表明保証に関する裁判例10  判決の判旨「M&A信託業法違反(本人確認義務違反)による表明保証違反の補償請求事案」 

〔事例10〕東京地方裁判所|平成27年(ワ)第35865号 損害補償請求事件 平成30年7月20日 (信託業法事件)

控訴審判決(東京高判平30.12.26)

表明保証違反による損害の範囲について、補償条項の文言と因果関係の範囲が問題となったケースです。

本件は、法令順守に関する表明保証について、信託業法の法令違反があったとして、原告が被告に対し、補償条項に基づき対象会社の財産減少分の損害補償請求をした事案です。

裁判所は、売主の表明保証違反により生じた損害・損失または費用を補償する補償条項について、「その文言に照らせば、表明保証した内容が真実と異なったことにより買主が被った損害を広く含む趣旨と解するのが相当」としつつ、一定の損害については、相当因果関係が無いことを理由に、損害補償請求を認めませんでした。

M&A取引の概要

原告:M&Aアドバイザリー事業・タックスリース・アレンジメント事業・保険仲介人に関する事業・不動産関連事業などを業とする株式会社。

被告:財産の管理・企業コンサルティング及び企業経営などを業とするスイス法人。代表者B。

買収対象会社:被告の子会社である株式会社P信託。

平成21年3月24日に設立された信託業務・財産の管理業務及びこれらに付随関連する業務などを業とする会社。

平成26年12月8日、Q信託株式会社から現商号に商号変更。

平成21年9月1日~平成27年4月15日、被告の代表者Bが代表取締役であった。

平成26年10月31日、原告は、被告から被告の完全子会社であった株式会社P信託を、株式譲渡契約により全株式代金8億1,010万円を支払って買収しました。

3条 表明保証

被告は、原告に対し、平成26年10月30日(本件株式譲渡契約締結日)及び同月31日(クロージング日)において、以下のとおり表明し、保証する。

(中略)

(25項)法令遵守

対象会社は、業務を遂行するにあたり、対象会社に適用される日本の法令の重要な点について全て遵守してきた。

(27項)情報開示

被告が原告に対して行った対象会社に関する情報開示は、重要な点については全て、真実であり、正確であり、そして、完全なものである。

8条 損害補償

被告は、本件表明保証条項に違反した場合で、原告からの補償請求の内容や請求金額を記載した通知書(「クレーム・ノーティス」)受領後合理的な期間内に当該違反状態を治癒しないときは、本件株式譲渡契約8条に基づく原告の請求が被告により承諾されるか裁判上認容された限りにおいて、原告に対し、被告の表明保証違反により生じた損害、損失又は費用(合理的な金額の弁護士費用も含む)を補償する。

 

原告は、対象会社が日本の法令を遵守して業務を遂行していると表明保証したにもかかわらず、その事業として締結していた信託契約について、「犯収法」第4条1項に違反する本人確認義務違反等があり、その顧客との信託契約を解約せざるをえず損害を被ったと主張して、平成27年10月23日、補償条項に基づき財産減少分の損害賠償を請求しました(本件クレーム・ノーティス)。

これに対し、被告は、平成27年10月29日頃、原告の主張には理由がなく本件クレーム・ノーティスによる請求は受け入れられない旨の回答書を送付しました。

請求の概要

被告は、原告に対し、9038万5928円及びこれに対する平成27年10月24日(クレーム・ノーティス到達日の翌日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(損害賠償額の内訳)

  • 本件信託契約の解約による対象会社の価値毀損 7,224万5,000円
  • 原告の人件費及び間接費 202万6,169円
  • 対象会社の人件費、間接費及び出張費 520万9,478円
  • 原告による調査に要した法律事務所費用 34万5,276円
  • 対象会社による本件各契約の解約に要した法律事務所費用 56万5円
  • 原告の調査及び補償請求に関する法律事務所費用(見込み) 1,000万円

結論の概要

1 被告は、原告に対し、4,439万6,354円及びこれに対する平成27年10月24日(クレーム・ノーティス到達日の翌日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

(損害賠償額の内訳)

  • 本件信託契約の解約による対象会社の価値毀損:4,039万6,354円
  • 原告による調査に要した法律事務所費用:34万5,276円
  • 対象会社による本件各契約の解約に要した法律事務所費用:56万5円
  • 原告の調査及び補償請求に関する法律事務所費用:400万円

裁判所は、「本件補償条項は、被告が表明保証した内容が真実と異なったことにより原告が被った損害を広く含む趣旨であるところ、被告が表明保証をした売主の法令遵守(信託契約に関する「犯収法」の本人確認義務)について真実と異なっており、その結果被った損害は、企業価値減少分として同視でき、被告は財産減少分(本人確認義務違反により解約を余儀なくされた信託契約の現在価値)と弁護士費用などの損害賠償義務を負う」と判示しました。

一定の損害については、相当因果関係が無いことを理由に損害として認めませんでした。

結論に至る論理の概要

争点①表明保証違反について

判示:被告には、信託業に要求される以下の法令違反があり、法令順守に関する表明保証に違反すると認定しました。

  • 対象会社は、C及びDの信託契約において要求されている本人確認書類の提示を受けておらず、犯収法第4条1項と同法施行規則第7条1号、4号に違反する(C及びDはロシア在住であるが、家族がロンドンに居住していることを理由に、契約上の住所をロンドンの住所とし、その確認はされている)。
  • 対象会社が信託業法第7条1項の登録を受けていない「外国の法令に準拠して設立された法人」であるスイスの運用会社Rに、本件各信託契約に係る信託財産の運用を委託したことは同法第22条1項2号に違反する。
  • 「登録金融機関のうち、投資運用業を行う者その他政令で定める者」(金融商品取引法第61条1項)に該当しない対象会社が、「外国の法令に準拠して設立された法人」であるスイスの運用会社Rに本件各信託契約の信託財産の運用を委託したことは、同法に違反する。

※外国の信託運用会社へ委託するには、管理型信託会社が信託運用のライセンスを有しているか、日本の信託運用会社を経由して委託すれば可能です。

これらの違反は、コンプライアンスが重要視される金融機関にとって、「重要な点」に関するものです。

争点②因果関係及び損害額について

判示:原告は本件株式譲渡契約締結前に既存事業の継続を前提とした事業計画を提出し、株式譲渡契約締結後も既存事業を継続させることを予定していました。

裁判所は、「原告が、本件株式譲渡契約締結当初から外部に運用を委託していた本件各契約を含む既存事業の廃止を予定していたと認めることはできず、前記認定に係る経緯に照らせば、本件各契約の解約を余儀なくされたのは、本件本人確認義務違反の存在が判明し、これを治癒することができなかったためであると認めるのが相当である。そうすると、本件本人確認義務違反と本件各契約の解約との間には因果関係を認めることができる」と判示しています。

損害額については、「本件補償条項は、被告の表明保証違反により生じた原告の損害を被告が補償すべき旨を定めているところ、その文言に照らせば、「表明保証違反により生じた損害とは、表明保証した内容が真実と異なったことにより原告が被った損害を広く含む趣旨と解するのが相当である。したがって、原告は、本件補償条項に基づき、被告に対し、本件各契約に法令違反があったこと、すなわち本件本人確認義務違反があったことにより被った損害の補償を求めることができると解される」としています。

C及びDの信託契約は、対象会社の信託事業の受託資産6割以上を占めていた上、平成25年7月~平成26年6月までに受領した信託報酬のうち約51%を占めていました。

損害額の算定にあたっては、契約期間は自動更新しないとした契約期間が相当であるとし、すなわち、信託契約の価値(信託契約が継続していれば得られたであろう信託報酬相当額から、信託契約を維持するために要したであろう費用を控除した金額を、現在価値に引き直したもの)の減少分を損害とし、口頭弁論終結時の円ドル換算レート106.99円を前提に4,039万6,354円を損害額と認定しました。

被告は、これらの損害賠償金と平成27年10月24日(クレーム・ノーティスの翌日)から支払済みまで、法定利率年6分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うと認定しました。

また、それに伴う調査費用および弁護士費用は、400万円が相当とし損害と認めました。

しかし、人件費及び間接費については、「各役員等の基本給や本件本人確認義務違反への対処に要した時間を認定するに足りる的確な証拠はなく、原告が主張する上記が本件本人確認義務違反と相当因果関係のある支出であることを認めるには足りないから、原告の主張は採用することができない」として認めませんでした。

なお、本件は控訴されていますが、控訴審判決(東京高判平30.12.26)でも、実質的には本判決の結論を維持しています(損害認定額の変更は、控訴審の口頭弁論終結時の円ドル換算レートによるものです)。

争点③権利濫用及び信義則違反について

判示:原告は、株式譲渡契約に先立ち対象会社に対する法務DDを行いましたが、裁判所は、「原告が本件本人確認義務違反を具体的に認識していたことを認めるに足りる証拠はない。また、対象会社のコンプライアンス担当者自身も認識していなかった本件本人確認義務違反を、限られた時間内でのデューディリジェンスで発見できなかったとしても、そのことをもって原告が本件補償条項に基づく補償を請求することが信義則に反し、あるいは権利濫用に当たると解すべき根拠はない。したがって、原告の請求が信義則に反し権利濫用に当たるという被告の主張は採用できない」と判示しています。