコンサルタントとして、原告X1代表者を紹介した。  

原告X1は、平成26年11月頃から、X2’をE相談役やF顧問に紹介し、本件M&Aについての協議を行っており、同年12月頃から1か月間程度かけて、被告Y1の財産的価値を算定するためのデューディリジェンスを行った。 

平成27年2月9日、原告X1代表者は、被告Y1の事務所において、被告Y1の理事長である被告Y2、E相談役及びF顧問と面談し、改めて本件コンサルティング業務契約書記載の内容を確認し、被告Y2の了承を得た上で、更にコンサルティング業務の報酬について協議をし、最終的に本件覚書記載の内容で合意に至ったことから、F顧問は、本件コンサルティング業務契約書等に被告Y1の契約印等を押印し、上記各書面を完成させた。 

X2’は、被告Y1及びA社についてのデューディリジェンスの実施に当たり、E相談役F顧問及び原告X1代表者は、いずれもX2’に対し、本件コンサルティング業務契約書等を提示せず、ヒヤリングの際にその存在を伝えることもなかった。 

被告Y2が、意向表明書中に記載されていた90億円が無理なら本件M&Aを止めても構わないなどと述べ、成立に難色を示したことから、原告X1代表者は、被告Y2が実質的に90億円を取得することができるよう、原告X1が受領する予定の本件成功報酬から7,000万円を減額することを提案した。 

被告Y2は、これを了承し、平成27年12月9日、X2’に対し、事業承継に関する契約手続を行うことを承諾する旨の書面を交付した。 

平成28年2月5日被告Y2は、原告X1代表者と面談した際、原告X1との間でコンサルティング業務契約を締結した覚えがないなどと言い出し、成功報酬の減額を求めた。 

そこで、成功報酬の支払についてトラブルになると考えた原告X1代表者は、被告Y2と協議し、被告Y2個人との間で、成功報酬として被告Y2が原告X1に対し1億5,000万円を支払う旨の合意をした。 

 本件「コンサルティング業務契約書」です(「甲」とは被告Y1を、「乙」とは原告X1を、「本件取引」とは被告Y1の出資金譲渡又は事業譲渡に関する契約を指す)。 

(ア)コンサルティング業務の委託 

1条 

甲は、乙を本件取引に関する甲のM&Aコンサルタントに指名し、乙は上記指名を受託する。 

3条)報酬等 

甲が、乙の紹介にかかる候補企業と本件取引を締結した場合、甲は、上記取引のクロージング゙日から10日以内に、乙に対して別添覚書に定める成功報酬を支払うものとする。 

本件成功報酬に関する「覚書」です。 

1条 

被告Y1は、原告X1に対し、前項のコンサルティング業務契約の報酬につき、以下のとおりで合意する。 

  1. 上記契約に係る弁護士、公認会計士等の費用は、成功報酬に含まれるものとする。 
  2. 候補企業との本件取引の契約完了は、取引対価の払込みをもってクロージング゙とする。 
  3. 成功報酬は、取引対価(譲渡金額)に応じ、以下のとおりとする。 

① 取引対価(譲渡金額)が100億円(税込)以上の場合、取引対価の4%(税込)とする。 

② 取引対価(譲渡金額)が100億円(税込)未満の場合、取引対価の3%(税込)とする。 

平成28年3月17日X2’と被告Y2は本件M&Aの内容として、①被告Y2がX2’に対しA社の発行済株式全部を55億8,000万円で譲渡すること(本件株式譲渡契約)、②被告Y2がA社に対し被告Y1の出資持分全部を13億5,000万円で譲渡すること(本件出資持分譲渡契約)及び③被告Y1が被告Y2に対し退職慰労金20億円を支払うことを合意し平成28年3月31日被告Y2に対し上記各金銭が支払われ本件株式譲渡及び本件出資持分譲渡が実行された。 

被告Y2とX2’との「株式譲渡契約条項」です。 

2条3条 

被告Y2は、X2’に対しAの発行済株式全部を55億8,000万円で譲渡する。 

4条 

本件株式譲渡の実行は、同月31日又は当事者が別途合意する日に行う。 

被告Y2とA社との「出資持分譲渡契約条項」です。 

2条3条 

被告Y2は、Aに対し、被告Y1の出資持分全部を13億5,000万円で譲渡する。 

4条 

本件出資持分譲渡の実行は、同月31日又は当事者が別途合意する日に行う。 

6条1項 

被告Y2は、本件出資持分譲渡契約締結時において、X2’に対し、次の事項が真実かつ正確であることを表明し、保証する。 

(同条3項) 

本出資持分譲渡に関する費用等本出資持分譲渡及び本契約に関連して、譲渡人(被告Y2)及び対象法人(被告Y1)が締結した契約に基づき、弁護士、公認会計士、税理士その他のアドバイザーに対してサービス料、紹介料、仲介料、手数料、報酬その他これらに類する対価で、対象法人がその支払義務又は責任を負うものは、譲渡人が知り得る限り、存在しない。 

9条1項 

被告Y2及びAは、相手方が本件出資持分譲渡契約に基づく義務又は表明若しくは保証に違反し、それに起因して損害、損失又は費用(第三者からの請求の結果として生じるものか否かを問わないものとし、合理的範囲における弁護士費用も含む。)を被った場合には、上記損害等の補償を相手方に対して請求することができるものとする。被告Y2の本件表明保証条項違反により被告Y1に損害が生じた場合には、当該損害等の全額を、補償請求を行ったAに生じた上記損害等とみなす。 

原告X1は、本件M&Aに基づく取引対価の払込み後10日が経過した後も被告Y1に対して本件成功報酬の支払を請求しておらず、平成28年8月23日になって初めて、本件成功報酬2億6,790万円の支払を請求するに至った。 

請求の概要

原告X1(M&A仲介業者)が、被告Y1(医療法人)と、その関連会社であるA社に係るM&A(吸収合併)についてコンサルティング業務契約を締結し、これを履行したとして、被告Y1に対し、取引対価合計89億3,000万円の3%に相当する成功報酬2億6,790万円の支払を請求しました。 

結論の概要

裁判所は、被告Y1(医療法人)とのコンサルティング業務契約は締結されたが、被告Y1(医療法人)は、対価は受けておらず、全て被告代表理事(Y2)が受け取るスキームであったことから、同契約に基づく成功報酬支払請求権が発生したとは認められないとして、いずれの請求も棄却しました。 

結論に至る論理の概要

業務委託報酬等請求事件(第1事件) 

争点本件コンサルティング業務契約の成否及び本件成功報酬支払請求の可否について  

被告Y1(医療法人)は、次のように主張し、本件コンサルティング業務契約の成否及び本件成功報酬支払請求の可否について、争っていました。 

本件事業承継の買収スキームが、その対価を被告Y1医療法人は受けず、全て被告代表理事Y2が受け取るスキームであり、被告代表理事Y2個人が、原告X1M&A仲介業者と成功報酬の交渉をしていたこと、仮に被告Y1医療法人成功報酬を支払うこととなれば、医療法に抵触することになる等と主張し、被告Y1医療法人に対する成功報酬支払請求権が発生したとは認めらないとして争っていました。  

裁判所は、以下のとおり、判決しました。 

「原告X1と被告Y1との間で、本件コンサルティング業務契約書等に基づくコンサルティング業務契約が締結されたと認められるものの、本件M&Aのスキームが、持分や株式の譲渡対価及び退職金を被告Y2のみが受領するものとして成立したことにより、同契約に基づいて、原告X1の被告Y1に対する本件成功報酬の支払請求権が発生したとは認められない。 

また、被告Y2個人が本件成功報酬を支払うことを前提とした交渉をしていることが認められ、原告X1も、成立した本件M&Aのスキームを前提とすると、被告Y1が本件成功報酬を支払う義務を負うと考えていなかったことがうかがわれる。 

さらに、本件コンサルタントの成功報酬額は、被告Y1の買収価額に影響を及ぼすことが容易に予想されるにもかかわらず、また本件表明保証条項にも抵触しかねないところ、事業承継先に何ら伝えていなかったという事情は、いずれも、被告Y2、E相談役F顧問及び原告X1代表者は、被告Y1が本件成功報酬の支払義務を負っていないものと認識していたことを推認させるものである。 

以上のとおり、原告X1の被告Y1に対する請求は、他の争点について判断するまでもなく理由がない」として、原告X1の請求を棄却しました。