税務申告漏れと表明保証の補償義務・損害額―東京高等裁判所平成30年10月4日判決

税務申告漏れが発覚した会社の株式買収について、東京高等裁判所は9714万8061円の賠償を命じた一審の結論を維持しました。一方、表明保証違反そのものと、契約で定めた損害填補義務の不履行を区別し、請求の法的な構成を補正しています。
本ページでは、東京高等裁判所平成30年10月4日判決について、事案と契約条項を踏まえ、補償義務の根拠、損害額及び株式再譲渡後の請求の判断を解説します。
判決と株式譲渡の事案
対象は東京高等裁判所平成30年10月4日判決、平成30年(ネ)第2772号です。原審は東京地方裁判所平成30年3月28日判決、平成26年(ワ)第29077号です。以下では買主をA社、売主をBさん、対象となった水産物販売会社をC社と表記します。
A社は平成24年2月27日、BさんからC社の全60株を1億5000万円で取得しました。その後の税務調査で、過年度の売上除外や、消費税の仕入税額控除に必要な請求書等の不保存が問題となり、C社は修正申告をしました。
A社は、税務申告等に関する表明保証に違反するとして1億0794万2000円を請求しました。一審は9714万8061円及び遅延損害金の支払を命じ、その余を棄却しました。Bさんが敗訴部分を不服として控訴したのが本件です。
高等裁判所は控訴を棄却しました。認容額を変更したのではなく、判断理由の一部を補正して一審の結論を維持しています。
契約の表明保証条項と損害賠償条項
原判決の別紙に掲載された関係条項は次のとおりです。引用中の「原告」は買主A社、「被告」は売主Bさん、「本件会社」はC社を指します。
3条1項柱書 被告は、原告に対し、本件契約の締結日及び決済日において、以下の事項が重要な点において真実かつ正確であることを表明し保証する。
3条1項(3)③ 原告に交付済みの平成23年3月31日現在の本件会社の貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書及びその付属明細書等の第11期計算書類は、決算期末時点での本件会社の財務状態及び営業成績を適正に表示していること。また、原告に交付済みの同年4月1日以降の本件会社の各月の残高試算表は、一般に公正妥当と認められている会計原則に従い作成されており、本件会社の通常の期中に作成される財務諸表と同等の程度に正確なものであり、同日以降の各月末現在の本件会社の財務状態及び営業成績を適正に表示していること。また、被告の知り得る限り、同日以降、本件会社の資産及び負債は、本件会社の通常の事業の遂行に伴う変動を除き、大きな変動をしていない。
3条1項(3)⑧ 本件会社は、本件契約の締結日以前に納付期限が到来した、本件会社に課せられた法人税その他の公租公課(社会保険料を含む。)につき適法かつ適正な申告を行っており、その支払及び納付を完了していること。
3条1項(3)⑰ 上記各号に記載する他、本件株式の譲渡の内容に関する原告の判断に影響を及ぼす情報及び本件会社の経営に影響を与える事実(保証債務、損害賠償債務等経営に影響を及ぼす簿外負債の存在、将来具体化する課税問題や係争問題の原因となる事実を含む。)が存在しないこと。
6条1項 被告は、本件契約に基づく被告の義務又は3条1項に定める被告の表明及び保証の違反によって原告が被った損害、損失及び費用の賠償をするものとする。
売上除外の認定、契約前の課税原因及び買主の過失に関する一審の判断は、売上除外・未払租税債務と表明保証違反―東京地方裁判所平成30年3月28日判決で詳しく解説しています。
本件では、適法・適正な申告と納付を定めた申告条項、将来具体化する課税問題の原因等がないとする判断影響条項、違反による損害等の賠償を定めた第6条第1項が、判断の中心になりました。
表明保証を知らなかったという売主の主張
Bさんは、会計や経理の専門知識に乏しく、契約書の最後の署名押印欄だけを示されたため、表明保証条項の存在を認識していなかったと主張しました。以前に別の買受人を想定して作成された契約書案には、表明保証条項がなかったことも挙げています。
高等裁判所は、Bさんが株式を1億5000万円で売却する契約であると認識していたこと、以前の案と実際の契約書では条項数等が一見して異なること、署名した部分に実際の相手方の旧商号が記載されていたことを検討しました。そして、契約書の成立の真正の推定を妨げる事情や、表明保証の合意を否定する特段の事情は認められないとしました。
専門知識が乏しいという説明だけで判断したのではなく、実際に署名した契約書と交渉段階の案の相違を含めて判断しています。
修正申告の内容が信用された理由
Bさんは、修正申告は課税当局に促されて行われ、十分な検討がされていないと争いました。これに対し高等裁判所は、税理士が総勘定元帳その他の会計資料と課税当局の提示資料を突き合わせ、経理担当者にも取引内容を確認していたことを重視しました。
税理士が「調査する時間的余裕がなかった」と回答した箇所も、資料を初めて示された当日の状況に関する回答でした。その後も調査をしていなかったという意味ではありません。判決は回答の文脈を確認し、修正申告の正確性を否定する根拠とはしませんでした。
また、個人名義の取引であって会社の売上ではないという説明や、仕入れの伝票を保存していたという説明についても、税理士の答申書、会計資料及び証言を検討し、修正申告の内容を覆すものとは認めませんでした。申告をした事実だけから機械的に表明保証違反を認めた事案ではありません。
一審と控訴審で異なる、補償義務の法的な説明
一審は、表明保証違反による債務不履行を理由とする賠償義務を認め、損害賠償条項は民法の一般原則を確認したものと説明していました。
これに対し高等裁判所は、表明保証自体は一定の事項が真実かつ正確であると表明・保証するものであり、それ自体の債務不履行を観念することはできず、その違反による損害は本件損害賠償条項によって填補されると説明しました。
その上で、売主が契約上の填補義務を履行しないときに、買主がその債務不履行に基づく同額の損害賠償請求権を取得すると整理しています。表明保証違反を否定したり、補償条項を無効にしたりしたものではありません。
確かに、本件表明保証条項は、一定の事項が真実かつ正確であることを契約の相手方に対して表明保証するものにすぎないから、それ自体の債務不履行を観念することができず、その違反に基づく損害については本件損害賠償条項があって初めて填補されるものである。
これは本判決が本件契約について示した法的な説明です。本判決だけから、表明保証に関する全ての契約・請求について確立した一律の法理があると断定することはできません。
賠償額や請求期間の定めがなくても無効とされなかった理由
Bさんは、損害担保の合意がなければ損失は填補されないところ、本件条項は賠償額や請求期間を定めておらず、不特定であると主張しました。
高等裁判所は、条項の文言から、申告条項等の違反と相当因果関係のある損害等を全て填補する趣旨であると合理的に解釈できるとして、不特定との主張を退けました。
本件損害賠償条項は、その文言に照らすと、本件申告条項等の違反と相当因果関係のある損害等の全てを填補する趣旨であると合理的に解釈することができるから、賠償額や請求期間の定めがなくても、その内容が不特定であるということはできない。
期間の記載がないことを理由に無効とはならないという判断であり、いつまでも無制限に請求できるという判断ではありません。契約で補償期間や救済手段を限定している事案は、未計上負債の補償請求期限と救済手段の限定で扱っています。
9714万8061円という損害額の算定
裁判所が比較したのは、租税債務が存在しないと仮定した株式価値と、租税債務が存在する実際の株式価値です。未納税額そのものや、買収代金1億5000万円がそのまま賠償額になったわけではありません。
買収前の評価報告は、租税債務を織り込まず、修正純資産方式による2237万2610円と、将来のキャッシュフローを現在価値に割り引くDCF方式による1億9351万1969円を、5対5で加重平均していました。中心値は1億0794万2290円で、上下10%の幅が示されていました。
後の再計算では、未納税額を反映した修正純資産方式の評価額はマイナス1億2024万円でしたが、DCF方式の評価額は1億0745万4000円でした。両方式がいずれもゼロだったのではありません。両者を5対5で加重平均した結果がマイナス639万3000円となることなどから、裁判所は実際の株式価値をゼロと判断しています。
租税債務がない場合の価値については、買収前報告の評価幅の下限である9714万8061円を少なくとも認められる額としました。これと実際の価値ゼロとの差額が、認容された損害額です。
この評価方式や割合は本件の資料を合理的と認めて採用したもので、全ての会社の買収紛争で5対5の加重平均を用いるという一般基準ではありません。
株式を再譲渡しても、損害賠償請求権まで移ったとはされなかった
A社は取得した株式を後に第三者へ1万円で売却していました。Bさんは、A社が株式を資産から外す一方、損害賠償請求権を資産計上していないことから、請求権も一緒に譲渡する黙示の合意があったと主張しました。
高等裁判所は、1万円という株式の売却価格に当然に損害賠償請求権の価値が含まれるとは考えにくく、資産計上をしていないことだけでその請求権を譲渡する合意を認めることはできないとしました。株式と買主固有の補償請求権は、区別して検討されています。
本判決を契約と紛争対応にどう生かすか
本判決では、保証対象の記載、損害填補条項、申告内容を裏付ける会計資料、株式価値の算定及び再譲渡時の合意が、別々の論点として検討されました。表明保証という見出しの有無だけでなく、違反時に誰が何を補償する契約なのかを具体的に確認することが重要です。
買収後の税務問題では、対象会社が負担する租税債務と、買主が被った株式価値の減少を混同せず、請求の根拠と算定資料を対応させる必要があります。売上低下や閉鎖との因果関係の立証が問題となった事案との違いは、薬局買収後の閉鎖と表明保証違反の損失補償で確認できます。
出典:東京高等裁判所平成30年10月4日判決・平成30年(ネ)第2772号、東京地方裁判所平成30年3月28日判決・平成26年(ワ)第29077号。契約条項は原判決別紙1、控訴審の引用は同判決本文によります。
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