表明保証違反の損害の補償義務の対象となる損害の範囲〔事例3〕東京地方裁判所|平成18年(ヮ)第4129号損害補償請求事件平成19年7月26日

表明保証条項違反の損害の補償義務の対象となる損害の範囲について、補償条項の文言と因果関係の範囲が問題となったケース。 

裁判所表明保証条項補償条項の解釈にあたり、契約条項に明示的に記載されていない事情を考慮する可能性があることを示す裁判例です。 

M&A 契約の表明保証条項は、文言に忠実に解釈(文理解釈)されるべきであるとする見解が有力です。 

表明保証は契約当事者間のリスク分配機能を有しており、裁判所表明保証条項補償条項の解釈にあたり、契約書に明示されていない要件や制限を持ち込み、それを事後的に修正することは、例外(独立当事者間の取引といえないケースや虚偽・秘匿・誤信といった特段の事情がある場合)を除き契約当事者が前提としていたリスク分配を変更することになり、他の取引条件にも影響を及ぼすので適切ではないからです。 

このカワカミ事件といわれる裁判で問題となった表明保証条項は、補償請求との関係で重大性の有無を条項ごとに書き分けて規定していたにも係わらず裁判所は、補償請求の可否を判断する際に、条項全体に重大性や重要性による制限を付しており、契約の文言を尊重しない判示を行っています。 

これでは、補償請求の要件を契約の定めよりも加重していることになります。 

表明保証の前提条件と補償とでは機能的な差異があり、契約上も区別して取り扱われなければなりません。 

一部条項にのみ存在した重大性の要件を条項全体に付す拡張解釈であり、他の裁判例でも、条文構造からの論理解釈により、契約書に明示されていなかった重要性要件を付すものがあります。 

とはいえ、本判決は、表明保証条項違反が問題となった開示情報の内容(範囲)について、正面から判示したものであり先例となりました。 

また裁判所は、表明保証条項違反による損害額を認定する際、相当因果関係に言及しませんでしたが、表明保証条項違反による補償請求の法的性質を売主の説明義務違反・情報提供義務違反に基づく請求と捉えており、他の裁判例とは異質の判断と思われます。 

売主に表明保証条項違反の責任を問うために通常要求されていない売主の主観(認識)が必要であるかのような言及もしています。 

「M&A取引の概要」 

本件は、原告が被告らとの間で、被告ソラン株式会社の子会社で経営不振に陥っていた株式会社カワカミをその全株式を譲り受ける方法によって買収したところ、当該子会社の資産は被告らが表明保証していたものより、はるかに価値が低いと思われるものでした。 

原告は、株式譲渡価額よりもはるかに高額な損害を被ったとして、補償条項に基づき、弁護士費用含む損害賠償請求をした事案です。 

原告:外食産業・集団給食・院給食・学校給食等の受託業務等を主たる業務とする株式会社。 

平成18年2月1日、株式会社カワカミを吸収合併。 

被告Y1:ソラン株式会社は、コンピュータに係るコンサルティング業務等を主たる業務とする東京証券取引所第1部上場の株式会社。 

被告Y2:株式会社カワカミは、飲食店(居酒屋チェーン「北乃一丁」・子店等)の経営等を業とする株式会社であり、被告ソランの子会社であった。 

被告Y3:被告株式会社北川恒産は、不動産の売買・賃貸及びその仲介等を主たる業務とする株式会社。 

被告Y4:被告乙川一郎は、被告ソラン及び同北川恒産の代表取締役。 

平成16年3月18日、原告と被告ら(ソラン・北川恒産・同代表取締役乙川)は、子会社カワカミの全株式1,376万株を平成16年3月31日又は被告と原告が合意した日(譲渡日)に、代金500万円で譲渡する株式譲渡契約を締結しました(基本契約)。 

基本契約のとおり、被告は子会社カワカミの全株式を対象とする減資を実施すると同時に、被告ソランがカワカミの第三者割当増資新株全株式を引き受けることで、一旦カワカミを被告ソランの全額出資子会社とした後、被告ソランが引き受けた増資新株全株式を原告に譲渡する方法により行われました。 

同月30日、原告は、取締役会において、本件基本契約の内容・締結及びその取引について、適正かつ有効に承認の決議を行いました。 

これを受け被告ソランは、同日原告との間で、本件基本契約に基づき、カワカミ株式合計1,376万株を代金500万円で譲渡する株式譲渡契約を締結しました(「本件株式譲渡契約」)。 

契約締結前には、原告は、被告から「店舗別閉店費用資料」を渡され説明を受けていましたが(DDに相当)、説明をしていたものよりはるかに価値が低いと思われるものでした。 

原告は、株式譲渡価額よりもはるかに高額な損害を被り、説明義務違反があったとして、被告に対し、表明保証条項違反に起因する補償条項に基づき、弁護士費用含む損害賠償請求をしました。 

「請求の概要」 

原告が下記の損害が表明保証違反に起因していると主張し、被告に対し、弁護士費用を含めた32,0094,695の損害の支払いを請求しました。 

(損害賠償額の内訳) 

  • 戸塚店の賃貸借保証金5,000万円のうち本件基本契約書に記載された1,900万円を控除した3,100万円が返還されるとの説明であったのに、増額された原状回復費用(5,670万円)と相殺され、実際には返還を受けられなかった3,100万円
  •  新小岩店の出店において、カワカミが差し入れた営業保証金3,000万円について設定されていた質権の解除のために支出した235万7,347円
  •  柏店の賃貸借契約が平成17年6月末日で終了したため、年間2,243万4,500円の経常利益を少なくとも10年にわたって失った結果減少したカワカミの資産価値2億2,434万5,000円
  •  柏店について、実際の保証金額140万円と、被告らが保証金額として説明した500万円との差額360万円
  • カワカミの諏訪湖の森に対する売掛金債権のうち、同社の民事再生手続により取立不能となった77万7348円
  •  カワカミが出店する広丘ショッピングタウンの民事再生手続が開始されたことで、回収ができなかった建設協力金のうち370万5,000円及び撤退を余儀なくされた店舗の年間利益94万8,000円の10年間分の得べかりし利益948万円
  •  松本ミドリビル店が、都市計画により立ち退かなければならなかったことによる同店の年間利益152万7,000円の10年間分の得べかりし1,527万円
  •  早期撤退の申し送りを受けていた御幸ヶ原店について、被告らが新たに賃貸借契約を締結したことで返還を受けられなかった保証金100万円
  •  弁護士費用:2,856万円

 「結論の概要」 

1 判所は、被告らは原告に対し、各自2,1355,000円及びこれに対する平成16318日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払 

損害賠償額の内訳 

  • 戸塚店の中途解約違約金相当額:1,945万5,000円 
  • 弁護士費用:190万円 

 2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 

 3 訴訟費用は、これを15分し、その1を被告らの、その余を原告の各負担とする。 

 4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 

裁判所は、一部条項にのみ付していた重大性要件を条項全体に付す拡張解釈をし、重大な影響がない損害は補償の対象から除外、説明義務違反と認定した一部店舗閉鎖による中途解約違約金についてのみ表明保証条項違反として、損害賠償請求を認容しました。 

「結論に至る論理の概要」 

争点被告らの補償責任の有無 

判示:裁判所は、表明保証違反の対象となる情報について、以下のように判示しました。 

「譲渡人側による情報開示の重要性は上記のとおりであるとしても、買収対象企業の財産や負債の状況等を把握するための事項を完璧に、かつ全く誤りなく開示することは極めて困難である上、企業価値やその将来性の判断に当たって、買収対象企業の状況を細大漏らさず把握する必要があるとまで必ずしもいえないのであるから、考え得るすべての事項を情報開示やその正確性保証の対象とするというのは非現実的であり、その対象は、自ずから限定されて然るべきものである。具体的には、本件基本契約書11条は、企業買収に応じるかどうか、あるいはその対価の額をどのように定めるかといった事柄に関する決定に影響を及ぼすような事項について、重大な相違や誤りがないことを保証したもので、同12条1項は、その保証に違反があった場合に損害補償に応じる旨を定めたものであると解するべきであり、同契約書11条⑤が財務諸表の内容が「重要な」点において正確であることを、同条⑥が「重大な」不利益が存在しないことを、同条⑯が「重要な事項」について記載が欠けていないことを、それぞれ保証する旨を定めているものを、その趣旨に基づくものであると解される。」 

第11条 譲渡人被告らの事実の表明及び保証 

被告らは原告に対し本件基本契約締結日現在から本件譲渡までの期間中以下の事実が真実かつ正確であることを表明し保証する 

(①~④省略) 

⑤ 財務諸表 

本件財務諸表の内容が重要な点において正確であり,当該日現在のカワカミの財産状況及び対応する会計期間のカワカミの営業成績を公正かつ正確に示すものであること。 

⑥ 重大な不利益の不存在 

本件財務諸表の日付以降,カワカミの事業の通常の過程で発生したか否かを問わず,カワカミの財務内容,資産状況,事業及び今後の業績に重大な不利益あるいは悪影響を及ぼす事実が発生しておらず,または,発生することが合理的に予想されないこと 

(⑦~⑮省略) 

⑯ 提供された情報の正確性 

 被告ら若しくはカワカミから原告又はその会計士等に対し開示提供された情報文書資料等はすべて真実かつ正確な情報を記載しており重要な事項について記載が欠けていないこと 

 

第12条 補償 

  原告及び被告らは第10条及び第11条の事実の表明及び保証が真正又は正確でなかったことに起因して生じる相手方の損害を補償するかかる損害には手方が損害を回復するために必要とした弁護士費用その他の費用で合理的に必要なものを含む。 

  補償請求は,譲渡日の1年後の応答日までになされなければならない。 

裁判所は、表明保証した11条柱書の文言を、「重大な相違や誤りがないことを保証したもの」であると解釈し、契約文言では11条の各条項ごとに使い分けられ一部条項にのみ存在した重大性や重要性による制限を(⑤,⑥,⑯)を、11条全体に付しました。 

上記拡張解釈により買主において株式譲渡を受けるか否かの判断や条件決定に影響を及ぼすような重大な誤りや事実であったとは認められないとして、被告の表明保証条項違反にあたらないと判断した損失が何件かあります。 

一方カワカミ社の戸塚店の中途退去に伴う違約金については、被告(株式会社北川恒産)賃貸人であり違約金が発生することは十分判断できたはずであって、閉鎖損として原状回復費用しか言及されず、中途解約に伴う違約金について何ら言及がなかったということは、違約金を原告に請求する意思がないことを表明したものと受け取られてもやむを得ず、原告が説明義務違反を主張する限度で表明保証条項違反があると認定しました。 

通常、表明保証の違反(真実性・正確性に欠けること)には、売主の主観(悪意・過失)が問われることはありません。 

しかし、以下のように表明保証条項違反の責任を売主に問うために、違反事実に対する売主の認識が必要(要件)であるかのような言及をしている箇所があります。 

被告らが平成16年当初に、広丘ショッピングセンターの集客率や売上が低下し、広丘ショッピングタウンの経営不振を認識していたことを認めるに足りる証拠はない(中略)。したがって、被告らが広丘ショッピングセンターの経営悪化を知りながら、これを原告に伝えなかったとは認められず、本件基本契約11条⑥,⑯違反をいう原告の主張は理由がない」 

争点原告の損害額 

判示:(1)被告らには、戸塚店の中途解約違約金相当額1,945万5,000円について説明義務違反が認められ、原告はこれにより予想外の収入損を受けたものというべきであるから、被告らは原告に対し、同額の損害補償義務を負うものというべきである 

また、「被告らは、仮に被告らが損害補償義務を負うとしても、その額は株式譲渡代金500万円を限度とするという趣旨の主張をしているがそのような限定をすべき根拠はなく失当である」排斥しています。 

(2)弁護士費用相当金として合理的に必要なものは、190万円とするのが相当である。 

3) 以上によれば、被告らが原告に補償すべき損害額は、2,135万5,000円となる。