薬局買収後の閉鎖と表明保証違反の損失補償―札幌地方裁判所令和2年12月25日判決

薬局の買収後に法令違反を疑う事情や経営悪化が判明しても、それだけで買収代金相当額の補償が認められるわけではありません。本判決は、契約の表明保証に違反する事実が立証されたかを検討した上で、仮に違反があっても薬局閉鎖による損失との因果関係は認められないとして、買主側の請求を棄却しました。
本ページでは、札幌地方裁判所令和2年12月25日判決の事案、契約条項及び判断過程を解説します。
判決と取引の概要
対象は、札幌地方裁判所令和2年12月25日判決、平成29年(ワ)第1617号・損失補償請求事件です。保険薬局の指定取消処分の取消しや仮処分を求めた事件ではありません。実際に指定取消処分が行われた事案でもありません。
以下では、買主をA社、売主である法人をB社、もう一人の売主をCさん、対象会社をD社、その代表者で薬剤師でもあった人物をEさんと表記します。A社は訴訟中に吸収合併され、承継会社が訴訟を引き継いでいます。説明では両社をまとめて買主側と呼びます。
D社は在宅調剤を専門とする保険薬局を運営し、平成28年12月当時、Eさんを含む薬剤師3名で約50の施設と取引していました。買主側は在宅調剤のノウハウや人材の承継を期待し、調査を経て株式取得に進みました。
- 平成28年12月7日:買主が意向表明書を提出しました。
- 同月21日:株式譲渡契約を締結しました。
- 平成29年1月5日:全180株の譲渡が実行され、代金が支払われました。
- 同年7月31日:買収後の薬局が閉鎖されました。
譲渡代金はB社の160株について2億1779万2000円、Cさんの20株について2722万4000円、合計2億4501万6000円でした。薬局の閉鎖後、その機能は買主側の他のグループ薬局に引き継がれました。
買主が求めた補償と争点
買主側は、買収前からの不適切な運営が契約の表明保証に違反し、適法に運営すれば赤字になるため閉鎖せざるを得なかったと主張しました。請求額は2億5960万7276円です。
その内訳は、譲渡代金から純資産額970万8724円を控除した2億3530万7276円に、弁護士費用相当額2350万円及び印紙代80万円を加えたものでした。買主側は、引き継いだ事業の価値をさらに控除する予備的な計算も示しています。いずれも買主側の請求の組み立てであり、裁判所がこの額の損失を認定したわけではありません。
主要な争点は、薬歴簿や調剤等の実態が表明保証に違反するか、そして主張された違反が薬局の閉鎖と損失を生じさせたかという点でした。
株式譲渡契約に定められた表明保証
判決に掲げられた第10条第1項及び関係各号は、次のとおりです。引用中の契約上の呼称「甲等」は売主ら、「丙」は買主を指します。当事者の実名ではありません。
第10条(表明・保証)
1項 甲等は,本契約締結日及び譲渡日現在において,以下の各号に定める事項を丙に対して表明しかつ保証する。5号 本契約締結に至るまでに甲等から丙へ開示または提供された文書及び情報は,全て真実であり,重要な不実記載または重要な事実の欠缺がないこと,また本契約に基づく義務の履行に際し丙の判断に影響を及ぼす重要な事項は,全て丙に対して開示または提供されていること。
6号 対象会社は,現在及び過去において,いかなる政府,地方自治体,規制機関,裁判所または仲裁人のいかなる法律(医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律,保険薬局及び保険薬剤師療養担当規則を含むがこれに限られない。),条例,規則,行政指導その他の要件にも明らかに違反せず,かつ違反しているとの正当なクレーム等を受けておらず,また,そのような違反またはクレーム等が将来発生する原因となる事由も存在しない。対象会社に対する第三者からの訴訟,クレームその他重要な紛争であって,現在未解決の状態にあるもの,またはこれに基づく債務が存続しているものは,存在しておらず,また,そのような第三者からの訴訟,クレームその他重要な紛争が将来発生する原因となる事由も存在しないこと。
18号 丙に開示された対象会社の貸借対照表に表示されている債務及び対象会社の最終決算日以降に対象会社の通常の営業の範囲内において生じた債務以外には,いかなる多額または重大な債務(種類,偶発的か確定的か,会計上発生済みか未発生か,認識されているか否か,簿外債務か否か,隠れた債務か否か,対象会社の作為・不作為に起因するか否かを問わない。)も発生しておらず,それらが将来発生する原因となる事由も存在しない。
第11条には、表明保証違反に起因して買主に発生した損失を補償する旨の定めがありました。したがって、運営に問題があったという指摘に加え、契約が対象とする違反と請求する損失の結び付きが問題になります。
四つの表明保証違反についての判断
薬歴簿の記載と報酬の不正請求
買主側は、訪問結果の記載が乏しく、処方内容も正確に反映されていないとして、居宅療養管理指導費及び在宅患者調剤加算料の不正請求・不正受領を主張しました。
裁判所は、処方内容自体が記載されている一方、前回との比較等の欄が修正されていないものを、記載全体から明らかな誤記と捉えました。また、患者の状態や服薬状況に変化がない場合に、記載事項が少ないことだけから必要な指導が行われていないとはいえないと判断しています。
こうした記載の不備によって報酬を請求できなくなるか自体が明らかでなく、仮に要件の不備があっても軽微な違反にとどまるとして、本件の表明保証違反を認めませんでした。これは薬歴簿の不備を一般的に許容する判断ではなく、提出された記録と契約条項に即した判断です。
対象会社が後に267万6028円を返還した事実もありましたが、その返還が問題とされた記載の不備に基づくかは明らかではありませんでした。返還額だけで重大な不正や指定取消事由が立証されたとはされていません。
医師の同意を得ない処方変更
買主側は処方箋と異なる医薬品が調剤されたと主張し、売主側は在庫の都合で変更する場合も医師に電話で同意を得ていたと反論しました。
裁判所は、調剤録の疑義照会欄に記載がないことについて、記載漏れの可能性もあるため、それだけで医師の同意がなかったとは断定できないとしました。施設の看護師から指摘を受けたという証言にも十分な裏付けがなく、同意を得ない変更が日常的に行われていたという主張を認めませんでした。
ここでの結論は、買主側が主張した無断変更の立証が足りないというものです。個々の変更について全て適切な同意があったと積極的に認定したものではありません。
患者の本人負担金の減免と買主の認識
売主側は、八つの施設の患者について本人負担金を減免していたことを認めました。他方、買主は契約前の調査で減免の存在を把握していました。買主の従業員は、施設の患者まで対象とは聞いていなかったとも証言しましたが、減免自体とその法令上の問題を認識していたことが重視されました。
裁判所は減免が規則に違反することを前提としつつ、買主がその存在を知っていた本件では、それをもって直ちに表明保証違反があるとはいえないとしました。既知の問題に対する補償が常に排除されるという一般論に広げるべきではありません。
例えば、判明した有価証券の問題について買主が事後の補償を求める前提で取引した事案は、著作権侵害と有価証券の表明保証違反―東京地方裁判所令和3年6月18日判決で解説しています。知っていた事実の範囲だけでなく、契約と交渉経緯を比較する必要があります。
資格のない従業員による調剤等
買主側は、薬剤師資格のない従業員が調剤や医薬品の販売をしていたと主張しました。しかし裁判所は、その事実を認めるに足りる証拠がないと判断しました。
従業員による施設への配達と、薬剤師が行うべき業務とは区別されています。売主側は、従業員が薬を指定場所に置いた後、薬剤師が残薬や服薬状況を確認していたと説明しました。施設数の多さややり取りの記録だけでは、薬剤師による訪問等が行われていなかったことを立証できないとされました。無資格者による調剤を許容する判断ではありません。
仮に違反があっても、なぜ閉鎖による損失が認められなかったのか
裁判所は、上記の表明保証違反を認めないとの判断に加え、仮に買主側の主張する違反があったとしても、主張された損失がそれに起因するとはいえないと判断しました。この因果関係の検討が本判決の重要な点です。
指定取消しによって閉鎖を余儀なくされたとはいえない
買収後も監査や指定取消処分は行われておらず、薬局閉鎖後も取消相当の取扱いはありませんでした。買収後の代表者が監督官庁に相談した際も、是正を求められたにとどまり、閉鎖を求められたわけではありませんでした。
裁判所は、こうした経過を踏まえ、指定取消しが避けられないため閉鎖せざるを得なかったという説明を採用しませんでした。行政処分がないことだけで全ての行為が適法になるという趣旨ではありません。
買収後の労務費増加を、違法状態の是正費用と同一視できない
買主側は、適法に運営すると人員増加が必要となり赤字になると主張しました。しかし買収前の調査で、Eさんが休日も十分に休めず、平日も遅くまで勤務していたことを把握し、薬剤師2名及び事務員1名の増員を想定していました。
さらに、買収後は元の薬剤師3名が全員退職し、応援人員の交通費、宿泊費、出張日当等も発生していました。これらは一時的な費用を含み、恒常的な運営費とそのまま同視できません。労務費は平成29年2月から4月に増加した後、同年1月の水準に戻っていました。この1月は株式譲渡の実行後であり、契約前の水準という意味ではありません。
裁判所は、違反行為の是正のためにどの程度の追加人員・費用が必要なのか、適法な運営で恒常的な赤字になるのかについて、十分な立証がないと判断しました。
取引先減少には他の事情も考えられる
取引施設数は約50から20ないし30に減り、売上高も低下しました。しかし本人負担金の減免をやめようとしたため取引を断られたという説明には、伝聞を超える十分な裏付けがありませんでした。
買主側はもともと取引施設をグループ内の他の薬局に振り分ける予定であり、実際にも移管していました。配達の遅れへの苦情や、元の薬剤師全員の退職に伴う取引関係への影響も考えられました。
裁判所は、これらの事情も踏まえ、違反行為の是正が取引先減少の原因であるとは認めませんでした。退職や移管だけが減少の原因だと確定したものではなく、買主側の主張する因果関係が立証されていないという判断です。
本判決から読み取れる契約・証拠の検討点
本判決は、買主側の請求を全て棄却しました。問題が見つかったという事実、契約上の表明保証違反、損失の発生及びその因果関係を、それぞれ具体的に検討する必要があることを示しています。
本件では、薬歴簿、調査時の確認事項、医師への照会、行政との対応経過、人員の入替え、臨時費用、取引施設の移管といった資料が判断を左右しました。売上減少や閉鎖という結果だけで、買収前の違反に損失全体を結び付けることはできません。
契約を検討する際には、既に把握している問題をどの当事者が負担するのかを明確にし、買収後に問題が判明した際には、買収前から存在した事情と買主側の経営判断による影響を整理することが重要です。本件の結論は、あらゆる法令違反や買収後の赤字について補償が否定されることを意味しません。
出典:札幌地方裁判所令和2年12月25日判決、平成29年(ワ)第1617号・損失補償請求事件。判決本文に基づく解説です。
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