表明保証に関する裁判例「M&Aの買主が被告らの表明保証違反により保育所を閉園せざるを得なくなって損害を被り債務不履行に基づく損害賠償及び遅延損害金の支払を請求したが原告の請求が全面的に棄却された事案」

〔事例〕東京地方裁判所❘2年11月27日❘平成29年(ワ)第44186号 損害賠償請求事件

M&A取引の概要

本件は、保育所経営等を行う原告のA株式会社が元代表取締役及び取締役であ〕被告のB1・B2の間で株式譲渡契約を締結したことがきっかけです。取引内容は以下の通りです。

原告と被告らは,平成26年11月27日,以下の約定の株式譲渡契約(以下「本件株式譲渡契約」という。)を締結した。

  1. 原告A社は、被告B1・B2に対し原告A社の発行済株式200株を3,000万円で売却し、さらに取締役退職慰労金として合計6,000万円を支払う。 また、原告A社は被告B1からの借入金9,000万円を分割で返却する。
  2. 被告ら及びB社は,原告に対し,本件株式譲渡契約締結時点において,以下の事項等につき表明し保証する。(第13条)(以下「本件表明保証条項」という。)
(ア)被告ら及びB社が開示した資料並びに報告が全て真実であり,B社の開示した資料及び報告以外に株価の算定に重大な影響を及ぼすべき事実が存在しないこと。(第3号)

(イ)B社は,B社が現在行っている事業を行うために必要な政府の許可,認可,登録,届出,公的資格等を全て適法かつ有効に取得し,これを維持していること。(第7号)

(ウ)B社が保有している許認可等について,被告らの知り得る限り,当該許認可等が無効になり,取り消され,または更新することができなくなる事由は存在せず,また,その原因となる事実も存在しないこと。(第8号)

請求の概要

本件における、原告A社の請求の概要は次の通りです。

  1. 被告B1の指示により本件建物の増改築工事における認定申請がされておらず、ビルが建ぺい率オーバーの建築基準法違反の物件になったと訴えました。その結果、建ぺい率違反を理由に保育所を閉園せざるを得ず、原告A社が被害を受けたとの主張です。
  2. 被告B1・B2が株式譲渡契約に締結した表明保証責任を果たしていれば、虚偽図面での認証申請は行われず、保育所の閉園にもつながらなかったため、本来得られるはずだった利益分の損害賠償及び遅延損害金を原告側が請求しました。

次に被告B1・B2の主張の概要は次の通りです。

  1. 株式譲渡契約締結時点では、本件建物の敷地面積及び建ぺい率に問題はなく、原告A社は以前に一級建築士の証明書も提出していることから違反はないと主張しました。
  2. 株式譲渡契約における表明保証責任とは、株式譲渡契約日当日及び取引時点における株価の算定において、重大な影響を及ぼす事実が存在しないことを表明保証するものです。被告側が故意に建ぺい率違反の建物を建築するよう指示した事実はなく、最終的な建物の建築確認を行うのも建物所有者の原告A社であるとの主張です。

結論の概要

裁判所の下した結論は次の通りです。

(1)原告の請求はいずれも棄却する。
(2)訴訟費用は原告の負担とする。

結論に至る論理の概要

裁判所が上記の判断に至った論理の概要は次の通りです。

  1. 裁判所は被告B1・B2が認証保育所の認証取消事由に該当することを知り得た立場にありながら、原告A社に伝えなかったことは表明保証責任に違反しているとしました。一方で、それだけで認証取消しにつながるほど重大な過失に該当するとはいえず、本件建物の増改築は構造そのものに影響与えるものではないと判断しました。また、本件建物の原状回復は容易なことから、保育所のサービスの質低下につながらないとの判断でした。
  2. 原告A社が訴える本件ビルの建ぺい率違反は、シャッターの取り外しによって建築面積が10平方メートル程度超えたものでした。しかし、直ちに建物の安全性に影響を及ぼすものではないと判断されました。また、株式譲渡契約が締結された時点では建ぺい率違反の状態にはなかったことから、原告A社の主張するような保育所の閉園が必要になる事情があったとは考えにくいと判断されました。
  3. 本件の建物について原告A社は建築確認を行っていないが、一級建築士の提出した証明書で認証保育所として認められており、行政からも児童福祉施設として問題がないことがわかります。今後も認証保育所、認証取消しを行うとは考えにくく、建ぺい率違反を理由とした閉園が必要な状況だったとは認められないと判断されました。
  4. 原告A社は虚偽の平面図による申請が取消事由に該当すると主張しているが、原告A社が当該保育所の事業譲渡を受ける前に別の事業者が建築確認を行っていました。その後10年以上行政からの指導も入っておらず、児童福祉施設としての利用には当面問題がないと行政が判断していることがわかります。
  5. 原告A社は建ぺい率違反だけを理由に挙げ、行政の働きかけも無視して閉園を決定した経緯があります。保育所を継続する努力もしておらず、原告A社の運営方針変更が職員の大量退職と保育の質の低下も招きました。経営状況の悪化が閉園の直接的な原因であり、被告B1・B2の表明保証責任違反で保育所の認証取消しと閉園による逸失利益が発生したとはいえないと判断されました。

以上の論理から、裁判所は原告の請求をいずれも棄却としました。