表明保証に関する裁判例「事業譲渡契約書に関わった弁護士の責任の範囲」 

〔事例〕東京地方裁判所判決|平成29年(ワ)第32518号損害賠償請求事件 令和元年5月27日 

本記事では、表明保証に関する裁判例として、東京地判|平成2932518損害賠償請求事件の主な判旨を解説します。 

この裁判例の最重要論点は、原告売主が主張した「事業譲渡契約書等につき法的助言をする旨の委任契約を締結した被告弁護士の義務の不履行」の有無と責任の範囲です。 

裁判所は、被告弁護士)の委任された背景や履行状況から、「委任契約に係る義務につき不履行があったとは認められない」と判決しました。 

「M&A取引の概要」 

本件は原告売主被告弁護士との間で事業譲渡契約書等につき法的助言をする旨の委任契約を締結したにもかかわらず適切な助言を怠ったことにより事業譲渡先Dから表明保証条項違反建築基準法48条違反|工場建設後に用途地域が第1種住居地域に変更されたことによる許可申請手続履践されていないことを問われる事態となりこれにより損害を被ったとして被告弁護士に対し債務不履行による損害賠償請求権に基づき原告が事業譲渡先Dに支払った和解金1,400万円及び期待権侵害による無形損害300万円の合計1,700万円の支払を求めた事案です。 

原告売主):ユニフォムレンタル・クリニング業務等を目的として、昭和54511日に設立された株式会社であり、「東京工場」及びその敷地並びに「物流センタ」を所有している。 

A平成26221日死亡が、設立時から死亡時まで、代表取締役で、全株式を保有していた。 

被告原告の事業譲渡契約書等につき法的助言をする旨の委任契約を締結した法律事務所の弁護士 

Cユニフォムなどのレンタル・洗濯等を目的とする株式会社で、子会社にD社がある。 

事業譲渡先DC社の100%子会社)。 

補助参加人原告の資本戦略等の「アドバイス契約」を締結したMA仲介会社。 

平成24126原告(売主)は補助参加人仲介会社から紹介された被告弁護士との間で原告の株式譲渡に係る契約書の作成各種会社議事録の検討その他上記取引に係る法的助言に係る委任契約を締結した。 

その際、被告弁護士は、補助参加人仲介会社からC社(買収会社の親会社)の要望によりE1回目の買収候補会社)を代理した法律事務所がC社を代理しE社によるデュ-・ディリジェンスの結果をC社が引き継ぐ予定であることが伝えられた。 

C社は、東京工場敷地の土壌汚染の問題から、東京工場を現状のまま取得することに難色を示したため、買収スキ-ムが、亡A(売主の代表取締役)が保有する株式の譲渡から原告の事業譲渡に変更され、東京工場については、事業譲渡の対象から切り離し、別途停止条件付土地建物売買契約を締結して、停止条件(土壌汚染問題が解消)が成就するまでは東京工場を賃貸するとのスキ-ムが採用された。 

これに伴い、被告(弁護士)は、原告との間で事業譲渡を対象とする委任契約を締結し、平成25424日、原告は被告(弁護士)に対し、C社が提示した原告とD社の間における事業譲渡契約書、東京工場に係る「土地建物売買予約契約書」及び「建物賃貸借契約書」に係る法的助言を求め、被告(弁護士)は、補助参加人(仲介会社)を通じて、C社との間でこれらの契約書の内容を調整した。 

平成25918原告はDC社子会社との間で原告の事業に係る事業譲渡契約を締結するとともに東京工場及びその敷地について、「停止条件付土地建物売買契約建物賃貸借契約を締結しそれぞれ記名押印した。 

 

本件事業譲渡契約書表明保証条項補償条項です。 

原告はD社に対し事業譲渡契約の締結日及び事業譲渡の日において本件事業譲渡契約書の「原告の表明及び保証」に列記された条項に記載された事項が真実かつ正確であることを表明し保証する。 

12原告の表明及び保証 

4 事業に必要な官公庁の許認可等がクリニング業法に基づく届出等を除いて存在しないこと。 

7 原告が東京工場の建物及び敷地につき適法・有効に所有しているか必要な第三者対抗要件を具備していること。 

11 原告がD社に開示済みのものを除き事業の遂行に際して譲渡日に至るまで適用のある全ての法令等を遵守しその事業に関して必要となる行政機関等に対する報告・届出その他法令等における手続を全て適法かつ有効に履践していること。 

152補償 

12条に定める表明及び保証が真実又は正確でなかった場合かかる当事者は相手方当事者に対して当該違反又は表明及び保証が真実又は正確でなかったことによって相手方当事者が直接かつ現実に被った損害・損失・費用その他一切の支出につき保障するものとし直ちに当該損害等に相当する額を支払う。 

17契約解除 

原告及びD社は事業譲渡の実行前に限り相手方当事者が第152項に定める場合に該当するとき何らの催告を要することなく本契約を直ちに解除できる。 

「請求の概要」 

被告は原告に対し1,700万円及びこれに対する平成29106日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 

「結論の概要」 

  1. 原告の請求を棄却する。
  2. 訴訟費用は原告の負担とする 

本件における被告の対応につき本件委任契約上の義務違反があるとは認められない。 

「結論に至る論理の概要」 

争点「被告の債務不履行の有無」について  

原告は「被告弁護士本件委任契約に基づき本件表明保証条項7項及び11項に係る原告のリスクを低減させるために補助参加人仲介会社をして表明保証の対象が包括的で不明確であることを理由として同条項の削除を求めそれができなければ表明保証の対象を具体的に特定するように修正を求めて交渉させるとともに表明保証の対象を認識させた上で過去に遡って適法かつ有効に履践していないと思われる届出等の手続について十分に調査確認させてから表明保証させるように助言又は指導をすべき義務を負っていた」と主張し争っていました。 

これに対し被告弁護士は、補助参加人仲介会社をして表明保証条項の削除を求めて交渉させるように助言又は指導をすべき義務を負っていたとはいえないと反論しています。 

裁判所は、被告弁護士の主張を認める判決をしました。 

原告の事業譲渡については基本的に補助参加人仲介会社が窓口となって財政面法令面等に係る助言をし被告弁護士は特に契約書に関する検討及び交渉作業の場面で法的助言を求められていたと認められる。 

このような被告弁護士の立場を前提とすると被告弁護士本件事業譲渡契約書における本件表明保証条項の作成に関しては補助参加人仲介会社が収集した資料等を確認し同条項の対象となる事実につき検討した上で同条項の違反等の問題を生じ得る事実に関し同契約書の修正を助言又は指導するという限度で義務を負っていたものと認められるからそれを超えて本件表明保証条項7項及び11項の削除ないし修正を助言又は指導するなどの義務を負っていたということはできない。したがって原告の主張は採用できない。」 

「原告はE社のデュ-・ディリジェンスを受けたこと被告弁護士は補助参加人仲介会社に対して原告の事業に関係する許認可等で取得又は承継が必要なものに係る確認を要請しE社の資料請求リスト検出された法的問題点のリスト及び法令違反への対応状況を記載した書面の開示を受けたこと被告弁護士は補助参加人から開示された資料や従前の交渉経過等に基づき本件事業譲渡契約書等の案の作成や修正をしたことFG仲介会社の従業員は亡A売主代表取締役に対し複数回にわたって契約書の内容を説明し本件表明保証条項1項目ずつ読み上げて確認したのに対しA売主代表取締役は本件表明保証条項11項の「法令等の遵守」に関し全て履行しており問題ないと回答したことが認められる。 

そうすると被告弁護士補助参加人仲介会社から開示を受けた資料等の確認及び検討をし本件事業譲渡契約書等に関して必要な助言又は指導を行ったと認めるのが相当である。以上によれば被告弁護士は本件委任契約に係る前記義務につき不履行があったとは認められない。」 

原告が「平均的な弁護士の技能水準があれば東京工場や物流センタの登記簿謄本を確認することにより建築基準法に基づく確認申請手続が履践されていない可能性が高いことは容易に認識できたから本件表明保証条項について東京工場及び物流センタの各建物につき瑕疵担保責任は負わない旨を加筆修正するように補助参加人仲介会社に助言又は指導をすべきであった」と主張したことについては、 

裁判所は、「建物の築年数が相当程度経過していることや複数回にわたり増築がされているとの事情が直ちに当該建物につき建築基準法に基づく手続が履践されていないことを推認させるということはできない。また建物につき建築基準法に基づく手続が履践されているか否かは所有者の責任において把握しておくべき事実であることにも鑑みると本件において被告弁護士が東京工場及び物流センタの全部事項証明書を確認した上で原告に表明保証をさせたことが本件委任契約上の義務違反であるとは認められない。 

したがって争点「損害額及び因果関係」及び争点「過失相殺の可否」について判断するまでもなく原告の請求は理由がない。」と判決しました。