未計上債務と存在しない売掛金について補償を求められるか―東京地裁平成23年4月15日判決

株式を買収した後、帳簿に計上されていない支払義務や、実際には存在しない売掛金が見つかった場合、売主へどのような補償を求められるのでしょうか。東京地方裁判所平成23年4月15日判決は、開示済みの債務と開示されていなかった債務を区別し、追加納品代金252万円と存在しない売掛金315万円について表明保証違反を認めました。損害額では、DCF法で計算した価格差をそのまま採用せず、弁護士費用を含む623万円の支払を命じています。
本記事が扱う場面と、扱わない場面
本記事は、平成23年4月15日判決が、買収監査での開示、売掛金の存否、損害の算定をどう判断したかを説明します。買主の認識と補償請求の関係を定める条項の種類は、サンドバッギング条項とは?種類や買主側のメリット、事例もわかりやすく解説で整理しています。
裁判例の基本情報と当事者
| 裁判所・裁判日 | 東京地方裁判所民事第43部・平成23年4月15日 |
|---|---|
| 事件番号・事件名 | 平成21年(ワ)第47700号・損害賠償請求事件 |
| 株式譲渡代金 | 1億4,300万円 |
| 結論 | 623万円及び平成22年1月21日からの年6%の遅延損害金の支払を命じた |
本記事では、原告を「買主会社A」、被告を「売主会社B」、買収対象を「対象会社C」と表記します。対象会社Cが吸収合併した会社を「旧子会社D」、開発委託先を「取引先E」、広告委託先を「取引先F」、問題の売掛先を「取引先G」、別途貸倒処理を約束した売掛先を「取引先H」とします。判例資料にある英字との対応を変更した独自表記であり、引用中も統一しています。
買収交渉とデューデリジェンスの経過
対象会社Cはデジタルコンテンツの制作・販売や広告事業を営み、平成20年7月1日に旧子会社Dを吸収合併していました。買主会社Aと売主会社Bは、同月31日頃から株式売却の交渉を始め、買主はメールや電話による質問、資料の開示請求を行いました。
買主は専門会社へ財務調査と株式評価を依頼し、9月には公認会計士による現地での質疑応答も行いました。調査対象には取引形態、売上・費用、未計上債務等が含まれていました。
9月29日に全株式の譲渡契約を締結し、翌30日に買主は1億4,300万円を支払って株式を取得しました。その後、収益分配金、追加納品代金、広告掲載料の支払や売掛金の実現をめぐり、契約前の開示が正確だったかが争われました。
契約の表明保証と補償条項
以下は判決本文に掲載された契約内容の引用です。当事者・取引先の呼称を本記事の独自表記へ変更しています。引用しない部分は省略を明記し、判決にない条文は補っていません。
第5条10項―年間支出額100万円を超える可能性のある契約
買主会社Aが本件株式譲渡契約締結日までの間に開示を受けたものを除き,対象会社Cの年間支出額が100万円を超える可能性を有する契約は,書面によるものと口頭によるものとを問わず,存在しないこと。〔後略〕
既に開示を受けた契約は除かれていました。また、契約書の有無だけでなく、口頭の契約も対象です。追加納品代金については、この条項への違反が認められています。
第5条12項―財務諸表、将来の悪影響、売掛金
第12項は、平成19年12月末期の財務諸表が正確に作成されていることなどを定めた後、次の規定を置いていました。引用は第3文以降です。
財務諸表の作成基準日以降,対象会社Cの財政状態,経営成績,キャッシュフロー,事業,資産,負債又は将来の収益計画に悪影響を及ぼし,又はその虞のある事由若しくは事象は発生していないこと。対象会社Cの取引先Gに対する売掛金315万円を除き,履行遅滞となる債権は存在しないこと。また,取引先Gに対する売掛金については平成20年9月末日までに対象会社Cに支払われる予定であること。対象会社Cの取引先Hに対する売掛金315万円について,クロージング日までに,貸倒処理を行うこと。
取引先Gの入金予定と、取引先Hの貸倒処理は別の債権についての約束です。双方とも315万円ですが、同じ売掛金を指しているわけではありません。
第5条16項―情報の正確性と、認識している不利益事実の秘匿
本件株式譲渡契約書添付のDD関連質問事項の回答その他売主会社B又は対象会社Cが買主会社A又はその代理人に開示した本件株式又は対象会社C若しくは売主会社Bに関する一切の情報は,いずれも真実かつ正確であり,売主会社Bには,売主会社Bが認識している対象会社Cに関する事実で対象会社Cの事業に悪影響を与える事実についての秘匿はないこと。
第8条―相当因果関係、期間、補償上限
売主会社Bは,クロージング日から1年3か月以内に,本件株式譲渡契約に基づく売主会社B若しくは対象会社Cの義務の違反又は上記(イ)に定める売主会社Bの表明及び保証の違反に起因して,買主会社Aが損害,損失又は費用(第三者からの請求の結果として生じるものか否かを問わない。また,逸失利益及び弁護士費用も含む。以下本条において「損害等」という。)を被った場合,かかる義務違反又は表明保証違反と相当因果関係のある損害等を賠償又は補償する。なお,当該損害等の賠償額は,本件譲渡価格の総額を上限とする。
引用中の「上記(イ)」は、判決が契約内容を整理した箇所の参照表記です。補償の対象には逸失利益や弁護士費用も含まれますが、違反との相当因果関係が必要で、譲渡価格総額という上限も定められていました。
収益分配金と広告掲載料は、開示されていたと認定
未払の収益分配金1,228万7,352円
対象会社側は取引先Eとの共同開発契約に基づき、コンテンツの売上を折半するレベニューシェアを約束していました。買収時には、未払の収益分配金1,228万7,352円がありました。
裁判所は、売主が事前のやり取りで委託形態、分配割合50%、取引実績を示していたこと、現地調査でも契約の内容や支払状況を説明したことを認定しました。買主側会計士は十分な説明がなかったと述べましたが、調査報告書の記載や事前資料の確認状況との整合性が検討され、その供述は採用されませんでした。
特に、会計士へ渡されたリストの一部が枠外に隠れ、分配割合の記載を認識していなかったことや、資料の確認が不十分だったことが指摘されています。未払債務があることと、その情報が開示されていないことは別の問題です。
広告掲載料210万円
取引先Fに対する広告掲載料についても、売主が取引の経緯や請求書未受領による未払を説明していたと認定されました。制作業務だけ説明し、配信業務を隠す事情が見当たらないことや、買主側の調査報告書の内容も考慮されています。
裁判所は、本件の表明保証条項には開示の内容・方法について特段の規定がないため、まず契約の存在と内容等の概要を開示すれば足りるとしました。年間支出が100万円を超える可能性や悪影響の度合いなどの評価まで一律に明示すること、書面で開示することまでは要求されないという判断です。契約が書面や特定の一覧への記載を要求する別の事案にも、そのまま当てはまるわけではありません。
追加納品代金252万円は、別の取引として開示がなかった
同じ取引先Eへの支払でも、短い納期で追加納品を行うための料金は、収益分配金とは別の合意でした。1本4万円に当時の消費税を加えた60本分、252万円が買収前に発生していました。
売主側取締役は追加料金も説明したと述べましたが、裁判所は裏付けがないとして採用しませんでした。取引の存在自体の開示が認められず、年間100万円を超える取引だったため、第5条10項の違反を認めています。
したがって、「共同開発先との取引は開示した」というだけでは、別途の追加料金契約まで開示済みとはなりませんでした。既存の収益分配金と追加納品料金を混同しないことが、本判決の結論を理解するうえで重要です。
売掛金315万円は、回収不能ではなく債権自体が存在しなかった
売主は取引先Gに対する売掛金315万円を計上した平成20年7月31日時点の残高試算表を開示していました。しかし、裁判所は、コンテンツのサンプル送付、見積り、追加送付等のメールと供述を検討し、配信許諾と代金支払の合意を認める証拠がないと判断しました。
契約書がないという一点だけで判断したのではありません。見積りに対応する目的物が特定できず、追加送付の依頼もサンプルの納品を求める以上の意味を認められなかったことなどが理由です。相手方の顧客も最終的には採用を見送っていました。
そのため、売掛金は実際には存在せず、第5条12項及び16項への違反が認められました。債権は存在するが支払能力に問題があるという回収不能の事案とは区別されています。
「買主が知り得た」という判断の範囲
裁判所は、第5条12項第3文について、財務諸表の基準日以降に発生し、財務諸表に反映されず買主が知り得ない不利益事実のリスクを売主が負担する趣旨と解しました。基準日後に何らかの債務が発生すれば直ちに違反になるとはせず、買主が認識し得ない事由等に限るとしています。
この解釈は、買主の認識と補償請求を制限する考え方との関係で検討されます。ただし、本件は、契約の開示除外文言と実際の調査・説明を踏まえた判断です。買主に悪意又は重過失があれば、すべての表明保証違反について当然に免責されるという一般論を確立した判決として紹介するのは適切ではありません。
また、「アンチ・サンドバッギング」は、買主が知っていても常に請求できることを意味する用語ではありません。本件でも、開示された債務と、開示されなかった別の債務とで結論が分かれています。
DCF法による価格差が損害として認められなかった理由
買主は、主位的に、問題の債務や売掛金を織り込んでDCF法で価格を再計算すれば、実際の代金との差額5,329万5,688円が生じるとして、弁護士費用550万円を加えた5,879万5,688円を請求しました。
裁判所は、DCF法による算定は価格交渉の参考とされたものの、その計算結果の差異が必ず代金へ反映されると当事者が合意した証拠はないとしました。DCF法には将来予測も含まれるため、再計算した価格との差がそのまま買主の損害になるという関係を認めませんでした。
これに対し、予備的な主張については、対象会社が追加納品代金252万円を支払う必要があり、売掛金315万円を実現できなかったことから、全株式を取得した買主に合計567万円相当の損害があると認定しました。さらに、補償条項と相当因果関係に基づく弁護士費用56万円を加え、623万円を認めています。
裁判所がDCF法による評価自体を否定したわけではありません。評価の修正額と合意代金、補償対象の損害がどう結び付くかという問題です。算定書への異論と契約解除を扱った別の判例は、株価算定書の評価に異論があれば株式譲渡契約を解除できるか―東京地方裁判所平成22年3月8日判決で解説しています。
遅延損害金の開始日にも、請求を裏付ける証拠が必要だった
買主は平成21年3月6日に支払を請求したとして翌日からの遅延損害金を求めました。しかし、裁判所は一部返金の交渉をした事実は認めたものの、認容された金員の支払請求を同日に行った証拠はないとしました。訴状送達翌日の平成22年1月21日から年6%の遅延損害金を認めています。この利率は本件に適用されたもので、現在の契約一般の利率を示すものではありません。
未計上債務と開示についてのよくあるご質問
帳簿に載っていなければ、売主は必ず責任を負いますか。
本件では、条項の対象と実際の開示内容により結論が分かれました。会計上の計上状況だけでなく、交付資料、口頭説明、契約上の例外を確認します。
取引先の名前を示せば、追加料金まで開示したことになりますか。
本件ではなりませんでした。収益分配契約についての開示と、別の追加納品契約についての開示は区別され、後者の説明は裏付けがないと判断されました。
DCF法で買収価格を再計算すれば、その差額を請求できますか。
本判決は、計算結果の差異が合意代金へ必ず反映される関係を認めず、その方法による損害を否定しました。価格の合意内容と、違反によって生じた損害の関係を示す必要があります。
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出典
東京地方裁判所平成23年4月15日民事第43部判決、平成21年(ワ)第47700号、損害賠償請求事件。判決本文に基づき事実と判断を要約し、契約条項を引用しています。
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