信託業法違反(本人確認義務違反)の表明保証違反で、解約した信託契約の価値を売主に請求できるか―東京地方裁判所平成30年7月20日判決

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信託会社を買収した後、その会社が主要な顧客との信託契約で、法令が求める本人確認書類の提示を受けていなかったことが判明し、本人確認を是正できないまま信託契約を解約せざるを得なくなった。買主は、売主が法令遵守を表明保証していたことを理由に、失われた信託契約の価値を補償させることができるのでしょうか。東京地方裁判所平成30年7月20日判決は、表明保証違反を認め、解約された信託契約の価値を対象会社の企業価値の減少分として買主の損害と認めました。控訴審の東京高等裁判所平成30年12月26日判決は、損害の考え方を維持しつつ、為替換算の時点を改めて認容額を変更しています。本記事では、この事案を「信託業法違反(本人確認義務違反)事件」として紹介します。

本記事が扱う場面と、扱わない場面

本記事は、信託業務を営む対象会社の本人確認義務違反等を理由に、買主が株式譲渡契約の補償条項に基づいて売主に損害の補償を求めた第1審判決と、その控訴審判決を解説します。行政処分の内容、本人確認義務違反以外の業法違反が補償の対象となるか、表明保証違反を理由とする契約の解除は対象としていません。買収後に許認可の問題が判明した場合の対応の全体像は、買収後に許認可の問題が発覚した場合の確認手順と売主への請求をご覧ください。

Contents
  1. 裁判例の基本情報と当事者の表記
  2. 事案の概要―主要な信託契約で、本人確認書類の提示を受けていなかった
    1. 対象会社の受託資産の6割以上を占める2件の信託契約があった
    2. 買主会社は、本人確認の状況を確認したうえで買収した
    3. 買収後に違反が判明し、信託契約は解約された
  3. 事案の経緯
  4. 判断の出発点となった契約条項
  5. 買主会社が求めたもの―9,038万5,928円の補償
  6. 争点
  7. 裁判所の判断(第1審)―本人確認義務違反は「重要な点」に関する表明保証違反
    1. 本人確認書類の提示を受けていないことは明らかな法令違反とされた
    2. 解約は本人確認義務違反を治癒できなかったためと認められた
    3. 補償の対象は、表明保証が真実と異なったことによる損害を広く含む
    4. 損害額は当初の契約期間に限って算定された
    5. 人件費等は認められず、調査費用を含む弁護士費用は400万円とされた
    6. 遅延損害金はクレーム・ノーティスの翌日から
    7. デューディリジェンスで発見できなかったことは補償請求を妨げない
  8. 本判決の結論と控訴審での変更
  9. 実務上の着眼点
  10. 本判決が扱っていない事項
  11. 本人確認義務違反と表明保証についてのよくあるご質問
    1. 譲渡価格が収益と無関係に決められていても、事業の価値の減少を損害として請求できますか。
    2. 子会社に生じた損失を、親会社である買主の損害として請求できますか。
    3. デューディリジェンスで見落とした違反でも、補償を請求できますか。
  12. 根拠条文
  13. 買収後に判明した法令違反をめぐるご相談

裁判例の基本情報と当事者の表記

第1審 東京地方裁判所平成30年7月20日判決、平成27年(ワ)第35865号、損害補償請求事件。一部認容(4,439万6,354円及び遅延損害金)
控訴審 東京高等裁判所平成30年12月26日判決、平成30年(ネ)第3913号。買主の控訴に基づき原判決を変更(4,647万2,996円及び遅延損害金)、売主の控訴を棄却
請求額 9,038万5,928円及び遅延損害金

以下では、株式を買い受けた原告を「買主会社」、株式を売り渡した被告(スイス法人)を「売主」、売主の代表者であり対象会社の代表取締役でもあった者を「B」、買収の対象となった信託会社を「対象会社(株式会社P信託。旧商号Q信託株式会社)」と表記します。対象会社と信託契約を結んでいた顧客2名を「C」「D」、信託財産の運用を委託されていたスイスの運用会社を「R」とします。引用中の当事者名も、この独自の表記に置き換えています。

本記事は上記各判決の解説です。控訴審判決後の上告の有無や確定を確認した旨の表示ではありません。

事案の概要―主要な信託契約で、本人確認書類の提示を受けていなかった

対象会社の受託資産の6割以上を占める2件の信託契約があった

対象会社は、平成21年3月24日に設立された信託業務、財産の管理業務等を営む株式会社で、平成26年12月8日に現在の商号に変更しました。Bは、平成21年9月1日から平成27年4月15日まで対象会社の代表取締役を務めていました。

対象会社は、ロシア国籍のCと平成25年2月20日に、同じくロシア国籍のDと同年10月18日に、それぞれ運用指定混合信託の信託契約(以下「本件各契約」)を結びました。契約期間はいずれも10年で、満了の90日前までに受益者から解約の申入れがなければ自動的に10年間更新されるものでした。CとDは、家族がロンドンに住んでいることを理由に、契約上の住所をロンドンの住所としていました。

対象会社は、平成25年9月、信託業法第7条第1項の登録を受けていないスイスの運用会社Rとアセット・マネジメント契約を結び、本件各契約の信託財産の運用をRに委託しました。本件各契約は、対象会社の信託事業(以下「既存事業」)の受託資産の6割以上を占め、平成25年7月から平成26年6月までの既存事業の信託報酬の約51パーセントを占めていました。

買主会社は、本人確認の状況を確認したうえで買収した

買主会社は、タックスリース・アレンジメント事業、保険仲介人に関する事業、不動産関連事業及びM&Aアドバイザリー事業などを営む株式会社で、信託業への参入を検討していました。平成26年6月初旬からBとの間で買収交渉を始め、同年7月24日から8月7日まで法務及び財務のデューディリジェンスを行いました。

デューディリジェンスで、対象会社がかつて金融庁から本人確認義務の履行について指摘を受けていたことが判明したため、買主会社は、同年9月17日、本人確認手続の状況等を問い合わせました。これに対し、同月22日、本人確認義務を適切に履行していること、CとDについても外国PEPsの観点からチェックを実施し、顧客としての適格性に問題がないことを確認している旨の回答がありました。

対象会社は平成26年3月期に約2億4,000万円の損失を計上する赤字企業でしたが、Bは株主の払込金合計額である8億円以上でなければ売却に応じない意向を示していました。売主は他の株主から対象会社の全株式を取得したうえで、平成26年10月30日、買主会社との間で、対象会社の全株式を8億1,010万円で譲渡する株式譲渡契約を結び、同月31日に株式が譲渡されました。同日、既存事業の赤字が解消された場合には買主会社が1億2,994万5,000円を追加で支払う旨の覚書も結ばれました。

買収後に違反が判明し、信託契約は解約された

平成26年12月11日、対象会社の内部監査部長が、経営会議で、本件各契約についてCとDの本人確認書類に不備があったことを報告しました。対象会社は、CとDから、本人の名義でロンドンの住所が記載された、犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則第7条第1号、第4号の本人確認書類の提示を受けていませんでした。

対象会社は、同月中旬頃にBをヨーロッパに派遣して本人確認書類の取得を試みましたが、奏功しませんでした。平成27年2月2日には、ロンドンの住所での本人確認書類の追完か、ロシアの住所への変更を求め、同月28日までに連絡がない場合は解約すると通知しましたが、返答はありませんでした。対象会社は、同年3月11日に関東財務局長に不祥事件等届出書を提出し、同月26日にC及びDと解約合意書を取り交わし、本件各契約は同年6月30日に終了しました。

事案の経緯

年月日 出来事
平成25年2月20日 対象会社とCが信託契約を締結(契約期間は平成25年3月1日から10年間、自動更新条項あり)
平成25年9月 対象会社が運用会社Rとアセット・マネジメント契約を締結し、信託財産の運用をRに委託
平成25年10月18日 対象会社とDが信託契約を締結(契約期間は平成25年11月1日から10年間、自動更新条項あり)
平成26年6月 買主会社とBが買収交渉を開始(6月20日付けで秘密保持契約)
平成26年7月10日 買主会社が、既存事業の売上げを10年間で倍増させ4年後に黒字に転換する事業計画をBに送付
平成26年7月24日から8月7日 買主会社が法務及び財務のデューディリジェンスを実施
平成26年9月17日・22日 買主会社が本人確認手続の状況を問い合わせ、適切に履行しており、CとDについても問題がない旨の回答を受ける
平成26年10月30日 株式譲渡契約を締結(譲渡価格8億1,010万円)
平成26年10月31日 クロージング。買主会社が対象会社の全株式を取得
平成26年12月11日 対象会社の内部監査部長が、CとDの本人確認書類の不備を経営会議で報告
平成27年2月2日 対象会社がCとDに本人確認書類の追完等を求め、2月28日までに連絡がなければ解約すると通知
平成27年3月11日 対象会社が関東財務局長に不祥事件等届出書を提出
平成27年3月26日 対象会社とC及びDが解約合意書を取り交わす(6月30日に契約終了)
平成27年10月23日 買主会社が売主に、9,038万5,928円の補償を求めるクレーム・ノーティスを送付(10月29日頃、売主が拒否)
平成30年7月20日 東京地方裁判所が4,439万6,354円及び遅延損害金の限度で請求を認容
平成30年12月26日 東京高等裁判所が原判決を変更し、4,647万2,996円及び遅延損害金の支払を命じる

判断の出発点となった契約条項

以下は、判決本文が記載する株式譲渡契約の内容の引用です(判決が要旨として記載した部分を含みます)。当事者の呼称のみ上記の表記へ置き換えています。

株式譲渡契約 第3条第25項、第28項(表明保証)

売主は、買主会社に対し、平成26年10月30日(本件株式譲渡契約締結日)及び同月31日(クロージング日)において、以下のとおり表明し、保証する。
(法令遵守)対象会社は、業務を遂行するにあたり、対象会社に適用される日本の法令の重要な点について全て遵守してきた。
(情報開示)売主が買主会社に対して行った対象会社に関する情報開示は、重要な点については全て、真実であり、正確であり、そして、完全なものである。

株式譲渡契約 第8条第1項(損害補償)

売主は、本件表明保証条項に違反した場合で、買主会社からの補償請求の内容や請求金額を記載した通知書(クレーム・ノーティス)受領後合理的な期間内に当該違反状態を治癒しないときは、本件株式譲渡契約8条に基づく買主会社の請求が売主により承諾されるか裁判上認容された限りにおいて、買主会社に対し、売主の表明保証違反により生じた損害、損失及び費用(合理的な金額の弁護士費用も含む。)を補償する。

第1審判決は情報開示の条項を第3条第27項としていましたが、控訴審判決が第28項と補正しています。また、補償条項の「損失又は費用」も、控訴審判決で「損失及び費用」と補正されています。

買主会社が求めたもの―9,038万5,928円の補償

買主会社は、補償条項に基づき、次の合計9,038万5,928円及びこれに対するクレーム・ノーティス到達日の翌日である平成27年10月24日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めました。

  • 本件各契約の解約による対象会社の価値毀損:7,224万5,000円
  • 買主会社の人件費及び間接費:202万6,169円
  • 対象会社の人件費、間接費及び出張費:520万9,478円
  • 買主会社による調査に要した法律事務所費用:34万5,276円
  • 対象会社による本件各契約の解約に要した法律事務所費用:56万5円
  • 買主会社の調査及び補償請求に関する法律事務所費用(見込み):1,000万円

争点

争点は、①売主に表明保証違反があったか、②本人確認義務違反と信託契約の解約との因果関係及び損害額、③買主会社の請求が信義則違反又は権利濫用に当たるか、の3点でした。

買主会社は、本人確認義務違反のほか、信託業法第7条第1項の登録を受けていないRに信託財産の運用を委託したことが同法第22条第1項第2号に反すること、金融商品取引法第61条第1項にも反することを、表明保証違反の理由として主張しました。売主は、CとDの氏名や生年月日、受益者である家族の本人確認書類を確認し、ロンドンの住所への郵便の配達も確認しているから重大な法令違反ではないこと、買主会社は買収当初から既存事業を廃止するつもりであったから因果関係がないこと、譲渡価格は信託免許に着目して払込金合計額を基準に決めたもので、本件各契約の有無は価格に影響しないから損害はないことなどを主張しました。

裁判所の判断(第1審)―本人確認義務違反は「重要な点」に関する表明保証違反

本人確認書類の提示を受けていないことは明らかな法令違反とされた

裁判所は、犯罪による収益の移転防止に関する法律第4条が、犯罪による収益の移転やテロリズムに対する資金供与の防止を徹底するため、金融機関等に厳格な本人確認義務を課した規定であることから、対象会社が同条第1項に違反して施行規則第7条第1号、第4号で要求される本人確認書類の提示を受けていなかったことは、「たとえ同各号以外の書類をもってC及びDの住所を確認していたとしても、明らかな法令違反に当たる」としました。

また、Rへの運用委託についても、対象会社が金融商品取引法第61条第1項所定の「金融商品取引業者のうち投資運用業を行う者その他政令で定める者」に当たらないため、同項に違反するとしました。他方、買主会社が主張した信託業法第22条第1項第2号違反については、判決は判断を示していません。

そのうえで、対象会社の法令遵守の状況は表明保証された内容と相違し、本人確認手続の状況についての情報開示にも正確性に欠ける点があったとして、表明保証違反を認めました。そして、「少なくとも」本人確認義務違反は、金融機関に対する重要な規制法令に明らかに違反するもので、コンプライアンスが重要視される金融機関である対象会社にとって、表明保証条項にいう「重要な点」に関するものであるとしました。

解約は本人確認義務違反を治癒できなかったためと認められた

売主は、買主会社は不動産関連の信託事業を行うために買収したもので、当初から既存事業を廃止する意向であったと主張しました。裁判所は、買主会社が人件費に見合わない金銭信託事業を縮小させる意向を持っていたことはうかがわれるとしつつ、買収前に既存事業の継続を前提とする事業計画や予算案を提出し、買収後も監督官庁に既存事業を継続させながら新規事業を拡大する計画を示していたこと、違反の判明後も本人確認書類の取得を試み、その見込みがなくなった平成27年2月以降に初めて解約を検討したことなどを認定しました。本件各契約は運用が外部に委託されて経費の負担が小さく、多額の信託報酬が得られる契約であり、問題がないのに早期に解約する意向を持っていたとは考えにくいとも指摘しました。

以上から、裁判所は、「買主会社が本件株式譲渡契約締結当初から本件各契約を含む既存事業の廃止を予定していたと認めることはできず」、本件各契約の解約を余儀なくされたのは本人確認義務違反が判明し、これを治癒できなかったためであるとして、因果関係を認めました。

補償の対象は、表明保証が真実と異なったことによる損害を広く含む

裁判所は、補償条項について、「その文言に照らせば、表明保証違反により生じた損害とは、表明保証した内容が真実と異なったことにより買主会社が被った損害を広く含む趣旨と解するのが相当である」とし、補償の対象は規制上のリスクに基づく損害に限られるという売主の主張を、そのように限定する文言はないとして退けました。

譲渡価格は対象会社の収益を考慮していないから損害はないという売主の主張に対しては、譲渡価格は払込金合計額を基準に定められたものの、買主会社は財務デューディリジェンスで収益力も検討したうえで契約しており、本件各契約の存否が契約を締結するか否かの判断に影響を与えた可能性は否定できないとしました。また、買主会社は対象会社の全株式を譲り受けてその企業価値をすべて把握したのであるから、本来対象会社が有すべき財産が失われたと評価できるのであれば、その財産相当額は対象会社の企業価値の減少分として買主会社の損害と同視できると判断しました。

損害額は当初の契約期間に限って算定された

裁判所は、対象会社に生じた損害は、本件各契約が継続していれば得られたであろう信託報酬相当額から契約の維持に要したであろう費用を控除し、現在価値に引き直したものと解しました。運用が外部に委託され、信託元本を基準とする一定の報酬が見込まれる契約であることから、DCF法による算定には一定の合理性があるとしました。

もっとも、更新するかどうかは受益者の選択に委ねられていること、買主会社が買収直後から既存事業の優先度を下げる判断をしており、外国人を対象とする信託事業を担当する人材を保有し続けたか疑問であることなどから、CとDが死亡するまで契約が続く前提は相当ではなく、当初の契約期間(本件契約1は平成35年2月まで、本件契約2は同年10月まで)に限って継続したものとして算定すべきであるとしました。割引率には、ビジネスリスクも考慮した対象会社の加重平均資本コストを用いるのが相当としました。その結果、損害額は、第1審の口頭弁論終結時(平成30年4月17日)の円ドル換算レート106.99円で換算して4,039万6,354円とされました。

人件費等は認められず、調査費用を含む弁護士費用は400万円とされた

買主会社と対象会社の人件費及び間接費については、各役員等の基本給や対応に要した時間を認定するに足りる的確な証拠がなく、相当因果関係のある支出と認めるには足りないとされました。調査費用及び弁護士費用については、買主会社が調査及び解約に関する事務を弁護士に依頼して合計90万5,281円を支出したことを認め、これを含めて400万円を相当因果関係のある弁護士費用と認めました。

遅延損害金はクレーム・ノーティスの翌日から

裁判所は、補償債権は違反の治癒に必要な合理的期間が経過したときに発生し、その経過とクレーム・ノーティスの受領の両方を経たときに遅滞に陥ると解しました。遅くとも解約合意書を取り交わした平成27年3月26日には合理的期間が経過しており、クレーム・ノーティスは同年10月23日にされたことから、売主は同月24日から年6分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うとしました。

デューディリジェンスで発見できなかったことは補償請求を妨げない

売主は、デューディリジェンスで関係書類を開示しており、買主会社は違反を認識していたはずであるから、補償請求は信義則に反し権利濫用に当たると主張しました。裁判所は、買主会社がデューディリジェンスで本人確認書類を確認した可能性は否定できないとしつつ、違反を具体的に認識していたことを認めるに足りる証拠はないとしました。そして、「対象会社のコンプライアンス担当者自身も認識していなかった本件本人確認義務違反を、限られた時間内でのデューディリジェンスで発見できなかったとしても」、補償の請求が信義則違反や権利濫用に当たると解すべき根拠はないと判断しました。

本判決の結論と控訴審での変更

第1審は、売主に対し、4,039万6,354円と調査費用を含む弁護士費用400万円の合計4,439万6,354円及びこれに対する平成27年10月24日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払を命じ、その余の請求を棄却しました。訴訟費用は2分し、その1を売主、その余を買主会社の負担としました。

この判決に対しては双方が控訴しました。東京高等裁判所平成30年12月26日判決(平成30年(ネ)第3913号)は、表明保証違反及び損害の算定方法について第1審の判断を引用して維持し、売主の控訴を棄却しました。そのうえで、対象会社の損害(37万7,571.31ドル)を控訴審の口頭弁論終結時(平成30年10月22日)の円ドル換算レート112.49円で換算して4,247万2,996円とし、調査費用及び弁護士費用400万円と合わせた4,647万2,996円及び遅延損害金の支払を命じて、原判決を変更しました。

控訴審判決は、完全子会社の損失が親会社の連結財務諸表に反映されること等から、買主会社と対象会社は法人格は別でも経済的実態としては実質的に同一であり、対象会社の損失を買主会社の損失と同視するのが合理的であるとの説示を加えています。また、DCF法が本来は企業全体の価値の評価方法であっても、特定の事業の価値の推計に用いること自体は失当ではないとしました。人件費等については、基本給は本人確認義務違反への対処の要否に関わりなく支払われるものであるとして、改めて損害と認めませんでした。

実務上の着眼点

本件では、譲渡価格が払込金合計額を基準に決められていたにもかかわらず、解約された信託契約の価値が損害として認められました。補償条項に損害の範囲を限定する文言がなければ、表明保証した内容が真実と異なったことにより生じた損害が広く補償の対象とされ得ることになります。売主の立場では、補償の対象となる損害の範囲や上限を契約で定めておくかが問題となります。

また、本件の表明保証は「日本の法令の重要な点について全て遵守してきた」という包括的な内容でしたが、金融機関に対する重要な規制法令への明らかな違反は「重要な点」に関するものとされました。対象会社の業種によって、どの法令違反が「重要な点」に当たるかの評価が変わり得ることに留意が必要です。

さらに、損害額の算定では、契約の自動更新条項があっても当初の契約期間に限られ、外貨建ての損害は口頭弁論終結時のレートで換算されたため、控訴審で認容額が変わりました。これらは本判決を踏まえた着眼点であり、本判決が特定の条項例の有効性を一般的に判断したものではありません。

本判決が扱っていない事項

  • 運用会社Rへの委託が信託業法第22条第1項第2号に違反するかは、判断されていません。
  • 金融商品取引法第61条第1項違反が単独で「重要な点」に関する表明保証違反に当たるかは、判断されていません(裁判所は「少なくとも」本人確認義務違反は重要な点に関するものとしました)。
  • 本件各契約以外の既存事業の廃止や他の信託契約の解約による損失は、請求の対象となっていません。
  • 表明保証違反を理由とする株式譲渡契約の解除や、譲渡価格の減額は請求されていません。

本人確認義務違反と表明保証についてのよくあるご質問

譲渡価格が収益と無関係に決められていても、事業の価値の減少を損害として請求できますか。

本判決は、譲渡価格は払込金合計額を基準に定められたものの、買主会社が収益力も検討したうえで契約しており、本件各契約の存否が契約締結の判断に影響を与えた可能性は否定できないとして、売主の主張を退けました。

子会社に生じた損失を、親会社である買主の損害として請求できますか。

本判決は、買主会社が対象会社の全株式を譲り受けてその企業価値をすべて把握したことから、対象会社が失った財産相当額を買主会社の損害と同視できるとしました。控訴審判決は、連結財務諸表への反映等から経済的実態としては実質的に同一であるとの説示を加えています。

デューディリジェンスで見落とした違反でも、補償を請求できますか。

本件では、買主会社が書類を確認した可能性は否定できないとされましたが、違反を具体的に認識していたとは認められず、対象会社のコンプライアンス担当者も認識していなかった違反を限られた時間のデューディリジェンスで発見できなかったことは、補償請求を妨げないとされました。

根拠条文

  • 本件株式譲渡契約第3条第25項・第28項(表明保証)、第8条第1項(損害補償)
  • 犯罪による収益の移転防止に関する法律第4条第1項、同法施行規則第7条第1号・第4号(本人確認)
  • 金融商品取引法第61条第1項
  • 信託業法第22条第1項第2号(買主会社の主張。判断はされていません。)
  • 平成29年法律第45号による改正前の商法第514条(商事法定利率年6分)

買収後に判明した法令違反をめぐるご相談

買収後に対象会社の業法違反や許認可の問題が判明した場合は、表明保証の文言、補償条項の範囲と手続(クレーム・ノーティスの期限等)、違反の治癒の可能性、損害の算定方法を整理して検討します。会社を買った後に簿外債務が見つかり売主に請求したいとお困りではありませんかでは、当事務所の対応をご案内しています。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、平成23年には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ております。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めております。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

所在地 〒105-6017 東京都港区虎ノ門4丁目3番1号 森トラスト城山トラストタワー17階/電話番号 03-6435-8418/受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)

本記事の記載は一般的な法律情報であり、個別の事案に関する法律上の助言ではありません。記載した経歴は事実の記述であり、個別の事件の結果を保証するものではありません。