表明保証違反の損害の補償義務の対象となる損害の範囲〔事例〕東京高等裁判所判決|平成30年(ね)第2772号損害賠償請求控訴事件平成30年10月4日 

本記事では、「表明保証に関する裁判例」として、損害賠償請求事件東京地判平成30.3.28の控訴審東京高判平30.10.4について主な判旨を解説します。 

 表明保証条項違反による損害の範囲について、補償条項の文言と因果関係が問題となったケースです 

この裁判例の最重要論点は、控訴人(売主)が、「表明保証条項違反は債務不履行ではなく、損害担保合意がなければ填補されない性質のものであるところ、本件損害賠償条項は損害担保合意としては不特定である」と主張したことの是非です。 

控訴審では、損害の範囲について、「本件損害賠償条項は、その文言に照らすと、本件表明保証の違反と相当因果関係のある損害等の全てを填補する趣旨であると合理的に解釈することができる。」と判示しました。 

その上で、「表明保証条項の有効性」について一審と異なる判断をしており、確かに、本件表明保証条項は、一定の事項が真実かつ正確であることを契約の相手方に対して表明保証するものにすぎないから、それ自体の債務不履行を観念することができず、その違反に基づく損害については本件損害賠償条項があって初めて填補されるものである。と判示し、日本の表明保証条項の法的性質と補償条項の法的効果について有力な学説を採用し、判例法理となっています。 

損害額の算定方法については、 本件は対象会社の未払い租税債務が発覚し、表明保証条項違反となった事案ですが、未納税額がない場合の企業価値とこれがある場合の企業価値との差額を損害額と認定しました(未納税額がある場合の株式価値が、純資産法・DCF法のいずれを基準に算定しても0円となったことによる)。 

「控訴の概要」 

  1.  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
  2. 上記取消部分に係る被控訴人の請求を棄却する。  

本件は、水産物販売会社の株式を譲り受けた買主が、売主に対し、対象会社の税務申告漏れ等につき株式譲渡契約上の表明保証条項違反があると主張して、損害賠償条項に基づき、損害賠償金1億794万2,000円の支払を求めた事案です。 

一審が、買主の請求を認容し9,714万8,061円及びこれに対する遅延損害金の支払を命じたところ、売主が不服として控訴しました。 

本件損害賠償請求事件となったM&A契約の表明保証条項損害賠償条項です。 

契約条項 

3条1項柱書 表明保証条項 

被告は、原告に対し、本件契約の締結日及び決済日において、以下の事項が重要な点において真実かつ正確であることを表明し保証する。 

(③財務条項) 

原告に交付済みの平成23年3月31日現在の本件会社の貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書及びその付属明細書等の第11期計算書類は、決算期末時点での本件会社の財務状態及び営業成績を適正に表示していること。また、原告に交付済みの同年4月1日以降の本件会社の各月の残高試算表は、一般に公正妥当と認められている会計原則に従い作成されており、本件会社の通常の期中に作成される財務諸表と同等の程度に正確なものであり、同日以降の各月末現在の本件会社の財務状態及び営業成績を適正に表示していること。また、被告の知り得る限り、同日以降、本件会社の資産及び負債は、本件会社の通常の事業の遂行に伴う変動を除き、大きな変動をしていない。 

(⑧申告条項) 

本件会社は、本件契約の締結日以前に納付期限が到来した、本件会社に課せられた法人税その他の公租公課(社会保険料を含む)につき適法かつ適正な申告を行っており、その支払及び納付を完了していること。 

(⑰ 判断影響条項) 

上記各号に記載する他、本件株式の譲渡の内容に関する原告の判断に影響を及ぼす情報及び本件会社の経営に影響を与える事実(保証債務、損害賠償債務等経営に影響を及ぼす簿外負債の存在、将来具体化する課税問題や係争問題の原因となる事実を含む)が存在しないこと。 

6条1項 損害賠償条項 

被告は、本件契約に基づく被告の義務又は3条1項に定める被告の表明及び保証の違反によって原告が被った損害、損失及び費用の賠償をする。 

 「結論の概要」 

  1.  本件控訴を棄却する。
  2.  控訴費用は控訴人の負担とする。 

 「当裁判所東京高裁も、被控訴人の請求は、9,714万8,061円の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないと判断する。」 

 「結論に至る論理の概要」 

争点③:原告の損害について 

控訴審では、「控訴人(売主)は、本件損害賠償条項に基づき、本件表明保証条項の違反によって被控訴人(買主)が被った損害、損失及び費用を賠償(填補)する義務を負うところ、上記を総合考慮すれば、上記の違反によって被控訴人(買主)が被った損害は、9,714万8,061円であると認めるのが相当である。そして、控訴人(売主)が上記の義務を履行しないときは、被控訴人(買主)は、その債務不履行に基づく同額の損害賠償請求権を取得する。」判示しました。 

一審が、「売主は表明保証条項の違反による債務不履行に基づき、買主が被った損害を賠償する義務を負う」と判断したのに対し、控訴審では、「売主の損害賠償義務の債務不履行に基づく同額の損害賠償請求権を買主が取得する」と「債務不履行」を異なる観点から判示していますが、控訴審では日本における表明保証の法的性質について有力な学説を示したものです。 

争点④:本件表明保証条項の有効性について 

控訴人(売主)は、表明保証条項違反は債務不履行ではなく、損害担保合意がなければ填補されない性質のものであるところ、本件損害賠償条項は損害担保合意としては不特定であると主張していました。 

控訴審では、「本件損害賠償条項は、その文言に照らすと、本件申告条項等の違反と相当因果関係のある損害等の全てを填補する趣旨であると合理的に解釈することができるから、賠償額や請求期間の定めがなくても、その内容が不特定であるということはできない。と判示しました。 

その上で、確かに、本件表明保証条項は、一定の事項が真実かつ正確であることを契約の相手方に対して表明保証するものにすぎないから、それ自体の債務不履行を観念することができず、その違反に基づく損害については本件損害賠償条項があって初めて填補されるものである。 

(中略)被控訴人(買主)は、本件において、(損害賠償義務の)債務不履行に基づく損害賠償請求権を訴訟物としているものと解される。」と判示し、日本の表明保証条項の法的性質と補償条項の法的効果について有力な学説を採用し、判例法理となっています。 

上述したとおり、一審では表明保証の法的性質について控訴審とは異なる判断をしており、本件損害賠償条項は、民法の債務不履行の一般原則を確認したにすぎず、本件損害賠償条項が存在せずとも、被告(売主)の本件表明保証条項の違反について原告(買主)が民法の規定に基づき損害賠償請求することは可能であるというべきであり、その賠償額や請求期間は民法の一般原則に従うこととなるから、本件表明保証条項は、不特定又は不当であり、無効であるということはできない。」としています。