表明保証に関する裁判例10-IV判決の判旨「表明保証違反の補償請求についてアンチ・サンドバッキングルールを採用した裁判例-M&A財務諸表開示時点と損害の範囲」

〔事例4〕 東京地方裁判所| 平成23年4月15日|平成21年(ワ)第47700号 損害賠償請求事件 (レベニューシェア事件)

アルコ事件のように、原告の主観について、契約上明示されていなかったアンチ・サンドバッキングルール(買主に悪意・重過失があれば、売主に責任追及できない)を、契約条項文趣旨からアンチ・サンドバッキングルール的に解釈した裁判例です。

M&A取引の概要

原告:携帯電話利用者のためのコンテンツ制作事業・広告事業・サイト運営事業等を営む株式会社。

被告:インターネット等のネットワークを利用した商品の売買システムの設計等を営む株式会社。

平成20年7月当時、株式会社Aの全株式を保有していた。

株式会社Aは、デジタルコンテンツの制作及び販売並びに広告事業等を営む株式会社であり、平成20年7月1日、完全子会社であった株式会社Bを吸収合併し、その権利義務を包括承継しました。

その後、原告は平成20年7月30日、被告の買収交渉を開始し、DDを行いましたが、その際平成19年12月末期の財務諸表と、E社売掛金債権315万円を資産計上した平成20年7月30日時点の残高試算表が開示されました。

A社のかつての子会社であったB社には、平成19年12月頃契約したG社に対するレベニューシェア(共同開発契約による収益の分配金)の債務があり、平成20年7月ころ、A社はG社との間で本件コンテンツを通常よりも短い期間で追加納品をする契約をしており、追加納品1本につき4万円(消費税別)の追加納品代金をレベニューシェアとは別に支払うことに合意していました(「本件追加納品契約」)。

そして、9月29日の株式譲渡契約時点において、本件追加納品代金支払債務を負っていましたが、A社はこれを開示していませんでした。

また、E社に対する売掛金315万円を除き、履行遅滞となる債権は存在しないこと、本件株式譲渡契約締結日までの間に開示を受けたものを除き、A社の年間支出額が100万円を超える可能性を有する契約は存在しないことを表明保証していました。

原告と被告は、平成20年9月29日、株式譲渡契約を締結し、同年9月30日、A社の全株式を代金1億4,300万円支払い取得しました。

原告は、被告によるA社の財務諸表と残高試算表の開示に表明保証条項違反があり、損害を被ったとして、補償条項に基づき被告に損害賠償請求した事例です。

請求の概要

<主位的主張>

被告は、原告に対し、合計5,879万5,688円を支払え。

(損害賠償額の内訳)

  • 本件譲渡価格と被告の表明保証条項違反がなかったと仮定した場合にDCF法に基づき算定されていたはずの株式譲渡価格との差額5,329万5,688円
  • 弁護士費用:550万円

<予備的主張>

原告は、予備的主張として、損害賠償額合計2,806万1,602円を支払え。

(損害賠償額の内訳)

  • G社に対する共同開発契約に基づく支払債務:250万4,250円
  • レベニューシェア(共同開発契約による収益の分配金)の支払債務:1,228万7,352円
  • 不開示の追加納品代金の支払債務:252万円
  • 架空のE社に対する売掛金:315万円
  • H社に対する広告掲載料(システム業務委託費用)の支払債務:210万円
  • 弁護士費用:550万円

結論の概要

被告は、原告に対し、623万円を支払え。

損害賠償額の内訳は、以下のとおりです。

  • G社に対するレベニューシェア(共同開発契約による収益の分配金)に基づく、不開示の追加納品代金支払債務:252万円
  • 架空のE社に対する売掛金315万円
  • 弁護士費用56万円

結論に至る論理の概要

争点 表明保証条項違反について

判示:表明保証対象である「財務諸表の作成基準日(平成19年12月31日)以降、A社の財務状態・経営成績・キャッシュフロー・事業・資産・負債または将来の収益計画に悪影響を及ぼし、またはそのおそれのある事由もしくは事象には発生していないこと」という表明保証条項の文言の趣旨が問題となりました。

裁判所は、同文の趣旨は、「開示された財務諸表の作成基準日以降に生じ、財務諸表に反映されていないため、原告(買主)が知り得ない、A社の財務状態等に悪影響を及ぼし又はそのおそれのある事由もしくは事象についての危険を被告が負担することにあると解され、財務諸表の作成基準日以降に何らかの債務が発生すれば直ちに同文違反となると解されるものではないから、「事由もしくは事象」とは、原告が認識し得ないものに限られると解される」、とアンチ・サンドバッキングルール的に解釈しました。

その上で、「被告には、A社のG社に対する不開示の追加納品代金支払債務252万円の存在、並びに開示されたA社の平成20年7月31日時点の残高試算表に資産計上されたE社売掛金債権315万円の不存在について、表明保証条項違反が認められる」と判示しました。

G社に対するレベニューシェア(共同開発契約による収益の分配金)の支払債務と、H社に対する広告掲載料(システム業務委託費用)支払債務については、契約の存在と請求書を受領していない旨説明されていたことから、表明保証の違反は認められないとしています。

5条 表明保証

被告は、原告に対し、本件株式譲渡契約締結日(但し、特定の日が明示されている場合には、かかる日)において、次の事項が真実かつ正確であることを表明し、保証する。

(中略)

(12項) 財務諸表
財務諸表の作成基準日以降、A社の財政状態、経営成績、キャッシュフロー、事業、資産、負債又は将来の収益計画に悪影響を及ぼし、又はその虞のある事由若しくは事象は発生していないこと。

A社のE社に対する売掛金315万円を除き、履行遅滞となる債権は存在しないこと。

また、E社に対する売掛金については平成20年9月末日までにA社に支払われる予定であること。

A社のE社に対する売掛金315万円について、クロージング日までに、貸倒処理を行うこと。

(16項) 情報開示
本件株式譲渡契約書添付のDD関連質問事項の回答その他被告又はA社が原告又はその代理人に開示した本件株式又はA社若しくは被告に関する一切の情報は、いずれも真実かつ正確であり、被告には、被告が認識しているA社に関する事実でA社の事業に悪影響を与える事実についての秘匿はないこと。

8条 補償
被告は、クロージング日から1年3か月以内に、本件株式譲渡契約に基づく被告若しくはA社の義務の違反又は上記に定める被告の表明及び保証の違反に起因して、原告が損害、損失又は費用(第三者からの請求の結果として生じるものか否かを問わない。また、逸失利益及び弁護士費用も含む)を被った場合、かかる義務違反又は表明保証条項違反と相当因果関係のある損害等を賠償又は補償する。

なお、当該損害等の賠償額は、本件譲渡価格の総額を上限とする。